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【17-30】心筋梗塞治療に期待の細胞組織作製 劉莉京都大学准教授ら日中の研究者

2017年11月2日 小岩井忠道(中国総合研究交流センター)

 心臓移植以外に有効な方法がない心筋梗塞の治療に応用が期待できる心筋細胞組織をつくり出すことに京都大学、大阪大学、フランス・パリ高等師範学校の研究グループが成功した。心 筋梗塞を発症させたラットにこの心筋細胞組織を移植したところ、移植後2カ月にわたる組織の生着とともに、低下した新機能の改善が確認された、という。

 このような心筋細胞組織がこれまでつくれなかったのは、従来の平面的な培養法では心筋細胞の向きがバラバラなものしかできなかったため。実際の心臓のような筋繊維構造や収縮力、電 気生理学的性質が再現できなかった。京都大学高等研究院物質-細胞統合システム拠点(iCeMS=アイセムス)の劉莉 連携准教授、京都大学工学研究科の李俊君 日本医療研究開発機構(AMED)特定研究員、大 阪大学大学院医学系研究科組織・細胞設計学共同研究講座の南 一成(みなみ・いつなり)特任准教授、同大学院医学系研究科心臓血管外科の澤 芳樹教授、パリ高等師範学校の陳 勇教授らの研究グループは、ま ず臨床現場で使用されている乳酸-グリコール酸共重合体と呼ばれる安全な材料を用い、心筋細胞培養に適したナノファイバーを開発した。

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記者会見する劉莉iCeMS連携准教授(左から2人目、その右、李俊君AMED特定研究員=iCeMSプレスリリースから)

 このナノファイバーと、ヒトiPS細胞からつくられた心筋細胞を組み合わせることで、実際の心臓組織に近い3次元多層構造と筋繊維の配列構造を伴った心筋組織片をつくることに成功した。平 面的な培養法でつくられた従来の組織片と異なり、この組織片は厚さが0.2ミリメートルという厚みがあり、かつナノファイバーに沿って細胞が配列した構造を持つ。

 リエントリー性不整脈状態をつくりだした心筋細胞シートにこの心筋組織片をはり付ける生体外の実験を行ったところ、不整脈を消失することが確かめられた。リエントリー性不整脈というのは、心 筋梗塞などの細胞障害により、心筋組織の電気的興奮が正常に伝わらず、興奮が旋回して頻脈を生じる症状を指す。さらに、手術によって心筋梗塞を起こさせたラットに心筋組織片を移植したところ、心 筋梗塞を起こした直後と、発症後2週間経過したラットのいずれにも移植後2カ月にわたって最大0.5ミリメートルの厚みのある心筋細胞組織が生着しているのが確かめられた。さ らに心筋梗塞で低下した心機能の有意な改善がみられた。移植による炎症反応も移植部周辺に見られなかった。

 心筋梗塞をはじめとする虚血性心疾患の患者は日本で約 80 万人おり、年間約 4 万人が死亡している。現在、有効な治療法は心臓移植しかない。今回の成果を踏まえて、「近い将来、大 型動物モデルへ適用するための技術改良を行いながら、有効性と安全性を確認し、重症心不全の治療や創薬に広く応用することを目指す」と研究グループは言っている。

 劉莉 連携准教授は、中国白求恩医学大学(現吉林大学医学部)卒業後、すぐに日本に留学し、徳島大学大学院医学研究科博士課程(生理学医学)を修了した。李俊君AMED特定研究員は、中国華東師範大学卒、同 大学院修士課程(光学)修了後、フランス・パリ高等師範学校博士課程(化学)を修了している。また、陳勇パリ高等師範学校教授は、中国武漢大学卒、フランス・モンペリエ科術大学博士課程修了。2 007から今年までiCeMS特定教授を務めていた。

 劉莉、李俊君両氏は11月1日付で、それぞれ大阪大学大学院医学系研究科心臓血管外科の特任准教授、特任研究員として異動した。劉莉氏は「 大阪大学心臓血管外科への異動は私たちの目標を実現する一番の近道と考えている。1日も早く私たちが開発した技術を臨床応用に持っていき、苦しんでいる患者を救いたい」と強い意欲を示した。

関連サイト
京都大学プレスリリース
http://www.kyoto-u.ac.jp/ja/research/research_results/2017/171027_1.html
iCeMSプレスリリース
http://www.kyoto-u.ac.jp/ja/research/research_results/2017/documents/171027_1/01.pdf
https://www.icems.kyoto-u.ac.jp/ja/news/3979