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【16-29】華北地方の戦前・戦中伝える秘蔵写真公開

2016年12月 5日  小岩井 忠道(中国総合研究交流センター)

 日中戦争勃発直後から敗戦まで中国華北地方で鉄道、バス、水上交通事業を展開していた日本の国策会社「華北交通」が撮影した大量の写真が、ようやく一般の目に触れるようになった。「華北交通アーカイブ」という形で情報・システム研究機構内のウェブサイトで11月29日に公開されたほか、同日から都内で写真展も始まった。鉄道をはじめとする交通から、資源、産業、風景、風俗にわたる華北地方のかつての姿を伝える貴重な写真が多い。12月18日には、写真展に併せて「華北交通写真資料」シンポジウムも開催される。

 これらの写真は、華北交通が自ら発行するグラフ誌に使用するほか、外部提供に対応できるよう整理用カードに密着貼り付けという形で保存されていた。数は約35,000に上り、ほぼ同数のガが残されている。整理カードには、撮影地や内容についてのデータも記されている。ただし、どのような経緯で太平洋戦争後に華北交通から京都大学人文科学研究所に提供されたかがはっきりしないまま、近年まで研究所外の人間にはほとんど知られない状態で、保管されていた。

 しかし、資料としての価値は高い。公開を求める研究者が増えた結果、6年ほど前から京都大学人文科学研究所、同大学地域研究統合情報センター、国立情報学研究所、東洋大学、日本カメラ財団などが協力して、資料のデジタル化、アーカイブ化を進める共同作業が始まった。

 こうした共同作業の結果、写真に加え、華北地方の当時の交通網データなどを収録したデータベース「華北交通アーカイブ」のプロトタイプ版が完成、11月29日に情報・システム研究機構データサイエンス共同利用基盤施設人文学オープンデータ共同利用センター準備室のサイト内で公開された。アーカイブには、紙に記録されていた華北交通の路線図を参考に駅や路線がデジタル地図上にプロットされている。利用者は、駅名や路線名からも検索可能だ。

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「華北交通アーカイブ」の華北交通路線図(国立情報学研究所提供)

 「華北交通アーカイブ」のプロトタイプ版公開に併せ、同じ11月29日から日本カメラ財団主催の写真展「秘蔵写真 伝えたかった中国・華北―京都大学人文学研究所所蔵 華北交通写真―」も始まった。会場の「日本カメラ博物館JCIIフォトサロン」(東京都千代田区一番町)には、保管されていたネガから新たにプリントした写真約110点と、保存されていた整理用カードが展示され、一般の人の目に無料で公開されている。

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大同炭鉱 少年炭鉱作業員(1940年6月、京都大学人文科学研究所所蔵)

 展示室には、「開通を喜ぶ農民 石徳線開通式」(王家井、1941年2月15日)など鉄道に関する写真や、大同炭田・大同炭鉱で働く炭鉱作業員たちの様子、綿花を天日乾燥している作業風景(天津)、さらには北京市内の日常風景などを撮った多彩な写真が並ぶ。会場には、「華北交通アーカイブ」の端末も置かれ、駅名や路線名などから検索して引き出した写真を拡大あるいは縮小して見ることもできる。人文学オープンデータ共同利用センター準備室のサイト内で公開されている「華北交通アーカイブ」は、個々の写真を公開していない。国立情報学研究所は、「今後の一般公開に向けて詳細な調査研究にも取り組む」としているものの、「戦時中の宣伝活動用写真という背景を踏まえて」と、非公開の理由を説明している。

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日本カメラ財団主催写真展「秘蔵写真 伝えたかった中国・華北―京都大学人文学研究所所蔵 華北交通写真―」

 「日本カメラ博物館」での展示会は、12月25日まで開催の予定。それ以後は、「華北交通アーカイブ」からのウェブサイトでの写真閲覧については、2018年度末公開の計画が進んでいる。

 華北交通は、日中戦争勃発直後の1937年8月に南満州鉄道株式会社(満鉄)の北支事務局として天津で発足した。38年1月に北京に移り、同年11月に日中合弁で創設された北支部開発会社の傘下に入ったのを経て、39年4月中国特殊法人華北交通株式会社となる。敗戦直前の45年4月に北支那交通団に改組、同年10月に中国が設置した華北交通特派員公署に接収された。

 日本カメラ財団の白山眞理調査研究部長は、華北交通が多くの写真を撮り、活用していた理由について、「写真によって全世界に『東亜の正しい認識を与える』役割が期待され、ストックフォトの充実と整備が図られた」との見方を示している。また、華北交通が編集していたグラフ誌に使われなかった写真や、軍報道部の検閲印や不許可印が押された整理カードなどを調べることで、華北交通が活動していた時期の写真宣伝がどのような目的からなされたかなどを考察できる貴重な写真群だ、との評価も明らかにしている。

 華北交通の写真については、白山氏らが編者となった「京都大学人文科学研究所所蔵華北交通写真資料集成」も11月25日に国書刊行会から出版された。800点近い写真に加え、歴史学、植民地教育学、歴史考古学、中国現代史、写真史研究など10数人の研究者による論考も収録した2巻からなる。

 華北交通が撮影し、保管・利用していた35,000もの写真と整理用カード類がなぜ、京都大学人文科学研究所にあったのか。1988年発行の「華北交通外史」は、次のように記している。「故加藤新吉資業局長が、戦後、苦心して持ち帰り、進駐軍の没収を逃れるために密かに京都大学人文科学研究所に寄託した」。ただし、京都大学人文科学研究所側には、受け入れの経緯を示す記録は残っていない。 

 「京都大学人文科学研究所所蔵華北交通写真資料集成」の中で、菊地暁京都大学人文科学研究所助教は、加藤新吉が引き揚げた1946年6月から占領終了の52年4月の間に、戦中の雲岡調査で親交のあった研究所員の水野清一、長廣敏雄らに託された可能性が高い、と記している。

 菊地氏によると、これらの資料の存在は64年の京都大学人文科学研究所の「要覧」7号に初めて明らかにされて以降、継続して記載されている。しかし、研究利用はされていない、という。

関連リンク

  • 情報・システム研究機構人文学オープンデータ共同利用センター「華北交通アーカイブ」
    http://codh.rois.ac.jp/north-china-railway/
  • 国立情報学研究所プレスリリース
    http://www.nii.ac.jp/userimg/press_20161129.pdf
  • 日本カメラ博物館「秘蔵写真 伝えたかった中国・華北―京都大学人文科学研究所所蔵華北交通写真―」
    http://www.jcii-cameramuseum.jp/index.html
  • 「華北交通写真資料シンポジウム」開催のお知らせ
    http://www.jcii-cameramuseum.jp/