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【24-02】「SFの都」成都で中国初の世界SF大会開催

陳威敬/文 吉田祥子/翻訳 2024年01月18日

中国の「SFの都」である成都はいまや「世界に冠たるSF都市」を目指して全力で邁進している。これは、4500年の文明の歴史を持つこの魅力的な都市が提示しようとしている新たな肩書きでもある。

 2023年10月18日、第81回世界SF大会が四川省成都市郫都区の成都SFで開幕した。84年の歴史を持つこの一大イベントがアジアで開催されるのは16年ぶり2回目、中国では初の開催である。

 今大会のテーマは「共生の時代」。中国の著名なSF作家、劉慈欣によると、SF小説のなかの地球は宇宙に浮かぶ1粒の砂にすぎず、全人類が一体となってこの砂粒の上で生活しているという。「他の何よりもSF文学は文化や人種や国が異なる人々の共感を誘うことができる題材です。そこに描かれる夢は全人類共通の夢であり、そこに描かれる悪夢や危機も私たちが共に直面する悪夢や危機であるがゆえに、SF文学は確かに全世界の異文化をつなぐ架け橋なのです」

 中国が初めてホストを務める今回の大会には、35の国と地域から国際的に著名なSF作家、SF分野の業界・機関・組織の代表、さらにはSF技術や最先端研究分野の専門家など、1200人以上のゲストが参加した。世界中のSFファンが注目する本大会において、中国のSF作家・海漄が小説『時空画師』(時空の絵師)でヒューゴー賞の「最優秀短中編小説」を受賞し、中国のSF作家としては劉慈欣、郝景芳に次いで3人目の受賞者となった。

 大会期間中に世界SF大会第1回産業発展サミットが開催されたことも特筆に値する。重要な産業コンセンサスと成果が正式に発表され、大会を契機に中国のSFが世界と交流する窓口がさらに開かれた。

中国の「SFの都」

 2021年12月18日、フランスのニース、米国のメンフィス、カナダのウィニペグを抑えて中国の成都が世界SF大会の招致に成功したというニュースが届いた。それは多くのSFファンにとって夢が現実になった瞬間だった。

 長らく、世界SF大会は主に欧米諸国で開催されてきた。アジアでは2007年に初めて日本の横浜で開催されてからすでに16年になる。

 成都は大会招致の中心的役割を担う組織として成都市SF協会を設立した。2023成都世界SF大会の専任議長を務めた同協会副会長の梁効蘭は、大会の招致には多くの困難があったが、協会の努力に加えて、世界SF協会の会員のなかに世界SF大会をさまざまな国や都市に進出させてSFの精神を広めることを熱望する人が大勢いたと述べた。

 1980年代、『科幻世界』(成都で創刊された中国初のSF雑誌)の人気が高まったことで成都にSF文学ブームが巻き起こった。しかし長い間、SF文化が中国で本格的に市場を切り開くことはなかった。

 2015年、劉慈欣の小説『三体』がSF界の「ノーベル賞」と呼ばれるヒューゴー賞の「最優秀長編小説賞」を受賞した。アジア人の受賞はこれが初であり、劉慈欣は一個人の力で中国のSF文学を世界レベルに引き上げたとして称賛された。

『三体』に代表されるSF文学は、当初『科幻世界』に連載されていた。『三体』は連載が好評を博し、ようやく単行本化されたのである。

 劉慈欣は、中国のSF作家と作品の大部分は何年も前に成都から全国に広まったとみている。「成都では1991年に国際的なSF会議が開催されたことがあり、今回、世界最大規模のSF大会が成都にやってきたことは当然の成り行きだと思います」

 2023年ヒューゴー賞選考委員会責任者のデーブ・マッカーティは、大会招致の条件を備えた都市には、皆が同じ期待を持っていると世界各地のSFファンに感じさせることができるファン層やSFの雰囲気があるべきだと語っていた。

 ならば、成都の「SFの都」という国内の評価は名実相伴うものだ。

 2019年11月22日、第5回成都国際SF大会において、深圳科学・ファンタジー成長基金が発表した「2019年中国都市SF指数報告」によると、成都は総合得点が北京と深圳を上回って1位となり、その年の「中国第1のSF都市」となった。成都には中国で最も権威のあるSF雑誌が存在し、中国SF界の三大文学賞である銀河賞、全球華語科幻星雲賞、未来科幻大師賞も成都で創設されている。

 劉慈欣、何夕、韓松と並んで中国SF界の「四天王」と称される著名なSF作家、王晋康によると、中国の「SFの都」の称号を巡って競合する都市は多数あるが、成都の強みは『科幻世界』、幅広いSFファン層、強力なSF協会、SF産業専門の企業などを含むバランスのとれた総合的なものであり、成都は中国で最も底力のあるSF都市である。

 さらに多くのSFファンは、成都のSFのDNAはその壮大な歴史の根源にまで遡ることができると考えている。三星堆遺跡や金沙遺跡に代表される数千年前の古蜀文明(長江文明に属する四川の古代文明)には濃厚なファンタジー文化の色彩が含まれており、SFは都市の血脈に深く溶け込んでいる。

 実は、成都は早くからSF産業について構想と模索をおこない、2010年には中国初のSF産業発展研究課題を完成させ、「中国SF都市」建設計画を提示していた。

 成都は極めて多元的な都市であり、非常に重厚な文化と歴史を有しているだけでなく、現代的な一面も備えている。

中国の作家が再びヒューゴー賞を受賞

 世界SF大会を機に建設された成都SF館が正式に公開された。湖畔の夕映えのなかで館内を通り抜けるのは「星間旅行」さながらの幻想的な体験だ。劉慈欣は「夜のSF館は湖畔に着陸したエイリアンの宇宙船のようだ」とコメントした。

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成都SF館。(写真/2023成都世界SF大会組織委員会)

 この極めてSF的な建物は世界的に著名な建築事務所「ザハ・ハディド・アーキテクツ」の傑作で、「星雲」プランと名付けられ、恒星を中心に膨張し続ける星雲に見立てた不規則な多辺形の外観を持つ。

 この会場で5日間にわたり「共生の時代」をテーマに、世界SF大会の開閉会式、ヒューゴー賞の選考、テーマに沿った展示、テーマ別サロン、ビジネスミーティングなどのメインイベントが開催された。多様な形式と多岐にわたる内容のサロンは、会期中に200回余り催されたという。

 大会のハイライトは、やはりヒューゴー賞の授賞式をおいて他にない。

 今回のヒューゴー賞のトロフィーの台座が18日の開会式で披露された。時空を超えて移動するワームホールから顔を出したパンダがロケットを見上げて未来に手を振っているというもので、中国の文化的要素がヒューゴー賞のトロフィーの台座に登場するのはこれが初めてである。

 近年急速に発展している中国のSFパワーは今回のヒューゴー賞でも目覚ましい活躍ぶりをみせた。「最優秀短中編小説」に海漄の小説『時空画師』、「最優秀プロアーティスト」に趙恩哲、「最優秀ファンジン(非商業誌)」に『零重力報』(ゼロ・グラビティ新聞)がそれぞれ選ばれた。

「最優秀短中編小説」授賞式のプレゼンターは、2015年に『三体』で中国初のヒューゴー賞受賞者となった劉慈欣が務め、海漄にトロフィーを手渡した。

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10月21日夜、SF作家・海漄の『時空画師』が「最優秀短中編小説」に選ばれ、劉慈欣の手でトロフィーが授与された。(写真/2023成都世界SF大会組織委員会)

 ヒューゴー賞のルールでは、英語以外の作品のノミネートや受賞を特に排除してはいないが、実際には、例えば『三体』も英訳されたからこそ受賞できたと言われている。

 今回の世界SF大会組織委員会は、ルールの尊重に基づき、世界SF協会のスタッフに英語以外の作品の推薦を認めたという。中国語の作品がノミネートされたのは今回が初めてである。

 近年、中国のSF長編小説の海外での「知名度」はますます上り、劉慈欣の『三体』は2022年までに全世界で2900万部を売り上げ、数十種類の言語に翻訳された。南方科技大学科学・人間想像力研究センターの呉岩主任によると、おおむね毎年少なくとも200以上の中国のSF作品が海外に輸出されている。

 中国のSF作品から中国人の未来観や世界観を知ることを楽しみにしている人々が世界各地でますます増えている。

SFが「火種」を植える

「未来は真夏の大雨のように、傘を開く間もなく降り注いできた」。かつて劉慈欣は、科学技術の急速な発展が生活にもたらす巨大な変化をこう表現した。

 劉慈欣の見解では、科学技術の発展は未来への好奇心を失わせるものではなく、むしろ未来へのさらなる憧れと好奇心を抱かせるものである。

 近年の科学技術分野の日進月歩の発展に伴い、人々は自由奔放で奇想天外なアイデアが実現するかもしれないといっそうに信じるようになった。SFを語れば、必ず科学を語ることになる。いまやSFは科学教育を補完する「プラスα」の重要な手段ともみなされている。

 前述の「四天王」の1人で、2023成都世界SF大会共同議長の何夕は、SFの根底にある論理は科学技術であり、いまやSFにはより崇高な歴史的使命を担う可能性があるとして、次のように述べた。

「現在、わが国は第3次SFブームのただなかにあります。このなかで成長した若者はSF文化の薫陶を受けており、彼らの科学リテラシー、科学技術的な見方、SFへの熱烈な愛情は、中国の将来の発展にきっと深い影響を与えるでしょう」

 劉慈欣のSF小説を映画化した『流浪地球』(邦題:流転の地球)が2019年に公開されると、SNSの人気検索ワードに「核融合」「太陽のヘリウムフラッシュ」「ロッシュ限界」といった物理学用語が、かつてないほど登場するようになった。

 科学の普及に従事する人の多くが、SF、特に科学に基づいた「ハードSF」は、科学に対する青少年の興味と好奇心をかき立て、心のなかに「火種」を植えつけることができると述べている。

 今回の大会では「SF教育」に関するサロンも関心を集め、学校の学習活動で、または保護者と共に多くの児童や生徒が成都SF館を訪れていた。

追い風が吹くSF産業

 中国SF研究センターと南方科技大学科学・人間想像力研究センターが共同で発表した「2023年中国SF産業報告」によると、2022年の中国のSF産業の総売上高は877億5000万元に達した。

 呉岩主任は、成長のスピードが速く、途中の数年間にコロナ禍などの不利な要素があったとしても、年平均100億元以上の成長が見込まれるとして、楽観できる産業であるとの見方を示す。

 今回の大会期間中に世界SF大会第1回産業発展サミットが開催されたことは「楽観」の裏付けとみなすことができる。サミットでは、「SF産業成都コンセンサス」、「天問」プラン、「2023年中国成都市SF産業報告」などの重大な産業コンセンサスと成果が正式に発表された。

 サミットで最も注目されたのは、SF産業プロジェクトの集中的な調印で、調印された21件のプロジェクトの総投資額は約80億元に上る。

 中国SF研究センター執行副主任で中国科学普及作家協会秘書長の陳玲がサミットの場で「2023年中国成都市SF産業報告」を発表した。報告によると、近年、成都は文学、ゲーム、映画・テレビ、関連グッズ、文化・観光、設備製造の6大重点分野で際立った成果をあげている。陳玲は、成都のSF産業は全体的に急速な伸びがみられる良好な状態にあり、六大重点分野が競い合って発展していると指摘した。

 これまでの世界SF大会でも一部の小規模なサロンで産業関連の問題を議論することはあったが、今大会のように大規模で体系的な議論がおこなわれ、さらには産業のコンセンサスが形成されたのは初めてのことだという。このサミットの最大の飛躍は、文学だけでなく、映画・テレビ、ゲーム、文化クリエイティブ(文化的要素を融合させた製品やサービス)、さらにはSF観光など、SF文学のIP(知的財産)が牽引する産業チェーンの検討もおこなわれた点にある。

 この産業発展サミットには、大会の共同議長であるベン・ヤロー、大会名誉ゲストの劉慈欣の他、イタリアの著名な独立系出版事業者フランチェスコ・ヴェルソや世界トップの特殊効果チーム「WETAワークショップ」の創設者リチャード・テイラーなど、SF分野の専門家や業界関係者500人以上が集まった。

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10月22日、2023成都世界SF大会閉会式でステージに立つベン・ヤロー大会共同議長。(写真/2023成都世界SF大会組織委員会)

 サミットで劉慈欣は「時代と産業の発展によって昨日の想像が今日ますます多くのより現代的な方法で表現できるようになったため、私自身にもSFに対する新たな理解と感覚が生まれています」と語った。

 ベン・ヤローもSFブームを高く評価している。「新しい映画を見れば、SFの要素が含まれているかもしれないし、新番組の評価が上昇し続けているのなら、SFのテレビドラマかもしれない。ニューヨーク・タイムズ・ベストセラーリストの第1位を見れば、それも新しいSF小説かもしれないのです」

「天問」プランについては、大会専任議長の梁効蘭によると、ベン・ヤローとデーブ・マッカーティが興味を示し、世界SF大会の一部に組み込むことを望んだという。天問という名称は屈原の長編詩「天問」に由来し、成都市SF協会は中国作家協会と合意し、天問賞を立ち上げた。「より重要なのは、産業の論理に従ってこのプランを設計し、新人や若手作家の創作を奨励するだけでなく、映画やテレビ、ゲームなども天問賞のプランに取り入れることです。同時に、産業の融合と発展に関する一連のイベントを催し、成果を世界SF大会で展示して交流や検討などをおこないます」

 今回のサミットでは、SF産業にはすでに追い風が吹いており、企業も資本も先を争って群がり、産業の事業実施主体の活力が加速的にほとばしっているとの認識で一致した。これからSF産業は爆発的な発展をみせると信じよう。

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2023成都世界SF大会閉会式を彩る地球の光の特殊効果。(写真/2023成都世界SF大会組織委員会)


本稿は『月刊中国ニュース』2024年2月号(Vol.142)より転載したものである。