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【17-04】ゆとり教育以後の世代特許出願数でも見劣り

2017年 3月 2日  小岩井忠道(中国総合研究交流センター)

 ゆとり教育と呼ばれる学習指導要領が実施されて以降に中学時代を過ごした47歳以下の技術者・研究者は、それより上の世代の技術者・研究者に比べ、特許出願数と特許更新数が明白に少ないことが、神戸大学と同志社大学のグループによる研究で明らかになった。2011年まで日本は特許出願数で世界一だったが、現在は急上昇した中国がトップ。日本は米国にも抜かれ3位に後退している。過去30年以上にわたって繰り返された学習指導要領の改訂で中学の数学、理科の授業時間数が減らされ、日本の研究力の低下を招いたことが、特許出願数と特許更新数からも裏付けられた、というのが研究グループの見方。研究を主導した西村和雄神戸大学特命教授は、「特許制度や企業の研究開発・特許戦略など他の条件が大きく変化しなければ、特許出願数、特許更新数の減少傾向は続くと考えられる」と警鐘を鳴らしている。

 西村特命教授らの研究は、2016年3月に実施したインターネット調査「技術職・研究職の意識に関するアンケート」結果に基づく。NTTコム オンライン・マーケティング・ソリューション株式会社のリサーチサービスを通じ、約15万人の中から技術職・研究職を選び、4,132の有効回答を得た。このうち特許出願、特許更新をしたことがない人がそれぞれ7割強、8割強いる。残る特許出願、特許更新した人の中では、それぞれ1~9回という答が最も多く、出願数、更新数が多くなるほど該当者も減る実態を示していた。

 重要な点は、1960年代から90年代にかけて4回改訂された学習指導要領の下で学んだそれぞれの世代に分けて比べた結果、世代間で特許出願数、特許更新数に明確な差が浮き彫りになったこと。「教育課程の現代化」をキーワードとする学習指導要領の下で中学時代を過ごした48~56歳(2016年3月の調査時)が、特許出願数、特許更新数とも最も多く、次いで多いのが、その上の世代(57~65歳)だった。

 逆に少ないのが、ゆとり教育とよばれる「ゆとりと充実」をキーワードとする学習指導要領の下で中学時代を過ごした36~47歳と、その下にあたる「新学力観」をキーワードとする27~35歳の世代。特許出願数、特許更新数ともに、ゆとり教育が実施される前の世代より明白に減っている。1人当たりの平均特許出願数は、48~65歳の世代で5.00であるのに対し、27~47歳では1.39。平均特許更新数も48~65歳が1.60なのに対し、27~47歳は0.33だった。

 こうした差は、中学時の数学、理科の合計授業時間数の変化を反映している、と研究グループはみている。57~65歳では805時間、48~56歳は840時間と学習指導要領の改訂によって増えているのに対し、36~47歳では735時間と減少に転じ、次の学習指導要領世代である27~35歳では700時間とさらに減っている。

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学習指導要領別の中学理数系授業時間と特許指標(年齢別)=西村特命教授提供

 研究では、高校時代に数学Ⅲと物理が得意だったか不得意だったか、6段階に分けて答えてもらった結果との関連も調べた。この結果も併せて分析した結果、若い世代ほど中学時代の理数系科目の授業時間数が少なく、高校時代に理数系科目を不得意としており、技術者・研究者になってからの研究成果(特許出願数、特許更新数)が少ない、という実態が明らかになった。

 学習指導要領の変更のたびに理数系科目の授業時間を減少させたことが、研究開発者として必要な人的資本の蓄積を停滞させてきたと考えられる、と研究グループは結論づけている。

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学習指導要領の変遷(西村特命教授提供)

 日本の研究力の低下は中国の急上昇もあって、近年、特に目立つ。科学技術関係者の危機感も高まっている。昨年11月に文部科学省科学技術・学術政策研究所が公表した調査報告書「日本の科学研究力の現状と課題」改訂版は、2001-03年の3年間と2011-13年の3年間の変化を比較した国別ランキングで、論文総数、トップ10%に入る高被引用論文数、トップ1%の高被引用論文数のいずれにおいても中国が6~10位から2位に急浮上していることを示している(1位はいずれも米国)。これに対し、日本は論文総数で2位から5位、トップ10%高被引用論文数で4位から8位、トップ1%高被引用論文数で5位から12位と軒並み大きく順位を落とした。

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西村和雄特命教授

 特許に関しても、中国の躍進は目覚ましい。中国・国家知識産権局の発表によると2016年に受理した特許出願件数は約134万件(前年比で21.5%増)で、6年連続で世界1位になった。これに対し、日本は2011年まで世界第1位の出願件数を誇っていたものの、2005年の約53万件をピークに2014年には約47万件と1割以上も減少している。1位の中国だけでなく、2位の米国、4位の韓国とも年々、出願数を増やしているのに比べ、上位国で唯一減少している日本の停滞ぶりが目立つ。

 西村和雄神戸大学特命教授は、学習指導要領の改訂によって日本の研究力がいかに大きな影響を受けてきたかを長年にわたって研究し、警鐘を鳴らし続けている。「分数ができない大学生」という本を1999年に著して以来、高校までの理数教育の重要性を具体的な調査結果を基に繰り返し、訴えてきた。2015年12月には、国内大手企業の20代技術者1,200人余に初歩的な数学や物理の問題を与えて回答してもらった結果を基に、国内大手企業で働く若手技術者の理数系の基礎学力が低下している、という衝撃的な報告を発表している。