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【21-001】上海における日系企業法務の発展小史

2021年01月14日

野村高志

野村 高志:西村あさひ法律事務所 上海事務所
パートナー弁護士 上海事務所代表

略歴

1998年弁護士登録。2001年より西村総合法律事務所に勤務。2004年より北京の対外経済貿易大学に留学。2005年よりフレッシュフィールズ法律事務所(上海)に勤務。2010年に現事務所復帰。2 012-2014年 東京理科大学大学院客員教授(中国知財戦略担当)。2014年より再び上海に駐在。
専門は中国内外のM&A、契約交渉、知的財産権、訴訟・紛争、独占禁止法等。ネイティブレベルの中国語で、多国籍クロスボーダー型案件を多数手掛ける。
主要著作に「中国でのM&Aをいかに成功させるか」(M&A Review 2011年1月)、「模倣対策マニュアル(中国編)」(JETRO 2012年3月)、「 中国現地法人の再編・撤退に関する最新実務」(「ジュリスト」(有斐閣)2016年6月号(No.1494))、「アジア進出・撤退の労務」(中央経済社 2017年6月)等多数。

 初めて上海を訪れたのは1995年の夏であり、熱帯のような蒸し暑さと、雑然とした街、騒々しい人混みの様子から、東南アジアの発展途上の一都市のような印象を受けました。それから4半世紀近くが経ち、上海は近未来的な高層ビル街へと変わり、国際ビジネスの中心地として世界中から企業と人が集積しています。90年代の面影を残した場所を見つけるのは難しく、その変貌振りは言葉に表しがたい程です。

 私は、北京での留学を終えた2005年夏から上海に移り、英国系法律事務所の上海オフィスで勤務するようになりました。それが上海で生活する始まりとなり、2009年に帰国したあとは出張ベースで上海と東京を行き来し、2014年初めに現事務所が上海オフィスを設立したのを契機に、再び上海に赴任しました。上海在住歴は10年を超え、弁護士人生の半分近くになります。

 2000年代の駐在期間と今回の駐在期間を比べると、この間に中国市場が圧倒的な巨大化を遂げて経済・ビジネスが国際化したのに伴い、社会システムから人々の生活習慣まで様々な分野で大きな変化が生じています。私が関わる企業法務の世界でも、やはり顕著な変化が見られるので、本稿ではその一旦を振り返ってみたいと思います。

1.上海における日系企業の法務の発展

 前回の上海駐在期間である2005年から2008年にかけての時期には、大手メーカーや金融機関を中心とする多数の日系企業が上海に中国統括本部を置き、そこにおいて法務機能を充実させるべく、日本本社から法務部員を派遣駐在させるという潮流が見られました(それ以前は、中国現地法人に自前の法務部門を置く日系企業は少なく、例えばメーカーの場合、技術部門出身の総経理が法務面も含めて何でも見ているというケースが一般的でした)。日本本社のプロパー法務部員が中国現地法人に駐在することにより、法的な知見を持つ社員が中国現地の法務問題を扱うことになり、より専門的で緻密な法務対応がなされるようになりました。これが上海の日系企業における法務の発展期だったように思われます。

 当時、親しく交流した駐在法務担当者は、その多くが「社内の中国畑」出身ではなく、元々は主に日本国内の法務を扱っており、それまで中国及び海外への留学・居住経験もなく、中国語の学習歴もない方々が大多数でした。2006年から2008年にかけては対中投資ブームで、多くの日本企業が中国国内市場を積極的に開拓しようとする中、駐在法務の方々も大いなる情熱を持って体当たりで中国法務の現場に飛び込み、日本とはまるで様相が異なる法務問題に取り組まれていました。

 ちょうどこの時期は、上海で活動する日本人弁護士も増えており、また専ら日本企業をクライアントとする中国事務所・中国律師も急増していました。当時は法務関係者の横の繋がりも活発で、上海在住の日本人弁護士と駐在法務担当者の仲間で集まって「上海法務会」を結成し、毎月のように集まっては生の実務問題に関する侃々諤々の議論を交わし、その後は深夜まで痛飲していたのが懐かしく思い出されます。

 これらの様々な場における情報流通と協働での案件対応の積み重ねを通じて、日系企業の法務対応が大幅にレベルアップしていったように思われます。それ以前は「中国は法律が有って無きが如し」「法律・理屈道理には進まないもの」と言われていましたが、一定の根拠とロジックをもって法的な論点を詰めていくやり方が一般化したわけです。

 振り返ってみると、同時期に同様の潮流が中国の知的財産権分野でも進行していたのは興味深いです。この時期、在上海の現地法人に日本本社の知財部から専門部員を派遣駐在させるケースが増え、ジェトロの上海・北京のIPグループ活動を通じて活発な情報交換と専門的研究が進んだことから、日系企業における模倣対策等の中国知財の実務が急速にレベルアップしたと感じられます(それ以前は、知財問題に関しては専ら日本本社の知財部がハンドルし、駐在知財部員を置く場合は、専利局や商標局のある北京に置くのが一般的でした)。

2.在中日系企業における法務の現地化

 2014年に再び上海で働くようになり、この6年程の間に、新たに多くの駐在法務担当者と交流を深めることになりました。前回の駐在期間と比べた特徴としては、専門の法務担当者を置く企業が増加したこと、駐在法務担当者が帰任に伴い代替わりして二代目・三代目となっている企業が増えたこと、中国人の法務担当者(中国の弁護士資格を有するケースも多い)も増え、社内に法務部チームが組織されていることなどが指摘できます。また最近は、セミナーやメディアの記事等を通じて、中国法務に関する情報が豊富に流通していることも指摘できます。

 駐在法務担当者の方々は大変多忙であり、日々の案件対応と情報収集に追われつつ、日本本社と中国現地法人の橋渡しや、若手法務部員の育成などにも力を注がれています。本社法務部の主導による立ち上げの段階から、現地主導で成長していく現地化の段階に移行していく流れが見受けられます。

 このような企業の駐在法務担当者の方々による日々の努力の蓄積が、在中国の日系企業における社内法務のレベルアップに大いに貢献してきたという事実は、もっと知られてよいように思われます。

3.中国現地法人における法務体制の段階的構築

 以上の経験を踏まえ、私は、中国の現地法人における法務体制の構築を、以下の通り3段階に分けて整理できると考えています。まずは新規に何らかの法務体制を導入し(初級編)、徐々にその発展段階(中級編)を経て、現地化の推進(上級編)へと移行していくイメージです。最終目標としては、中国現地法人が主導して法務対応を行い、日本本社はそのサポート役を務めることを目指すものであり、見方を変えると、本社からの権限委譲と現地化を進展させるものでもあります(中国現地法人の知財部についても、同様の流れが見られます)。

  段階 内容
新設段階(初級編) 新規に法務体制を導入する段階
発展段階(中級編) 既存の法務体制を発展させる段階
現地化段階(上級編) 現地法人の主導で法務対応ができる段階

(1) 新設段階

 まずは中国現地法人に法務の責任者を置き、責任の所在と、個別事案に対する判断・処理のフローを明確にすることから始める必要があります。従前は多くの現地法人に専門の法務担当者を配置するだけの人的リソースがなく、総経理等の経営幹部(多くは日本からの出向駐在者)が現地法人の法務を含んだ責任者となり、何かあれば日本本社の法務部門に相談・報告しながら対応するというケースが多く見られました。

 例えばメーカーであれば中国現地法人の経営トップとして出向駐在する方は技術畑出身者が多く、法務に関する知見が乏しいため現場での判断・処理が難しいケースも見られました。他方で日本本社サイドでは、中国現地の法制度や実務状況に対する情報が乏しいことから、中国現地の法務問題について相談を受けてもうまく対応できないケースも見られました。更には、現地法人サイドが本社にいちいち問題を報告・相談したがらない状況も生じることが度々みられました。

(2) 発展段階

 そこで、中国現地法人に専門の法務担当者を置こうという動きが現れ、日本本社の法務部門からプロパー部員を中国の統括会社や管理性会社に出向駐在させ、専門の法務担当者とするケースが増えました。これにより現地で専門的な法務対応が機動的に行えるようになり、また日本本社サイドでも現地の正確な情報が得られ易くなりました。これは、日本本社サイドにおいて中国法務に関する情報や実務的な知見を、纏まった形で蓄積することにも役立ちました。

(3) 現地化段階

 上述の出向駐在法務担当者が、数年の任期を経て帰任し後任が引き継ぐというように代替わりを重ねていくと、中国現地法人と日本本社の双方に、中国の法制度や現地の実務状況に精通した担当者がいることになります。また、出向の間に中国現地の法務スタッフの採用・育成に注力していき、現地法務スタッフのスキルアップに伴い、次第に権限と責任を委ねていくという流れが生じます。この積み重ねを経て、法務体制の現地化・権限委譲が、スムーズかつ実効的な形で可能になります。

 中には、中国統括会社の法務部長を中国人担当者が務め、その下に日本本社から出向派遣された若手の日本人法務担当者を配置して本社サイドとの意思疎通役を務めさせるケースも見られますが、これは法務体制の現地化・権限委譲の一つの到達点に思われます。日系企業の法務部で、中国人担当者が、本社側からも信頼されながら生き生きと仕事をされている姿を見ると、内心嬉しく感じられるものです。

 私は今後も上海の地で、企業の法務担当者の方々との協働を通じて、中国現地発の企業法務のレベルアップに微力ながら貢献したいと考えています。

以 上


※本稿は、野村高志「上海における日系企業法務の発展小史」(『日中法律家交流協会報』第63号)を同協会の了解を得て一部修正のうえ転載したものである。