【23-48】江蘇省の専門家、海南省を行き来して稲の育種に励む
過国忠(科技日報記者) 柳 鑫(科技日報実習生) 2023年07月19日
国家南繁科学研究育種拠点のモデル農地で、稲の生育状況をチェックする江蘇里下河地区農業科学研究所の稲育種チーム。(撮影:柳鑫)
「毎年、実験する場所が変わり、土地の貸与から田植え、収穫まで、全て自分たちの手で行っている。育種従事者の心の中に『冬』はない」
江蘇里下河地区農業科学研究所研究員、李愛宏所長
中国海南省にある国家南繁科学研究育種拠点(以下「南繁拠点」)では、江蘇里下河地区農業科学研究所(以下「里下河研究所」)稲育種チームのメンバーが麦わら帽子をかぶり、長靴を履いて、早期水稲を収穫していた。
里下河研究所の研究員である李愛宏所長はこのチームの「大黒柱」だ。
李氏は「ここに4ヘクタールの育種拠点を設置して、一般的なジャポニカ米、ハイブリッドインディカ米の育種材料各3万点以上を栽培している。40年以上にわたり、われわれは需要を重視し、高収量で病気に強い稲の品種育成に相次いで成功した。長江の中・下流地域で大規模な普及を行い、国の食糧安全保障に種源の支援を提供してきた」と語った。
「種子の品質が合格してはじめて、安全な稲を生産できる。種子の品質が良くなり、良質な稲を生産してはじめて、農業の増産・増収を実現できる」というのは李氏の口癖だ。この言葉を実践するために、李氏とチームメンバーは、並大抵ではない努力を重ねてきた。
熱帯に位置する海南島の気候は温暖で、湿度が高い。気温は1年を通して22度以上あり、降雨量が豊富で、日照時間が長い。そのため、稲の生長に適した自然条件が整っており、良種繁殖を行う理想の場所となる。中国最大の国家級育種拠点「南繁拠点」はここに作られている。
里下河研究所稲研究室の室長を務める肖寧研究員は「里下河研究所は、中国で比較的早く南繁拠点の設置に参加した地方農業科学研究機関だ。1970年代初めから、里下河研究所の農業科学研究員が4世代にわたって海南島で育種関連の活動を展開している」と説明した。
李氏は「初めて海南島に来た時、水道も電気もなく、生活環境はとても過酷だった。農家の家に住まわせてもらい、一度来ると半年ほど滞在し、春節(旧正月)にも家に帰ることはできなかった」と振り返った。
劉広青さん(60)は、高い農業技術を持っているため「全国農業技術名人」に認定された。劉さんは高校を卒業してから、農業学校で1年学んだ後、里下河研究所育種拠点に勤務。これまで40年以上勤めてきた。
「育種はとても難しく、大変だ」。そう語る劉さんは、当時の海南省での活動について、「毎年11~12月は種まきの季節で、10月から出発の準備を始めていた。江蘇省揚州市から海南省三亜市に行くためには、まず列車で広東省湛江市まで行き、その後、船で海口市まで行かなければならなかった。行くだけでも10日から半月以上かかっていた。当時、チームメンバーは10数人で、各自が菜種油と食糧配給切符の『粮票』を持って行った。半年で使える油は5キロしかなく、調理する時は少しずつ使っていた」と振り返った。
劉さんによると、1970年代から80年代の海南島は水文資源こそ豊富だったものの、水利施設が整備されておらず、直接水を田んぼに引くことはできなかった。そのため、種まきの後の水不足が毎年一番の問題になっていたという。
地元村民との「水の取り合い」を避けるべく、里下河研究所の研究者は、事前に拠点に穴を掘って雨水を貯め、溝を掘って、水をそこに流すという方法を採用した。田んぼが遠い場合、バケツで水を運び、稲に水をやっていた。
毎年4月は、里下河研究所の稲育種チームにとって最も忙しい時期となる。海南島が暑くなり始めるこの時期、成熟した稲を収穫するために、メンバーは毎日、日が昇ると田んぼに行き、品種ごとに収穫、袋詰め、計量、ラベル付け、優良品種選定などを慌ただしく行う。
李所長は「里下河研究所の4世代の研究員は、良種を育成するために、どんなに苦しくて大変でもあきらめずに努力し続けた。そのような過酷な環境下で、里下河研究所は『揚稲』シリーズを次々と育成し、長江中・下流地域の稲生産のために、種の供給源を確保した」と強調した。
育種従事者に「冬」はない
10年以上たゆまない努力を重ね、里下河研究所の研究者は、数々の成果を収めた。例えば、育成したハイブリッド米「揚稲6号(93-11)」はゲノムシーケンシングに用いられるインディカ米品種となり、「揚両優6号」は、生産量が多く病気に強い優良品種となった。
肖研究員は「『揚稲6号』は当時、中国で栽培面積が最も大きく、栽培範囲が最も広いハイブリッド米回復系統の一つで、『長江流域稲優位産業ベルト主導品種』に指定された。関連成果は、江蘇省テクノロジー進歩賞1等賞と国家テクノロジー進歩賞2等賞を相次いで受賞した。2016年の時点で、『揚稲6号』を使って回復系統を育成した2系統ハイブリッド交配品種は栽培面積が累計1400万ヘクタールに達し、中国の2系統のハイブリッド米の発展を推進した」と語った。
それでも、同チームは功績の上にあぐらをかくことはなく、時代とともに前進し続け、需要に基づいた稲の種の最適化を続けている。
李所長は「ここ10年近くは気候変動や土壌劣化、農業公害、水資源不足といった問題が重なり、食糧生産にとって重い足かせとなり、私たち育種従事者は新たな課題に直面している」と語った。
高温と病気に弱いという稲のウィークポイントをどのように解決するかが、里下河研究所の重要任務となった。ここ数年、里下河研究所育種拠点の研究者は、タイプを選んで組み合わせ試験栽培するという大変で複雑な試験を、狙いを定めて実施している。
研究者は「育種従事者にとって、海外の資源を軽々しく母体とすることは避けたい。自分たちが熟知している材料、少なくとも2~3年の観察を経た材料をより多く選んでいる。一方、一つの新品種を育成するには、往々にして200~300通り、さらには数百、千通り以上の交配が必要だ」と説明する。
南繁拠点は現在、研究者の勤務・生活条件が大きく向上した。それでも、育種従事者には「苦労」という言葉が付きまとう。
李所長は「他の人からすると、稲の育種というのは不思議な仕事で、冬に海南島に行くことができるというのは、聞こえがいいかもしれない。でも実際には、とても大変な仕事だ。春に稲の育種をするためには、中国の南方地域での栽培が必要になる。冬に海南島などの気候が温暖な地域で、育種材料の繫殖を行い、育種を加速させることで、優良品種の選択育成効率を高めることができる」と紹介した。
毎年秋になると、収穫期が終わったばかりの育種従事者は、少しの荷物と数ケースの育種材料を持って、南繁拠点に場所を移し、約4カ月間の育種に励むようになる。
優良品種を選択し新品種育成を加速
苦労は多いが収穫も多い。里下河研究所はここ数年、「揚稲6号」を遺伝資源の中心として、病気と高温に強い優良不稔系統「揚籼9A」と「縁88S」を育成し、中国のハイブリッドインディカ米交配の新たなスタイルを切り開いた。
肖氏によると、「揚籼9A」と「縁88S」は回復系統「揚稲6号」を母体として、優良品種を選択、育成した。その交配スタイルはより柔軟になっている。
李氏は「三代ゲノムシーケンシング技術を活用して『縁88』と『揚籼9A』を中心とした高精度パンゲノムアトラスを構築し、暑さと病気に強い、主遺伝子のクローンを作成・集約し、暑さと病気に強い稲の分子設計・育種のために、遺伝子資源と技術のサポートを提供した」と述べた。
李氏によると「縁88S」と「揚籼9A」は他の品種との相性が良く、組み合わせる雑種の優位性が際立っている。ハイブリッドインディカ米は高温と病気に弱いというウィークポイントを解決しており、広く普及させる価値と革新的意義がある。
里下河研究所は現在、「縁88S」と「揚籼9A」を利用して、優良品種を選択、育種したハイブリッド米シリーズから新たに25組を交配。5品種が国の審査、4品種が省の審査に合格し、国家級・省級生産試験に16品種が参加している。
里下河研究所の研究者が「揚籼9A」と「縁88S」を交配させた代表的な品種「揚籼優912」「揚9優8612」「縁両優968」などは重点推進品種に指定されており、長江中・下流で栽培されるハイブリッドインディカ米の主要品種になる可能性がある。
里下河研究所はまた、江蘇省で栽培されている主要品種が病気に弱いという問題に対応するため、同省で初めて病気に強いソフト米品種「金香玉1号」を育成し、問題を解決した。同品種の栽培面積は2022年に6万6000ヘクタール以上に達した。
李所長は「今後も消費市場の優良品質米のニーズに合わせ、暑さに強く、質の高い遺伝資源を活用し、南繁拠点の恵まれた自然環境と結び付け、関連品種の育成を加速させていく」と語った。
※本稿は、科技日報「40年南北迁徙,育种人无问西东」(2023年5月8日付5面)を科技日報の許諾を得て日本語訳/転載したものである。