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【18-09】農学部「復興」の背景

2018年12月13日 楊智傑(『中国新聞週刊』記者)/神部明果(翻訳)

近代農業への転換期を迎え、大学における農学部の設置が相次いでいる。その背景にあるものとは、大学の過当競争は生まれるのか。

 2018年8月31日、広東省中山大学は農学部の新設を正式に発表した。中山大学の他にも、2017年12月からわずか9カ月の間に、北京大学の現代農学院、中国科学院大学(以下、科学院大学)の現代農業科学学院、河海大学の農業工学学院、南京大学の南京創意農業研究院〔南京市農業委員会との共同設立〕、鄭州大学の農学院〔中国農業科学院綿花研究所との共同設立〕と全国各地の6大学が相次いで農学部や研究所を設置してきた。

 農学部というごく一般的な学部が、なぜこれほど短期間で脚光を浴びることになったのか。その背後にある理由を探ってみたい。

なぜ農学部?

 農学部一大ブームの先駆けとなったのは北京大学で、他大学に比べ最も早い段階から計画を進めてきた。2013年8月には鄧興旺(ドン・シンワン)氏ら数名が現代農学院の設立申請書を北京大学に提出している。米国科学アカデミー会員でイェール大学終身名誉教授の鄧氏は、主に植物生物学の基礎研究に従事し、2014年7月に北京大学に正式帰任した人物だ。

 湖南省の農村出身の鄧氏は、都市と農村の生活を中国とアメリカの両方で経験した。4つの環境を比較した結果、中国の農業は現在の世界の先進レベルから相当遅れていることに気づかされた。中国の農業を近代化させ、誇りある仕事の1つに変えたい。そう考えた鄧氏は自身の理想を叶えるため、産業レベルから農業問題を解決しようと中国での起業も試みた。しかし企業が果たせる役割はあまりに微少だと早い段階で悟り、より優れた手段として、国内トップクラスの大学での人材育成を考えはじめた。

 「科学院大学の農学部設置計画は、昨年10月に退任間もない丁仲礼(ディン・ジョンリー)元学長が発案したものだ」。科学院大学の現代農業科学学院で常務副院長を務める楊維才(ヤン・ウェイツァイ)氏はこう述べる。

 科学院大学の特色は、中国科学学院に属する全国104カ所の研究所から、講義、研究、実践面での支援を受けられることだ。このうち農業関連の研究所は約20カ所に上る。科学院大学の設立以降、研究領域は主に生命科学学院に集中しており、プロジェクトを多数抱えていたため、農学部の設置は既存の研究リソースを整理統合する良い機会といえた。こうして、中国科学院の遺伝・発育生物学研究所の指揮の下、南京土壌研究所、水生生物研究所、華南植物園などの複数の研究機関が科学院大学農学部の設置を共同で計画する運びとなった。

 中国科学院のある研究員の話では、科学院大学農学部の専攻はスマート制御、GPS、マテリアルなどの理系分野に特化した「農業テクノロジー4.0時代」の教育を趣旨としている。

 鄭州大学の農学部について関連責任者はこう語る。「総合大学である鄭州大学は、農業を重要不可欠な学問領域と捉えている。本大学が位置する河南省は中国の一大穀倉地帯であり、小麦・トウモロコシの主要産出地域。河南唯一の『双一流』大学(「双一流」とは、中国政府が指定する世界一流大学および一流学科の両方を併せた呼称)として農学部を設置に尽力することは、主要農業地域として、国民経済を発展させるための時代のニーズに配慮したものだ」。取材を受けた複数の大学関係者が語るように、農学部の振興には、中国政府のより一層の農業重視という政策的背景がある。

 「我が国が現在直面している食の安全問題はいまだかつてないほど深刻だ。土地と水資源のレッドラインは死守すべきである。近代農業の発展のため、国は大々的な取り組みを進めている」。河海大学農業工程学院の陳毓陵(チェン・ユーリン)書記はこう話す。

 陳氏によると、河海大学の旧農業工程学院の前身は1952年に設立された水利土壤改良学部で、2006年に農業工程学院として再編され、その3年後には水利水電工程学院と合併して水利水電学院となった。今年2月末には、国のニーズや学科の特色に基づき、農業工程学院が再設置された。ここ最近新設された複数の農学部のうち、河海大学のみが学部生と大学院生を同時に募集している。水利工学を学部生が専攻するのは初めてだ。

 これに対し、北京大学、科学院大学、鄭州大学の農学部は、現時点では大学院生のみを募集している。北京大学現代農学院学術委員会の鄧興旺主任は次のように説明した。「学部の設置に当たっては、第一に教師陣の確保が必須。十分な人数の教師を雇用するには、5年あるいはそれ以上の時間がかかる。20~30名の教師が雇用できれば学部教育が実現するだろう。現代農学院では計画段階の2016年から大学院生を募集しており、現在10名の院生と11名の教授を抱えている」

 鄭州大学農学部は2018年7月にようやく設置を見たのだが、学生の募集自体は年初から開始している。9月には修士課程に35名、博士課程に2名の学生が初入学した。さらに、博士課程で8名の追加募集をおこない、中国農業科学院綿花研究所の研究員、副研究員を兼任教授あるいは副教授として約40名採用する予定だ。

「双一流」獲得合戦

 楊維才氏は昨今の農学部設置に関し、農業転換期における強いニーズはその背景にある要因の1つにすぎないとみている。むしろ、農学部の設置により国から「双一流」学科の指定を受けたいという大学側の思惑がその核心だと話す。「双一流」指定学科となれば経費やリソースが獲得でき、今後の学生募集にもつながり、大学の存続と発展に極めて重要な意義を持つからだ。

 2017年9月、教育部を含む3部門により「双一流」大学・学科リストが公開された。それまで中国の大学において重要な指標とされてきた「985プロジェクト、211プロジェクト」が、今後は「双一流」に引き継がれることとなった。「双一流」計画は5年周期のため、リストから漏れた大学は双一流の指定獲得に向けて躍起になっており、一方ですでにリスト入りした大学はさらなる勝因強化を図っている。

 中国教育部の学科区分によれば、農学部門の下には作物学、園芸学、農業資源と環境、植物保護、畜産学、獣医学、山林学、水産学、草地学の9つの「一級学科」と呼ばれる学問分野が存在している。総合大学では、農業と関連のある多くの研究はいずれも生物学に帰属している。もし複数の大学がすべて生物学での「双一流」指定を狙うことになれば、過当競争は避けられない。これに対し、研究内容を農学部所属の学科に組み込む場合、9つの一級学科から選択が可能となり、厳しい競争も回避できる。

 さらに、各大学は今後どの大学や学科が「双一流」リスト入りするかを見定め、形勢を見計らってもいる。コンピュータ、物理、化学のような比較的ポピュラーな専攻は、競争も熾烈で多額の投資が必要な場合もあるため、「双一流」に指定されるのは大変難しい。その反面、農学に分類される一級学科は多く、現時点で中国国内ではまだ十分に成熟していない学科も存在する。これが農学部の発展の余地、また潜在力ともなっている。

 鄭州大学農学部の設置計画は2017年下半期に始まり、鄭州大学はその時期に「双一流」大学に選出された。

 さらにその年の9月には国家一流大学B類リストに名を連ね、臨床医学、マテリアルサイエンスと工学、化学が一流学科に選出された。年末には「鄭州大学一流大学建設方案」を特別に制定し、6つの学科を中心とした総合大学としての一流学科構想が掲げられた。エコで高効率を掲げる農学部の設置も、まさにその計画に盛り込まれたものだ。

 前述の責任者が語るように、鄭州大学は計画や構想をもとに産業や現地の経済発展のニーズを踏まえて「双一流」プランを進める必要があった。河南省の綿花研究所が抱える綿花生物学国家重点実験室、綿花遺伝子改変育種国家工程実験室はいずれも鄭州大学から近い場所にある。そうした地の利に加え、鄭州大学の優れた人材と綿花研究所の研究環境という条件が完璧に揃ったことで、鄭州大学農学部の共同設立を決定したのである。

 一方河海大学はというと、昨年6月に公表した「河海大学学科計画――農業工学学科」をもとに、「今後5~10年の間に、本校の農業工学学科を全国5位以内の学科とし、国際的知名度を大幅に引き上げ、農業工学のESI〔研究業績評価データベース〕ランキングの順位を大きく引き上げ、双一流学科への入選を目指す」という。

 上述の陳毓陵氏はこう語る。「河海大学の農業工学学院は双一流と密接に関係している。『双一流』の力を借りて農業工学分野を強化できる。これまで農業工学は他の学部に所属しており、十分に強化されてこなかったのは事実。今回、単独での学部設置に至ったことで、大学側からも人材誘致、科学研究、研究所設立などの面でさらなる支援が得られ、農業工学は大学の科学研究とサービスにおける新たな学科成長分野となれる」

 昨年年初に国務院機構改革が実施された結果、農業農村部が設置され、水利部の農地水利整備事業が吸収された。陳毓陵氏はこれについて、「河海大学はこれまで主に水利部との連携を図ってきた。機構改革後は、農業農村部が農地水利分野に深く関わってくるため、農業農村部との連携を深め、より多くの予算とリソースを確保したい」と率直に語っている。

リソースの重複は避けるべき

 1949年までの中国の農学教育体系は現在と似ており、農務学堂という独立した農業学校が存在した。また多くの公立大学も農学部を設置していた。北京大学にもかつて農学部があったが、1949年に北京大学、清華大学、華北大学の農学部が分離合併され、北京農業大学が設立された。その後1952年の全国学部調整により、農業大学に対し「集中・合併を方針とし、1大行政区ごとに1~3校を設ける」との指導意見が出された。これにより、国内の高等農業大学はすべて独立した専門大学に改編された。基本的には各省に最低1校、大行政区ごとに1校を設け、総合大学には農学部や関連する専攻を設置しないことになった。

 1999年に大学の学生募集が増員されて以降、従来の農業大学は次々と名称を変更し、「総合大学」または「多学科」路線へと舵を切った。校名変更と構造転換により、農業大学の隊伍から完全に抜け出す大学も現れた。市場経済の時代において、注目度の高い金融、コンピュータ、バイオなどの専攻と比べ、農業関連の専攻は社会の各界から軽視され、長い期間「冷遇」されてきた。

 アモイ大学の陳然(チェンラン)氏は自身の論文のなかで、農業大学が路線変更に至った理由を次のように分析している。「農業大学に対する社会の偏見は深刻であり、優秀な入学希望者の獲得に影響を及ぼしている。優れた教師、とくに農学を専門としない教師の獲得は極めて難しい。農業大学は長期間にわたり軽視され、運営条件も悪く基礎研究設備の面でも手薄だ。これらの大学の教育内容は主に劣勢産業に向けた、公益性に配慮した投資回収率の低いものがほとんどであり、大学名からも業界が一目瞭然であるため、市場競争において不利な立場に追いやられてきた」

 とはいえ、従来型の農業大学の発展性は失われていない。楊維才氏によれば農業大学は一貫して農業界に身を置いており、農業関連部門との長期的な関係を築いてきた。国が農業テクノロジーに資金を投じれば、農業科学院などの農業関連部門の研究機関に自ずと資金が下りてくる。いかに農業関連部門からの予算を獲得するかは、科学院大学農学部の課題ともなっているという。

 総合大学による農学部設置によって、従来の農業大学はより厳しい競争環境に置かれるのだろうか。取材で調査した限りでは、農学部を設置した大学は既存の教育内容を強化しつつ、いまある農業教育とは一線を画した特色を打ち出そうとしている。

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(参考)農業大学内の作物遺伝改良実験室。総合大学の農学部あるいは独立した農業大学は、いずれも中国の農業近代化のためのハイレベル人材と科学技術成果を世に送り出すべきだ。写真/視覚中国

 陳毓陵氏によれば、河海大学は当初「農業科学・工学学院」という学部名を考えていたが、農業科学に含まれる農業栽培や養殖などは、河海大学の得意とする分野ではない。最終的に、本来の強みに立脚した「農業工学学院」を採用し、農業環境工学、農業生態工学を主な成長分野に定めた。

 また、科学院大学も立案段階では「未来農業科学学院」という学部名により、一般的な農業大学との差別化を図ることを考えた。楊維才氏によれば、従来の農業大学と科学院大学農学部の方向性は異なるという。農業大学では主に一般教育が実施され、学科も比較的細分化されている。これに対し、科学院大学の強みは中国科学院から得られる多元的なサポートであり、農業を中心とした学際的な研究が可能だ。やや基礎的かつ長期的な分野に重点を置き、未来の農業に必要な技術に関する研究がおこなわれている。

 鄧興旺氏が述べる通り、北京大学には農業大学に比べ多くの学部があり、農業の発展に寄与する多種多様なリソースが獲得できる。現代農業ではすでにロボットが使用され、伝統的な農業スタイルはすでに過去のものとなっている。これが北京大学のアドバンテージであり、反対に農業大学の弱点ともいえる。

 北京師範大学高等教育研究所の李奇(リーチー)教授は、総合大学による農学部設置を良い兆候と捉えている。「農業は大学にとって非常に重要な要素だ。アメリカには農業と機械工学を中心とした大学が存在し、同国の高等教育の発展において重要な位置を占めている。中国の総合大学が農業を高く位置付けることに成功すれば、農業の発展に大いに貢献するだろう。

 ただし、あまりに多くの大学が農学部を設置すればリソースの重複が生じる。地方政府は社会的な経済発展の状況を見据えたうえで、勢い任せではなく、秩序ある計画を目指すべきである。現在、各省には全て農業大学があり、すでに農業教育の枠組みは整っている。総合大学による農学部設置の必要性に関し、真摯な検討と計画が求められている」


※本稿は『月刊中国ニュース』2019年1月号(Vol.83)より転載したものである。