【25-19】金融緩和政策パッケージの評価と消費振興策
2025年07月25日

露口 洋介(つゆぐち ようすけ):帝京大学経済学部 教授
略歴
1980年東京大学法学部卒業、日本銀行入行。在中国大使館経済部書記官、日本銀行香港事務所次長、日本銀行初代北京事務所長などを経て、2011年日本銀行退職。信金中央金庫、日本大学を経て2018年4月より現職。著書に『中国経済のマクロ分析』(共著)、『東アジア地域協力の共同設計』(共著)、『中国資本市場の現状と課題』(共著)、『中国対外経済政策のリアリティー』(共著)など。
中国人民銀行の鄒瀾副総裁らが7月14日に記者会見を開き、2025年上半期の金融政策の状況や統計データなどについて説明を行った。本稿では、その中から特に5月に実施された金融緩和政策パッケージの評価と、消費振興策について検討したい。
金融緩和政策パッケージの評価
鄒瀾副総裁は、昨年12月の中央経済工作会議や本年3月の全人代における政府活動報告に従って、人民銀行が「適度に緩和的な金融政策」を実施していると述べ、その内容については、5月7日に潘功勝総裁が記者会見で簡単に要約したように、流動性の充足した状態を保持し、社会全体の資金調達の条件を緩和し、資金調達コストを低くする、そして、政策の変更は状況の変化に応じて適時適切に行うということであると説明した。
「適度に緩和的な金融政策」を実施するために、人民銀行は5月に10項目の金融緩和政策パッケージを発動した(内容の詳細については 本年5月のコラム を参照)。同パッケージは5月中に全て実施に移された。その効果について鄒瀾副総裁は、以下のように評価している。
第1に、金融数量面で一定の増加がみられる。6月末の社会全体の資金調達残高は前年同期比8.9%増加、マネーサプライM2は同じく8.3%増加、人民元貸出残高は7.1%増加した。第2に、資金調達コストが低下した。1~6月中の新規企業貸出加重平均金利は3.3%で前年同期比0.45%ポイント低下し、新規個人住宅ローン金利は3.1%、同0.60%ポイント低下した。第3に、信用構造が改善した。5月末の零細企業向け貸出残高は前年同期比11.6%、製造業中長期貸出は8.8%増加しており、中国政府が力を入れている5つの分野である科学技術分野12.0%、環境分野27.4%、金融包摂分野11.2%、養老分野38.0%、デジタル分野9.5%とそれぞれの分野向け貸出が増加した。これら全ての増加幅が同時期の貸出残高全体の増加幅(8.3%)を上回っている。第4に、金融市場の強靭性が増した。海外環境や国際金融市場が大きな変化に見舞われている中、株式、債券、為替等の中国の主要金融市場は安定を保持している。
また、構造性金融政策手段の一つとして5月に導入された科学技術イノベーション債券は導入以降6月末まで、債券市場において288の参加者が約6千億元を発行し、そのうち銀行間市場では約4000億元が発行された。また、ベンチャー投資機関に新たに認められた銀行間市場での科学技術イノベーション債券の発行は6月末までに28機関、150億元に達した。
今後の方針として鄒瀾副総裁は以下の方向性を挙げている。
総量分野では、流動性の充足を維持し、社会全体の資金調達量やマネーサプライの増加幅が、インフレ期待を加味した経済成長率と整合的であるように政策の強度やテンポを調整する。
構造分野では、構造性金融政策手段をうまく活用して、重点分野である科学技術イノベーション、消費拡大、民営零細企業などの分野への支援を強化する。
金融政策の伝達経路については、金利政策の執行と監督を強化する。
金融政策の枠組みとしては、金利調節メカニズムの改善を図り、中間目標を改善し、金融政策手段の不断の見直しを行う。
消費振興策
消費振興策については、人民銀行信貸市場局の彭立峰局長が以下のように説明した。
消費振興は2025年の経済政策の主要課題である。人民銀行と国家発展改革委員会など6部門は連名で6月24日に「金融が消費を支援・振興し、拡大することに関する指導意見」を公布した。これに基づき、次のような措置により、金融機関を指導し、消費市場の需要と供給の両面において企業と消費者双方の多様化した資金需要を満足させる方針である。
① 消費能力の増強。消費増加のためには就業の安定と収入の増加が必要である。民営零細企業、個人工商業者など雇用吸収能力の高い経営主体向けの金融サービスを強化する。個人の資産所得の増加を支援する。
② 消費を支援する多層的な金融サービスシステムを構築し、消費市場参加者の資金需要を全方位的に満たしていく。
③ 消費の重点領域に対する金融の支援を強化する。商品消費、サービス消費、デジタル技術などを駆使した新型消費などにおける重点分野を確定し、消費のカギとなるポイントに対して金融サービスを提供できるよう指導する。
④ 金融インフラを改善する。食、住、交通、観光、商品消費、娯楽体験、医療などの重点消費分野において支払い決済サービスを向上させ、健全な消費に対する与信システムを構築する。
特にサービス消費が消費振興、内需拡大のカギとなる。中国の商品消費は充分発展しており、その対GDP比率も国際水準に達している。しかし、サービス消費はまだ不充分であり、発展の余地が大きい。サービス消費に対する需要は旺盛であり、需要に対する金融サービスは充分提供されている。一方、供給サイドは不充分であり、人民銀行は5月に5000億元のサービス消費と養老分野向け再貸出を創設した。これによって宿泊、飲食、文化、観光、体験、娯楽、教育、養老などのサービス領域で質の高い供給が行われるように金融機関が支援するよう誘導する。
政策のタイミングと今後の展望
2024年12月の中央経済工作会議で従来の「穏健な金融政策」から「適度に緩和的な金融政策」へと金融緩和のレベルを強化する方針が示されて以来、5月の金融緩和政策パッケージの発動まで半年が経過している。このタイミングとなったのは、2024年11月の選挙でアメリカのトランプ大統領の勝利が決まった後、アメリカの対中経済政策がどのようなものになるのかを見定めてから政策を発動しようと考えていたものと見られる。トランプ大統領は4月2日に、9日からの各国に対する相互関税の発動を発表し、その後、米中間では相互に関税のレベルを引き上げ、4月中旬にはアメリカの対中関税が145%、中国の対米関税が125%に達した。5月7日の金融緩和政策パッケージの発表はこの段階で行われた。その後、5月12日に米中の間で暫定的な合意が成立し、アメリカの対中関税は30%に、中国の対米関税は10%に引き下げられたが、アメリカの対中関税による中国経済へのインパクトに対する対応としてこのタイミングで金融緩和政策が発動されたものと思われる。
鄒瀾副総裁も今回の記者会見で述べているが、金融政策の伝達経路は時間がかかるものであり、すでに実施された金融緩和政策パッケージの効果も、今後より明らかになってくる可能性がある。
消費振興策については、トランプ関税の影響で外需が影響を受ける可能性がある中、内需の拡大が中国経済にとって非常に重要であり、消費の拡大は内需の中でも最重点課題である。消費市場におけるサービス消費の供給サイドが不充分であるという問題に対して、人民銀行の対策は、産業構造という経済の供給サイドに働きかける構造性金融政策手段を有する人民銀行ならではの対応である。人民銀行は特定分野への銀行の貸出に対して低利でバックファイナンスを行う再貸出という構造性金融政策手段によって金融機関の与信を誘導することができる。中国が消費の対GDP比率の引き上げに成功し、内需主導の経済成長を実現できるか、今後の状況に注目したい。
(了)