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【20-012】中国の新型コロナウイルス感染拡大防止法は刑法の超拡大解釈

2020年07月31日

高橋孝治(たかはし こうじ)

略歴

立教大学 アジア地域研究所 特任研究員。日本で修士課程修了後、都内社会保険労務士事務所に勤めるも中国法の魅力にとりつかれ、退職し渡中。北京にある中国政法大学 刑事司法学院 博士課程修了。法学博士。専門は比較法、中国法、台湾法、法社会学。中国の法律系国家資格「法律諮詢師」を外国人で初めて取得し、中国法研究の傍ら、中国法に関する執筆や講演、コンサルティングなども行っている。

 中国で新型コロナウイルスを感染拡散させる行為に刑法を適用し、刑罰を科すという通達が出たことは、日本でも報じられました。しかし、これは「中国でこのような通達が出た」というだけの単純なニュースなのでしょうか。単純なように見えるこのニュースには、中国の刑法のあり方に関する大きな問題が含まれています。この点についてちょっと専門的に見ていきましょう。

 新型コロナウイルスによって世界中で社会的混乱が発生しました。ところで、ウイルスの発生源である中国では、ウイルスの拡散に関して早々に法的措置が取られました。例えば、中国の最高裁判所(最高人民法院)、最高検察庁(最高人民検察院)、警察庁(公安部)、法務省(司法部)は合同で、2月6日に、「新型コロナウイルスによる肺炎感染防止の妨害を処罰し犯罪行為とする意見(中国語原文は「関于依法懲治妨害新型冠状病毒感染肺炎疫情防控違法犯罪的意見」)」を発布しました。これによれば、新型コロナウイルスに感染していると診断を受けた者が隔離治療を拒絶しもしくは隔離期間満了前に逃亡し、公共の場所や公共交通を利用した場合、もしくは感染の疑いのある病人が、公共の場所や公共交通を利用してウイルスを蔓延させた場合には刑法に定められている感染症治療を妨害する罪により処罰するとしています(第2条)[1]

 この他にも、いくつかの地方では条例でさらに厳しい規定を用意しています。例えば、雲南省では、雲南省高級人民法院、雲南省人民検察院、雲南省公安庁、雲南省司法庁が合同で、2月11日に「ウイルス情報登記報告義務の不履行を違法な犯罪行為とすることに関する通告(中国語原文は「関于依懲治拒不履行疫情信登記報告義務違法犯罪行為的通告」)」を発布しました[2]。この第1条では、各団体や個人は、地方政府や医療機関などに対して、検査や隔離観察を受け、特に病状や旅行歴、濃厚接触した相手などの情報を提供し、これに遅滞したり回答漏れや虚偽報告などをしてはならないとしています。さらに第2条は、新型コロナウイルスに感染している者が故意に病状、旅行歴、濃厚接触した相手などの情報につき虚偽報告をし、よりウイルスが伝播したもしくは伝播する危険性を発生させた場合には、公共の安全に危害を加えた罪で刑事責任を追及すると規定し、第3条では感染者が隔離などから逃げ出し、公共交通機関などを利用し、集会に参加するなど故意にウイルスを伝播させたもしくは伝播する危険性を発生させた場合も同様とするとしています。また、このような規定は貴州省でも確認できます[3]

 ところで、なぜ法律を用いれば、人を殺したり(死刑)、財産を奪ったり(罰金刑)、人を拘束(懲役刑)することができるのでしょう。法律は、選挙で選ばれた国民の代表である議員が議会で議論して作成しているため、間接的には法律は国民全員で作成していると理念的には考えられます。そのため、国民全員の合意がある以上、特定の行為に対して死刑や罰金刑を科してもよい、という発想があります。しかし、このような考え方は、民主化していることが前提になり、中国の法律は正当化できません。結局、民主化されていない国の法律は、市民にとっては「権力が勝手に作成したもの」の域を超えないのです。

 しかし、今回の新型コロナウイルス対策で発布された中国の通達や地方条例は、「民主化されていないにしろ、議会すら通過していないルールで人を処罰することができる」のが中国である、という大きな問題を抱えているのです。

 ここで挙げた通達では、感染症治療を妨害する罪や公共の安全に危害を加えた罪により処罰するとしていました。しかし、中国刑法の感染症治療を妨害する罪は、衛生状態の悪い水を水道局が供給する行為や、感染症発病者や保菌者、その疑いのある者が感染症が拡散しやすい一定の仕事に従事する場合などに、3年以下の懲役に処すとしているのみで(中国刑法第330条)、感染症患者やその疑いのある者が、公共の場所や公共交通を利用した場合に処罰するとの規定は存在していません。公共の安全に危害を加えた罪も、中国刑法第114条および第115条に、放火、溢水、爆発、放射性、伝染病病原体を用いるなどの方法により公共の安全に危害を与え、重大な結果が発生しなかった場合に3年以上10年以下の懲役に、重傷、死亡もしくは公私の財物に重大な損失が発生した場合に10年以上の懲役もしくは無期懲役、死刑に処すと規定しているのみです。この公共の安全に危害を加える罪は、非常に抽象的で中国刑法の中でも特に多くの批判がなされています(後述しますが、一部で賞賛されてもいます)。結局、公共の安全に危害を加えるとは、不特定多数の生命、健康もしくは財産を危機に陥れる行為と考えられており、具体的にどのような行為を行えばこの条文が適用されるのかが不明確なのです。

 中国刑法では、もともと厳密に解釈せず、刑法に規定されている行為に類似する行為も処罰できるとしていました(いわゆる「刑法の類推適用」)。しかし、1997年の中国刑法の全面改正で、刑法を厳格に適用し、市民の自由な行動を保障するとしていました。しかし、その後も刑法を類推適用しているような事例は存在していました。

 今回のこの新型コロナウイルス対策の通知では、感染症発病者や保菌者、その疑いのある者が感染症が拡散しやすい一定の仕事に従事する場合や、感染症患者やその疑いのある者が、公共の場所や公共交通を利用した場合に処罰することを明言しました。議会も通過していないのに、刑法の超拡大解釈と言えます。

 また、公共の安全に危害を加える罪は、そもそもどのような行為を指すのかが曖昧で、この条文のために、中国刑法が類推適用を禁止しても意味がないとの批判があります。その一方で、中国刑法が予測していない行為を処罰することができ、必要な規定であると肯定的に捉えている者もいます。

 刑法とは、犯罪者を処罰する法律ではありますが、明確に犯罪の規定を置き、市民にここに書かれている行為以外は犯罪としては取り締まらないという国家から市民への行動の保障でもあります。それが、通達一つで勝手に拡大することは近代国家では許されるはずもありません。

 結局、新型コロナウイルス蔓延を防ぐには、新法制定や法律をある程度自由に解釈して素早い対応が求められますが、それを通知や地方条例でやってしまうのが中国なのです。突然のウイルス蔓延などの緊急事態には対応できますが、法律が公開されていてもそれを政府が自由かつ勝手に解釈でき、場合によってはその勝手な解釈で人を死刑にもできるという危険な側面があるという中国の一面が再確認されたと言えます。

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新型コロナウイルスの蔓延にともない、関連する通達や地方条例も発布されている。


1. 条文原文は、以下のウェブサイトを参照。
npc.gov.cn/npc/c30834/202002/e769af67e8304ee89f6e43747d3f27d9.shtml

2. 条文原文は、以下のウェブサイトを参照。
yn.jcy.gov.cn/jjtp/202002/t20200212_2771519.shtml

3. ③条文原文は、以下のウェブサイトを参照。
qdn.gov.cn/xwzx/gzyw/202002/t20200205_47267465.html


※本稿は『月刊中国ニュース』2020年8月号(Vol.102)より転載したものである。