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【18-25】アジアとの重層的関係構築を 寺島実郎氏が日米関係重視前提に提言

2018年11月14日 小岩井忠道(中国総合研究・さくらサイエンスセンター)

 「米中激突、揺れる国際秩序-問われるメディアの分析力」と題する新聞通信調査会主催のシンポジウムが11月6日、東京都内で開かれた。基調講演した寺島実郎日本総合研究所会長は、米国との同盟関係を大切にしつつ、アジアとの重層的関係を構築する路線を日本のとるべき道として提案した。氏は、20世紀以降、長年にわたって続く「アングロサクソン同盟」とも言うべき最初は英国、次いで米国への過剰な依存関係から日本が脱却する必要がある、との考え方も示した。氏は会場の参加者に配られた「寺島実郎の時代認識」と題する冊子の中でも「親米入亜」という言葉を用い、日米同盟を再設計する必要を強調している。

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講演する寺島実郎日本総合研究所会長

 寺島氏は「日米関係は米中関係」という表現で、米国と中国の関係抜きには日中関係も日米関係も論じられないことを繰り返し強調した。この表現は著書「上海時代 ジャーナリストの回想」などでも知られるジャーナリスト、松本重治(1899~1989)の言葉を引いたものだ。寺島氏によると、第二次世界大戦の日本の敗戦は米国と中国の連携によるものだったにもかかわらず、「米国に敗れた」と総括したのがそもそもの誤り。長い間、米国は中国との関係を重視してきており、近年も特に2006年以降、アジア戦略の機軸に中国を置く動きが顕著になっていることを強調した。

 「アングロサクソン同盟」で20世紀の大半を生きてきた日本が、アジアで特異な国であることを示す例として挙げたのが、1914年の第一次世界大戦参戦。それまで敵対関係になく、むしろ明治時代以降、学問をはじめとしていろいろ教えてもらったドイツと戦うことになったのは日英同盟のためだったことに注意を促した。日英同盟の後は日米同盟と、英国、米国重視の対外政策が続き、近隣諸国との信頼関係の欠如を招いたことが、日本の国際関係の最大の弱点となっている、と断じた。

 こうした世界観に立った洞察とともに寺島氏は、世界を動かす最近の大きな変化も列挙した。その一つとして挙げたのが、データを支配するものが圧倒的な力を持つデジタルエコノミー時代の到来。具体例として示したのが、ICT(情報通信技術)革命によって急成長した新興巨大企業の存在だ。頭文字をとって「GAFA」と呼ばれるグーグル、アップル、フェイスブック、アマゾンの4社にマイクロソフトを加えた米企業と、テンセント、アリババの中国企業2社を合わせた7社の株式時価総額(2018年7月末時点)は4兆9,000ドル(約550兆円)に上る。

 日本で最大の時価総額企業はトヨタ自動車で23兆9,000億円。同社を含む日本企業上位5社を合わせても62兆4,000億円だから、デジタルプラットフォーマーとも呼ばれる米中新興企業の株式時価総額は巨額だ。長年、日本の産業界をけん引してきた日立製作所、新日鉄住金の株式時価総額はそれぞれ3兆8,000億円、2兆1,000億円だから、巨大デジタルプラットフォーマーとは二桁の差がある。

 日本企業の低迷を表しているとして寺島氏が示したもう一つの表は、技能五輪国際大会の結果。さまざまな製造現場から看護・介護、美容・理容など51にも及ぶ分野で働く人々がそれぞれの技能を競う大会だ。日本は2001年以降、金メダル獲得総数でほとんど1~3位を維持していた。ところが2017年の成績は、金メダル3個の9位だった。金メダルを獲得した種目の一つは「情報ネットワーク施行」で、獲得者は25歳の青年。しかし、この青年をニュースとして取り上げたメディアはなかった。日本は、デジタルプラットフォーマーと呼ばれる新興企業育成で完全に立ち遅れているだけでなく、「ものづくり国家」の基盤も相当緩んでいる、と寺島氏は懸念を示した。

 中国がらみの国際環境が大きく変化している現状についても氏は詳しく紹介している。権力基盤の強化に成功した習近平政権により香港の民主化勢力は一掃された。「一国二制度」は信用できないと見た台湾企業9万社が中国本土に進出するなど、台湾では海外に生き延びる道を探る動きが顕著になっている。エルサルバドルが台湾と断交し、台湾の孤立化が一層進む。北朝鮮の最近の動きも、こうした変化の延長としてみることを寺島氏は勧めた。金正恩朝鮮労働党委員長が韓国に接近し、トランプ米大統領との会談に応じたのも、中国と米国が手を組んで自分を追い落とすのでは、という恐怖心から、と氏はみている。金委員長が香港や台湾で起きている変化を見て、中国に接近せざるをえないと考えるようになったため、というわけだ。

 また、寺島氏は国際通貨基金(IMF)の「世界経済見通し」を示し、BRICSの中で堅調なのはインドだけであることに注意喚起している。中国の実質GDP(国民総生産)の前年比は2013年の7.8%から徐々に下がり続け、2018年10月発表の数字で2018年、2019年、2020年の見通しはそれぞれ6.6%、6.2%、6.2%と漸減傾向が続く。習近平国家主席が憲法改正などにより政権基盤を強固にしていることなどに米国がいらだちや警戒心を強めている半面、中国自体も不安材料を抱えていることを指摘した。それでも中国のGNP前年比数値は、米国の2.9%、日本の1.1%という2018年見通しよりはるかに高いことも併せて。

 こうした複雑な国際情勢に加え、確実に進行する人口減・高齢化や貧困者の増加といったさまざまな国内問題を抱えた日本が今後とるべき道は何か。成熟した民主主義国家として、日本の立ち位置を考え直すことだ、というのが寺島氏の結論だった。

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パネルディスカッションで発言する柯隆東京財団政策研究所主席研究員

 シンポジウムでは、寺島氏の基調講演に続き、研究者やジャーナリストによるパネルディスカッションも行われた。パネリストの一人、柯隆東京財団政策研究所主席研究員は、米中貿易戦争は長期化するとの見通しを示した。これは、寺島氏が基調講演で話した見方と同じだ。さらに柯氏は、成長を促してきた都市化によって農業が衰退、インフラ整備が一巡し、公共投資も頭打ち、国有企業重視で民間企業は補完的な役割にとどまる、といった現実を挙げて、経済成長の維持は楽観できないとの見方を明らかにした。

柯隆東京財団政策研究所主席研究員 登壇
第28回中国研究サロン「改革開放40周年と習近平新時代」(2018年11月17日開催)

関連リンク

新聞通信調査会「『米中激突、揺れる国際秩序』で活発な討論」
https://www.chosakai.gr.jp/oshirase

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