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【19-06】中国の変化は個人、企業の役割大 日中学生・院生の討論で浮き彫りに

2019年3月19日 小岩井忠道(中国総合研究・さくらサイエンスセンター)

 IT(情報技術)、ロボット、ソーシャルメディアが急速に中国社会で発展・普及したのは中央政府の強力な推進政策よりも企業、個人の積極的な活動によるところが大きい、と日中両国の大学生・大学院生たちが見ていることが、16日東京都内で開かれた日中両国の学生・院生による討論で明らかになった。

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日中関係学会主催「若者シンポジウム」(拓殖大学で)

 この討論会は、日中関係に関わる研究・発表と人的交流を通じて日中両国の相互理解促進を目指す活動を続ける日中関係学会が「若者シンポジウム」として主催した。同学会が日中関係の架け橋になるような論文を表彰する「宮本賞(日中学生懸賞論文)」の2018年度受賞者の中から選ばれた日中の学生・院生が、三つのテーマで討論した。このうち、「日中のIT比較と協力の可能性」というテーマでそれぞれ受賞論文の内容を紹介し、意見を交わしたのは、南開大学外国語学院日本言語文学科2年生の劉崢さんと、南京大学外国語学部日本語科博士前期課程2年生の李嫣然さん、さらに日本大学商学部の研究チーム。日本大学のチームは、3年生の結城里菜さんを代表に中国、韓国からの留学生を含む8人からなる。いずれも2018年度の「宮本賞」の受賞者だ(劉崢さんは学部生の部優秀賞、李嫣然さんは大学院生の部優秀賞、日本大学商学部チームは学部生の部特別賞)。

ロボット産業を日中競争から協調へ

 日本大学商学部チームの受賞論文題名は、「ロボットが繋ぐ日中関係~広がる『中国智造』への波~」。2015年に中国政府が打ち出し、現在、米国が露骨な警戒感を示している政策「中国製造2025」が中国のロボット技術開発に及ぼした影響を論じた論文だ。ローエンドの「中国製造」からスマート化された「中国智造」への転換を実現する国家戦略と、「中国製造2025」を捉えている。目を引くのは、中国政府の強力な推進策を強調するよりも、むしろ地方政府と企業の積極的な取り組みに注目しているところ。「2020年までにロボット年間生産数を10万台にする」。こうした中央政府の目標に対し、実際には2017年に産業用ロボットの生産数が13万台を突破したという数字などを挙げて、地方政府と企業の果たした大きな役割を評価している。

「中国では『上に政策あれば下に政策あり』という言葉がネガティブに使われている。しかし、ロボットに関しては逆。政府と企業が好循環を生み出す関係を形成している」。チームの代表を務める結城里菜さんが、中国のロボット産業が急速に発展した理由を解説した。チームの他の日本人学生も「政府がこういう方向でやれというなら、じゃあこっちの方向でやってやろうという企業の意識変化が大きい」と、企業独自の発想、取り組みが政府が意図した工業ロボットよりさらに高度なロボットの開発につながった理由、背景を補足した。

 中国の教育については、大学入試に合格するための知識を教えることが優先されていると指摘されることが多い。しかし、日本大学チームは、中国の教育システムが変化していることにも注意を促した。科学技術に関する知識や独創的な発想力を持つ人材を育成するため、STEMシステムと呼ばれる新しい教育システムが導入されている動きだ。STEMとは、Science(科学)、Technology(技術)、Engineering(工学)、Mathematics(数学)の頭文字をとった表現で、米国などでもよく使われている。STEM重視の一環として中国では、ロボットに関する大会が盛んで日本からの参加者も増えている。こうした現状も紹介し、ロボット産業分野で今後、日中関係を競争から協調へ転換していくことを提案し、その意義をチームは強調した。

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司会者(右端)の質問に答える日本大学商学部研究チームの結城里菜さん(右から2人目)

各国はスマホ決済の相互独立と自由を

 劉崢さん(南開大学外国語学院日本言語文学科2年生)の受賞論文題名は「中日モバイル決済の日中比較研究」。1990年代から2010年までの第一段階と2011年から現在までの第二段階に分けて、第一段階ではモバイル決済で日本が世界をリードしていたのが、第二段階では中国が日本を追い越したのはなぜかを探求した。

 第一段階で日本が世界をリードするに至った理由として劉さんが挙げたのは、電気通信事業者の主導的役割、政府のICT(情報通信技術)振興戦略とモバイル決済に対する積極的かつ開放的な姿勢など。一方、第一段階で海外と異なる技術を導入した結果、「ガラパゴス化」と呼ばれる独特の市場が形成されたことや、首相が頻繁に交代するといった政治的不安定のため政策が不連続となり、振興戦略が十分に実施されなくなったことなどを、第二段階でモバイル決済が主流となっていない理由として挙げた。

「日本は個人と個人の信頼感が欧米や中国よりも強く、現金に対する信頼感も強いことが、モバイル決済が広く普及しない理由ではないか」。劉さんの主張に対し、会場の日本人参加者から、このような発言があった。これに対する劉さんの答えは、モバイル決済が日本では中国ほど普及していないとはいえ、既にスマホ決済が中日両国の交流を促進するよい媒体になっている、というものだった。これからの中日両国の経済発展にも大きな役割を果たすとした上で、次のような課題があることも指摘した。

「高齢化が進む日本は、既存の決済システムをいかに改善し、膨大な数の中高年層をどのようにモバイル決済への道に導けるかが大きな課題。一方、中国は日本の第一段階における経験に学び、管理監督の主体を明確にし、モバイル決済の安全性を高め、公正な市場環境を提供していく必要がある」

 さらに国際的に大きな問題となっている個人情報の管理については次のような考え方を示した。「個人情報は本国と現地の金融機関、移動体通信会社が管理すべきだ。各国のスマホ決済の相互独立と自由を保つことが大事で、日中両国政府が提携し、意見交換することが必要。企業の交流を促進することも大事だ。そうすることで日中関係をよりよくすることができる」

セルフメディアが日中両国の理解に大きな役割

 李嫣然さん(南京大学外国語学部日本語科博士前期課程2年生)の受賞論文題名は「中国の日本ブームにおけるセルフメディアの有様と役割~2014年から2017年にかけて」。今、中国で起きている「日本ブーム」の理由として、従来の「伝統的メディア」の代わりに、新興の「セルフメディア」がどのようにうまく活用されているかを分析している。中国人が本当に知りたい日本の情報を「セルフメディア」によって大量に得ているかを詳しく紹介した。「セルフメディア」という日本では聞き慣れない言葉を用いることで、一般にソーシャルメディアと呼ばれる新興メディアの影響の大きさが、個人が発信するという特徴に起因することを解き明かしているのが特徴だ。

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司会者の質問に答える李嫣然さん(中)。左は劉崢さん。

 李さんが論文の中で紹介している中に、中国人の日本メディアに対する見方をがらっと変えるきっかけとなったのが、朝日新聞の公式アカウントの記事だったという事実がある。2012年12月に中国の代表的なセルフメディア「微博」に投稿された記事だ。日本でまた首相が短期間で交代した、というニュースを、中国人が驚くような漢字を用い機知に富んだ表現で伝えているのが大反響を呼んだ。その後、日本からの「セルフメディア」を介した情報に対する関心が急速に高まり、2018年10月時点で共同通信社の発信に対するフォロワーは290万2,594人、在中国日本大使館が83万7,559人、日本政府観光局が38万6,184人に上る事実を紹介している。こうした"公式的団体"による情報が、中国の日本ブームに寄与している現実を認めた上で、これらの情報が中国の多くの人々にとっては実は知りたい情報の一部でしかないことを指摘しているのが、論文のポイントだ。

 李さんによると、中国の人たちが本当に知りたい情報は、数億人単位の利用者を有する「微博」、「Wechat」、「知乎」といった「セルフメディア」で個人が発信する情報。発信者個人の体験に基づく情報であるのが特徴だ。「転載」の機能により、これらの発信は1万回以上も転載されることがある。典型的な例として李さんが挙げたのが、2015年に岐阜県の白川郷を紹介した「微博」への投稿。屋根が雪に覆われ、灯りがともる合掌造りの写真がつき、白川郷の冬の光景を文学的表現で紹介した投稿は、「微博」で大変な反響を呼び、数千回転載された。中国人観光客には知られていなかったこうした日本の観光地を紹介する多数の記事が、日本に対する中国人の関心を急激に高め、日本ブームの原因になっているというのが李さんの主張だ。今や観光に限らず、中国人の日本あるいは日本人に関する知識、関心は多方面に及んでいる。例えば「礼儀正しさ」や「親切心」といったよい面だけでなく、「戦争に対する反省の不足」や「活力の乏しさ」といった日本人に関する批判的な見方も「セルフメディア」を通して流れているという。

 政治に関する情報が多く、文化に関する記事も説明口調が多い。李さんは日本の「伝統的メディア」が発信する情報をこのように評価し、受信者との距離を縮め、日本の日常的姿を生き生きと伝えるのは「セルフメディア」だ、と「セルフメディア」の役割が大きくなっていることを強調した。その上で日本に対し、次のように求めた。

「日本人1人1人が発信者になり、中国人がもっと日本に親しみを感じるような情報を『セルフメディア』で発信してはどうか。自分の国の良いところはもっとはっきり言ってよいのでは。また中国を旅行したときも、日本人がもっと中国に関心を持つような中国の姿を『セルフメディア』で発信してほしい」

「中国人が日本に関心を持つほど、日本人は中国に関心を持っていなことについてどう思うか」。司会者の質問に対し李さんは、特に日本の若者の内向き志向を心配する日本人には耳が痛いと思われる答えも返した。

「中国はまだ途上国なので、日本の若者たちには中国を知りたいという意欲がわかないのではないか」

関連リンク

  • 日中関係学会ホームページ
    https://www.mmjp.or.jp/nichu-kankei/index.html
  • 日中関係学会・宮本賞授賞式
    https://www.mmjp.or.jp/nichu-kankei/miyamotoshou/190316_award_7th_sympo_notice.pdf
  • 日中関係学会「第7回宮本賞(日中学生懸賞論文)」受賞者決定
    https://www.mmjp.or.jp/nichu-kankei/miyamotoshou/1812_award_7th_result.pdf

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