中国の法律事情
トップ  > コラム&リポート 中国の法律事情 >  【20-016】個人破産制度が深圳で始動

【20-016】個人破産制度が深圳で始動

2020年09月11日 周群峰(『中国新聞週刊』記者)、神部明果(翻訳)

深圳で中国における初の「個人破産制度」が公布された。制定を模索し始めて6年になる深圳のこの条例は「善意ある不幸な債務者」の保護を特に重視している。全国に先立ち新たな試みを開始する深圳はどのような難題に直面するだろうか。

 深圳市人民代表大会は6月2日、「深圳経済特区個人破産条例(意見募集稿)」を公布した。これは中国における初の「個人破産制度」となる。

 中国の現行の法体系では、破産を申立てることができるのは企業のみであり、個人の破産は許されていない。深圳は全国に先立ちこの個人破産制度を制定した。これは破産制度改革の先陣をきるものだと受け止められている。

 深圳市人民代表大会常務委員会委員兼法制委員会委員の孫迎彤氏によれば、2006年に公布された「企業破産法」は個人破産制度の内容に言及していない「未完の破産法」と揶揄されてきたため、内部では完全な個人破産法の制定が一貫して叫ばれてきたという。「この条例は深圳で長期にわたり温められてきた。深圳の経済は活発であり、個人の信用貸付も大規模に実施されている。しかし、法律の不備のせいで、長期間ときには一生かけても返済できない債務を個人がかかえてしまうということがしょっちゅうあった」。深圳市のニーズといい、同市が全国に先駆けて改革を実行することに対して全人代法制工作委員会および最高人民法院が積極的だったことといい、両方が深圳での条例公布に有利に働いたと孫氏はみる。「この条例はあらゆる条件が揃ったことで得られた1つの成果と言える」

「一度の失敗で一生の負債」にピリオドを

 広東省弁護士協会の破産・清算法律専門委員会主任で国浩法律(深圳)事務所のパートナー弁護士である盧林氏は、深圳における個人破産制度の制定を推進した主要メンバーの1人だ。

 深圳市が個人破産制度の制定を模索してすでに6年になる。当時、深圳市弁護士協会の企業解散・破産清算専門委員会の主任を務めていた盧氏は、深圳弁護士協会の名義で「深圳経済特区個人破産条例(草案)」提言稿を起草し、深圳人民代表大会法制工作委員会に提出した。

 この提言稿を起草した理由は、長年にわたり破産清算業務に携わってきた盧氏の経歴と関係している。「深圳の経済は活発で、9割以上の企業が民間企業。だが事業がうまくいっていない創業者も多い」。深圳が全国に先駆け個人破産制度の制定業務を進めたのは、深圳の市場経済が発達しており、それにみあった関連商法の制定を求める声がきわめて切実なものだったからにほかならないと盧氏は言う。

 深圳市人民代表大会は意見募集稿の説明で次のように述べている。今年1月末の時点で、深圳で登記し設立された事業主体はすでに329万8,000社に達し、そのうち個人事業主は123万6,000社と37.5%を占める。このほか個人で事業を展開する事業主体が、「微商」と呼ばれるSNSを通じた商品販売および電子商取引に携わる人々、フリーランスなどのかたちで大量に存在しているという。「個人破産制度が長期にわたり欠落していたため、これらの事業主体は市場リスクに遭遇した途端、無限債務責任を個人名義で負担する必要が生じ、企業と同等の破産保護が受けられないし、市場からの撤退や再起も実現できなかった」

 盧氏は、企業破産条例と個人破産条例の両方が存在してこそ、経済発展全体に対する適切な調整作用が働くと考えている。同氏は次のように言う。「企業破産法」では、企業の破産・更生手続後の余剰債務は免除されるが、他の保証人の経済責任は引き続き債権者が追及できると定められている。通常、破産企業に融資した銀行は、法定代表者、企業幹部およびその友人などに対し担保保証契約への署名を求める。ところが破産・更生手続後も企業の法定代表者などの保証責任は免除されず、これにより「起業に失敗すれば一生債務を負い、他人まで巻き添えにする」という現象が多くの人々の身に降りかかる。

 盧氏がこれまでに関わった事例を挙げると、破産・更生手続を終えた深圳のある医薬品企業は自社の再建に成功したが、それでもなお多くの債権者が同企業の創業者の関連財産に対する強制執行などを人民法院に要求したという。結果的にこの創業者は自身が立ち上げた企業の経営を続ける気力を失い、企業を売却せざるを得なくなった。

 さらにある動画関連会社の実質的経営者は、破産後に更生手続を経て再起を果たしたが、人民法院に消費行動を制限される状況は変わらなかった。商談のため深圳から地方に出張する際、仲間が高速鉄道や飛行機を使うかたわら、彼自身は20~30時間かけて普通列車で移動したこともあった。「こうした現象は個別のケースではない。個人破産制度が構築され、より大勢の創業者が後顧の憂いから解放されるよう期待したい」と語る深圳の企業家は多い。

 一部の人民代表大会代表は盧氏の提言稿に対し、財産登記制度、個人信用制度などに不備があるため、個人破産条例を公布する条件が整っていないとの見方を示した。だが盧氏は、深圳では2002年の時点で完成度の高い個人信用体系が構築されていたし、一部の西欧諸国にいたっては100年以上も前に個人破産法が制定されていると指摘する。「我々の現在の状況は当時の彼ら以下とでもいうのだろうか。仮に条件が整っていないとしても、公布されれば関連法の改革はいやが応でも進むものだ」。盧氏は腑に落ちない自身の心情を吐露した。

 深圳人民代表大会常務委員会は2015年の年末、同条例の制定を5カ年の立法計画に組み込んだ。だが翌年の2016年の全国人民代表大会ではこの件が批准されず、深圳の個人破産制度の立法業務は開始早々長きにわたり棚上げされることになった。だが昨年6月、国家発展改革委員会、最高人民法院などを含む13部門が「市場主体の撤退制度の整備加速に関する改革方案」を共同で発行し、個人破産制度構築を検討しなければならないと明確に提起した。続いて同年8月には共産党中央委員会と国務院が「深圳における中国の特色ある社会主義先行モデル区の建設を支持することに関する意見」を発表し、深圳の立法権を十分かつ適切に行使することに言及した。

 こうして個人破産制度制定再始動の機が熟した。今年4月28日、深圳市第6期人民代表大会常務委員会第41回会議で「深圳経済特区個人破産条例(草案)」の第1次審議が実施された。

image

写真/視覚中国

「善意ある不幸な債務者」を保護

 盧氏は、深圳のこの条例は「善意ある不幸な債務者」の保護を特に重視していると言う。彼らが事業を推進する過程で債務危機に陥り、なおかつ隠蔽債務がない場合、自身の破産を申立てできる。申立てが認められれば、一部の債務は免除されるということだ。

 意見募集稿には、債務者が破産を申請する場合、人民法院に破産申立書、信用誓約書、破産経過の説明、収入説明、社会保険証明、納税記録など複数の資料を提出しなければならないとある。

 深圳での社会保険納付記録を提出する理由を孫氏は、深圳の戸籍を保有しているのに深圳で勤務していない人々は他地域で負債を抱えた場合、深圳で破産申請する権利を失ってしまうため、「社会保険という条件を設けることでそうした状況が発生するのを防ぐ」ためだと言う。また、意見募集稿で「社会保険に満3年連続して加入している個人」と規定されている理由を深圳市人民代表大会は、移民都市である深圳の実際の居住人口が戸籍人口をはるかに上回っているため、一定の条件を満たす実居住人口でなければならない点を考慮したためだと説明している。一般的に社会保険に満3年連続で加入していれば、関連する財産登記、社会保障などの情報はほぼ揃っており、深圳特区の経済発展に一定の貢献をしてきたことも証明される。「債務逃れのため深圳に来る」人々をある程度回避できるというわけだ。

 意見募集稿にある債務者の免除申立てが可能な財産には、債務者およびその扶養者の生活、医療、教育上の必需品および合理的な生活費、キャリアの維持とアップのため必ず残しておかなければならない物品または合理的な費用、債務者にとって特別な記念的意義のある物品などが含まれる。

 そのうち、「キャリアの維持とアップのため必ず残しておかなければならない物品または合理的な費用」は盧氏および一部の専門家がどうしても条例に盛り込みたかった内容だ。盧氏は以下の例を挙げて説明した。「例えば債務者の自宅は深圳市南山区にあるが塩田区に勤めており、安価な中古車に乗って毎日出勤しているとする。この状況において、もしこの自動車まで人民法院の強制競売により債務返済に充てられた場合、債務者の返済能力はさらに弱まり、債務者と債権者の両方が損失を被ることになる」

 深圳は今回、債務者の申立てについて「3年の考察期間」を設けている。「債務者が事実通りに財産を申告し、信義誠実の原則を順守し、主体的に財産を移譲したうえで処置に協力し、果たすべき義務を履行し、関連行為の制限に関する決定を順守した場合にのみ、法により残りの債務を免除される。だが破産宣告から3年が経過しなければ債務免除を申立てできない」という内容だ。

 この3年の考察期間中、債務者は外出、個人消費、不動産および車両の購入、子供の通学に関して多くの制限を受けることになり、職業資格も限定的なものとなる。「この期間中に債務者の資産隠蔽行為が発覚した場合、負債免除が取り消され、残りの債務につき引き続き弁済責任を負い、悪質な場合は破産詐欺などの刑事犯罪の嫌疑がかかる」と盧氏はいう。

 考察期間は他の国や地域の個人破産法にも散見され、米国では7年、香港では4~5年の考察期間が設けられている。では深圳の条例草案において3年と設定されたのはなぜだろうか。

 孫氏はこれに関し、事実上は3~5年であり、後半の2年は人民法院が延長の必要があると判断した場合に延長できるものと述べた。「経済社会は猛スピードで発展しており、産業や製品のモデルチェンジの速度も以前と比べかなり早まっている。1度は失敗した起業家が速やかに社会に溶け込み、自身の能力を再始動させて社会に貢献するうえで、3年はおそらく比較的妥当な期間といえるだろう」

借金踏み倒しと制度乱用を阻止

 個人破産条例は、借金の踏み倒しや悪意ある取立てにかえって好都合ではという点にも世論の注目が集まっている。

 孫氏によれば、破産申立てまでの3年間の、債務および資金の往来に関するあらゆる情報を人民法院に提出する必要があるという。それにより悪意ある借入れや債務逃れの可能性を判断できる。この条例が正式な公布を経て着実に施行されれば、借金踏み倒しをもくろむ人々の行為――破産申立てを使った債務逃れに対する強力な歯止めになると孫氏は考える。

 盧氏も、個人破産制度は悪意ある借金踏み倒しを誘発しないどころか、かえってそうした行為を防止する役割を果たすとみている。個人破産制度の構築は個人財産申告制度と密接に関連している。債務者が自己申告した財産リストは、弁護士、会計士、審査評価担当者などの専門家の事実確認を受けなければならず、しかもその際、個人信用評価と破産復権制度の内容も勘案される。各制度が密接に相関したこうした制度設計は誠実な人々に再起の機会を与える一方、不誠実な人々にはその後も苦しみを与え続けることになる。不正が一旦発覚すれば弁済責任は免除されないためだ。

 意見募集稿には、債務者自身による破産申立てのほか、債権者も債務者の破産を申立てることができるとある。債務者に対し、50万元以上の満期債権を単独または共同で保有する債権者は、債務者の破産清算を人民法院に申立てることができるというものだ。

 50万元という最低ラインは、度重なる検討を経て暫定的に設定されたものだと孫氏は説明する。意見募集の過程で、一部の専門家が深圳の現在の経済発展の条件と債務形成データを結び付けて分析した結果、50万元ですでに完済不可能になってもおかしくない状況だった。

 孫氏によれば、経済発展などの要因により、50万元という最低ラインは司法実務のなかで調整される可能性があるし、司法手続きに入れば裁判官には自由裁量権があるという。例えば人民法院には、貸借関係ならびに資産状況および企業状況を把握した結果、債権者による申し立てを受理しない権限もある。

 盧氏は言う。一般的には債権者が進んで債務者の破産を申立てることはない。このため一部の国では、個人破産を立法化する際に、債権者が債務者の破産を申立てる状況をはじめから想定していない。深圳の条例で50万元の最低ラインが設けられたのは、債権者の悪意ある申請を制限し、少額の債権者が破産手続きを乱用することを防ぐためでもある。

財産調査も課題に

 全国に先立ち新たな試みを開始する深圳は、どのような難題に直面するだろうか。

 盧氏は、個人破産制度を施行するうえでの難点が財産の調査にあると考えている。個人の財産分布はますます多様化しており、家族信託や海外口座での預金といった状況も存在する。それに伴い、一部の自然人の財産流動や収入申告の実態が十分に明確にならず、調査と事実確認が非常に困難になっている。しかし、個人破産制度が段階的に構築・整備されれば、税収、工商、銀行、不動産登記管理機関の間の連絡が頻繁に実施されるようになり、それが連動・相互連携システムの構築につながる可能性もある。

 深圳市人民代表大会代表の趙広群氏は、国外への財産移転は、調査困難というよりむしろ処置の難しさがその問題であるとしている。人民法院の調査チャネルは複数存在し、大々的に調査を実施するため、債務者が送金により海外に隠蔽資産を移したとしても記録の調べがつく。もし債務者が不正な地下銀行を通じて財産を移転した場合、財産の行方を調査する際には一定の困難が伴う。とはいえ、これは財産の行き先不明および財産不透明という人民法院による事実の認定に影響するわけではない。

 趙氏は、債務者の財産問題に関する人民法院の調査業務は公正かつ公に実施される必要がある他、債務者におけるある時点の財務状況ではなく、継続的な財産変化の状態を調査しなければならないと述べる。調査結果と結論は、関係者に書面で回答する必要もある。このほか、社会全体において完全な信用メカニズムを構築し、信用喪失による責任と代償を引き上げることも求められる。

 個人破産案件は、深圳での審理が完了すると二通りのケースが想定される。第1にもし一方が不服の場合、広東省高級人民法院に上訴することができる。とはいえ、広東省高級人民法院の裁判では依拠すべき法律が存在しないという問題がある。第2に当事者の債務関係が深圳以外にも存在し、他省・市の人民法院に対して提訴するケースだが、この場合、深圳の条例が適用されない可能性もある。孫氏は、これら2つの問題は今後の全人代および最高人民法院会で適切に処理され、司法解釈などの方法により管轄権などの問題が明確になると信じている。

 条例の施行は「善意ある不幸な」債務者が苦境を脱する助けとなり、深圳の市場撤退メカニズムもさらに健全化されるほか、深圳のビジネス環境もさらに改善されると考える関係者は多い。

 孫氏もこの点は同じで、「全国に先駆けて深圳で改革が実施され、想定通りの運用効果が得られれば、全国的な法律制定が進められる日も遠くない」と期待感を示した。


※本稿は『月刊中国ニュース』2020年9月号(Vol.103)より転載したものである。