【14-12】APEC首脳会議がチャンス―宮本元中国大使日中関係修復で提言
2014年 5月22日 小岩井 忠道(中国総合研究交流センター)
宮本雄二元中国大使は5月17日、会長を務める日中関係学会の総会で講演し、「中国の主流派は対日関係改善にかじを切っている。11月のAPEC(アジア太平洋経済協力会議)首脳会議が安倍政権下での関係修復の最後のチャンス」と語った。
宮本氏は、「中国の外交は内政の延長。弱い政権は対外強硬になる」という持論を紹介した上で、「現在政権を握っている人々は例外なく改革派であり、対外協調派である」と強調した。「相手に手を出せて倍返しをするという従来の中国のやり方と異なる」。ベトナムに対する直近の対応には疑問を呈しつつ、習近平国家主席は、昨年11月の三中全会開催前から日本との関係改善方針を決めているとの見方を示した。
これを裏付けるものとして、宮本氏が挙げたのが、今年5月9日、北京の人民大会堂で行われた自民党アジア・アフリカ問題研究会(AA研)会長の野田毅自民党税制調査会長と兪正声全国政治協商会議主席の会談。共産党序列4位の兪氏は、困っているのは中国で、日本が助けてくれるなら評価するという趣旨のことを話しており、これは中国側が日本との関係改善に踏み切ったことを示す、と氏はみている。
中国に限らず主要な国一国との関係が悪化しても、日本の外交は本来の機能を発揮できなくなる。現在、日本外交は確実に力を落としており、中国との関係正常化は本気で考える必要がある。11月のAPEC首脳会議を逃すと当分、チャンスはない…と語り、「APEC首脳会議での安倍・習会談実現に向けて今から準備して、信頼感醸成のために動き初めてほしい」と提言した。
宮本雄二日中関係学会長の講演概要は次の通り。
今、世界が中国に関して一番とまどっていること、困っていることは、中国が強大になり、力の変化、力が中国に向かって動く「パワーシフト」が起こりつつあるにもかかわらず、世界の大国になった中国が、リーダーとして持っていなければならない責任感、心の持ちようをまだ身に付けていないということだ。
中国の対外関係は内政の延長、外交イコール内政と考えてよい。一挙手一投足は、ほぼ国内の状況を反映している。外交上計算が合わない、外交上不利としか思えない行動をすることが時々みられる。こうした世界中から批判されて、こんなばかなことをなぜやるのか、と思われる行動に出たときは、間違いなく内政の問題が存在する。内政上、指導者がそうせざるをえないということだ。従って、中国の内政が安定しないと世界が困るという図式がある。
中国の勢力図は、大まかに言うと次のように大別できる。今政権を握っている主流派と反主流派、政策に対する姿勢の差で分けると改革派と既得権を握っている改革をいやがる派に。さらに対外関係を基準にとれば、国際協調を大事にする派と対外強硬派に分けられる。
習近平氏を頂点とする政権を担当している人たちは、ほぼ例外なく改革派で国際協調派だ。なぜなら国を運営しているということは大変なこと。中国は国内に大変な問題を抱えている。昨年11月の三中全会で「改革の全面的深化に関する決定」が採択されたが、その中で改革が必要とされた対象項目は300とも600とも言われている。それくらい膨大な数の改革をやらない限り中国という国は回らなくなっている。
経済を走らせながらいろいろな問題に手を付けて改革していかなければならないということだ。理性的に考えれば外国と問題を起こしてよいことは一つもない。世界経済の相互依存というのは想像以上の水準に達している。そういうグローバル経済が出来上がっており、さらに経済を成長させなければ中国共産党の明日はないという時代にあって、外国と衝突し関係を悪化させ、結局、経済発展の関係が損なわれていくような事態を招くことがよいのか。中国が厳しい姿勢をとればとるほど、ネガティブな感情が世界中に高まり、輸入品ボイコットや資本の逃避がすぐ起きる。理性的に考えれば対外協調路線をとるほかない。
にもかかわらず今、皆が目にしている状況は 外交が内政の道具になっているということだ。中国では、自分の権限を強め、相手の権限、力をそぐために、腐敗案件を使う。やられた方もやりかえすということが行われている。ところが国内だけでなく海外の案件も使われる。弱腰外交は何事だ、と批判するといった…。強い政権なら国際協調路線を堅持することができる。従って、中国が対外強硬行動に出たときは、国内の統治が難しくなっていることを示す黄信号といえる。
習政権は、昨年の3月の全国人民代表大会が終わった直後から対外協調路線に転じており、11月の三中全会直前に開かれた「周辺外交工作座談会」でも、習近平国家主席が「周辺諸国とは共存共栄で行く」という重要な講話を行っている。これが実現していないのは国内情勢のせい。かじを切ろうとしても足を引っ張る人間がいるため、彼らをまず抑えないといけない事情があるということだ。
5月に北京で野田毅自民党税制調査会長と会談した兪正声全国政治協商会議主席が興味深いことを言っている。「中国は今困っている。助けるときに助けてくれたら評価する」と。兪氏は中国共産党のナンバー4だ。こういう言葉がインターネットで流れると批判されかねないから、あまり言う人はいない。しかし、私もよく知っているが兪氏というのは非常に率直な物言いをする人だ。
中国の習政権は、日本との関係改善を決めている。ただ、前に動かすことができないというだけだ。安倍内閣は、対外戦略における中国の明確な位置づけを示してほしい。日中の相互信頼が薄いのが問題で、特に指導者同士の信頼醸成が決定的に重要だ。
関連記事
- 2014年01月29日
取材リポート「1970年前後の日本に酷似 早川英男・元日銀局長が中国の経済状況分析」 - 2013年11月13日
CRCC研究会「中国政治の光と影-習近平体制の課題と展望-」
リポート「改革の徹底に日中の専門家から期待と懸念」 - 2013年10月09日
中国研究サロン「習近平政権下の政治情勢」
リポート「習政権に戦争の選択肢はない 宮本雄二元大使が分析」 - 2013年 9月30日
取材リポート 「事態の沈静化と交流回復急げ 宮本雄二・元駐中国大使が提言」