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【23-57】デカップリングで中国が思ったほど傷ついていない理由

2023年08月29日

富坂聰

富坂聰(とみさか さとし):拓殖大学海外事情研究所 教授

略歴

1964年、愛知県生まれ。
北京大学中文系中退。
「週刊ポスト」(小学館)「週刊文春」(文芸春秋)記者。
1994年「龍の『伝人』たち」で第一回21世紀国際ノンフィクション大賞受賞。
2014年より現職。

著書

  • 「中国人民解放軍の内幕」(2012 文春新書)
  • 「中国マネーの正体」(2011 PHPビジネス新書)
  • 「平成海防論 国難は海からやってくる」(2009 新潮社) ほか多数

 20%を超える若者の高い失業率。中国経済を牽引してきた不動産業界は、資金の逼迫で青色吐息。そして予想外に回復しきらない個人消費......。

 米中対立の影響などを除いても、中国経済の見通しは暗い。

 とうとう輸出にも陰りが見え始め、対米輸出が顕著に落ち込んだ。結果、アメリカのモノの輸入に占める国別の割合で、中国が15年ぶりに首位から滑り落ちたとメディアは一斉に報じた。

 こうしたニュースを受け、ネットでは「中国の時代が終わった」とか「中国もいよいよ『日本病』か」といった言説があふれ始めた。

 だが、実際はどうだろうか。

 曇天に覆われた中国で人々の財布の紐が固くなっていることは確かだ。不動産業の低迷も大きなマイナス要因だが、だからといって中国が一気に「バブル崩壊」から「失われた30年」へと向かうかといわれれば、やはり首をかしげざるを得ない。

 細かい話だが、まず若者の失業率の高さは大卒が増え過ぎたことが原因で、問題は大卒に見合う仕事が不足していることだ。

 中国国内では「大卒インフレ問題」というワードも聞かれる。つまり選ばなければ仕事はあり、実際にいくつかの業界で人手不足も起きている。大卒の仕事が足りないこと自体も当然問題だが、少し割り引いて考える必要があるのだろう。

 不動産業界の低迷も、その根本は習近平国家主席が「住宅は住むためにあり、投機のためではない」と発言したことを受けた政策の転換だ。実は政府は、あの手この手で不動産投資熱を冷まそうとしてきた。

 最終的には2020年8月、融資のハードルを上げる「3つのレッドライン」――具体的には開発業者の負債やキャッシュフローに関して厳しい財務指標の設定など――を設けた。これをきっかけに借り入れに依存する業者は一気に資金繰りを悪化させたのだ。

 習近平政権が厳しい対策を打ち出した背景にはマンション価格が庶民の手の届かないレベルを超えて高騰していたという問題があった。つまり共産党はある程度の出血は覚悟して、バブル退治に乗り出しのだ。問題は、現在の低迷が管理された範囲にあるか否かだ。

 いずれにせよ不動産価格の異常な高騰という問題は、いつかは取り組まなければならない課題でもあった。それならば早期に対応することは批判されるべきことではない。

 そして輸出の不調だ。ただ対米輸出の不振は「悪さ」というよりむしろ中国の「適応力」として評価される話だ。

 もちろん米中対立で落ち込んだ部分は否定できない。だが中国を抜いて1位となったメキシコへの中国からの輸出は、凄まじい勢いで伸びているのだ。同じ現象はアジアでも見られ、典型的なのが対ベトナムだ。

 要するに中国から直接向かっていた輸出品がベトナムやメキシコを経由するようになったのだが、これはかつて中国がWTOに加盟したことを機に日本の貿易が中国経由となり「日米貿易摩擦」が「米中貿易摩擦」に変化したのと似ている。

 そして興味深いのは第三国を経てアメリカへと向かう貿易の流れは、間接的に中国と経由国との結びつきを強化させる役割を果たしてしまっている点にある。

 事実、中国から東南アジアに向かう鉄道は年々重要度を増している。つまり中国の提唱する「一帯一路」のインフラ建設が有効に活用されているということだ。結果的にバイデン政権が、そうした国々における中国の存在感を高めてしまったとしたら皮肉だ。

 最後に「中国が日本病に陥る」という指摘について少し掘り下げておきたい。

中国で「日本病になる」という議論が盛ん聞かれるようになったのは、10年ほど前からのことだ。中国が「中所得国の罠にはまる」という予測も同時にあふれた。経済学者・韓和元氏が書いた『中国経済も日本と同じ轍を踏むのか?(中国経済将重蹈日本覆轍)』がベストセラーになったのは、2010年6月だ。

 つまりバブルが弾けて失われた30年(20年)が到来するという予測を、中国はこのころからずっと意識してきたのだ。中国は世界金融危機(2008年から2009年)からの回復のために巨額の財政出動を行いⅤ字回復を果たしたのだが、その後遺症は早くもこのころには「バブルへの懸念」という形で現れていたからだ。

 その意味でも中国共産党が無為無策のまま今日まで過ごしてきたとは考えにくい。

 また「日本の失われた30年」はバブル経済の崩壊だけによるものではなく、外国の銀行の襲来で日本の銀行が再編を迫られると同時に家電業界では垂直分業から水平分業へと変化する流れに対応できず、IT化の波にも乗り遅れた。

 一方の中国は不動産業界の「暗」に比して「明」もはっきりしている。

 今年日本を抜いて世界一の自動車輸出大国になることは象徴的だ。これはEVの躍進によるものだが、中国のメーカーは車載電池に関しても高いシェアと技術を誇っている。

 またファーウェイやZTEに代表される通信分野での躍進に加え、アリババ、テンセント、百度などIT分野でも世界に名の通った企業がそろう中国は、自動運転の世界でも存在感を高めてゆくと予測されている。

 新エネルギー車に関連して、太陽光発電や風力発電でも中国の躍進は目覚ましい。いずれもその発電量や技術、設備の輸出において世界をリードしている。

スマートフォン、ドローンといった身近な製品から造船や海運の分野でも中国は世界一のシェアを獲得し、国際ジェットも市場に送り出すことに成功した。さらに今後が期待される宇宙ビジネスでは、民間企業が400社もあるという。

 米中対立の影響で苦戦が予測される半導体の分野でも、すでに次世代の量子半導体の実用化でいくつかの重要技術でのブレークスルーもあったと報じられている。

 今後の強みを数え上げればきりがないほどだ。

 現在の中国の悩みはむしろ、こうした強い企業が国有セクターに偏っていることだろう。その意味でも「共同富裕」は重要なのだ。


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