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【24-27】中国が目指す農村のDXとは

2024年06月13日

山谷剛史

山谷 剛史(やまや たけし):ライター

略歴

1976年生まれ。東京都出身。東京電機大学卒業後、SEとなるも、2002年より2020年まで中国雲南省昆明市を拠点とし、中国のIT事情(製品・WEBサービス・海賊版問題・独自技術・ネット検閲・コンテンツなど)をテーマに執筆する。日本のIT系メディア、経済系メディア、トレンド系メディアなどで連載記事や単発記事を執筆。著書に「中国のITは新型コロナウイルスにどのように反撃したのか?中国式災害対策技術読本」「中国のインターネット史:ワールドワイドウェブからの独立」(いずれも星海社新書)など。

 中国の農村部でのDX(デジタル・トランスフォーメーション)事例が増えている。全体から見れば少ないものの、DX化を示す「数字農村」という言葉が繰り返し使われるようになった。農村のスマート化、DX化の根っこには2025年までに目指すアクションとして発表された「数字郷村発展行動計画(2022-2025年)」がある。なお、日本の農村におけるスマートソリューションについては、農林水産省が令和5年に発表した「デジタル田園都市国家構想に基づく農村分野のDXの取組」において書かれている(リンク)。

 スマートシティにしろ、地域のDXにしろ、既存の問題があり、それの「見える化」とその先の作業の効率化を、IoT(モノのインターネット)やAI(人工知能)などで解決していくというものだ。なので、地域のDXのためにはどう変えていきたいのかが大事になり、それについて「道具」であるITが解決していく。

「数字郷村発展行動計画(2022-2025年)」では、多数のやるべき優先課題が挙がっている。中国では多くの都市でスマートシティが導入されているが、密集した集合住宅だらけで車が多数走行し交通渋滞が問題化している都市部と、交通量が少なく人口も少なく集落がまばらな地域もある農村部ではそのやり方が異なり、都市部のようにどこにでも監視カメラ(ネットワークカメラ)を設置すればいいという話ではない。

 では、中国の農村がDXで解決を目指す問題は何か。数が多いのでいくつかのグループに分けて紹介する。まずは「4Gや5Gなどのネットインフラ整備」「水利や河川の管理強化」「観光地化の推進」「農村住民のECを通じたモノやサービスの購入利用促進」「スマート農場、牧場、漁場の導入」「物流の改善」「スマート農業の技術革新」「農業科学技術情報サービスの強化 農家支援用SI企業を支援」についてだ。

 これらは日本の農村のDX化でも挙がる問題だ。日本では、デジタル田園都市国家構想総合戦略の中に、「『デジ活』中山間地域」向けDXがあり、資料では「地域の基幹産業である農林水産業を軸として、地域資源やAI、ICT等のデジタル技術の活用により、課題解決に向けて取組を積み重ねる」と書かれている(リンク)。その具体例として中国の行動計画と同様の趣旨の目標が書かれている。ただ全く同じというわけではなく、例えば4Gや5Gのネットインフラ構築の先には、農村部の学校で都市部の学校の授業をリモートで受けたり、農村部の病院でも同様に都市部の病院と連携してリモート診察するといったことが実践されている。

 日本は少子高齢化が先行していることもあり、基幹産業である農業が高齢化し従事者が減っている問題を抱えている。その解決手段としては、スマート農業の導入による負担減と、公共交通の確保という交通面の問題がある。中国の農村部では多くの労働者が都市部に出稼ぎに行っているが、農家の高齢化や地域間を結ぶ交通で問題になるほど困っているという状況ではなく、中国のDX化項目には挙げられていない。しかし日本を追う形で中国は少子高齢化と非婚化が急速に進んでいるため、将来解決すべき問題として挙がるかもしれない。

 続いて項目が多いのは、監視や管理系のもので、「自然や家屋の監視」「全国農村データベースの構築を加速し、穀物、油、豚、乳牛、水産物に重点を置いた全産業チェーンビッグデータ構築」「地上と空からによる農業観測ネットワーク構築。ドローンの管理監視。各農園区のIoT統合」がそれにあたる。集落をカメラで管理し、ドローンも管理できるようにし、また農村や地域ごとに別々の各種データを一元的に見えるようにするのを目指すわけだ。

 政府系では「プロパガンダの伝達などの農村ネットワークの強化」「自然災害時などの村民への伝達や公衆衛生管理システムなどの緊急管理の強化」「党建設システム、政府サービス、村行政の見える化」が挙がる。スマートフォンで伝達されるようになり、行政手続きができるようになる。ほかにも「文化遺産の保護。少数民族の文化についてVR/ARや様々な資料で保存」といった目標もある。

 フィンテックの面でも人々の監視や管理を進める。「農村部での金融サービス強化。モバイル決済プロジェクトの設立推進。農業関連信用情報を構築」「ビッグデータを活用した与信サービスの向上。保険機関とのやりとりにリモートを活用した保険金決済」「貧困撲滅のための監視支援メカニズムを改善し、貧困再発防止に向けたビッグデータ活用。貧困に陥りやすい世帯や、病気、災害、事故による多額の支出や収入の減少により生活に困難を生じている世帯に対し定期的なチェックと支援を行う」といった、都市とは似て異なる信用システムの導入を進める。農村部は都市部と比べて貧しいが、正しい事業者には背中を後押しし、逆には厳しく、貧しい住民をデジタルで発見して手を差し伸べる環境の構築を目指す。

 農業における事業についてはスマート化のほか、「各地のニーズに合わせたドローン導入」と「各村でブランドを積極的に構築。農村女性のEC訓練実施」が挙がる。特に後者は中国移動や中国電信、中国聯通といったキャリア系企業やファーウェイなどが導入事例をよく出している、農村発のライブコマースでテレビショッピングのようにリアルタイムで農産物を販売するというもので、そのため、快適な速度の通信インフラ整備がセットとなる。女性に向けてEC訓練を実施するのもネットを通した売り子になるためのもので、昨今のAIの進歩により、人ではなく人と見間違えるようなCGや音声をAIで活用して実現し、販売するという方法もある。

 他人を信用しにくい社会環境ではあるが、ライブコマースによって、いい場所やいい製法で作られていることが伝わり人気になれば中国全土から直接注文があり、より付加価値を付けた農産物や畜産物をその価値がわかるように伝えれば高値で売れる。農家がライブコマースを通してブランド構築に成功すれば、さらに農家が集落を巻き込んで農産物や畜産物をブランド化して大量生産する。そういったサクセスストーリーがいくつも報じられている。

 まとめると、日本版農村DXに加え、監視と最新テクノロジーにあわせたソリューションへの対応を足し算し、公共交通の問題を引き算したものが中国版農村DXだ。人が活動する場所で4Gや5Gインフラを構築し、学校や病院で都市と連携したリモート作業を可能にし、産地直送のライブコマースが行えるようにする。農産物や畜産物について、地域を越えたデータの一元化を行う。起業した農家に対しては、農村版信用システムを構築して事業用資金を借りやすくし、一方で不正には厳しい処置をとる。こうしたことを2025年までにある程度形にしていくわけだ。

 ちなみに農村のDXを目指した最新技術は、中国各地で開催される「農業博覧会(略称:農博)」の現場やニュース、動画レポートで見ると、その様子が見えてくる。


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