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【20-020】中華人民共和国「民法典」で新設された人格権-肖像権、セクシャルハラスメント、プライバシー・個人情報等-

2020年10月23日

野村高志

野村 高志:西村あさひ法律事務所 上海事務所
パートナー弁護士 上海事務所代表

略歴

1998年弁護士登録。2001年より西村総合法律事務所に勤務。2004年より北京の対外経済貿易大学に留学。2005年よりフレッシュフィールズ法律事務所(上海)に勤務。2010年に現事務所復帰。2 012-2014年 東京理科大学大学院客員教授(中国知財戦略担当)。2014年より再び上海に駐在。
専門は中国内外のM&A、契約交渉、知的財産権、訴訟・紛争、独占禁止法等。ネイティブレベルの中国語で、多国籍クロスボーダー型案件を多数手掛ける。
主要著作に「中国でのM&Aをいかに成功させるか」(M&A Review 2011年1月)、「模倣対策マニュアル(中国編)」(JETRO 2012年3月)、「 中国現地法人の再編・撤退に関する最新実務」(「ジュリスト」(有斐閣)2016年6月号(No.1494))、「アジア進出・撤退の労務」(中央経済社 2017年6月)等多数。

東城聡

東城 聡:西村あさひ法律事務所 弁護士

略歴

米国系コンサルティング会社勤務を経て、2008年弁護士登録。2008-2012年ブレークモア法律事務所、2012-2016年高井・岡芹法律事務所 上海代表処首席代表、2016-2019 年 瓜生・糸賀法律事務所 上海代表処首席代表としての勤務を経て、2020年1月より現職。中国業務を中心として、新規投資、リストラクチャリング、不正調査・防止業務、会社法・労働法対応を通して日系企 業を支援する。

始めに

 今年5月28日、新型コロナ性肺炎感染症流行の影響もあり遅れて開催された中国の全国人民代表大会において、長年議論が積み重ねられてきた「民法典」[1]が承認・公布されました。来年1月1日から正式に施行されます。

 「民法典」は、これまで制定されてきた民事法に関する民法通則、民法総則、物権法、担保法、契約法、権利侵害責任法、家族法、相続法等の内容が、一つの法典として統合され、更に内容の一部が改正されており、中国民事法の集大成ともいえます。

 民法典は、契約部分を中心に中国でビジネスをする全ての者にとって重要な基本ルールであり、その施行に先立って、従来の法令から何が変わったのかを把握することが望まれます。「民法典」のうち半分以上の項目は既存の法令を再編成した内容に止まり、その多くが表現の変更に留まっています。しかし、第四編の「人格権」は、これまで直接に規定した法律はなく、新設された内容です。

 人格権とは何かについて、民法典は、いくつかの権利を明文で列挙しています(以下、条文の見出しは原文にはなく、理解の便宜のため記載しています。)。

第990条(人格権) 
人格権とは、民事主体が享有する生命権、身体権、健康権、氏名権、名称権、肖像権、名誉権、栄誉権及び、プライバシー権等の権利である。

 この中で、企業活動に特に関連するものとしては、肖像権及びプライバシー権(その裏返しとしての個人情報保護)が挙げられるでしょう。

 また、身体権の現代的な問題として、セクシャルハラスメントをされない権利についても、民法典は人格権として明確に認めたうえで、会社などにも予防、内部通報制度の導入等の義務を課しており、企業側の対応が喫緊の課題となり得ます。

 以下、民法典の人格権について、特に企業活動への影響が考えられる①肖像権、②セクシャルハラスメント、③プライバシー及び個人情報保護、④名誉権について、どのような権利と義務が設定されたのかをご紹介します[2]

1.肖像権

(1)肖像権が企業活動にどのように影響するか

 肖像権と聞いても、芸能や広告など一部の業界を除けば、肖像権はビジネスと関係が薄いと考える方が多いのではないでしょうか。しかし、最近の中国では、次のような事例も現れています。

 中国において、消費者と直接接点を作るツールとしてWeChat(微信)やWeibo(微博)といったSNSツールを利用する企業が、日系企業の中でも増えています。その際に大衆の注目を引くため、いろいろな写真が使われます。中には、従業員が写真の著作権を考慮せずにネット上の写真を利用してしまい、後になって著作権者から警告状を受けたり、更には訴訟提起されたといった案件等が見られます。これらは著作権に関する案件でしたが、今後は肖像権についても、企業がクレームを受ける場面が出てくることも想定されます。

 ちなみに中国では、食品、化粧品等の製品の表示ラベルの表記に誤りがある場合に消費者が代金の数倍にあたる賠償金を請求できるという規定[3]があるのを利用したクレーマーが一定数存在しています[4]。肖像権が、彼らによるクレームの格好の材料とならないとも限りません。

 今後は肖像権の取り扱いにおいても十分留意しておかないと、写真の著作権と同様に、権利者を名乗る者からクレームを受けるリスクがあり得ると思われます。

(2)民法典における肖像権

 民法典は、肖像権について次の定義をおきます。

第1018条(肖像権)
1 自然人は、肖像権を享有し、法により自己の肖像を作成し、使用し、公開し、又は他人に使用許諾する権利を有する。
2 肖像とは、画像、彫像・塑像又は絵画等の方式により一定の担体に反映され、特定の自然人を識別できる外部イメージをいう。

 肖像権の権利者の同意がない限り、他人は次の行為をできなくなります。

第1019条(肖像権者の同意が必要な行為)
 いかなる組織又は個人も醜悪化、汚損、情報技術手段を利用した偽造等の方式により、他人の肖像権を侵害してはならない。法律に別段の規定がある場合を除き、肖像権者の同意を経ずに、肖像権者の肖像を制作し、使用し、又は公開してはならない。
2 肖像権者の同意を経ずに、肖像の著作物の権利者は、発表、複製、発行、賃貸、展示等の方式により肖像権者の肖像を使用し、又は公開してはならない。

 醜悪化は、近年流行しているアプリケーションなどを利用して画像を加工することを念頭においていると思われます。

 では、いかなる場合も、写真又は動画に少しでも写り込んでいる人物の全員から同意が必要というわけでなく、例外規定も設けられています。

第1020条(肖像権者の同意取得の例外)
次の行為を合理的に実施する場合には、肖像権者の同意を経ずに実施することができる。
(1) 個人の学習、芸術鑑賞、学校教育又は科学研究のために、肖像権者が既に公開している肖像を必要な範囲内において使用すること
(2) ニュース報道を実施するために、やむを得ず肖像権者の肖像を作成し、使用し、又は公開すること
(3) (国家機関のための規定のため省略)
(4) 特定の公共環境を展示するために、やむを得ず肖像権者の肖像を作成し、使用し、又は公開すること
(5) 公共利益又は肖像権者の合法な権益を維持・保護するために、肖像権者の肖像を作成し、使用し、又は公開するその他の行為

 例えば、報道機関が利用する場合は、(2)の条項で例外となり得ます。

 但し例外といっても、殆どの規定において「必要な範囲」又は「やむを得ず」との制限が付いており、その判断には幅があり得ることから、できるだけ特定できない肖像を選択した方がリスクは低くなります。

 (4)については、オープンスペースの写真を公開する際に、写り込んでいる人すべてを排除することは困難であるために、設けられた例外規定と考えられています。

(3)留意点

 このように一定の例外規定は有りますが、肖像権について明文で保護を明確にしたことは注目されます。企業が、肖像の写り込んだ写真を取り扱う際には、上述した例外条項にあたることを確認するか、モザイクをかけるなど特定できない処理をすることにより、万一のトラブルを避けることが推奨されます。

 なお、日本法においては、肖像権の保護を一般的に定めた規定がありません[5]。最高裁判所の判例は、「肖像権と称するかどうかは別にして」と限定を付けた上で、「正当な理由もないのに、個人の容ぼう等を撮影することは、憲法13条の趣旨に反し、許されない」としています[6]。これを受けて複数の判例・裁判例では、人格権としての肖像権を認めて、同意の無い利用について損害賠償を認めています[7]

2.セクシャルハラスメント

(1)民法典の規定と経緯

 民法典では、セクシャルハラスメントについて特に規定をおき、会社などの責任も明確にしています。

 これまで中国は、日本と同様に、女性保護に関する法規においてセクシャルハラスメントに関係する規定をしてきました。

 まず、「婦女権益保障法[8]」において、「セクシャルハラスメント[9]」という語が定義されました。しかし、そこでは「セクシャルハラスメント」を禁止するという、いわば当たり前の記載しかありませんでした。また「女性従業員労働保護特別規定[10]」においては、労働場所において使用者側が、女性従業員に対するセクシャルハラスメントに対しての予防と制止をしなければならないとの、使用者の義務を記載していました。

 民法典では更に会社の防止義務を追加し、明確にしました。

第1010条(セクシャルハラスメントの違法性と予防等の義務)
1 他人の意思に反して、言語、文字、画像、身体行為等の方式により、他人にセクシャルハラスメントを行った場合には、被害者は、法により行為者に対して民事責任を負うよう請求する権利を有する。
2 機関、企業、学校等の単位は、適切な予防、苦情の受付、調査処分等の措置を採り、職権、従属関係等を利用したセクシャルハラスメントを防止し、制止しなければならない。

 本条の定めでは、①保護の主体が女性に限られなくなったこと、及び②職場以外の組織(特に学校)が含まれた点が、従来のセクシャルハラスメントの関係法規と異なります。②の学校が含められた点は、実際に高校などの教師による生徒へのセクシャルハラスメントが中国において発生しており、こうした社会的な問題が反映されたものと思われます。

(2)実際の判断内容

 セクシャルハラスメントを理由とした損害賠償請求の案件も、近年散見されるようになってきました。

 どのような行為がセクシャルハラスメントとして問題になるかについて、上海市の虹口区人民法院(基層人民法院)における裁判判決[11]では、セクシャルハラスメントを三つの方式に分類して説明をしています。何がセクシャルハラスメントに該当するかを考える上で参考になります。

行為型 顔、胸、臀部、太腿等の敏感な部位に故意にぶつかり、又は触る行為
口頭型 性的な経歴、下品な笑い話又はポルノの内容を述べて、噂を流したりからかう行為
環境設置型 業務場所に、淫らなポスター、広告等を貼る行為

 従来型の①だけではなく、②又は③の場合についてもセクシャルハラスメントとして、損害賠償請求を認めているケースがあることに留意が必要です。

(3)企業の留意点

 企業に対しては、①適切な予防、②苦情の受付、③調査処分を行うことが義務づけられています。こうした制度がない場合には、企業がセクシャルハラスメントに係る当該条項の義務に違反したものとして直接賠償義務を負わされるリスクが高まると考えられます。以下では具体的な対応策の例を挙げます。

適切な予防 外部専門家によるセクシャルハラスメント対策をテーマにした社内セミナー・勉強会などの実施実績を作っておくことが考えられます。
苦情の受付 内部通報用のホットラインが既にあれば、その受付窓口を利用することが考えられます。
調査処分 予め就業規則においてセクシャルハラスメントに関連する規定を設けておけば、調査・処分も実施しやすくなります。また①の予防措置を行ったと主張する根拠の一つにもなり得ます。

3.プライバシーと個人情報保護

(1)プライバシーについて

 プライバシーと個人情報保護については、人格権編の第6章で規定されています。

 このうちプライバシーは、これまでの民事法令において明文の規定はなく、今回初めて明文で定められました。

第1032条(プライバシー権)
自然人はプライバシー権を有する。いかなる組織又個人も秘密を探り、騒ぎを起こし、漏洩し、公開する等の方式により、他人のプライバシー権を侵害してはならない。
2 プライバシーとは、自然人の私生活の安定安寧、並びに他人に知られたくない私的空間、私的活動、及び私的情報をいう。

 更に第1033条では、具体的に行ってはならない行為を次のように定めました。

第1033条(プライバシー権を侵害する行為)
(1) 電話、ショートメール、インスタントメッセンジャー、電子メール、チラシ等の方式により他人の私生活の安定を妨害すること
(2) 他人の住宅、ホテルの部屋等の私的空間に侵入し、又はこれらの空間を撮影し、覗き見ること
(3) 他人の私的活動を撮影し、覗き見、盗聴し、又は公開すること
(4) 他人の身体の私的部位を撮影し、又は覗き見ること
(5) 他人の私的な情報を処理すること

 企業側としては、その事業活動において、「電話又は電子メールで生活の安寧を妨害された」とのクレームを受けないよう留意が必要でしょう。ショートメール、インスタントメッセンジャー等を利用した消費者へのアクセスも頻度、時間帯等について配慮しないとプライバシー権の侵害としてクレームを受ける根拠になる可能性もあります。

(2)個人情報保護について

 これまでも、消費者権益保護法[12]、ネットワーク安全法[13]等の規定において個人情報の規定が置かれてきました[14]。民事関係の基本法といえる民法典に個人情報の定義と権利内容が明確にされたのは意義があることですが、その内容には目新しいものはありません。

第1034条(個人情報)
1 (省略)
2 個人情報は、電子その他の方式により記載され、単独で、又はその他の情報と組み合わせて自然人を特定することができる各種情報をいう。自然人の氏名、生年月日、身分証の番号、生体識別情報、住所、電話番号、電子メールアドレス、健康情報、移動履歴情報等が含まれる。

 自然人を特定できるという要件があるため、データを不可逆的に加工して特定できないようにした情報は、個人情報として取り扱わなくてよいということになります。

(3)企業に与えうる影響

 企業との関係でいえば、企業が中国において個人の情報について次の処理をする場合には、個人情報を処理するものとして、一定の義務を負うことになります。

第1035条(個人情報の処理)
1 (後述)
2 個人情報の処理は、個人情報の収集、保存、使用、加工、転送、提供、公開等が含まれる。

 営業や顧客管理のために、上述の行為をすることは珍しくないと思われますが、それには同条1項で定められている下述のような条件を満たさなければならない点に留意が必要です。

同条
1個人情報を処理する場合には、合法、正当、必要の原則を遵守し、過度に処理してはならず、かつ、次の条件に合致しなければならない。
(1) 法律又は行政法規に別段の規定がある場合を除き、当該自然人又はその後見人の許可を得ること。
(2) 情報処理の規則を公開すること。
(3) 情報処理の目的、方式及び範囲を明示すること。
(4) 法律、行政法規の規定及び双方の約定に違反しないこと。

 これまでの個人情報について規定してきた法律でも、①同意の取得、②規則の公開、③目的、方式及び範囲を明確にすることは求められてきたところであり、新しい義務を負う訳ではありませんが、義務がより分かりやすく明確になったのは事実です。企業側としては、個人情報の処理について適切な内容の社内規則を策定しておき、更にプライバシー・ポリシーなどの形で外部に公開することが必要とされます。

4.名誉権

 その他に企業との関係で問題になるとすれば、名誉権の侵害行為と違法性の阻却事由が挙げられます。これらが関係する業界は限定されますが、マスメディアに関連する業務を行う場合は留意が必要です。

 下記の要件を満たす場合は、違法性が阻却される可能性があります。

第1025条(違法性阻却事由とその例外)
行為者は公共利益のためにニュース報道、世論監督等の行為を実施し、それにより他人の名誉に影響を与えた場合には、民事責任を負わない。ただし、次の各号のいずれかに該当する場合を除く。
(1) 事実をねつ造し、又は歪曲したとき
(2) 他人に提供された、重大に事実違反する内容に対して、合理的な検証義務を尽くさなかったとき
(3) 侮辱的な言葉などを使用し、他人の名誉を貶めたとき

 このうち(2)の合理的な検証を行ったかという点は、次の要素を併せて検討することになります。

(1) 内容の出所の信用性
(2) 明らかに紛争を引き起こしうる内容について必要な調査を実施したか否か
(3) 内容の時間的制限に関わる性質
(4) 内容と公序良俗との関係性
(5) 被害者の名誉が貶められる可能性
(6) 検証能力及び検証コスト

 このような要素から総合的に考慮することになります。

最後に

 民法典は、冒頭で述べたように民事関係に関する法律の基本的な内容を網羅しています。まずは新しく設けられた人格権について、中国ビジネスに関わる方が関心を持たれそうな内容をご紹介しました。但し公布されたばかりであり、来年の施行後に実際の運用と会社運営への影響が明らかになっていくと思われ、引き続き注視が必要な法律といえます。

以上


1. 中華人民共和国主席令第45号(2020年5月公布)

2. 文中の民法典の条文は、原文を参考として和訳したものです。実際の問題の解釈の際には必ず原文を参照ください。

3. 例として食品安全法(2015年改正施行)第148条

4. JETRO青島事務所「日系企業の中国内販売における『落とし穴』と失敗事例」第3頁

5. なお、商標法には、許諾なしに他人の肖像を商標登録できないことや、自己の肖像を用いた商標に商標権の効力が及ばない旨の規定があります(4条、26条参照)。

6. 最高裁判決昭和44年12月24日刑集23巻12号625頁

7. 昭和51年6月29日東京地判判時817号23頁、最高裁判決平成17年11月10日民集59巻9号2428頁、最高裁判決平成24年2月2日民集66巻2号89頁等

8. 2018年改正(主席令第16号)

9. 中国語では「性騒擾」。

10. 2012年公布(国務院令第619号)

11. (2017)沪0109民初6857号

12. 2014年施行、主席令第7号

13. 2017年施行、主席令第53号

14. 消費者権益保護法では定義規定はありませんが、ネットワーク安全法では、「電子又はその他の方式で記録された、単独又はその他の情報と結合して、自然人個人の身分の各種情報を識別する情報で、自然人の姓名、誕生日、身分証番号、個人生物識別情報、住所、電話番号等が含まれるがこれに限られない。」とされています(76条(5)号)。また国家標準である「情報安全技術 個人情報安全規範」では、「個人情報とは、電子的方式またはその他の方式により記録された、単独またはその他の情報と結合して、特定の自然人の身分を識別し得るまたは特定の自然人の活動状況等を反映し得る各種情報を指す。」とされています。


※本稿は「西村あさひ法律事務所中国ニューズレター」(2020年8月19日号)より転載したものである。