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【22-05】産業・教育の融合で大学院生育成 いかに学校と企業を本気にさせるか

張盖倫(科技日報記者) 2022年06月22日

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画像提供:視覚中国

 大学と企業が共同で、大学院生を育成して、段階的に企業のヒューマンリソースをめぐる需要を満たすことができるようにするという、工学の実践を基礎とした共同育成エコシステムの下で、大学院生は、プロジェクトを推進する実践能力を速やかに身につけることができる。

 長江デルタ国家技術イノベーションセンター(以下「長江デルタ国創センター」)の劉慶センター長は、「王民氏の質問」と名付けた物語をよく語る。

 王民氏とは江蘇徐工集団有限公司の会長兼党委員会書記のことだ。同社は、エンジニアリング機械業界の世界ランキングで3位に入っている。王氏は以前、劉氏に、「大学が育成したハイレベル人材は、なぜ第一線の企業に就職することを望まず、ほとんどが教師になることを望んでいるのか?」と質問したことがある。実は、徐工集団の博士号取得者は40人以下であるのに対して、王氏が以前招かれて講座を行ったある地方の大学には博士号取得者が1000人近くもいたのだ。

 劉センター長は、「その原因はたくさんあるが、一部の大学の工学系専門は、実践能力のある人材育成を主要な任務と見なしていないというのは紛れもない事実だ。学生は第一線での仕事を望まないだけでなく、それを担う能力もないのだ」と指摘する。

 劉センター長が所属する長江デルタ国創センターは現在、解決の道を模索しており、科学と教育の協力、産業と教育の融合を推進し、大学の研究院(所)が、選出した大学院生を共同で育成計画を実施している。

 劉センター長は科技日報の取材に対して、「私たちは、国内の大学院生の育成スタイルに変化をもたらしたいと思っている」と語った。

大学と企業の間の架け橋に

 長江デルタ国創センターは、中国科学技術部(省)の承認を得て、上海、江蘇省、浙江省、安徽省が共同で設立し、上海長江デルタ技術イノベーション研究院、江蘇省産業技術研究院(以下「江蘇産研院」)といった実体的な機関が、「一つのチーム、一つのメカニズム、一体化管理」の方式で運営している。

 長江デルタ国創センターのセンター長補佐を務める江蘇省産研院の郜軍副院長は取材に対して、「当院は最近、複数の専門的な研究院(所)を新設した。研究院(所)は、中国国内の大学や科学研究機関との繋がり、交流、協力を強化しなければならない。その後、企業も、『大学に、実践において直面している人材のニーズを含む現実の問題を解決できるようサポートしてほしい』と、ニーズを伝えてくるようになった。そのような現状に対して、長江デルタ国創センターは、大学と企業の間の『架け橋』になりたいと思っている」と話す。

 そして、「産業に技術イノベーションサポートや技術サポートを提供するということ自体、私たちの職責で、使命だ。産業イノベーション人材の育成を長江デルタ国創センターの重要な任務として、持続的に推進している」と説明した。

 江蘇産研院は2019年、江蘇省教育庁のサポートの下、中国国内の大学と共に、産業と教育が連携して選出した大学院生を共同育成する事業をスタートさせた。2021年末時点で、長江デルタ国創センターは、中国国内の有名大学61校と全面的な協力をスタートさせ、同センター体制内の61の専門研究所、企業共同イノベーションセンター、大学の院(所)が選出した大学院生を共同育成する事業を展開し、ここ3年近くで、大学院生3000人以上を育成してきた。

 江蘇産研院の選出した大学院生を共同育成する事業が凝縮されて生まれた「新型研究開発機関・科学・教育協同産業イノベーション人材育成」任務は、中国国家発展改革委員会、科学技術部の2021年度の全面的なイノベーション改革任務リストに入選した。

 大学と企業による共同育成は長江デルタ国創センターの発展のニーズを満たすだけでない。劉センター長は取材に対して、「これは、大学に対する一種の『エンパワーメント』だ。大学院が募集する新入生の数は年々増加しているものの、大学は、十分な数の施設、課題を提供することができていない。大学の教師の大半は卒業すると同時に教壇に立っており、実際の産業における仕事の経験がめったになく、産業界の実際の問題を知る由がない」と指摘する。

 劉センター長は以前、大学の副学長を務めていたため、大学のこのウィークポイントをよく理解している。学内と学外の「ダブル指導教員」、理論と実践「ダブルプラットフォーム」というのが、工学系大学院生育成の新たな道となるかもしれない。

産業の本当のニーズを研究課題に

 江蘇超力電器有限公司(以下「超力電器」)は、中国において自動車部品・マイクロマシン業界のリーディングカンパニーだ。同社は2020年、長江デルタ国創センターと共同で、企業共同イノベーションセンターを設置し、同センター体制内の共同イノベーション企業となった。超力電器はここ2年、吉林大学と共同で、産学研連携計画を複数始動してきた。そして、同社技術研究院の郭中陽院長も、選出した大学院生を教える産業側の講師となった。

 郭院長は、「企業にとって、大学院生を育成して、段階的に企業のヒューマンリソースをめぐる需要を満たすことができるようにするという、工学の実践を基礎とした共同育成エコシステムの下で、大学院生は、プロジェクトを推進する実践能力を速やかに身につけることができる。学生が自信を持つようになり、研究開発作業の規範化されたプロセスをしっかりと理解するようになっているというのが、私の最も直感的な感想だ」と話す。

 長江デルタ国創センターは共同育成する博士課程で学ぶ学生に毎年、3万元(1元は約19.6円)の奨学金を支給している。また、企業も相応の資金援助を行っている。中でも学生に研究開発の実践プラットフォームを提供しているというのが、一番重要なことだ。

 学生は企業のために働くのではなく、自分の課題を持ってやって来る。企業は選出した大学院生のために、先端技術開発実験室を設置している。企業の要求工学の需要を満たすことができるだけでなく、学生も工学をめぐる問題の理論、技術の応用を凝縮し、さらに多くのイノベーション性に富んだ、ハイレベルで先端の成果を生むことができる。

 吉林大学自動車シミュレーション・コントロール国家重点実験室の博士課程で学ぶ王尹琛さんは、2021年5月に超力電器で課題研究開発の実践を展開するようになり、「その期間で、実際の工学的問題を分析、解決する能力や理論のレベルが大幅にアップした」と語る。

 産業側の指導教員としての郭院長も、時間を取って学生を指導しており、「企業のイノベーション駆動の力が向上するほか、企業の業界での学術的名声を高めることもでき、その苦労も価値がある。企業は、視野を広げなければならず、産学研連携はお金の無駄遣いであると考えてはならない。上手く協力すると思いがけない成果を生む」と語る。

 劉センター長は、「大学と企業の共同育成は、空を切るような取り組みであってはならず、研究課題を確定させることが融合の重要な一歩だ。学生を企業に派遣して、一周回って終わりというものであってはならず、産業の本当のニーズ、技術をめぐる実際の難題を凝縮して、育成する大学院生の課題にし、『プロジェクト制』の育成スタイルを主な特徴とした大学院生共同育成を貫かなければならない。当センターは企業と大学の間の架け橋となるよう取り組んでいる。企業にニーズを聞き、企業がニーズを課題に引き上げ、関連の大学とマッチングできるようサポートしている」と説明する。

 選出した大学院生育成スタイルの模索の過程で、劉センター長は、その理念に同調してくれる指導者や教師にたくさん出会ってきた。劉センター長は、「一部の大学は、大学院生リストをプロジェクトや経費を要求する資源と見なしている。そのような姿勢で共同育成を実施しても何の意味もない」と指摘する。

各主体が共同育成の必要性を認識できるようサポート

 郜副院長は取材に、「2019年に選出した大学院生の共同育成が始まってから今に至るまでの3年間に、困難も紆余曲折もあった。産学研用(企業・大学・研究機関・実用化)、大学・企業・院(所)は、それぞれ立場が異なり、利益も異なるため、それを統合するのはとても難しい。始めは大学も、企業も『冷』めていて、架け橋となる当センターだけが、『熱』意に満ちていた。大学は、人材育成の質や、新スタイルが従来の人材育成スタイルに食い違いができることを心配していた。一方、一部の企業も、共同育成の企業にとってのメリットが分からず、形式的なものと考えていた」と振り返る。

 そして、「最も重要なのは、各主体がその意義について認識することだ。各主体に共同育成の必要性と実行可能であることを知ってもらい、積極性を引き出さなければならない。政策によるリードという面で、当センターはさまざまな取り組みをしている。例えば、2019年に、『選出した大学院生共同育成の管理サービス規則』を制定し、2021年にそれを改定して、育成のプロセスや各方面の職責をさらに明確にしたほか、選出した大学院生の奨学金を設置した。また、学外の指導員を配置して、選出した大学院生を育成する期間の人身安全を保障する措置を講じているほか、大学・企業・院(所)の共同イノベーションプロジェクトサポートを模索し、選出された大学院生、育成機関、大学の指導教員、大学のマッチング担当者をカバーする、リード・奨励メカニズムを打ち出している」と説明する。

 教育部も、「工学教育を強化、改善しなければならない」と指摘している。劉センター長は、「学科の修士課程で学ぶ学生を評価する時、産業の課題を解決する能力やレベルをもっと重視すべきで、論文だけに目を留めてはならない。大学の工学系の講師にも、もっと多くの工学実践の経験が必要だ。文章を重視して、実践を軽視することがあってはならない。産業の高度化には、優秀なエンジニアが必要だ」との見方を示す。

 郜副院長は、「将来的には大学院生共同育成の経験を積みながら、長江デルタ産業技術イノベーション大学を建設し、共同育成の規模と質を向上させたい」という目標を掲げる。

 江蘇省教育庁も、省属の大学向けに、「産業と教育が融合」する大学院生サポート特別計画を発表しており、江蘇大学や揚州大学、南京郵電大学といった省属の大学が、大学院生選出を2022年の新入生募集計画に組み込み、単独の指標を作るよう推進している。郜副院長は、「さらにハイレベルの政策サポートが打ち出され、さらに多くの大学と協力して産業イノベーション人材や優秀なエンジニアを育成し、人材育成スタイルの面で先行してチャレンジしたい」と語る。


※本稿は、科技日報「産教融合培養研究生 怎様才能譲学校、企業"動真格"」(2022年05月12日付6面)を科技日報の許諾を得て日本語訳/転載したものである。