【11-01】第5回ゴム基礎研究国際シンポジウム(中国青島)に招待されて
2011年 1月12日
西 敏夫:東北大学原子分子材料科学高等研究機構、
教授、主任研究員
東京大学名誉教授(2003年~)
東京工業大学名誉教授(2008年~)
1967年:東京大学大学院工学系研究科応用物理学専攻修士課程修了
1967年~1980年:ブリヂストンタイヤ(株)研究開発本部
1972年:工学博士(東京大学)
1972 年~75年:ベル研究所客員研究員
1980~2003年:東京大学工学部物理工学科 専任講師、助教授、教授
1985年:IBM Summer Faculty Fellow
2003~2008年:東京工業大学大学院理工学研究科、有機・高分子物質専攻教授
2008年~現職
1995~97年:(社)日本ゴム協会会長
2000~2002年:(社)高分子学会副会長
2005年~:最高裁判所専門委員、2006年~:日本学術会議連携委員
PR:ポリマーアロイ、高分子ナノテクノロジーの開拓
ISO/TC45/SC4/WG9 免震ゴムの議長、日本発の免震ゴムのISO化達成
写真1 会場の府新大厦の自室15階からの眺め
2010年12月16日(木)~18日(土)に、中国山東省青島市の府新大厦で、上記のシンポジウムが中国国家自然基金委員会(NSFC)、青島科技大学ゴム・プラスチック材料工学教育部重点実験室、山東省ゴム・プラスチック材料工学重点実験室の主催のもとで開催された。参加者は、中国全土から約300名と盛況であったが、海外はドイツから4名、日本から筆者だけと少々物足りなかった。しかし内容的には中国のゴム研究の動向が鮮明に浮かび上がっただけでなく、ドイツのこの分野の中国戦略がはっきりし、日本の決定的な立ち遅れが目立ったのであえてレポートしたい。
まず、写真1は、会場及び宿舎となった青島市中心部の市役所裏の府新大厦(4星級、27階建)ホテルの自室15階からの眺めである。右側が市役所で、奥に建設中の高層ビル等が沢山ある。大発展中の青島市の人口は、約760万、人口約7800万の山東省では第一の大都市である。青島市には、今や世界最大の家電メーカーとなったハイアールの本拠があり、山東省は世界一となった中国ゴム産業の中心地である。ちなみに、ゴム産業の規模の目安として、年間新ゴム消費量を用いるが、2009年度で中国は、761万t、2位の米が213万t、3位の日本は147万tである。しかも中国の新ゴムの消費量の伸びは10%以上なのに対して、米、日は伸び悩みか低下傾向にある。
写真2 開会式でのMa Lianxiang 青島科技大学長の挨拶
青島科技大は、1950年発足の瀋陽軽工業高級職業学校~1956年:青島ゴム工業学校~1958年:山東化学工業学院~1984年:青島化学工業学院~2002年:青島科技大学と発展し続けてきた。現在は、3キャンパスに、高分子科学工学学院を含む18学院を持ち、学生数2.5万人、教職員1450名の総合大学と成長した。中国大学総合ランキングでは、中より上の158位であるが、伝統あるゴム、プラスチック分野では一目置かれている。また、2003年には、将来性を見込んだドイツが中徳科技学院を新キャンパス内に設立し、ドイツの大学と密接な関係にある。
今回のシンポジウムは、口頭発表25件(内招待講演9件、(内ドイツ3件、日本1件))であったが、主催者が厳選したようで、いずれも興味深かった。予稿は、A4版99ページで多くは中国語であった。また、大口スポンサーとしてドイツのランクセス社がついた様で、5ページ分のカラー広告が載っていた。ちなみに、ランクセス社は、世界で最初に合成ゴムを工業化したバイエル社のゴム部門が独立した会社で、この分野では世界最大最強と目されている。最近は、中国、インドに進出する他、オランダのDSM社のEPDM部門を買収するなど世界戦略を進めている。
写真3 組織委員長の Shugao Zhao教授
17日の朝8時半から始まった開会式では、写真2の様な若い青島科技大学長の挨拶、写真3の組織委員長Shugao Zhao 教授、NSFC担当委員、写真4のランクセス社副社長のDr. Jürgen H. Kirshの挨拶と続き、最後は青島市幹部の挨拶でしめくくった。単なる学術シンポジウムでなく、国、市、大学さらにドイツ企業の連携を伺わせた。Zhao教授は、両重点実験室主任であるが、ドイツに留学してPh.Dを取得し、ドイツの大学やドイツゴム技術研究所(DIK)との共同研究も行っている。DIKはハノーバー大学、ニーダーザクセン州、ゴム企業との共同運営体で、ハノーバーにあり、ゴム・エラストマーの基礎研究を50名程のスタッフで研究しているこの分野では世界的に有名な中立研究所である。
講演全部の紹介はできないが、招待講演を講演順にまとめると、以下の様になる。
1)「中国における石油系合成ゴムの現状と発展」:Jie Hu。2009年度で合成ゴム生産量は中国が世界一で年間286万t、2位は、米で196万t、3位は、日で130万t。主に中国の巨大企業である中国石油と中国石化が製造。自動車産業の急成長に対応して、2012年には、2008年の2倍の生産量見込み。今後は、稀土類Ndを用いたポリブタジエン、粉末ゴム、液状ゴム、3元グラフトゴムに研究開発を集中。
写真4 開会式でのDr. Jürgen H.Kirsch ランクセス社副社長
2)「変形と温度の関数としての充てん剤―充てん剤、充てん剤―ポリマー相互作用の解明」:Prof. Claus Wrana(ランクセス社高分子試験部長)。ゴムの応力~ひずみ曲線、ヒステリシスの解析によるナノコンポジットの物性解明。Prof. Wranaは、青島科技大の客員教授兼任。
3)「高分子研究開発とNSFCの紹介」:Mr. Jianhua Dong。現在、NSFCが高分子系で強力にサポートしているテーマは、自己修復材、バリヤー材料、チェーンシャトリング反応、マルチブロック共重合体、稀土類触媒を使った高立体規則性エラストマーの合成。若手に対する研究資金は、2002~2009 年で8倍増、一般研究資金は4倍強。将来の増加傾向に変更なし。
4)「稀土類錯体老化防止剤の研究」:Prof. Demim Jia(華南理工大学材料学院)。サマリウム系の新老化防止剤とその効果。
5)「エラストマーの老化と酸化防止剤の効果」:Prof. Ulrich Giese(DIK所長)。ケミルミネッセンスを使った研究。期待していたが、ビザの関係で当日キャンセル。
6)「中国のタイヤ市場と発展」:Jiawei Li(石油・化学工業規制院)。EUの2012年から始まるタイヤの転がり抵抗、ウエットスキッド、騒音規制にどう対応すべきか。現在、米のタイヤ市場の38%を中国製タイヤが占めるまでになり、中米貿易摩擦が起きている。どう対応すべきか、また将来の生産量予測など。
7)「ゴム系材料のナノからメガテクノロジーへ」:西敏夫、中嶋健(東北大WPI-AIMR)。3次元電顕、ナノ力学物性マッピングなどの高分子ナノテクノロジーをどうやってタイヤの転がりの抵抗低下、免震ゴムなどのメガテクノロジーへ結び付けるか。これは大好評で、講演後の名刺交換だけで20枚以上となった。
8)「無定形弾性体中のナノ粒子と高分子の分散、凝集、界面、補強の理論的研究」:Prof. Liqun Zhang (北京化工大学北京市新型高分子材料製造・成型加工重点実験室)。大規模コンピューターシミュレーションによる、ナノ粒子とポリマーの相互作用、界面制御等の解析。彼の研究室は実験もやっていて総勢200人。
9)「NMRによる高分子中の炭化水素鎖の分子動力学研究」:Dr. Winfried Kuhn(IIC Dr. Kuhn Innovative Imaging Corp.社長)。青島科技大とDIKの共同研究で、彼が開発した超小型NMRのスピン―スピン緩和時間測定によるゴム物性解析とその実用材料への応用。
写真5 会議の集合写真
写真6 青島科技大学ゴム・プラスチック重点実験室
一般講演は、大連理工大学から高分子の精密合成、瀋陽化工大学からゴムの力学物性、中国科学院長春応用科学研究所から、Nd系触媒による高性能ポリブタジエンの合成、四川大学から天然ゴムのミクロ構造と物性、海南大学から天然ゴム樹種の違い、上海交通大学から、ゴムのマイクロ波吸収、青島科技大学から分岐・グラフト化ジエン系ゴム、中国熱帯農業科技院からエポキシ化天然ゴム、北京化工大学から、高気密性マイクロレイヤー複合材料などであった。これらの研究テーマは、世界的に見てもホットなテーマが多く、単なる基礎研究でなく、実用化も意識して旨く的を絞っていることがわかった。尚、写真5は、初日の参加者集合写真であり、府新大厦の正面で撮影した。全員は入りきらないので、院生は写っていない。
18日も朝8時30分からシンポジウムが始ったが、午後は2時から青島科技大四方キャンパスのゴム・プラスチック重点実験室見学となった。ホテルから大型バス数台を連ねて約30分程で2010年に新築された4階建、約4000㎡の実験室に到着した。玄関には写真6の様な看板が掲げられていた。重点実験室は、2003年に教育部、2004年に山東省の指定を受け旧来の建物に分散していたが、2010年にこの建物を新築して移転したばかりと言う。1階には、広い試料作製室があり、ゴム・プラスチック工学に必要な、2軸押出機、ロール、写真7のようなプレス機、配合室、さらにはシャワー室まで完備していた。
写真7 重点実験室のプレス機
勿論、電子顕微鏡(透過型、走査型)、熱分析、分光器その他の新品がそろっていたが、殆んどはドイツ製の最新型であった。日本製は、JEOLの電顕、オリンパスの光学顕微鏡くらいであった。主要スタッフの多くが欧米留学しているためらしい。この重点実験室には、スタッフが約50名(内教授16名、副教授20名)が在籍し、ゴム・プラスチック系で毎年400人の卒業生を送り出しているという。
最後に気が付いたのだが、この重点実験室の建物から20m程しか離れていない場所に、ランクセス社の高性能ゴム研究センターがあった。大きさは重点実験室とほぼ同規模で、2010年夏に完成したばかりと言う。重点実験室との連携、人材確保も目的なのであろう。この物量作戦と、ドイツの戦略には驚く他ない。尚、先程述べた、中徳科技学院には、ドイツの大学教官が常駐し、才能ある若手をドイツに送り、Ph.Dを取らせるという。それらが帰国し、中国の要人となり更にドイツとの連携が進む。中徳科技学院設立に当っては、ドイツ政府だけでなく、ランクセス、バイエル、BASF、シーメンスなどのドイツの主要企業が寄付に応じ、開設時のテープカットにはドイツの文部大臣が参列したという。これらの現実を目にして、日本の戦略は無いに等しいのではないかと危惧しているところである。