【18-23】日中第三国市場協力フォーラムでの覚書締結―日中科学技術協力で注目すべきポイント
2018年10月31日 石川 晶(中国総合研究・さくらサイエンスセンターフェロー)
10月25日から27日にかけて安倍晋三首相は北京を訪問し、中国の習近平国家主席、李克強総理とそれぞれ会談を行い、今後、日中両国首脳が日中関係を新たな段階に進めていくため、幅 広い分野における対話や交流を深めていくことで意見が一致し、また第三国民間経済協力、イノベーションおよび知的財産に関する分野における協力を進めていくことなどについて覚書を締結した。さらに2019年を「 日中青少年交流推進年」と銘打つとともに、日中両国合わせて、今後5年間で3万人の青少年交流を進めていくとの認識で一致した。
26日には第1回「日中第三国市場協力フォーラム」が開催され、安倍首相、李総理らをはじめとする1500人が参加し活発な議論が展開された。このフォーラム開催にあわせ、日中の政府関係機関・企業・経 済団体の間で52件の協力覚書が締結された(下表を参照)。
出典:経済産業省「第1回日中第三国市場協力フォーラム開催にあわせて締結された協力覚書」
http://www.meti.go.jp/press/2018/10/20181026010/20181026010-1.pdf |
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日本側 | 中国側 第三国側 |
文書名 | |
1 | 株式会社みずほフィナンシャルグループ | 中国国家開発銀行 | 業務協力協定(第三国市場における協力を含む) |
2 | 株式会社みずほフィナンシャルグループ | 中国工商銀行 | 日中企業の第三国市場開発に関する金融協力協定 |
3 | 株式会社みずほフィナンシャルグループ | 中国中信集団有限公司
中国輸出信用保険公司 |
第三国市場における三社間協力協定 |
4 | 株式会社みずほフィナンシャルグループ | 中国石油化工集団有限公司 | 株式会社みずほフィナンシャルグループと中国石油化工集団有限公司の協力関係強化に関する覚書 |
5 | 株式会社三井住友銀行
三井住友銀行(中国)有限公司 |
中国国家開発銀行 | 業務提携に関する協議書~第三国における連携強化~ |
6 | 株式会社三井住友銀行 | 中国輸出信用保険公司 | 第三国主要市場での協力に関するフレームワーク協議書 |
7 | 株式会社三井住友銀行 | 中国輸出入銀行 | 日中及び第三国市場での協力に関する協議書 |
8 | 株式会社三菱UFJ銀行 | 中国銀行股份有限公司 | 三菱UFJ銀行・中国銀行業務協力協定 |
9 | 野村ホールディングス株式会社
株式会社大和証券グループ本社 株式会社三菱UFJフィナンシャルグループ 株式会社三井住友フィナンシャルグループ 株式会社みずほフィナンシャルグループ |
中国投資有限責任公司 | 戦略的提携に関する覚書 |
10 | SOMPOホールディングス株式会社 | 中国再保険(集団)股份有限公司 | 戦略提携協議書(日中第三国市場協力) |
11 | 三井住友海上火災保険株式会社 | 中国太平洋保険(集団)股份有限公司 | 海外事業に対するリスクソリューション提供に関する包括提携 |
12 | 株式会社国際協力銀行 | 中国国家開発銀行 | 株式会社国際協力銀行及び国家開発銀行における第三国市場協力に関する覚書 |
13 | 株式会社日本貿易保険 | 中国輸出信用保険公司 | 日中間の貿易投資促進及び第三国に於ける日中共同プロジェクト推進のための協力協定 |
14 | 独立行政法人日本貿易振興機構(JETRO) | 中国国際貿易促進委員会(CCPIT) | 日本貿易振興機構と中国国際貿易促進委員会との第三国市場における業務協力に関する覚書 |
15 | 伊藤忠商事株式会社 | 中国中信集団有限公司 | 日中(伊藤忠-CITIC)で欧州における再生可能エネルギー及び次世代電力ビジネスへの共同投資 |
16 | 住友商事株式会社 | 西王集団有限公司 | 第三国における食料関係の合作検討意向書 |
17 | 住友商事株式会社 | 中国国際海運集装箱(集団)股份有限公司 | 中国及び第三国における、製造・物流業の自動化・スマート化に関する戦略合作意向書 |
18 | 住友商事株式会社 | 北京首都創業集団有限公司 | 社会インフラ分野におけるグローバルパートナーシップ深耕に関する戦略合作意向書 |
19 | 丸紅株式会社 | 上海復星医薬(集団)股份有限公司 | 第三国市場における医薬・医療を中心としたヘルスケア等での包括戦略提携 |
20 | 丸紅株式会社 | 中国光伏行業協会 | 第三国市場での太陽光発電分野における提携 |
21 | 丸紅株式会社 | 中石化錬化工程(集団)股份有限公司 | 第三国市場における戦略的包括協力契約 |
22 | 三井物産株式会社
(・PHCホールディングス株式会社) |
華潤(集団)有限公司
(・華潤健康集団有限公司) |
戦略提携覚書 |
23 | 三井物産株式会社 | 協鑫(集団)控股有限公司 | 中国、日本及び第三国における共同投資開発に関する協議書 |
24 | 三菱商事株式会社 | 中国建材集団有限公司 | 三菱商事株式会社 中国建材集団有限公司 第三国向けのインフラ建設及びクリーンエネルギー総合利用プロジェクト開発における戦略的合作協議書 |
25 | 蝶理株式会社 | 新疆衆和股份有限公司 | アルミ電解コンデンサ用電極箔の戦略的提携に関する覚書 |
26 | 一般社団法人YOKOHAMA URBAN SOLUTION ALLIANCE |
江蘇嘉睿城建設管理有限公司
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タイ王国アマタ・スマートシティ・チョンブリ工業団地におけるスマートシティ化に関する日中泰3者覚書 |
27 | JFEエンジニアリング株式会社 | 杭州鍋炉集団股份有限公司 | 合作意向書 |
28 | JFEエンジニアリング株式会社 | 上海環信環境工程有限公司 | 合作意向書 |
29 | 千代田化工建設株式会社 | 中国寰球工程有限公司 | 第三国向け石油、石油化学、AI等分野に於ける日中エンジニアリング企業の提携 |
30 | 日揮株式会社 | 中国輸出信用保険公司 | 第三国市場における協力協定 |
31 | 株式会社 東芝 | 中国電力建設集団有限公司 | 国際ビジネス機会増大に向けた戦略的協力に関する協定書 |
32 | 株式会社日立製作所 | 中国東方電気集団有限公司 | 第三国電力市場における協力に関する協議書 |
33 | 株式会社日立製作所
日立租賃(中国)有限公司 |
新中水(南京)再生資源投資有限公司 | 第三国の省エネ、環境、ゴミ発電等プロジェクトにおける協業 |
34 | 株式会社JERA
東京電力フュエル&パワー株式会社 |
中国華電集団清潔能源有限公司 | 第三国におけるエネルギーインフラ事業に関する協力についての合意覚書 |
35 | 電源開発株式会社 | 華潤電力控股有限公司 | 戦略的パートナーシップの構築に関する枠組協定書 |
36 | JXTGエネルギー株式会社 | 中国石油化工集団有限公司 | JXTGエネルギー株式会社と中国石油化工集団有限公司による覚書 |
37 | 鳥取県 | 吉林省 | 第三国市場協力フォーラムによる「鳥取・吉林ADAS・EVプロジェクト」の推進に関する覚書 |
38 | 日本通運株式会社 | 中国外運股份有限公司 | 第三国市場における協力に関する覚書 |
39 | 一般社団法人CHAdeMO協議会 | 中国電力企業連合会 | CHAdeMO協議会と中国電力企業連合会の合作覚書 |
40 | パナソニック株式会社 | Beijing Baidu Netcom Science Technology Co.,Ltd. | 次世代車室空間に関する戦略的提携の基本合意 |
41 | 富士通株式会社 | 上海市信息投資股份有限公司 | 戦略提携協議書-ヘルスケア分野における第三国を含む市場協力に関する覚書- |
42 | 富士フイルム株式会社 | 浙江海正薬業股份有限公司
国家応急防控薬物工程技術研究中心 中日友好医院 |
ウイルス感染症対策に関する共同研究覚書 |
43 | ViewSend ICT株式会社 | 中国中医科学院広安門医院
博視遠程医療科技(北京)有限公司 |
東洋医学と日本式先進医療のコラボによる重大疾病治療及びリハビリに関する戦略的協業覚書 |
44 | 一般社団法人日中医療・介護技術交流協会
一般社団法人Medical Excellence JAPAN |
中国非公立医療機構協会 | 日中医療技術連携及び第三国に対する医療支援に関する戦略的提携覚書 |
45 | 一般社団法人Medical Excellence JAPAN | 海南博鰲楽城開発控股有限公司 | 一般社団法人Medical Excellence JAPANと海南博鰲楽城開発控股有限公司との日中医療協力による海南島博鰲における「がん医療関連施設群建設事業」及 びアジア第三国に対する医療事業協力の推進に関する覚書 |
46 | 株式会社カーチスホールディングス | 新華錦集団有限公司 | 戦略合作意向書 |
47 | 京都大学イノベーションキャピタル株式会社 | 広州民営投資股份有限公司 | 日中及び第三国におけるインキュベーション事業の戦略提携に関する覚書 |
48 | パシフィックコンサルタンツ株式会社 | 中国国際工程諮詢有限公司 | 第三国におけるインフラ整備の協力に向けた合意書 |
49 | 吉本興業株式会社 | 華人文化有限責任公司 | 第三国を含む、日中共同の高度エンタテインメント人材育成に関する戦略提携覚書 |
50 | 一般財団法人日中経済協会 | 中国国際貿易促進委員会(CCPIT) | 日中経済協会と中国国際貿易促進委員会との日中第三国市場協力に関する協力覚書 |
51 | 一般財団法人日中経済協会 | 中国機電産品輸出入商会 | 日中経済協会と中国機電産品輸出入商会との協力覚書 |
52 | 日本国際貿易促進協会 | 中国機電産品輸出入商会 | 日本国際貿易促進協会と中国機電産品輸出入商会の第三国市場での協力覚書 |
ここでは上記の協力覚書のうち、特に科学技術分野における日中協力に関するものについて取り上げる。
37の鳥取県と吉林省による「第三国市場協力フォーラムによる『鳥取・吉林ADAS・EVプロジェクト』の推進に関する覚書」では、鳥取県のADAS(先進運転支援システム)・EV(電気自動車)関 連企業と吉林省の第一汽車が、定期的な情報交換や共同実証実験に向けた取組等を継続していくことや技術者、大学生等による人材交流を活発にしていくことなどに合意した。
調印式で力強い握手を交わす平井伸治鳥取県知事と景俊海吉林省長
(写真提供:鳥取県商工労働部通商物流課)
1994年に鳥取県と吉林省は友好交流に関する覚書を締結後、経済、教育、文化等の分野を中心に密接な関係を保ち続け、2017年には交流関係が協定に基づくものに格上げされた。鳥 取県には弱電系主体の電機・デバイス産業が集積しており、今回の覚書締結によりEVシフトを見据えて吉林省を本拠とする第一汽車をはじめとした吉林省の技術的にもハイレベルな企業との協力体制を強化するという。
42の富士フイルムと浙江海正薬業股份有限公司、国家応急防控薬物工程技術研究中心(NERCED)、中日友好医院との間で交わされた「ウイルス感染症対策に関する共同研究覚書」は、富 士フイルムによると、抗インフルエンザウイルス薬の臨床開発に関するもので、既に日本国内で抗インフルエンザウイルス薬として製造販売承認を取得した「アビガン®錠」(以下 「アビガン」)の有効成分を用いて、重 症インフルエンザ患者に対する治療法の確立を目指すという。覚書の柱となるのは、次の4点となる。
(1)富士フイルムは「アビガン」の臨床データなどを上記の中国側に提供する。
(2)中日友好医院とNERCEDは、「アビガン」の有効成分を用いて、重症インフルエンザ患者を対象とした臨床開発を実施する。
(3)海正薬業は、中国において、「アビガン」と同一の有効成分を有する抗インフルエンザウイルス薬の製造販売承認の取得を目指す。
(4)富士フイルムと海正薬業は、「アビガン」の有効成分を用いて、重症インフルエンザ患者などを対象とした注射剤の開発を検討する。
47の京都大学イノベーションキャピタル株式会社(京都iCAP)と広州民営投資股份有限公司が締結した「日中及び第三国におけるインキュベーション事業の戦略提携に関する覚書」は、イ ンキュベーション事業の日中協力モデルのひとつとして注目される。
京都iCAPと広州民営投資の覚書調印の様子
出典:京都iCAP Facebook(
https://www.facebook.com/permalink.php?story_fbid=1927392187329650&id=961136533955225)
プレスリリースによると、京都iCAPは京都大学の100%出資子会社として2014年に設立され、京都大学の研究成果を活用し、次世代を担う産業の創造に、投 資活動を通じて貢献することをミッションとしおり、工学、理学、農学、医学・薬学等の生命科学をはじめとする幅広い分野における研究成果を活用して商業化を推進する志の高い企業に対して支援を行っているという。
一方、広州民営投資は、2017年に広州市政府の支援のもとで万孚生物、翰宇薬業、藍盾股份、尚品宅配などの広東省を中心とした76社の民営企業(うち上場企業53社)の共同出資によって設立された、株 主企業の技術力や業界における影響力およびそれぞれのリソースを活用し、新規事業を創出することを使命とし、また、世界各国の有名大学、研究機関及び産業投資ファンドと積極的に提携し、事業展開を図っている。
広州民営投資の主な投資領域は新素材や新エネルギー、人工知能、生命科学分野であるが、100億元(約1,600億円)規模の「広州生物医薬産業投資ファンド」の運営管理も行っているため、特 に生命科学分野の投資に関して大きなアドバンテージを持っているという。また、広州市が建設する予定の中国メディカルバレーとの連携や株主企業とのマッチングも積極的に推進している。
両者は今回の覚書締結により、京都iCAPの投資先企業による中華圏を中心とするアジア進出において、一定のシナジー効果が期待され、ベンチャー育成の分野を中心に具体的な議論を進めていくという。
今回の日中首脳会談をきっかけに日中両国の関係が改善されたことが内外に大きくアピールされ、科学技術分野における日中協力もこれまで以上に活発になっていく可能性が大きくなった。ど のような成果が生まれるのか、今後も動向を注視していきたい。
なお、39の一般社団法人CHAdeMO協議会と中国電力企業連合会による「CHAdeMO協議会と中国電力企業連合会の合作覚書」については、既報のとおりである。
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