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【23-23】契約を取りに行け!そして再び世界の舞台へ

王宇/『中国新聞週刊』記者 江瑞/翻訳 2023年04月10日

様々な企業訪問団を乗せた東方航空チャーター便は深夜1時に飛び立ち、12時間の飛行を経て夜明けのシャルル・ド・ゴール空港に到着するよう綿密に計算されていた。長い夜を飛行に当てることで、200人あまりの乗客は到着してすぐに、3年も対面がかなわなかった取引先を回るために1日を使うことができた。飛行機が到着し、一緒に降りた同僚の「3年も会っていないのだから、もう取引の対象から外されてしまっているのでは......?」という問いに江蘇長江紙業有限公司の社長、顧麗は何も答えることができなかった。

 500万ドル。これは、顧麗が今回の欧州行きに定めた売上目標だった。長江紙業は紙文具の輸出を専門に扱う会社で、製品は欧州および北米で広く販売されている。生産に必要な原材料は600種類以上。新型コロナウイルスの影響が最も深刻だった時期、従業員は工場で寝起きすることで、供給の不安定さや工場封鎖・生産停止を乗り切り、納期を死守した。そうやって得意先をつなぎ止めたおかげで、長江紙業は比較的無事に製造業の危機的時期を乗り越えることができたのだ。

 長江紙業は年間売上7億元近くに上る生産・販売一体型企業だ。しかし、中国およびベトナムに抱えている1000人超の従業員の生活を守るためには、毎年10%から20%の成長が不可欠だ。それを考えると、今回欧州市場での売上目標500万ドルというのは、実はそれほど高いとは言えない。

 それでも顧麗の肩の力は抜けなかった。紙文具業界は競争が激しく、価格も透明で、買い手はいつでも取引先や商品を比較可能だ。品質管理や納品において少しでも不手際があれば、会社の未来に暗雲が立ち込める。優位性を確立するためには、絶えず新規取引先を開拓しなければならない。しかも、顧客に認められ、信頼を勝ち取るまでの道のりは長く、計画外の小規模契約をどれだけこなせば、安定した大口契約を得られるかも未知数だ。

 社会環境が大きく変化し、グローバル経済の成長速度が鈍化し、ニーズと消費が低下する。この2、3年、取引先は契約にどんどん慎重になっていった。景気の先行き不安のため、大口契約を小分けにし、資金が動かせなくならないよう、契約数を減らすと同時に、注文確定も先送りになっていった。

 同じく見通しが難しいのが、欧州現地の工場の状況だ。ロシアによるウクライナ軍事侵攻の影響はどの程度なのか?中国のサプライヤーに対する優位性は依然として揺るぎないのか?ライバルの境遇が今回の欧州行きの成功を左右する要因であることを、顧麗は知っていた。

笑う企業、泣く企業

「イタリア、スペイン、オランダ、毎日どこかに飛んで、どこかに向かって、お客様と会っていました」。今回の訪問先を列挙するとき、顧麗は突然早口になった。わずか1週間で訪問しなければならない取引先が山のようにあり、スケジュールはギチギチで、全てがあっという間に過ぎ去ったからだ。

 だが、3つ目の取引先を訪れたとき、顧麗は、眉間にしわを寄せていた同僚が大声で笑っているのに気づいた。顧麗はほっと一息ついた。どうやら自分たちは来るタイミングを間違えなかったようだ。

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イタリアの取引先に新製品を紹介する江蘇省・長江紙業の代表。デスクの上にはスーツケース3つで運んだサンプルが所狭しと広げられている。写真/取材先提供

 最初は躊躇していた得意先も、最終的には大口の契約を結んでくれた。この会社はコロナ禍前に長江紙業と取引を始めたが、3年あまりの取引の間、年にわずか数十万元ほどの注文しか入れてくれなかった。それが今回、顧麗が訪問し、状況は180度変化した。「注文がどんどん入ってきて、もう大変なんです。まだまだ途切れる様子はありません」。顧麗の計算によれば、この1カ月で、この取引先だけでもすでに200万ドルの注文があったという。

 実際、欧州現地の工場と比べて、中国の工場はこれまでもコスト面で10%~20%の優位性を保っていた。しかし、欧州の雇用確保や地方保護などの政策が理由で、大規模化・オートメーション化された製品は、欧州工場に注文しなければならないという決まりがあり、中国側がどんなに努力してもチャンスは微々たるものだった。また、ハイエンド製品に用いられる樹木は生長周期が長く、繊維も長いものが求められるため、欧州工場で生産される紙のほうが、品質面で明らかに分があり、中国工場は苦しい競争を強いられていた。

 しかし今回、エネルギー危機に瀕した欧州のサプライチェーンは安定性が損なわれた。その結果、「元々取引があった現地サプライヤーではどうしようもなくなり」、顧麗のところに以前なら望むべくもなかった契約が舞い込んできたのだった。

 長江紙業は2023年の売上目標を1.1億元と定めている。9日間の欧州訪問で、顧麗たちは1500万ドルの契約を取り付け、年間目標の半分以上を達成した。このうち500万ドルはこれまでに作ったことのない全く新しい製品の分だ。長江紙業は長年の習慣で、新年の1月から2月にかけて海外の取引先を訪問していたが、これからは今回のように年末に繰り上げようと顧麗は決めた。

 だが、興奮は一瞬だった。予想を上回る契約が取れたからといって、枕を高くして寝られるということにはならない。顧麗はすぐベテラン貿易商としての冷静さを取り戻した。「私たちは常に積極性を失うことなく、ピンチをチャンスに変えていかなければなりません」。顧麗たちは市場の動向を探るため、取引先訪問の合間を縫って最新の製品を買い漁り、サンプルをぎっしり詰め込んで来たときと同じようにスーツケースをぱんぱんにして中国に持ち帰り、商品開発チームに渡した。何と言っても、たゆまぬ新商品の開発と良質な顧客を満足させることこそが、持続的発展のカギだからだ。

 今回の海外出張では、業界・企業により、天と地ほどの差があった。取引先のところまで直接出向く余力がある企業と比べ、見本市などでビジネスチャンスを見つけてこなければならない企業は、より大きな不確定性に直面しているというのが正直なところだろう。

 今回、浙江省寧波市の一行の欧州行きチャーター便には、発熱素材製品やアウトドア用品卸の寧波格嵐徳国際貿易公司も同乗していた。目的は、世界で最も影響力のあるアウトドア・スポーツ用品見本市であり、これまで格嵐徳の主な欧州市場開拓ルートでもあった、ドイツ・ミュンヘンで開かれるISPO〔国際スポーツ用品専門見本市〕への出展だ。

 見本市が終わり、格嵐徳の最高商務責任者の夏明月は失望を隠せなかった。コロナ禍前のISPOでは毎年、「初日は特に人が多かったのですが、その後の数日も途切れることはありませんでした」というほどブースを訪れる人が跡を絶たず、最低でも3件ほど契約に結びつく「見込み客」と出会えたものだった。だが今年、見本市を訪れるバイヤーの数は明らかに減り、格嵐徳のブースは、初日こそ人だかりができたものの、2日目以降はガランとしていた。

 しかしながら、欧州本土のサプライヤーのブースは人気で、価格は高いものの、大勢のバイヤーが見学に訪れていた。格嵐徳のブースに来る客は、中国の社会経済の回復状況を真っ先に尋ねた。「中国のサプライチェーンに不安を抱いている様子がありありと伝わりました」。夏明月が見たところ、企業によって成果は大きく異なるようだった。

 その原因を分析してみると、やはり経済の下振れということに行き着く。取引先の仕入れも縮小しており、市場には成長の余地がない。「小規模のバイヤーは特に価格に敏感です。加えて中国のサプライチェーンは飽和状態で供給過多であり、どこも契約が取れないなか、価格競争が始まっています」。夏明月は時折、格嵐徳が工場従業員を養う必要のない貿易会社であることを幸運に思う。「うちのような会社は、利益が出なければ、その取引から手を引けばいい。でも、生産・販売一体型の会社の場合は、工場と従業員を維持するため、たとえ利益がゼロでも、泣く泣く続けるしかないのです」

 夏明月は内心葛藤していた。中間業者が少ないこともあり、格嵐徳には価格面での強みがあった。だがいまは、この優位性だけでは大口契約につながらない。見本市では、ミドルからローエンド寄りの製品は競争力を持たないのだ。時々、何らかの力を借りて大口顧客に接触し、長年蓄積してきた優れたサプライチェーンを直接プレゼンしてみたいと考えることがある。だが、逆に考えれば、重要なのはやはり製品やデザインのアップグレードにより真の差別化を図ることで、最も市場動向に左右されやすい脆弱な価格帯から脱することだ。

「外需の鈍化、それが中国の貿易が目下直面している最大の不確定性です」。商務部国際貿易交渉代表兼副部長の王受文は詳細な市場分析をしてみせる。「主要市場の輸入需要は減少、また、主要国のインフレは高止まりしており、一般消費財に対するクラウディングアウトが拡大しています。コロナ禍前は、海外顧客の需要が旺盛だったことから、大量の在庫を用意していましたが、いまは逆にその在庫が、新たな契約締結の足かせとなっています。コロナ禍により生まれた『巣ごもり消費』のニーズも落ち着きつつあります。外需の鈍化は中国企業だけが感じていることではなく、東南アジアや他地域の企業も契約やニーズの減少を訴えています」

企業を後押し

 各省・直轄市の貿易会社が海外にチャーター便を飛ばして「受注行脚」に出る動きは、「復工復産」〔企業活動・操業の再開〕の段階でその伏線があった。例えば江蘇省蘇州市では2022年上半期、市政府により外資・対外貿易企業に対し「復工復産」支援がおこなわれたが、その際、外資企業海外本社の新任幹部の多くが、新型コロナウイルスの影響による制限で一度も中国を現地視察に訪れることができていないことが分かった。「中国の投資環境への理解が乏しかったり、大きな誤解を抱いていたりすると、蘇州での再投資に深刻な影響があると思いました」と蘇州市商務局外資処は話す。

 問題の深刻さに気づき、江蘇省や浙江省をはじめとする貿易大省は、すぐさまチャーター便で中国企業団を海外に送り込む計画を立てたが、肝心の企業側は二の足を踏んだ。企業側の懸念を解消するため、蘇州市政府はまず2022年9月に「海外における企業誘致グループの企業誘致活動展開の奨励・支援に関する意見」を公布し、企業誘致担当者が海外に赴き企業誘致や投資促進活動をおこなうことを奨励した。9月中旬には、蘇州工業園区が日本、シンガポール、香港に第1弾誘致グループを派遣した。その結果を受け、蘇州市はさっそく10月初旬から日本行きチャーター便の手配に入った。12の企業誘致グループ、51人の貿易会社担当者を含む合計88人を乗せたチャーター便は2022年11月17日、日本へ向けて出発した。

「我々は日本の取引先にとって、中国から3年ぶりに訪れた最初の業務提携パートナーとなりました」と蘇州伊塔電器科技〔以下、「伊塔」〕董事長の何興茂は言う。伊塔はハウスクリーニングおよびパーソナル・ヘルスケア製品のOEM企業で、毎年売上の30%は日本市場向けのものだ。デロンギや小熊電器(Bear)などの有名ブランドも伊塔と提携している。

「日本は主要市場の1つですが、コロナ禍以降一度も訪問できていませんでした。今回は政府の主導で、全ての取引先を回ることができました。3年以上も顔を合わせていなかったので、先方とは会うだけで収穫がありました」と何興茂は語った。

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伊塔に取引先を紹介してくれる日本在住の友人と3 年ぶりにようやく乾杯。写真/取材先提供

 11月11日、国務院は「新型コロナウイルス感染症防止措置のさらなる最適化と科学的で精確な対策の徹底に関する通知」を発した。通称「二十条」と呼ばれるこの文書は、地方政府が海外市場とのマッチングを加速する上での自信を確固たるものにした。「『二十条』の通知はちょうど日本行きチャーター便を手配していた時期に発せられたため、我々はすぐに追加で欧州行きのチャーター便も手配を始めました」と蘇州市商務局外資処は言う。

 顧麗にとっても、商務局からの支援は正に渡りに船だった。欧州がすでにコロナ関連の制限を解除し、取引先も非常に熱心だったこともあり、長江紙業は早くから2023年2月に欧州訪問する計画を進めていた。顧麗はドイツの取引先から事前に招聘状を発行してもらい、ビザ申請に備えていた。

 だが、ビザ取得の難易度は、これまでとは比べ物にならないほど上がっていた。顧麗と2人の同僚は一緒に申請予約をしたにも関わらず、顧麗1人は辛うじて「整理券」に当選したが、同僚2人の予約は遅々として進展がなかった。やっと顧麗の順番が回ってきても、手続きの流れや大使館職員の対応もいままでとはすっかり変わっていた。以前なら「必要書類を提出すればOK」だったのが、いまは「無数の質問」を浴びせられる。

「銀行口座のお金はどこから?」という質問にも詳細に答えなければならず、顧麗は1時間以上に及ぶ「尋問」を経験した。にも関わらず、全ての手続きを終え、11月中旬になっても、顧麗はまだビザを手にすることができずにいた。

 マッチング担当の商務局職員が折よくやってきて長江紙業の通商再開の意思を知った。その担当職員によれば、なかなかビザが降りないのは申請者の身辺を一つひとつ細かく調査しているからだということだったが、11月末になり、チャーター便の出発日が正式に確定すると、いよいよビザが間に合わない可能性が出てきた。焦った顧麗は、商務局にすがりついた。

「商務局はとても協力的で、なぜもっと早く助けを求めなかったのかと言ってくれました」。チャーター便の目的地はパリだったが、長江紙業にはフランスの取引先がなかったため、商務局があるフランス企業に依頼して招聘状を発行してくれることになった。こうして商務局の協力の下、顧麗はぎりぎり出発前になんとかフランス行きのビザを手に入れることができたのだった。

 このとき蘇州市が組織した訪問団は、日本組が計62社を回って10億元超の契約を取り付け、欧州組が計325の企業および機関を回って、主にドイツ、フランス、オランダ、イタリアから30億元分の契約を獲得した。

 契約締結と同時に、企業誘致グループは投資プロジェクトの確定に動いた。蘇州市の公式データによれば、日本訪問団が獲得してきた投資額は18.6億ドル、欧州訪問団は59.54億ドルに上る。

貿易大省が我先に行動

 2022年12月下旬までに、江蘇、浙江、広東、四川、山東、福建、海南、安徽、湖南の9省が、海外に企業訪問団を派遣した。チャーター便の手配には省と市が共同であたり、日程は大体7~10日間で調整された。目的地は主に中国の二大貿易相手である欧州とASEANだったが、企業誘致・投資促進はドイツと日本に集中した。

 貿易大省の主導による今回の訪問団派遣が盛り上がるなか、浙江省が掲げた「多くの企業訪問団による市場開拓・契約奪取キャンペーン」が、最も率直で目を引くものがあった。浙江省の計画によれば、合計1万社を超える企業が商務部門主催の訪問団に参加して海外を訪れることになっている。

 嘉興市商務局長の張月琴によれば、2022年7月にはチャーター便による海外訪問計画が持ち上がっていたという。当初、さっそく80人以上から申し込みがあったが、すぐに半数近くの企業が新型コロナウイルス感染症の流行再拡大と航空便が理由で申し込みを取り消している。

 2022年12月4日からの6日間にわたるドイツ・フランス訪問は、「千団万企『拓市場・奪契約』行動」の第1ラウンドで、浙江省商務庁が直々に引率にあたった。同じ日、嘉興市商務局も日本およびドイツ・フランスへ向け、2組の企業誘致団を出発させた。古くからの繊維・アパレル輸出産業基地である嘉興市、寧波市、湖州市の企業60社は、合計96人の海外通商団を結成し、最大の目標を東京で開催されるAFF〔アジアファッションフェア〕出展に定めた。

 鳴り物入りで実施された海外訪問を終えてみると、嘉興市の日本および独仏訪問団が取り付けてきた仮契約は合計4億元を超えていた。このうち日本訪問団は、AFFへの出展企業・ブース数が見本市全体の約14%を占め、日本での取引先訪問数が200社あまりを数えるなど、2023年第1四半期における嘉興繊維・アパレル業界の輸出を5ポイントほど増加させると見込まれている。

 広東省も比較的早く訪問団を海外に送った省だ。2022年11月中旬、深圳市の医療機器メーカー22社がドイツ・デュッセルドルフで開催される世界最大の医療機器見本市〔MEDICA 2022〕に出展し、4200万ドル分の契約を取り付けた。また、各省とも欧州市場を殊のほか重視しているのに加え、広東省は自身が優位性を持つASEAN市場も特に重視している。広州市、東莞市、中山市などの企業約70社はシンガポールでのCosmoprof Asia〔コスモプロフアジア〕2022に出展した。47社はチャーター便でマレーシアの見本市に参戦し、バイヤー520人と商談を交わして3000万元分の仮契約を取り付けた。また、深圳市の企業18社はチャーター便でインドネシア・ジャカルタの見本市に出展し、約4500万ドル分の仮契約を交わした。

 繊維・インテリア関連業界では、2022年12月中・下旬にドバイで中国(UAE)国際貿易博覧会2022が開催されたこともあり、中東地域もチャーター便訪問団の有力目的地となった。桐郷市商務局外経科長の張向亮によれば、桐郷市にとって、中東市場は新たなブルーオーシャンであり、統計データからも、中東やアフリカなど新興市場への輸出が急速に伸び、比重も急拡大していることが裏付けられている。それゆえ、中東およびアフリカ経済圏の中心であるドバイは、ぜひとも攻略しておきたい要衝なのだ。

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中国各地の企業訪問団は再び世界の舞台へ飛び立っていく。撮影/中国新聞社記者 殷立勤

契約を取り、そして再び世界の舞台へ

 何度も従業員を海外訪問団に送り出してはいるものの、董青はやはり「奪契約」という表現がどうも好きになれない。注文をもらうことだけを強調するのは、貿易としてのレベルが低く、貿易というものに対する理解があまりにも狭いと感じるからだ。

 董青は対外貿易に従事して24年のベテランだ。経営する寧波迪昂実業集団はアパレル輸出を主に手がけており、年間営業収入は1億ドルほどの、寧波では中規模の輸出企業だ。提携するブランドは大体百貨店やショッピングモールの2階に陣取っていることから、董青はこれらのブランドを「2階の客」と呼んでいる。

「2階の客」と提携してファッション衣料を生産するということは、毎週どこかのブランドのデザイナーが寧波の本社にやってきて共同作業をすることになる。商品を適切なタイミングで発売するために、ブランドデザイナーはリアルタイムでサプライチェーンからのフィードバックを受け取り、デザインは実現可能か、どう修正するべきかを素早く判断しなければならない。

「例えば服のデザインに特殊なファスナーを採用した場合、国外ではよくても、中国で生産する段階になってそのファスナーが見つからないこともあります。そういう場合、デザインは無駄になってしまいます」。こうした経験を長年積み重ね、董青は最も効率的な提携方法を編み出していた。それは、自分たちで素材を予め用意しておき、デザイナーに見せ、何か問題があればその場で調整するという方法だ。「ファッションにとって、一番重要なのは時間です。時間は友達。取引先の時間を節約することができるのが、私たちの価値なのです」

 迪昂実業は見本市を通じて顧客を見つける段階をとっくに過ぎている。顧客を安定的に確保できる状態になったら、より重要なのは、信頼関係の維持だ。初歩的なOEMから共同開発まで、レベルが上がるほど、ブランドデザイナーとの意思疎通や暗黙の了解がより重要になってくる。ファッションブランドは元から定期的にデザイナーを替える傾向があったが、コロナ禍の最中はブランドの生存自体が困難になり、スタッフの入れ替えがさらに頻発になった。「それまで親しくしていたデザイナーが交代になり、コミュニケーションはリモートで取らなければならず、新任のディレクターも考えを説明してくれないという状況に陥り、それまで築いた確固たる供給関係は大きく損なわれました」と董青は吐露する。

 電気製品のOEMを手がける伊塔も、新型コロナウイルスの流行がもたらした距離感を感じていた。コロナ禍以前、何興茂は年に5回は日本に行っていた。それが、コロナ禍で3年間取引先と顔を合わせられずにいるうちに、新製品や新プロジェクトの進展がかなり困難になっていた。以前は日本の取引先も頻発に中国にやってきていたため、重要事項や細部は3日もあれば決められた。しかしコロナ禍以降は、細部の確認1つするのに1週間かけて国際小包を送り、取引先からフィードバックを受けるのにもまた1週間かかるというありさまだ。「そして修正し、資料をつくって送り、先方がそれを確認し、今度はサンプルをつくって送るのにまた1週間かかるのです」。こうしたやり取りの連続に、何興茂は苦悩していた。営業収入への影響はさておき、それよりも新製品開発のリズムが乱され、売り時を逃し、取引先に巨大な損失を負わせることにでもなれば、これまで築いてきた信頼関係が崩壊しかねない。

 チャーター便に乗って、何興茂は全ての得意先を回り、さらに新規の取引先4社も訪問した。家電は開発に約7カ月かかるため、その場で契約を受けるより、新商品に対する要望を聞くほうに重点を置いていた。「円安に傾いたこともあり、先方は当然、より低価格での取引を希望してきます。ただ、すでに決まった価格について、日本の取引先は値切ることはあまりしてきません。ですがその結果、従来製品は売れ残って利益が出ず、取引先との取引も途切れてしまうことになります。ですので、価格を下げてでも契約を取るよりは、コスパのよい新製品で代替するほうがいい。私たちはここにチャンスを見出しています」

「取引先にはそれぞれの製品ラインナップがあり、価格が様々な要素の影響を受けやすく、つくりがシンプルで、数量の多い製品はベトナムに、比較的複雑で、サービスや開発のハードルが高めの製品は中国に委託製造する傾向があります。時間的な制約があり、製造を急ぎたい場合はトルコに委託することもあるようです」。ハイエンドファッションの市場は非常に狭い。そのような環境で、中国のサプライヤーと世界各地の工場は単純な競争あるいは代替関係にあるのではなく、互いが地球全体に張り巡らされた産業チェーンの一部なのだ。その産業チェーンにおいて、いかにして強みを発揮し、自身のポジションを固めるかは、短期間で習得できるものではないと董青は考えている。

「外流河川〔直接または間接的に海に流れ込む川〕は海洋の一部で、陸地へ延伸した海だと捉えることができます。内陸河川と外流河川の違いは、決して内と外という違いではなく、衰退と繁栄、制約と自由、死と誕生という違いなのです」。著名な地理学者の単之薔はかつて長江貿易の価値について論じた文章の中でこのように述べている。董青にとって、寧波迪昂という外流河川は早くから大海と一体化しており、両者の関係は1、2回の接触で変えられるものではなくなっている。重要なのは、一体化の状態を維持し、どんな外的圧力にも断絶されることがないようにすることだ。


※本稿は『月刊中国ニュース』2023年5月号(Vol.133)より転載したものである。