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【25-10】中国全人代と財政・金融政策

2025年03月26日

露口洋介

露口 洋介(つゆぐち ようすけ):帝京大学経済学部 教授

略歴

1980年東京大学法学部卒業、日本銀行入行。在中国大使館経済部書記官、日本銀行香港事務所次長、日本銀行初代北京事務所長などを経て、2011年日本銀行退職。信金中央金庫、日本大学を経て2018年4月より現職。著書に『中国経済のマクロ分析』(共著)、『東アジア地域協力の共同設計』(共著)、『中国資本市場の現状と課題』(共著)、『中国対外経済政策のリアリティー』(共著)など。

 中国では3月5日から11日の間、全国人民代表大会(全人代)が開催された。全人代で行われた政府活動報告や期間中の記者会見などで示された財政・金融政策の動向について概観することとしたい。

政府活動報告

 全人代は日本の国会に当たるもので、3月5日、李強国務院総理が政府活動報告を行った。そのうち財政・金融政策などマクロ経済政策の部分に焦点を当てて要点を見ると以下のとおりである。

 2025年の政策の方向性として、更に積極的で有効なマクロ政策を実施し、国内需要を拡大し、住宅市場と株式市場を安定させ、重点領域のリスクと外部のショックを防止することが挙げられている。実質GDP成長率は5%前後、都市調査失業率は5.5%前後、都市の新規増加就業者数1200万人以上などの目標が示された。

 財政政策については、「より積極的な財政政策」を実施する。2025年の財政赤字対GDP比率は4%前後とされ、昨年より1%高められた。財政赤字は5兆6600億元(約116兆円)、前年比1兆6千億元増の予定である。超長期国債の発行額は1兆3千億元で前年比3千億元の増加。うち3千億元は消費品の買い替え優遇策に使用される。また投資についても超長期特別国債を利用するとされている。国有大型商業銀行への資本注入については5千億元(約10兆3千億円)の特別国債を発行してこれに充てることが公表された。また、地方政府特別債を4.4兆元発行し、投資や建設分野、土地収用、住宅在庫の購入などに充てる。政府の新規債券発行は総額11兆8600億元、前年比2兆9千億元の増加となる。

 金融政策については、「適度に緩和した金融政策」を実施する。金融政策がマクロ総量と供給構造の両者に影響を及ぼす機能を十分発揮させ、社会全体の資金調達総額や通貨供給量の増加が物価水準の期待値を勘案した経済成長に匹敵するよう流動性を十分に供給する。構造性金融政策手段を改善し、開発し、不動産市場と株式市場の健全な発展をさらに促進する。科学技術イノベーション、環境対応、消費振興、民営・小規模零細企業などに対するサポートを強化していく。金融政策の伝達経路をさらに整備する。人民元為替レートは合理的均衡水準における基本的安定を保持する。金融安定面では、中央銀行のマクロプルーデンスと金融安定面の機能を発展させ、新しい金融手段を創設し、金融市場の安定を保持することとされている。

中国人民銀行総裁等の記者会見

 3月6日には全人代の日程の一環として経済関連の記者会見が行われ、国家発展改革委員会、財政部、商務部、中国人民銀行、中国証券監督管理委員会のトップが参加した。そのうち、人民銀行の潘功勝総裁の発言の要点は以下のとおりである。

 政府活動報告において2025年のマクロ政策と重点任務が明らかになった。人民銀行は「適度に緩和的な金融政策」を実施する。

 総量面では、人民銀行は数年にわたって連続して預金準備率と金利を引き下げてきた。中国の金融政策の状況は景気支持的であり、総量的に緩和した状態にある。今年、人民銀行は国内外の経済金融情勢と金融市場の運行状況に基づき、適時に預金準備率と金利の引き下げを行う予定である。金融機関の預金準備率の加重平均値は現在6.6%であり、引き下げの余地はまだある。人民銀行が商業銀行に提供している構造性金融政策手段の適用金利についても引き下げの余地がある。

 構造面では、科学技術イノベーションと技術改造向け再貸出の金額をさらに拡大する。現在の5千億元から8千億元ないし1兆元への拡大を準備している。政策で支持する範囲の拡大と各種構造性金融政策手段の運用面の改善を図り、金融機関が科学技術ファイナンス、グリーンファイナンス、フィナンシャルインクルージョン、養老金融などの分野に力を入れるように誘導する。

 政策伝達面では、金利コントロールの枠組みをさらに改善、金融政策の伝達を阻害する要因に対して監督を強化し、銀行の資本金充実を促進する。同時に、金融政策と、財政による利子補填やリスク保障などの措置の協調をさらに進めて行く。

 為替レート面では、為替レート形成における市場の働きを重視し、為替レートの弾力性を維持する。同時に、市場の期待に対する誘導を強化して為替レートが行き過ぎた動きを示すことを防止する。人民元為替レートの合理的均衡水準における基本的安定を保持する。

 財政部の藍仏安部長の発言の要点は以下のとおりである。

 財政政策の「さらに積極」という表現は過去長年の間で初めて出現した言葉であり、注目されている。

 第1に、財政赤字の拡大である。財政赤字の対GDP比率4%は近年では最高の水準である。

 第2に、支出水準でみると、今年の全国一般公共予算支出は29兆7千億元、前年比4.4%増と支出規模がさらに拡大している。

 第3に政府債券発行規模である。今年の新規発行額は11兆8600億元、前年比2兆9千億元の増加である。

 第4に中央から地方への移転支出である。今年は10兆3400億元、前年比8.4%増の予定である。

 第5に、重点領域への支出である。全国教育支出、社会保障と就業支出は両者とも4兆5千億元程度となり、それぞれ前年比6.1%増、5.9%増となった。科学技術支出は1兆2千億元超となり前年比8.3%増である。

国家金融監督管理総局のインタビュー

 3月5日に、国家金融監督管理総局の李雲沢局長が記者たちのインタビューを受け、以下のように語った。

 不良債権のリスクの高まりと中小金融機関の経営リスクについては現在秩序だった処理が行われている。不良債権のリスクについては有効に抑制されており、昨年は不良債権処理を加速し、年間で3兆8千億元処理した。これは過去最高額である(2023年は3兆元)。

 これに関連し、前述の3月6日の記者会見において人民銀行の潘功勝総裁は以下のように述べている。

 2024年末における商業銀行の自己資本比率は16%、不良債権比率は1.5%、引当金カバー率は211%と全て監督上必要な水準より明らかに高いものとなっており、銀行業が健全な状態であることを示している。中小銀行のリスクに対しても再生、合併、市場退出など様々な方法で処理しており、高リスクの中小銀行の数はピークから半減した。

当面の動き

 財政政策については全人代で予算案が提出され、具体的な数値が明らかになった。金融政策については、今後、預金準備率や政策金利の引き下げ、構造性金融政策手段の拡充が行われる方針が示されたが、当面、アメリカの金利の動きや関税政策の影響など不確定要素が多く、それらの動向と中国経済の状況を勘案しながら政策の発動時期を探っていくこととなろう。

 銀行の健全性については、不良債権の処理が加速されている。2024年の不良債権処理額は3兆8千億元と2023年の3兆元を8千億元上回った。不良債権の処理は損失計上されるのでこの損失額の増加によって、商業銀行の2024年の純利益は2兆3235億元と、2023年の2兆3775億元を540億元下回った。ただ、依然として不良債権処理に十分な利益が確保されている。今後不良債権処理額が急増し、利益がなくなり純損失が発生するようになると自己資本が毀損され銀行経営の不安定性が増す可能性がある。また、大型商業銀行には経営危機に陥った中小銀行を救済することも期待される。今回発表された5000億元の特別国債の発行による国有大型商業銀行に対する資本注入は、そのような事態に対する予防的な措置と考えられる。

(了)


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