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【23-67】中国伝統薬 原料価格高騰の背景

牛 荷/『中国新聞週刊』記者 吉田祥子/翻訳 2023年10月16日

今回の中国伝統薬〔以下、中薬〕の原料となる生薬〔以下、中薬材〕の異常な値上がりは、中薬業界の健全で安定した発展に悪影響を及ぼすのは必至であり、中薬業界は十分に注意を払わなければならない。

 例年、暑くなるにつれて中薬材の販売も閑散期に入るはずだが、今年6月以降、その価格が高騰の一途をたどっている。報道によると、このところ、上昇幅は前年比で国内の一般品種が50~100%以上、大口で取り引きされる25種類の常用薬材が200%以上、さらに鶏骨草(ケイコツソウ)などごく一部の品種が400~900%にも達している。

「中薬材の販売に20年以上携わっていますが、こんな大幅な値上がりは初めてです」。主に甘草(カンゾウ)を取り扱っている張黎さんは、1998年より河北省安国市で仕入れた中薬材を販売している。昨年、値上がり前の甘草1㎏の売価は20元ほどだったが、現在は40~50元まで上がっていると言う。

 中国中薬協会中薬材栽培・養殖専門委員会の副秘書長で、中康科技中薬ビッグデータセンターのチーフアナリストを務める賈海彬氏は、今回の中薬材価格の上昇幅と上昇周期は、データの記録がある中薬材商品史上、極めて珍しいと述べた。賈氏によると、一般的に中薬材の価格は、短期的には3年、長期的には9年を周期として変動するが、今回の周期はすでに11年続いており、3年連続で値上がりしている。

 中国中薬協会は7月8日に提言書を発表し、今回の中薬材の異常な値上がりは、中薬業界の健全で安定した発展に悪影響を及ぼすのは必至であり、中薬業界は十分に注意を払わなければならないと指摘した。

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河北省安国市の中薬材卸売市場で、パレットの上にぎっしりと並ぶさまざまな種類の中薬材。
写真/『中国新聞週刊』記者 牛荷

価格は「高騰の一途」なのに売れていない

 安国市は中国北部最大の中薬材集散地である。2021年時点で安国市には中薬材商社が1087社、個人事業者が4500余りあり、2800種類以上の中薬材を取り扱っている。

 安国市の中薬材卸売業者、林皓さんが店頭で販売している冬虫夏草(トウチュウカソウ)は、今年に入ってから1㎏当たり平均4万元以上値上がりし、現在の平均価格は9万元/㎏余りになっている。「品質の良いものは1㎏の値段が十数万元もします。例えば青海省産の冬虫夏草は現在1㎏当たり16万元で販売しています」

 陳芸さんは安国市で30年以上中薬材の販売に携わっている。陳さんによると、酸棗仁(サンソウニン)の価格はすでに史上最高値を突破し、最低でも950元/㎏するが、昨年前半の販売価格は現在のわずか3分の1ほどだった。

 統計データによると、2020年から現在に至るまで中薬材の価格は全体的に上昇傾向にある。

 賈海彬氏はこう指摘する。夏場は暑くて雨も多いため保管や輸送のコストが高く、医薬品卸売業者や企業が仕入量を減らすので、中薬材市場の閑散期のはずだった。ところが、今年は値上がりした品目数も上昇幅も著しく拡大し、中薬材の価格上昇が加速している。鹿角霜(ロッカクソウ)、当帰(トウキ)、天然牛黄(ゴオウ)など「国家基本薬物目録」に収録されている品目の主原料の価格高騰は、中薬材市場がほとんど制御不能状態に陥っていることを反映しており、国による中薬戦略の安全保障と医療保険制度の安定性に深刻な影響を与えている。

 卸売業者にとって、値上がり後の中薬材の売れ行きは決して順調ではない。陳芸さんは、値上がり後に酸棗仁の販売量が落ち込み、購入者もかなり減ったと話す。張黎さんの店では、値上がり前は甘草だけで年間数十tを売り上げ、市況が好調なときは100t以上売れたことさえあったが、今年上半期は店の全商品を合わせても20~30tしか売れていない。

 張黎さんの印象では、昨年後半から、もとは安価だった多くの中薬材が「投機的に」取り引きされて高騰し、多くの人々が値上がりした中薬材を高値で購入し始めた。こうして購入された中薬材の多くがいまだに売れておらず、張黎さんによると、安国市に限らず、国内の中薬材市場や生産地の冷蔵倉庫はたいてい中薬材が山積みになっている。また、野菜や果物を保管していた冷蔵倉庫まで次々と中薬材の保管に転用されているという調査データもある。

 冷蔵倉庫の不足に伴い保管料も上がり始めた。張黎さんの店の隣の中薬材取扱業者は総面積1000㎡もの冷蔵倉庫を保有しているが、すでに満杯になっており、保管コストが以前の毎月105元/tから現在は150元/tに上昇しているという。

遊休資本の流入と中間業者による投機目的の買いだめ

 中薬材は中薬製造全体の源である。中薬材は、複雑な製造工程を経て直接中成薬(ちゅうせいやく)〔中薬製剤〕をつくることも、煎じ薬や中成薬の原料となる飲片(いんぺん)〔成分を抽出しやすいように細かくしたもの〕に加工することもできるが、エキスに加工して、そこからさらに配合顆粒や中成薬をつくることもできる。飲片、配合顆粒、中成薬はどれも中薬材販売会社、薬局チェーン、病院などが販売することができ、製造・販売の各段階で、互いに影響し合い、関係し合っている。

 北京中医薬大学の鄧勇教授(医薬衛生法学)は、2020年以降、複数の要因が絡んで多くの中薬材が値上がりし続けているとして、以下の点を挙げた。①医薬品の品質基準が引き上げられ、規制が日増しに厳しくなり、基準を満たす医薬品が減少したことに伴って中薬材に対するニーズが高まり、その結果、中薬材の価格も上昇した。②国は中薬材栽培基地の建設を奨励し推進しているが、推進過程で他の産業に転換する栽培農家がないとは言えず、一部の薬材の栽培が減少してしまい、栽培コストが上昇した。③気候の影響を受け、多くの薬材が総じて減産となり、栽培面積がいくらか縮小した。④中薬材の栽培・加工工程の難易度の上昇、輸入中薬材に対する国の規制による一部の中薬材の原料不足、労働力の流失なども価格が全般的に上昇した要因である。

 賈海彬氏は、価格上昇の根本原因は中薬材産業チェーンの不合理な利益分配と多くの中薬材のやみくもな生産の結果生じた混乱にあるとみている。中薬材産業チェーンは、原料の生産、仕入れと流通、加工と末端の販売という段階を含み、そのうちの加工と末端販売段階の市場規模や収益レベルは生産者をはるかに上回り、製造加工企業が産業チェーン全体の利益獲得主体となっているが、原料の供給源とサプライチェーンの安定供給確保が長い間なおざりにされていると賈氏は説明した。

 また、やみくもな生産については次のような例を挙げた。2018年以前、貧困救済資金の支援の下で、クチナシ生産地の農家が栽培をやみくもに拡大し、最終的に山梔子(サンシシ)〔クチナシの果実を乾燥した薬材〕の価格の連続的な暴落を引き起こした。販売価格の最安値はわずか5.5元/㎏で、収穫にかかる人件費をカバーできず、クチナシを植えた大量の土地が放棄されて荒れ果て、さらにはクチナシの木も伐採された。今回、山梔子の価格が38元/㎏に高騰した背後には、こうした伏線が張られていたのである。

 鄧勇教授は、生産者を長期にわたり重要視せず、栽培基地の建設に対する中薬企業の後押しが緩慢だったため、薬材供給側の安定供給力が脆弱になったと分析する。また、情報交換のスピードが上がり、製薬会社と生産者が直接取引しやすくなったため、中間業者はますます中間マージンを稼ぐことが難しくなった。そこで、中間業者は所有する倉庫に買い占めた商品を貯蔵して売り渋り、市場の相場を押し上げ続けている。

「今年の中薬材の持続的な価格高騰の直接原因は、遊休資本の流入と中間業者の投機目的の買いだめです」と鄧勇教授は述べ、遊休資本の所有者自身が中薬材の買いだめを的確におこない、低価格で買い付けて高価格で転売するのは難しく、実際には、中薬材の生産・価格・取引に関する情報を握っている卸売業者やコンサルティング会社と手を結び、産業情報を十分に把握した上で、資金力に物を言わせて中薬材を大量に買いだめし、投機と独占によって価格をコントロールし、莫大な利益を手に入れる傾向があると説明した。

 前回の中薬材の集中的な価格上昇は約13年前だが、当時も背後に投機的な買いだめがあると指摘されていた。党参を例に挙げると、2009年8月の約9元/㎏から2011年6月の約90元/㎏まで価格が上昇し続けた。2011年、国家発展改革委員会と関連部門が甘粛省隴西地区の20カ所余りの中薬材保管倉庫を全面的に検査した結果、2010年12月以前に10の事業者が20万㎏以上の党参を買いだめし、2011年以降に44の事業者が80万㎏以上を買いだめしていたことが判明した。

 同年、国家発展改革委員会は、生産量の減少と需給の逼迫に加え、少数の悪徳事業者が投機目的で買い占めたことが党参の価格高騰を助長したと指摘する文書を発表した。また、一部の事業者に対し法に基づき行政処分をおこない、戒告書を下達するとともに保管している党参の売却を命じた。

集中購買を実施するほど値上がりする

 今年この業界に参入する人が明らかに増えていると張黎さんは感じている。

「多くの人は、実は中薬材のことをよく知っているわけではなく、このブームに便乗して分け前にあずかりたいだけなのかもしれません」。張黎さんは昨年末、ある物流業者から、甘草は簡単に売れるのかと尋ねられた。その業者は自身の手元に十数tの甘草を押さえていたが、中薬材業界の人間ではないので、適正な売値がわからなかった。

 また、張黎さんの知人のある中薬材業者は、100tの甘草を40元/㎏以上の高値で買い入れた。その業者は、甘草の値段がさらに上がると信じてこんなにたくさん買ったのだと言った。だが、甘草の販売歴20年以上の張黎さんは手を出そうと思わない。いまは値上がり前の倍になったが、今後これ以上の値上がりは期待できないからだ。

 あるベテラン中薬材業界関係者はこう分析する。この30年、中薬材が値上がりする前に、いつもインフレが起きていた。インフレになると、投資する商品がなくなり、国内資本が中薬材を金融商品として投機し始める。1000万元レベルの資本は、1つの中薬材品目を倍に値上がりさせることができる。「ここ2~3年で、中薬材の投機をおこなった資本の規模は少なくとも累計数十億元、さらにはそれ以上で、中薬材の価格が暴騰しないはずがありません」

 6月21日、湖北省医薬価格および入札購買管理サービスネットワークが全国中成薬購買連盟の集中帯量購買〔購買量を保証することで大幅な値下げを実現する競争入札〕の入札候補の合格結果を公示した。全国の入札応募企業86社、95品目のうち、63社、68品目が合格し、合格率は71.6%で、合格品目の価格は平均49.4%下落した。

 今回の集中購買は2022年9月に正式にスタートし、湖北省が旗振り役を務め、北京市や天津市など30の省級行政単位が参加した。業界内では中成薬の「国家調達」と見なされている。

 中薬の集中購買は2021年から推進されており、その形式は省間の連合から全国規模へと発展し、範囲も中成薬、飲片、配合顆粒などの分野まで徐々に拡大した。賈海彬氏は、原料の安定供給体制が未成熟なうちは、このような集中購買は中薬材価格をさらに上昇させる可能性があり、集中購買を実施するほど値上がりするとの見方を示し、その原因をこう説明する。中薬材の集中購買は、投機のための明確な目標を提供するだけでなく、入札企業や落札企業を刺激して事前に中薬材の備蓄を増加させ、以前に買いだめしていた業者にも販路を提供することができ、その結果、より多くの現金に換金させて、再び投機をおこなわせてしまう。

 鄧勇教授によると、一部の医薬品卸売業者は病院、薬局、製薬会社などと長期納入契約を結び、納入価格が固定されている。中薬材の値上がり後、このような業者は、仕入れ量の減少、仕入れコストの増加、価格変動が頻繁で医療機関との価格交渉が間に合ないといった問題に直面し、その結果、納入できなくなり、損害賠償や儲けにならない出荷が発生するリスクが高まっている。

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中薬材の異常な値上がりは極めて珍しい事態となった。写真/方也亜磊

 今回の価格高騰で最も儲けたのは、流入した遊休資本と一部の悪徳中間業者だと鄧勇教授はみている。栽培農家と普通の中間業者は一時的な収入増が見込めるかもしれず、製薬会社と医療機関もいくらか負荷がかかるだろうが、最も影響を受けるのは、中薬を使って治療する必要がある患者であり、特に長期間の服用が必要な慢性疾患の患者である。

 中国中薬協会は7月8日に発表した前述の文書で、薬材市場の動向を注意深く監視し、飲片と中成薬の生産計画を適時に調整すると言及した。また、大型・中型企業、特にブランド企業や優良企業が率先して行動し、中薬産業チェーン全体の品質管理体制を構築し、中薬材の品質トレーサビリティシステムを確立し、生産者と販売者の直接取引を促し、中間業者による投機の機会を極力減らすことを提言している。

 鄧勇教授は、結局のところ薬材の値上がりは需要と供給の不均衡の問題だとして、実際には、中国における中薬材の現在の栽培基準と品質はまだ規範化・標準化・高品質化の要件に達しておらず、供給面になんらかの欠陥が現れる可能性があり、集中的な価格上昇はいまも避けられないと分析する。中薬材の栽培を標準化・規範化して発展させ、中薬材産業チェーンの収益分配を最適化することは、長い道のりであり、一歩ずつ構築しなければならない。現在、医薬品の価格を安定させるには、政府が強制力をもって推し進め、可能な限り中薬材の直接取引を実現し、価格のつり上げや悪質な買いだめなどの不正行為を防止する必要がある。(文中の張黎、林皓、陳芸は仮名)


※本稿は『月刊中国ニュース』2023年11月号(Vol.139)より転載したものである。