【25-01】スマートフォンの次の大ヒット商品が中国で出て来ない原因を探る
2025年01月14日

山谷 剛史(やまや たけし):ライター
略歴
1976年生まれ。東京都出身。東京電機大学卒業後、SEとなるも、2002年より2020年まで中国雲南省昆明市を拠点とし、中国のIT事情(製品・WEBサービス・海賊版問題・独自技術・ネット検閲・コンテンツなど)をテーマに執筆する。日本のIT系メディア、経済系メディア、トレンド系メディアなどで連載記事や単発記事を執筆。著書に「中国のITは新型コロナウイルスにどのように反撃したのか?中国式災害対策技術読本」「中国のインターネット史:ワールドワイドウェブからの独立」(いずれも星海社新書)など。
中国ではスマートフォンが普及し、都市においてスマートフォンがなかったり操作できなかったりすると、買い物や旅行や娯楽など何をするにも不便をきたす環境になっている。一方、ハイテク化が進む中で、スマートフォンの後に売ろうとしたスマートテレビやスマートスピーカー、VRゴーグル、スマートフィットネスミラーといった製品は、当時鳴り物入りで登場したにも関わらず、売れていない。いったい何が起きたのか、中国メディアの分析を紹介する。
スマートテレビ
スマートフォンやノートパソコンの影響で、中国の若者のテレビ離れが著しい。かといって中高年がテレビに残るかというと、スマートテレビが視聴権絡みで手間がかかり、「なんだか難しくてお金もかかるもの」という認識ができているため、導入には消極的になっている。多くの人は「スマートテレビを導入するくらいならスマートフォンだけでいい」と思っていて、スマートテレビの売れ行きは以前に比べ鈍い。
中国のスマートテレビを利用する上では視聴権が厄介で、さまざまなチャンネルを視聴するためにはこれらの代金を支払わなくてはならない。消費者は既にテレビの料金を払ったと思っているのに、結局いろいろなチャンネルの視聴権を買わなくてはならず、だったらスマートフォンでいいと考えてしまう。スマートテレビが出始めたころは、メーカーがハードウェアエクスペリエンスを良くしようと視聴権をつけていたので、特に新たな契約をしなくてもスマートテレビの恩恵を受けることができた。そして困ったことに、ドラマや映画をはじめとした、会員権を払ってでも見たくなるようなスマートテレビ向けのコンテンツが消費者にはそんなに思い浮かばず、思い浮かんだとしても数タイトル程度ならば「海賊版」で済ませるという人もいる。
人気の動画はスマートフォンの縦長画面を利用したショート動画やショートドラマ、ライブコマースに移行していて、スマートテレビは本流から外れている。せめて起動が早ければいいのだが、スマートフォンがずっと起動しているのに対し、スマートテレビは電源を入れてからしばらく時間がかかり、その間広告が表示される。これもまたスマートテレビ離れの原因となっている。
スマートスピーカー
現在、Baidu、Xiaomi、AlibabaのTmall Genieがスマートスピーカー業界の定番ブランドとなっているが、売上は13四半期連続でマイナス成長だ。当初はTmall Genieを99元(1元=約22円)で販売するといった戦略的な低価格と目新しさから、新しいもの好きの消費者が食いついたものの、その後スマートスピーカーの目新しさが減り、必要性がなくなってくるとブームは過ぎ、企業も以前ほど力を入れなくなり、新製品の投入ペースが減少した。
なぜ売上が減少したかについてはいくつかの理由がある。スマートテレビをはじめ、家電自身がスマート化して音声に対応した製品が登場したこと、スマートフォンでも同じことができ、しかもスマートフォンは持ち運べて長時間利用できること、音声だけでできる操作が限られていること、当初は連携するスマート家電の司令塔的役割を期待されていたがスマートフォンがその役割を担ったことが挙げられる。当初はスマートスピーカーがさまざまなハイテクライフの入口となることを期待されていたが、スマートフォンでも可能なのでスマートスピーカーの価値が低下してしまったわけだ。
VRゴーグル
VR(仮想現実)はゲームや教育、映像などの専用コンテンツやメタバースでの活躍が期待された。当初は既存の動画が大画面で見られるということで、スマートフォンに装着するタイプの安価なVRキットが売れた。しかし肝心のVRについては、中国のVR業界全体が直面している、VR機器が欲しくなるようなハードウェアエクスペリエンスが不足し、ひいては高品質のコンテンツやアプリケーションが不足しているという問題がある。
海外でもVRが広く家庭に普及しているとは言い難いが、中国はメーカーが複数あってハードウェアは買いやすいにもかかわらず、海外以上に厳しい状況にある。中国のVRユーザーは多数のコンテンツを楽しみたいと考えているものの、中国国内で流通するコンテンツは限定的で、VRゲームの流通の主流は海外市場であり、動画にしてもYouTubeなどで高品質のVRコンテンツが配信されているが、中国の閉じたネット環境で高速かつ快適に利用するための敷居は高い。利用するためには、自前で海外への高速通信環境を調達するか、自身で事前にダウンロードするかしかない。とてもではないが、一般人向けではないのだ。メタバースも本体の普及を牽引するような人気サービスが出ず、盛り上がりに欠けている。
スマートフィットネスミラー
スマートフィットネスミラーというのは、縦型の鏡の中にディスプレイがある製品で、インストラクターの映像を見ながら運動し、カメラが捉えた利用者の姿勢情報に基づいてアドバイスをする家庭用フィットネス機器だ。コロナ禍の2021年に、家の中でも運動したいというニーズからBaiduやXiaomi、Huawei、OPPOなどの大手メーカーに加え、フィットネス機器の老舗メーカーも市場に参入した。オンラインフィットネスサービスのFitureが「ハードウェア+コンテンツ+サービス+AIテクノロジー」という路線でSequoia Chinaなどから資金調達を得るなど、当時はテック系メディアで盛り上がりが伝えられた。
こちらはコロナ禍が在宅需要の特需だったため、コロナ禍が終わると冷え込んだ。運動をしたい人々はアウトドアに戻り、家庭用フィットネスの人気が沈静化し、無数の企業が出していたスマートミラー競争は大きく冷え込んだ。消費者が買わない理由は「値段が数千元と高価なスマートフォン並みで、簡単に買える価格でないこと」「鏡の形をしているので使用シーンが限定されすぎる」などだった。
このようにみると、他国でも見られるような原因もあるが、スマートテレビやVRのように中国ならではの事情が多分に含まれるものもある。テックメディアやインフルエンサーが、これらの新製品を紹介していたが、どれもスマートフォンのような大ヒット商品にはなってないことから、「この製品は流行するぞ」と言ったのにちっとも流行しない「オオカミ少年」のような状況となっている。こうなってくると、スマートフォンのように普及して社会で当たり前のように使われる製品は、中国ではしばらく出てこないのではないかと考える。