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【24-37】霞の中の「農村集体経済組織法」(第1回)土地制度を基軸とする共同体の再構築

2024年09月27日

高橋五郎

高橋五郎: 愛知大学名誉教授(農学博士)

略歴

愛知大学国際中国学研究センターフェロー
中国経済経営学会前会長
研究領域 中国農業問題全般

「中国農村集体経済組織法」の意図

 バラバラの状態にある農村の「集体組織」をまとめようと、「中国農村集体経済組織法」[1](以下「集体組織法」)が全人代で成立、2025年5月1日に施行の運びとなった。2024年の中央一号文件[2]で重要施策として位置づけられていたことだが、さっそく法律として姿を現した。

「農村集体経済組織」という文言は、憲法や既定の「中国農村土地請負法」及び「中国土地管理法」に農村土地制度との関連から存在しているが、これ自体を目的とする法律ができたのは初めてのことである。この法律の主役である「農村集体経済組織」は、中国の農村や農業のあり方を基礎的に定める非常に重要な存在である。

 しかし本稿を書くに当たり、タイトルとしてふさわしいものは何かについて、かなり迷った。この法律を読み進むにつれて、ねらいとするものが錯綜、何かを整理したいという意向はうかがえるのだが、その姿がはっきり見えてこないからである。

 おおまかにいうと、農業用途にとどまらず不動産業[3]や観光農業まで膨らんでしまった農村土地[4]用途のあり方を基軸とし、その法的な所有権者を確認しつつ、農村土地を基軸とする共同体的な秩序をあらためて構築しようとするもの、と解釈するのが最も素直な気がする。しかし、これだけでは明瞭とは言えず、結局、それが反映されたタイトルに落ち着いた。

 この法律は、社会主義公有制[5]を国家の枠組みとする中国の農村を制度的に支える有力な存在が「農村集体経済組織」(以下「集体組織」)だと規定している。中国農業の屋台骨である農村土地制度、農業の担い手、それに関連する事業・活動組織のあり方を定める基本法がこの法律であり、先行して法制化されている各種の組織法もこの法律を核として再度織り込まれる格好となったといえる。

 実際、中国の農村には多くの種類の組織体が存在する。内訳は、法的根拠のあるもの・ないもの、経済活動を専門とするもの・しないもの、合作社など歴史的経緯を引き継ぐもの・そうでないもの、村民委員会など政府組織との関係が強いもの・弱いもの、法人格を持つもの・持たないもの、組織形態がはっきりしているもの(企業など)・はっきりしないもの(農業協会など)が混在する。膨れ上がったこれらの全容を掴むことは、当局でさえ難しくなっているのが実態なのではないか。

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参考写真1 湖南省滸洲村村民委員会(2018年、筆者撮影):共産党支部・診療所などが共同入居している。

「集体組織」の「三資」問題

 なかでも、これらの組織に共通して解決が急がれる問題が「集体組織」の「三資」問題への対応である[6]。「三資」とは「集体組織」が所有する「資金」、「資産」、「資源」のことで、具体的には、「資金」は経営活動などで蓄積した資金、「資産」は農村土地・現預金や債券・農業用建物・農業機械・観光施設など、「資源」は重複する部分もあるが農村土地・山林・湖沼・河川や未開発観光資源・鉱物資源など幅広い概念とされている。これらをまとめて「経営性財産」ともいう(第20条)。「農村集体」のなかにはこれら「三資」を活用して、企業活動に劣らない成果を挙げている例がある一方で、慣れない商行為や経営ノウハウ不足、外部環境の変化などから経営継続が困難になっている例もあるという。

 農村で活動する集体組織には損益の分配、組織の日常的な管理運営のあり方などについて、未解決の課題が多く存在していることが背景にある。ほとんどの事業や活動の源は農村土地にあり、その運用の実態は村の単数あるいは複数の有力者が差配する傾向が生まれている。当局にとっては、農村土地の所有者はこられの有力者にではなく「農民集体」[7]に帰属することを周知徹底させる必要性があるということだろう。「農民集体」と「集体組織」は、概念上は同じではないが、法令上の整理が明確とはいえないので混同しやすい。

膨張する「集体組織」

 のちに紹介するように、これら「集体組織」はさまざまな名称、事業、利害関係、問題、可能性を持っており、共産党はその発展を奨励すると同時に、実態把握と管理に手を焼く局面が増大している模様である。それが今回の法律を制定した背景でもあろう。

 しかし、この法律には随所に、現代中国農村の基盤となっている本来の農村土地制度とその利用をめぐる実態との間のギャップをなんとか整合性の取れた管理手法で埋めたいとする苦渋が読み取れる。

「中国農村集体経済組織法」の目的

「集体組織法」の目的は、「農村集体経済組織およびその構成員の合法的な権益を保護し、農村集体経済組織の運営および管理を規範化し、新たなタイプの農村集体経済の高品質な発展を促進し、農村の基本的な経営制度と社会主義の基本経済制度を強化および改善し、農村の全面的な振興を推進し、農業大国の建設を加速し、共同富裕を促進する」こととされている(第1条)。

 要約すれば、健全な農村土地所有制度の下における①「集体組織」の運営・監理指導を強化、②その発展の奨励、③それを農業の発展につなげる、ということだろう。ここでいう「農村の全面的な振興」というのは農業発展を基礎に、農村の多様な資源を活かしてともに栄えよう、といった意味である。筆者がコロナ前に参加した天津市の農業振興研究事業の柱も、この3本からできていた。

「集体組織」とは?

「集体組織」は次のように定義されている。「土地の集体所有を基盤とし、法に基づき集体の権利を代表して所有権を行使し、家庭請負責任制を基盤にし、統一と分権を備える二層経営体制[8]を採用する地域性経済組織」を指す。つまり、この文言に従うと「集体組織」とは、農村土地所有者である農民集体と同義ということになろう。なお、「集体組織」には郷鎮レベル・村レベル・小組レベルがあるとされ(第2条)、必ずしも村に限ったものではない。

 しかし、これだけでは具体性を欠く内容であり、この定義から想定できる農村の組織は農民専業合作社などに限られ、前述したこの法律の目的からするとやや狭い気がする。いくらか総花感のあるこの法律の目的に比べると、定義は縮んでしまった感がぬぐえない理由は、「集体組織」の定義づけが土地所有を基軸にして行われているからではないかと思われる。実態は図1として描くことができるように、「農民集体」を基盤とする重層的展開をみせている。土台にあるのは「農民集体」とそれが所有する農村土地であり、いうなれば土地共同体である。その上に幾層もの「集体組織」が重なる。これらは、基本的には目的機能集団であり事業体あるいは活動体である。実態はさらに複雑であり、極端な言い方をすれば、ところによっては未知の組織が存在している可能性も否定できない。

 それだからこそ、当局が今回のような「集体組織法」が必要だと判断せざるを得なくなった理由ともいえよう。そして、当局も実態を掴み切れないほど多様化、分散化した農村の「集体組織」は、農村の土地所有者は「農村集体」にあるという中国社会主義公有制の屋台骨を歪めようとする動きにつながるとして、これ以上は、この動きを看過できないとなった可能性が高い。

 実際、この法律にも記載されているように、農家しかない農村は現代中国では皆無といっても良く、さまざまな組織が重層的にも平面的も展開されている。その多くは同じ権利関係を持つ同じ土地を使っており、その権利関係だけを強調するような定義をいちいちする意味が乏しい面もまた否定できない。

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図1 農村集体経済組織のイメージ

出所:「農村集体経済組織法」から筆者作成。

奨励事項と禁止事項の明確化

 この法律制定には両面の意図があると言える。一面は「集体組織」の積極面の評価と、もう一面はコントロールの必要性の明言あるいは禁止事項の明確化である。

 積極的な面は「集体組織」の発展と地域農村の共同富裕化、農業基盤の強化を謳っていることであり(第1条)、そのために「集体組織」の構成員の権利を明確化(第13条)、その活動の結果としての収入の分配、三資の管理責任の明確化である(第5条、第36条、第37条、第40~46条、)。

 この法律が各種の「集体組織」の積極的な発展を促そうと、具体的な規定を定めている姿勢は随所で見ることができる(第10条、第19条、第49条)。発展のために貢献した組織・個人には、国家による表彰を行うとの定めまで設ける手の込みようである(第9条)。

 一方、農村土地制度を核とする農村の制度あるいは秩序を揺るがすような動きにくぎを刺すことには熱心である。農村の制度や秩序と言うのは、共産党の方針や規範的な枠組みのことである。そして、これを揺るがすような恐れのある動向には、厳しいコントロールを下す姿勢は微塵も衰えていない。

 法律上の言葉使いはともかく、構成員の合法的権益の保護(第4条)、「集体組織」の資産の私的流用の禁止(第8条)、農村土地などの資源の合理的利用とその保護義務(第14条、第35条)、資産の個人分配の禁止(第36条)、集体の資金の個人名義口座利用の禁止(第44条)など、有力な私人への「集体組織」の資産・資金・資源の流出禁止を繰り返し強調している。

 日本の常識では当然のことで、個別の法律に書き込むまでもなさそうな記述もある。「集体組織」の「資金は、個人名義の口座に預け入れてはならない」(第44条)は、預金名義者が組織の代表であっても、預金自体の帰属先は「真実の預金者」にあるとする日本の法令のようであれば不要な文言であろう。しかし中国の法律体系は日本とは異なり、公序良俗や社会通念とか常識に当たることも条文に書き込むことはよくある。

 今回のこの法律でこれらのことが書き込まれていることには背景があり、禁止条項に当てはまるようなことが頻繁にあるいは恒常的に起きていると同時に、当局には、制度の枠組みを揺るがすような事態に発展しかねないとの懸念が広がっているからだと推察される。当局が懸念することとは、一体何なのだろうか?

(第2回へつづく)


1 「農村集体経済組織」は「中国土地管理法」(第14条)に、農村土地を経営・管理(所有ではない。所有者は「農民集体」)する主体として登場する。

2 毎年、年初に共産党中央と国務院が共同で発表する、その年の重要施策の取り組み予告といえる重要な文書。各省・自治区も同じ頃、「省・自治区一号文件」を発表する。

3 村民委員会が二枚看板を掲げて行う事業として、最もポピュラーなものの一つである。

4 「農村土地」とは「農村土地請負法」で定められ、「農民集体所有土地及び国家所有地だが法に基づき農民集体が使用する耕地、林地、草地、その他の法に基づき農業に使用される土地」をいう。つまり農地、林地、草地、その他農業に使用される土地(農業用施設敷地など)のことと理解されているが、実態は変化している。

5 「社会主義公有」という文言は「憲法」第6条にあり、「中華人民共和国の社会主義経済制度の基礎は、生産手段の社会主義的公有制であり、全人民所有制と労働者集団所有制を指す」とある。

6 これまで水面下に眠っていたが、最近、各地で表面化し出している面はあるが、当局の監督姿勢が厳しくなったためともいえる。

7 「農民集体」は「中国土地管理法」(第9条)において、農村土地所有者だとされる。憲法には「農民集体」の文言はなく、単に「集体」とあるのみである。「農村土地請負法」には第2条をはじめ、多数回にわたり登場する。

8 農村土地の農民集体所有制を基礎に(一層)、個別の農家がその土地を請負う形で農業を行う(二層)、中国独特の制度。


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