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【23-36】大湾区の質の高い発展を促進する中国・シンガポール広州ナレッジシティー

葉 青(科技日報記者) 焦嬋娟,范敏玲,黄蓉芳(科技日報通信員) 2023年06月01日

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今年3月に中国・シンガポール広州ナレッジシティーで稼働した「500キロボルト(kV)科北変電所」。中国で最も高い電圧レベルを持つ完全自主制御可能なモデル変電所である。(撮影:李剣鋒)

 中国・シンガポール広州ナレッジシティー(中新広州知識城)にある西安電子科技大学広州研究院は、広東省広州市の戦略的産業ニーズに焦点を当て、国内トップレベルの優位性を持つ学科の設置に力を入れている。2022年末までに大学と企業の共同研究センターを計15カ所設立し、合意額は1億900万元(1元=約20円)に達した。

 ナレッジシティーで1年近く勤務しているシンガポール企業・来恩生物の彭暁明最高経営責任者(CEO)は、この場所の細部まで気に入っており、「当社はナレッジシティーで創薬の研究開発・生産拠点プロジェクトを進めている。完成後はmRNAコーディングTCR-T細胞治療の研究開発と生産・臨床を一体化した総合拠点になる」と語った。

 中国・シンガポール広州ナレッジシティーは、中国とシンガポールの国家級協力プロジェクトであるとともに、広東省とシンガポールによる協力の結晶でもある。田畑が広がっていた場所が現代的な新都市となり、驚異的なスピードで変貌を遂げている。都市計画面積は123平方キロから232平方キロに拡大し、先端テクノロジー企業1000社以上が集まり、シンガポールの優良企業78社が進出し、総投資額は180億元を超えた。シンガポールの多くの科学技術成果がここで移転・実用化され、一連の効果的措置により、ナレッジシティーの飛躍的な原動力を引き出し続けている。

 ナレッジシティーは、粤港澳大湾区(広東・香港・マカオ・グレーターベイエリア)の質の高い発展をけん引する「知識の支点」だけでなく「シンガポール企業が中国で投資する際の第一の選択肢」「スマートシティーソリューションおよびデジタル化技術のモデルケース」にも成長している。

中国・シンガポール協力が深化し、成果の実用化が加速

 ナレッジシティーの科学研究チームや企業家の間では、その発展速度を称える声が頻繁に上がっている。

 中国国務院は2020年8月、「中国・シンガポール広州ナレッジシティー全体発展計画(2020~35年)」を承認。ナレッジシティーに「知識創造の新たな中心地、国際人材の自由港、湾区イノベーションの源泉、開放協力モデルエリア」の建設という役割を与えた。それから3年以内にビッグサイエンス装置や重点実験室が次々と誕生し、ハイレベル人材1260人が移り住んでおり、先端テクノロジー企業1000社以上がイノベーションの創出、起業に取り組んでいる。

 華南理工大学副校長で、中国・シンガポール国際連合研究院院長の朱敏氏は「中国・シンガポール広州ナレッジシティーの大きな特色は、グローバル人材と地元の人材を融合し、知識の要素を十分引き出し、ナレッジシティーの発展に適した独自のスタイルを形成していることだ。このスタイルによって、ナレッジシティーは両国の協力を深化させる知的エンジンとなっている」と見方を述べた。

 中国・シンガポール国際連合研究院は、両国の重要テクノロジー協力プロジェクトとして、シンガポールの南洋理工大学と中国の華南理工大学が優位性を持つ学科資源と人的資源をベースに、両国の科学技術イノベーションや成果の実用化の懸け橋を構築している。

 朱氏は「産学研間の人材チェーン、技術チェーン、知識チェーン、資金チェーンを一体化することで、長・中・短期の発展スタイルを形成した。初期段階で技術革新の研究開発を、中期段階で国際テクノロジー成果の実用化をそれぞれ重視している。発足以来、研究院では6つの研究開発プラットフォームを構築し、産業化プロジェクト77件を誘致してきた。うち、中国とシンガポールの協力プロジェクトは45件で、企業40社のインキュベーションに成功した」と強調した。

 産業と教育の融合は、中国・シンガポール広州ナレッジシティーがイノベーションの新たな中心地を構築するもう一つのポイントとなっている。西安電子科技大学広州研究院の王従思執行院長は「企業誘致と教育支援をさらに推し進め、産業と教育の融合分野の人材育成体制を構築し、さらに多くの人材をナレッジシティーに呼び込みたい」と説明した。

ソフトウェアとハードウェアの優位性を活かしたグローバル生態圏を構築

 来恩生物の彭氏は、B型肝炎ウイルスを標的としたTCR-T細胞技術の研究に専念するとともに、ナレッジシティーの中国・シンガポールスマートパークに創薬研究開発・生産拠点を建設した。彭氏は「ナレッジシティーに25人以上の研究開発チームを置き、一部でオリジナルの研究開発を進めている。今後、中国でさらに多くのパイプを作っていきたい」と述べ、ナレッジシティーや中国のバイオ医薬品産業の発展に対し、楽観的な見方を示した。

 彭氏が中国・シンガポール広州ナレッジシティーの成長を見込んでいるのは、政府サービスのクオリティが高く、産業投資連動メカニズムが効果的だと肌で感じているからだ。

 中国・シンガポールスマートパークの王苗総経理は「このスマートパークは、企業を受け入れる物理的空間であるだけでなく、ナレッジシティーの産業エコロジカルにおける重要な構成部分でもある。国際化されたビジネス環境を含めた産業エコシステムを構築し、両国の政府や科学研究機関、企業、人材を密接に結びつけ、入居している企業に全面的なソフトウェア・ハードウェアサービスを提供する。また、産業エコシステムのクローズド・ループを次第に形成し、国際化された産業エコシステムエリアを構築するというのが、当スマートパークのコアコンピテンシーになっている」と語った。

 ソフトウェア・ハードウェアサービスの優位性の重なりや国際化された産業エコシステムエリアは、シンガポール企業が中国・シンガポール広州ナレッジシティーを選ぶ際の評価ポイントになっている。

 今年2月、中国・シンガポールスマートパークに入居した新果農業科技の総裁で首席科学者、創始者の鮑晟傑博士は「夏のイチゴは現在、中国市場で200億元の生産高が見込める。当社が栽培している新しい品種のイチゴは、夏に栽培することができ、市場の空白を埋めることができるだろう」と説明。「今後10年間に、中国で世界最先端の分子育種プラットフォームとゲノミクスに基づく精密栽培データバンクを構築し、野菜や園芸作物、牧草などに拡大させたい」と意欲を示した。

「知識経済」に活気をもたらす産業クラスター

 中国・シンガポール広州ナレッジシティーは発足当初から「知識経済」に焦点を当て、各方面から「知識力」を構築してきた。「知識力」の環境を構築するために、ナレッジシティーはイノベーション発展の活力源である知的財産権から着手している。

 ナレッジシティーは現在、国務院の承認を受けた、中国で唯一の知的財産権運用・保護総合改革試験実施エリアとなっている。また、シンガポール知的財産権局国際事務機関と共同で、中国・シンガポール国際知的財産権育成拠点を構築し、グローバル人材特別育成計画を実施。中国初の純特許証券化製品や知的財産権海外権利侵害責任保険など改革措置20件も打ち出している。さらに、体制メカニズムや金融イノベーション、産業の牽引、国際協力などの面で改革を深化させ、全国に先駆けて新たな政策を試行し、知的財産権が発展を活性化させる特色ある道を歩んでいる。

 知識の生産、発信、創造、保護、運用、発展の全チェーンをめぐり、中国・シンガポール広州ナレッジシティーは質の高い発展構造を構築し、百済生物や諾誠健華、小鵬汽車など100件以上の大規模産業リーディングプロジェクトを牽引力とし、バイオ医薬品や新エネ車といった1千億元級の産業クラスター形成を加速させている。ナノテクノロジー能力の産業化中心地、知的財産権保護・運用の中心地を構築し、広東省の工業経済から知識経済へのモデル転換・高度化をリードしている。

 今年3月、中国で最も高い電圧レベルを持つ完全自主制御可能なモデル変電所である「500キロボルト(kV)科北変電所」が、中国・シンガポール広州ナレッジシティーで稼働した。同変電所の総投資額は5億7000万元で、120社以上に電力を供給し、グリーン低炭素エネルギーが産業発展に強大な原動力を注ぎ込むと期待されている。

 デジタル経済分野では、中国・シンガポール広州ナレッジシティーが華南地域のインダストリアルインターネットで唯一、IDデータ検証/照合国家トップレベルノードに組み込まれ、中国初の国際デジタルターミナル運営センターを完成させ、産業のデジタル化発展を加速させている。ナレッジシティーには、中国の三大通信キャリアである中国移動(チャイナモバイル)、中国聯通(チャイナユニコム)、中国電信(チャイナテレコム)が集まり、IDCとクラウドコンピューティング拠点が建設され、広東省の「デジタル経済の模範」構築に新たな活力をもたらしている。

 開放的と革新性は中国・シンガポール広州ナレッジシティーの最も魅力的な特徴となっている。地域的なイノベーションと発展の競争力が引き続き高まり、さらに多くのグローバル資源が集積するようになっている。


※本稿は、科技日報「中新广州知识城:撬动大湾区高质量发展的"知识支点"」(2023年4月13日付7面)を科技日報の許諾を得て日本語訳/転載したものである。