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【22-01】高等教育機関中年層教員の業務負荷と健康状況

張盖倫(科技日報記者) 2022年05月12日

 高等教育機関の教員というのは、冬休みと夏休みもあり、さらに決まった時間に出退勤しなくてもいいため、「理想の職業」だとよく言われている。しかし、現実は決してそうではない。実際には、高等教育機関の教員というのは、ハードな業務をこなさなければならない大きなプレッシャーに晒される職業で、複雑で予測不可能な環境に長期間身を投じ、自己を犠牲にして、卓越性と革新を追求する必要がある。

 北京大学教育学院は最近、医学部と連携して、大学の教員管理部門を通して把握した教員の学術・業務負荷や健康診断の統計を基に、教員に対するヒアリング結果も参考にして、「双一流」(世界一流大学・一流学科)構築に取り組むある高等教育機関の医学部教員に対する調査を実施した。

 同調査では、まず何が高等教育機関教員の健康を蝕んでいるのかに迫った。

多重の業務負荷が原因で教員の疾病罹患率が顕著に上昇

 中国教育発展戦略学会高等教育専門委員会2021年年次総会・第14次五カ年計画(2021~25年)期間高等教育強国建設特別シンポジウムで、同研究の責任者を務める北京大学教育学院の研究員・鮑威氏は研究結果について、「高等教育機関の教員の健康状態は全体的に楽観視できない。多重の業務負荷が、教員の健康問題発見率にさまざまな程度の顕著な影響を与えている」と説明した。

 中国のこれまでの研究でも、高等教育機関の教員の健康診断での異常発見率は90%、亜健康状態の割合は約70%と指摘されていた。

 教員は、学問の世界に閉じこもって「象牙の塔」の中で生活しているわけではなく、学術や人材育成だけに専心できるというわけではない。ある教授は取材に対して、「退職するまでは、常に査定のプレッシャーにさらされている。それに、教員という職業が持つ内在的責任感から、自主的に長い時間仕事をするため、長期にわたって休み不足となり、精神的に疲弊した状態になる」と率直に語った。

 これら全てが、教員の業務負荷を増やしている。

 勤務時間は業務負荷を示す量的指標の一つだ。2014年の調査では、中国の高等教育機関教員が、授業や科学研究、サービスなどに費やす時間は、1週間当たり平均45時間と、07年の同様の調査と比べて5時間増えた。中国政府が重点的に進める「985プロジェクト」(1998年5月に定められた世界先進レベルの一流大学創建計画)と「211プロジェクト」(1995年に定められた21世紀に向けた100大学重点投資計画)の対象大学を代表とする研究型大学の教員だけを見ると、1週間当たり平均45.8時間だった。

 高等教育機関の複数の教員は科技日報の記者に対して、「土日も祝祭日も休みはない。冬休みと夏休みも、少し落ち着いて科学研究ができる期間であるにすぎない」と語る。

 医学の観点から見ると、業務負荷がもたらす慢性的ストレスは、神経系や内分泌系、免疫系、代謝系、心血管系といった機能の乱れにつながるほか、がん系の疾病の罹患率を顕著に上昇させる可能性もある。

 鮑氏が率いるチームが行った今回の研究ではサンプルは決して多くないものの、いくつかの問題を見て取ることはできる。

 鮑氏率いるチームは、人材育成や科学研究、学部サービスといった業務負荷が教員の各種健康指標の異常検出に与える影響に迫った。

 その研究結果によると、博士課程や修士課程を指導する大学院生指導業務、つまり教員の指導する学生の数が増えると、高血糖の検出率も目に見えて上昇した。科学研究では、 教員が責任者を務める科学研究プロジェクト数や発表する論文数が増えるごとに、高血糖と高血圧の異常検出率も目に見えて上昇することが分かった。

学生が教員のストレス源に?

 鮑氏は教員へのヒアリングを通して、近年、大学院生の募集枠が急速に拡大するにつれて、修士課程と博士課程の学生の学業基礎と学術志向のレベルが下がっていることが分かったという。質がバラバラの学生が学業のレベルを上げることができるようサポートすることも、高等教育機関の教員の業務負荷となっている。

業務負荷の影響がより大きい中年層の教員や女性教員

 上記の結果を見て、鮑氏率いるチームは中年層教員やベテラン教員といったグループの健康状態に注目するようになった。

 社会では、青年教員の経済的ストレスや精神的ストレスが注目を集めることが多いものの、実際には、中年層の教員が指導する大学院生の数、責任者を務める科学研究プロジェクト数、担当する学部サービス業務のほうが多い。また、中年層の教員は若い時期を過ぎているため、体のほうもいろんな警告を発しやすくなっている。

 鮑氏は、「41歳以上の中年層教員やベテラン教員は、業務負荷が健康に与える打撃が際立っている」と説明する。

 中年層やベテランの教員は、学術的成果を出すうえで大黒柱のような存在で、ジャーナルの評価・審査、公共政策のアドバイザーなど、多くの肩書きを持っていることも多い。そのような人は通常、その学術分野のリーダー的存在であり、チームの先頭に立って、旗振り役となるほか、その学術分野のためにカギとなる学術リソースを獲得しなければならない。

 中年層教員やベテラン教員は、キャリア中期の時期に入っても依然としてフル稼働しなければならず、ハイペースで、ハイクオリティの学術的成果を出すと同時に、その他のたくさんの業務も担っている。鮑氏は、「中年層の教員は職業的倦怠感が最も際立っており、業務負荷が大きすぎるために重い病気を患うケースすら度々起きている。キャリア中・後期の教員たちの業務が多すぎてキャパオーバーになっていることや、健康が脅かされていることなどを、学界がもっと重視することが切実に必要となっている」と指摘する。

 女性教師も重視される必要のあるグループだ。

 量的分析によると、大学院生指導関連の業務の負荷は、女性教員、特に中・青年の女性教員の健康を脅かしている。

 それは、女性教員は学生に感情移入しやすいことと関係がある可能性がある。

 鮑氏は、「女性教員のほうが、繊細でナイーブ。女性教員は、学生の育成の面で、より多くのエネルギーや感情を費やし、学術的基礎が弱く、特にメンタルの弱い学生に対して、大きな心理的負担を抱えるようになりやすい。実際、男性教員と比べて、女性教員は、発言や発展の権利、社会的評判、リソース共有などの面で、目に見えて不利な状況であるほか、精神的、心理的にも劣勢になっている」と指摘する。

 そこで鮑氏は、「教員たちの身心の健康をサポートする体系を構築し、中年層の教員や女性教員といったハイリスクグループの健康指標や状況に重点的に注目するべきだ」と提案している。

 そして、「ハイクオリティの教員人材がなければ、ハイクオリティの教育もない。優秀かつ健康な教員人材は、高等教育機関で人材育成や科学研究、社会サービスを展開するうえでの重要な基盤」との見方を示す。研究者は今回、高等教育機関の教員に目を向け、その健康というとても素朴な話題に注目したのは、もっと多くの人に教員の業務負荷やその健康が脅かされていることに注目してほしいと願ってのことでもある。


※本稿は、科技日報「中年高校教師的職業負荷和健康状况亟待関注」(2021年12月17日付5面)を科技日報の許諾を得て日本語訳/転載したものである。