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【17-28】大都市の地震対策は待ったなし 和田章日本学術会議分科会委員長に聞く

2017年10月16日  小岩井忠道(中国総合研究交流センター)

 日本学術会議の土木工学・建築学委員会 大地震に対する大都市の防災・減災分科会が9月下旬、提言「大震災の起きない都市を目指して」の中国語訳を日本学術会議のホームページに掲載した。日本語の提言を公表してからわずか1カ月後という素早さだ。日本の科学者の代表機関である日本学術会議は1949年1月に発足して以来、数多くの勧告・答申・提言・報告などをまとめ、発信している。これらのうちまれに英訳付きはあるものの、中国語訳がついたものは、これまで2011年6月の農学委員会提言「食料・農業・環境をめぐる北東アジアの連携強化に向けて」しかない。

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提言「大震災の起きない都市を目指して」中国語版

 東日本大震災が起きた直後から、日本学術会議の土木工学・建築学委員会委員長として数多くのシンポジウムを開催し、大規模災害対策と科学者の役割について発信を続け、さらに土木工学・建築学委員会 大地震に対する大都市の防災・減災分科会の委員長として、今回、新たな提言をまとめた和田章東京工業大学名誉教授に、提言の要点や中国語訳を掲載した狙いを聞いた。

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(和田章東京工業大学名誉教授)

―8月下旬にまとめたばかりの提言を中国語訳でも公表したのはどのような理由からでしょうか。

 多くの人と機能が集中している東京都やその他の国内大都市だけでなく、マレーシア、フィリピンなどの世界の主要都市にも多くの中国人が住んでいます。米国には耐震工学の分野で著名な中国人の研究者もいます。世界の主要な場所に多くの中国人がいるということです。提言の英訳もいずれ公表しようと考えていますが、まず中国語訳をつくりました。日本語に通じた中国の研究者たちの協力も得られましたので。

 私と中国との関係は、大学時代に多くの留学生を指導したこともあり、25,6年になるでしょうか。毎年2、3回中国を訪れており、北京、上海、重慶、広州、杭州、蘭州などにも足を運んでいます。10月13日から3日間、大連で開かれた第十届全国结构减震控制学术会议(第10回中国構造減震抑制研究会議)に招待され、「近年の地震災害と改めるべき建築耐震の基本哲学」について講演してきたばかりです。「中国では5,000棟を超える免震建築が建設されているが、熊本地震の阿蘇の免震病院の動きは素晴らしい、全振幅90センチメートルも動いて何も問題が起きなかったことに感動した」などの感想がベテラン教授からありました。

 「従来の耐震設計の考え方から脱するべきだ」という小生の強い主張が、若い研究者や技術者に与えた影響は大きいと感じます。日本の10倍の人口を持ち、強い指導力のもと発展する中国全土に、これらの若い研究者や技術者がより耐震性の高い建築や都市を構築していくと考えると、頼もしく感じます。日本も頑張らなければなりません。

 かつては日本の耐震工学、構造設計、免震構造などは中国より進んでいたこともあり、講演すると会場に入りきれないような人が集まったものです。しかし、今や北京、上海では東京より2倍を超える高さの高層ビルが数多く造られています。もはや日本が教える時代ではありません。大震災が起きない強い都市造りを中国と一緒に考える時代になっています。実際にこの30年、中国で会う大学生たちの目は日本の学生よりもキラキラ輝いていて、強い意欲を感じます。

―提言の中で導入すべきだとされている「都市地震係数」という言葉は聞き慣れませんが。

 これまで耐震設計は地震動に関する理学的研究と、構造物の強さに関する工学研究の両面から進められてきました。しかし、大都市の震災は、中小都市とは全く違います。中小都市であれば地震直後の救出、救援、復旧、復興などで他の多くの都市からの支援が受けられます。しかし、大都市が震災を受けた場合は、周辺の中小都市からの支援に過大な期待は持てません。国の政治、経済活動を大きく担っている東京のような大都市が大震災に見舞われれば、国の存続や経済の安定にも大きな影響を与えかねません。「都市地震係数」とは、大震災発生時の社会的影響度が高い大きな都市では、建物やインフラの耐震性を他の地域より高くする必要があるとする考え方です。

 実際、中国では、既にこうした考え方が取り入れられています。地震の規模について、日本の震度に相当するものとして列度という分類が用いられています。人が受ける感覚や肉眼で観察できる建物の破壊程度や地表の変化に応じ、1から12の段階に分けられています。中国の耐震規定では、設計の基準となる「列度」(震度)が、地方ごとに定められています。ただし、それぞれの地域に定められた「列度」と、実際に設計の基礎となる入力加速度を決める「列度」はどこも同じではありません。理学的に決められる「列度」は、北京は列度7、上海は列度6とされています。しかし、実際の設計に当たっては、それより大きく北京は列度8、上海は列度7を基準とするよう求められています。都市の規模、社会性に応じて中央政府が実際の設計の基礎となる「列度」については割り増ししているためです。

 日本でも、官庁施設に関しては重要度に応じて耐震設計用の地震の強さを通常の基準の1.25倍あるいは1.5倍に高めています。今回の提言ではこの考え方を拡大させて、大都市では建物やインフラの耐震性を他の地域より強化するため、都市の規模に応じて通常基準より1.0~1.5倍程度高めた「都市地震係数」を採用した設計を行う仕組みをつくることを求めています。

―対策の立案、実施に当たっては、最新の科学的知見に基づき、さらに想像力を広げて熟考して取り組む必要を、提言は最初に挙げていますね。具体的にどのようなことをすればよいのでしょうか。

 私自身が関わった例を紹介します。2006年に国立大学が法人化され、私のいた東京工業大学でも「キャンパス内の施設を魅力のあるものにしなければならない」という声が高まりました。優秀な学生を集めるにはこうしたところにも力を入れる必要がある、というわけです。同じころ、すずかけ台キャンパスに総合研究棟を建てる計画がスタートしました。すずかけ台キャンパスは、自然のままに残すという約束を横浜市と取り交わした保護緑地もあるなど、新たに建築物を建てられる土地はたくさんありません。従来のように10階程度の高さの建物を造り続けるわけにはいかないという事情がありました。

 そこで20階建ての高層ビルを建てることになったのです。仲間の若手教員や地震学者らとチームを作り、当初からこの計画に加わりました。ただし、大学から命じられたわけではなく、従って権限もなければ報酬もありません。唯一、施設部職員との信頼関係があってできたことです。こちらからすれば「親切」な行為とも言えますが、施設部からみたら「お節介」とみられてもおかしくないような関わり方でした。非常によかったのは大学の施設部職員に「東京工業大学にふさわしいハイテクな建築を造りたい」という自負心と熱意があったことです。

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東京工業大学すずかけ台キャンパスJ2・J3棟 (東京工業大学ホームページから)

 J2・J3棟として完成している研究棟の最初に建てられたJ2を例にとって、どのような工夫が盛り込まれているか説明しましょう。建物の長い方の両側面に沿って各8本の柱がありますが、両サイドの柱の間、幅16メートルの中央部分には1本の柱もありません。ですから広いスペースをとることができるだけでなく、各階の用途に応じた自由な区画設定ができます。決められた予算内でこうした使い勝手がよい構造を実現できた最大のかぎは、1階と2階の間に免震層を設けたことにあります。

 2階以上を支える柱と鉄筋コンクリート造りの1階部分の間には、鋼材ダンパーの付いた直径1.2メートルの積層ゴム支承が取り付けられています。鉄と鉄のあいだにゴムを挟んだ形をした積層ゴム支承は、2階以上の部分を1階部分と固着させない役割を担っていて、地震で地盤が揺れても2階以上の揺れを抑える免震効果があります。さらに鋼材ダンパーは鉄がグニャグニャ曲がることで揺れが続いても建物全体の振動が増幅するのを防ぎます。

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J2棟に用いられた制振装置(和田章氏提供)

 さらに四隅の柱の下にある積層ゴム部には特殊な仕組みが施されており、大地震の時に四隅の柱が浮き上がることで積層ゴムに過大な引っ張り力がかからないようにしてあります。免震層にはこの他にも、オイルダンパーや鋼材ダンパーが取り付けられ、さらに建物の幅が小さい方の建物両側面に巨大な筋違(か)いを取り付けて剛性を高めることで、建物そのものの変形を抑える構造となっています。4階部分を一区画としたこの筋違(か)いの巨大さは、鉄骨工場に平面状態においた時の写真を見るとよく分かります。

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J2・J3棟に使われた筋違い(和田章氏提供)

 建設会社は、こうした免震・制振構造建築の建設費は高くなると言っています。しかしJ2・J3棟は、むしろ安く造ることができました。同規模の通常建物に比べ柱が少なくかつ細くて済むので、地震のエネルギーを吸収する仕組みを取り入れても10階以上の建物なら建設費が高くなることはないのです。工夫をすれば、つまり賢ければ余分な金をかけなくても地震に強い建物は建てられるということです。

―では耐震建物の普及がなかなか進まないのはどのような理由からでしょうか。

われわれのしたことは建築基準法に書いてある通りのことをやったわけではありません。大学の人間には新しいことを考えて試みる自由があり、また補助金などをもらわず自らの予算内でやれば役所の審査を受けずとも新しいアイデアを適用することができるのです。逆に言えば、法律に書いてあることを守るだけで満足してはいけないということです。

 日本国憲法は、国民の生存権を守ることをうたっています。一方、財産権も保証しています。建築基準法もこうした憲法の下にありますから、「絶対に壊れないような建物でないと建設してはいけない」と国民に強いるようにはなっていません。50年に10%の確率で起きる、つまり500年に1回程度起きるような地震に対しては、「建物が倒壊してはいけないが傾くくらいならよし」とされています。現実にどういうことが起きているかと言えば、大地震が起きると倒壊したものに加え、傾いて住めなくなったような個人所有の家屋まで公的な費用で撤去作業が行われています。個人の財産なのに地震で住めなくなった家の取り壊しを個人の責任でやらせるようにはなっていません。

 そもそも今の建築基準法は、私に言わせれば「起承転結」の「起承転」までしか考えてなく、「結」が欠けています。同じ費用で500年に一度起きるくらいの地震に対しても続けて使える建物を造る技術があるのに、それを求めないというのは市民を甘やかせているのではないかというのが私の主張です。今回の提言では、500年に一度程度起きるような地震に対しても機能が失われず、少なくとも修復すれば続けて使える構造物の開発と普及を進めるべきだとしています。

 熊本地震では、自宅が倒壊はしないものの危険なために戻れない人を含め、一時、18万人もの人が住む家を失う事態が起きています。地震から1年半が過ぎましたが、仮設住宅に住んでいる人々はまだ4万人以上おられます。建築技術者にとっては恥ずかしいことです。一般の市民も一度そうした経験をすると皆、真剣に考えるのかもしれませんが、今の状態が続くと深刻な結果は免れません。関東大地震級の地震に見舞われると、東京で必要となる仮設住宅を造るだけで10年かかるとも言われています。仮設住宅を建てる場所を探すだけで大変な難題です。とにかく大地震に遭っても取り壊さなくて済み、家屋なら住み続けられる。そんな建物を造っておかないと東京のような大都市はもちません。

 さらに言えば、提言に盛り込まれたように、人口集中、機能集中の緩和策を長期的な政策目標として推進していくことが急がれます。首都圏には、日本総人口の約30%が集中しています。ロンドン、パリ、ベルリンといった大都市でも、国の総人口の数%から十数%しか住んでいないことと比べると、日本の人口集中度がいかに高いが分かります。

 大地震に見舞われても留まり、逃げ込める大都市を造りあげるのと併せて、過度な人口集中・機能集中を是正し、居住や諸機能を日本全体にバランスよく配置することが必要です。災害の危険を分散し、日本全体の持続可能性を高めるために。

提言「大震災の起きない都市を目指して」骨子

(1) 最新の科学的知見にもとづき、想像力を広げた熟考
(2) 居住、活動のための適地の選択
(3) 都市地震係数の採用
(4) 土木構造物・建築物の耐震性確保策の推進
(5) 人口集中、機能集中の緩和
(6) 留まれる社会、逃げ込めるまちの構築
(7) 情報通信技術の強靭化と有効な利活用
(8) 大地震後への準備と行動
(9) 耐震構造の進展と適用
(10) 国内外の震災から学ぶ、国際協力、知見や行動の共有」
(11) 専門を超える視野を持って行動する努力

和田章

和田章(わだ あきら)

略歴

 1968年東京工業大学理工学部建築学科卒。70年同大学院理工学研究科建築学専攻修士課程修了後、日建設計入社。82年東京工業大学助教授、89年同教授、2011年同名誉教授。工学博士。専門は建築構造学、耐震工学、構造設計、免震構造、制振構造など。2011年6月~2013年5月、日本建築学会会長、2011年10月~2016年1月、日本学術会議会員。2011年3月に起きた東日本大震災の直後に日本学術会議土木工学・建築学委員会委員長として24の学会からなる「東日本大震災の総合対応に関する学協会連絡会」を結成(その後56学協会に発展)、議長として連続シンポジウム開催などで中心的な役割を果たす。現在、連絡会の後継組織である「防災学術連携体」の代表幹事を務める。

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