【20-010】2019年末に公布された中国民法典草案について
2020年5月11日
伊藤 ひなた(Ito Hinata)
中国弁護士。中国法務全般を取り扱っている。
中国では、これまで私法全体を統括する「民法」という名称の法律や、単一的な私法の一般法は存在せず、民法通則、民法総則、契約法、物権法、権利侵害責任法、婚姻法といった分野ごとに細分化された、個別の法律が民事法律関係を定めてきた。しかし、民法領域の各法律の制定時期が異なり、法律間の一貫性を欠くような規定も少なからず存在する現状があり、統一的な民法典の制定が望まれていた。
こうした中で、2019年12月16日、中国の立法機関にあたる全国人民代表大会常務委員会は、「中華人民共和国民法典(草案)」(以下「本草案」という。)を公布した。本草案は、2020年3月に開催予定であった全国人民代表大会で可決されることが見込まれていたが、近時のコロナウィルス感染症の影響により同大会の開催は延期されることとなった。本草案が可決されれば、中国立法史上初めての統一的な民法典が施行されることになり、その影響は、会社間取引を含めて極めて大きいものと予想されている。
本稿では、本草案の主な内容を紹介することにしたい。
1. 本草案の構成及び現行法との関係
本草案は、全1,260箇条から成り、総則編、物権編、契約編、人格権編、婚姻家庭編、相続編、権利侵害責任編という7編で構成されている。総則編は、計10章、204箇条から構成され、基本的に現行の民法総則の内容を承継しており、他の各編も、現行法を基にした上で制定改廃した内容となっている。本草案が施行されれば、現行法である民法総則、民法通則、物権法、担保法、契約法、婚姻法、養子縁組法、相続法及び権利侵害責任法が同時に廃止されることになる。
2. 物権編
物権編は、計20章、258箇条から構成される。現行の物権法、担保法と比べ、主に以下の内容が新たに規定され又は変更された。
・加工、附合、混合により生じた物の所有権の確定方法及び賠償・補償が規定された。
・土地請負経営期間(注:農家請負経営における農家の権利期間)が満了した後に引き続き請け負うこと、土地請負経営権者による土地請負経営権の流通方法、発効、対抗要件が規定された。
・専門の章を設け、他人の住宅を占有・使用する居住権という権利を規定された。
・抵当権存続期間中に、別途約定がある場合を除き、抵当権者の同意がなくても、抵当権目的物を譲渡することができるように整備された。ただし、抵当権目的物の譲渡に拘らず抵当権は存続することとされた。
・共同住宅の共用部分の用途を改変し又は共有部分を利用して経営活動に従事する場合は所有者が共同で決定するものとし、共有部分で生じた収益は所有者の共同所有に帰するものとされた。
・住宅建設用地使用権(注:中国では土地の私有制度がないため、所有権ではなく使用権を有することになる。)が期間満了した後に自動的に更新されることとされた。
3. 契約編
契約編は、計29章、526条から構成される。現行の契約法と比べ、主に以下の内容が新たに規定され又は変更された。
・インターネット方式により締結した商品売買契約の目的物の交付時間が明確に規定された。
・債権の実現を保障し、債務リスクを減らすため、契約債権の保全、貸付契約、ファイナンス契約に関する規則が改正され、更に専門の章を増設して保証契約を規定された。
・賃借人の利益を保護するため、賃貸借期間満了後の賃借人の優先賃借権が規定された。
・電気、水道、ガス、熱供給者及び交通機関の一般大衆に対する契約履行義務が規定され、約款制度が改正された。
・契約の効力、履行、解除及び違約責任等の規定が改正され、売買契約、賃貸契約、建設工事契約等の典型的な契約の具体的な規定が整備され、また、不動産管理サービス契約と組合契約が追加された。
4.人格編
人格編は、計6章、51箇条から構成される。現行の民法総則、民法通則と比べ、主に以下の内容が新たに規定され又は変更された。
・人格権は放棄、譲渡、承継されず、また、違法に制限されないこと、法に別途定めがあり又はその性質上許諾することができない場合を除き、他人に自らの姓名、名称、肖像等の使用を許諾することができることとされた。また、人格権が侵害された後の救済方法が規定された。
・法定救助義務、人体の組織器官の提供、セクハラ等の問題について規定された。
・公序良俗のために新聞報道等を行うことにより、他人の名誉を損なった場合は民事責任を負わないこととされた。ただし、事実を捏造又は歪曲し、他人から提供された事実を合理的に審査せず、又は過度に他人の名誉を貶す場合を除くこととされた。
5.婚姻家庭編
婚姻家庭編は、計5章、79箇条から構成される。現行の婚姻法、養子縁組法と比べ、主に以下の内容が新たに規定され又は変更された。
・従来の「婚姻法」では、いわゆる一人っ子政策(中国語では「計画生育」)や遅めの結婚・出産の奨励(中国語では「晩婚晩育」)に関する規定が置かれていたが、社会の老齢化が進むことを受けて本草案ではこれらが削除された。
・養子縁組について具体的に規定された。
・婚姻法にあった「医学上結婚すべきではないと思われる疾病を患った場合は結婚してはならない」という規定が本草案では削除された。
・重大な疾病を患った者は、結婚前に相手方に対して告知しなければならず、告知しなかった場合は相手が婚姻の取り消しを求めることができることとされた。
・夫婦の共同財産及び一方の財産の範囲が具体的に規定された。
・親子関係について異議があり正当な理由がある場合、父又は母は親子関係の存在又は不存在の確認訴訟を提起することができることとされた。
・合意離婚の場合の待機期間(冷静になるべき期間)について規定された。
6.相続編
相続編は、計4章、45箇条から構成される。現行の相続法と比べ、主に以下の内容が新たに規定され又は変更された。
・遺産に対する健全な管理を図るべく、遺産管理人の選出方法、職責及び権利等について規定された。
・扶養方法の多様化に対応し、養老介護産業の発展を促進するため、遺贈扶養協議(注:被相続人と相続人以外の者との間で、被相続人の生前扶養と死後葬祭及び遺贈を内容とした協議である。)制度が整備され、扶養者の範囲が拡大された。
・印刷、録画等の新しい遺言方法が規定され、また、相続法にあった公証遺言を優先的に適用する規定が本法案からは削除された。
7. 権利侵害責任編
権利侵害責任編は、計10章、95箇条から構成される。現行の権利侵害責任法と比べ、主に以下の内容が新たに規定され又は変更された。
・慰謝料(精神損害賠償)の適用範囲が拡大された。故意に他人の特定の物品を毀損し深刻な精神的損害をもたらした場合、被侵害者は慰謝料を請求することができることとされた。
・車の無料の搭乗者が交通事故により損害を被った場合、運転者の賠償責任を減軽し又は免除するものとすることとされた。
・故意に生態環境に損害を与えた場合、被侵害者は相応の懲罰的賠償を請求することができる旨が規定された。
以上紹介したように、本草案は、個々の現行法を集大成した民法典であり、次に開催される全国人民代表大会で可決される見通しである。民法典の施行後には、社会・経済の各分野において民法典の規定に沿った早急な対応が必要となり、引き続き目を離さないところである。
以上