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【23-18】科学研究者による質の高い科学教育活動に期待

王大鵬(中国科普研究所副研究員) 2023年12月08日

 中国科学院シニア科学者の科学普及講演チームの専門家がこのほど、雲南省文山チワン族ミャオ族自治州を訪れ、科学普及報告を70回行った。科学の第一線から退いた科学者だけでなく、第一線で活躍する多くの科学研究者も積極的に参加して「スポットライト」を浴びた。先日終了した「2023年全国科学普及の日」のイベントでは、数多くの大学や研究機関の科学者が科学普及大使となってキャンパスや科学館、農村に足を運び、科学について人々に説明した。

 科学研究者が科学普及教育を行うのは、責任感や使命感から来る場合もあれば、興味や趣味の可能性もあるだろう。中国国家自然科学基金委員会がこのほど打ち出した「国家自然科学基金委員会による新時代の科学普及活動強化に関する意見」(以下「意見」)は、中国政府が科学技術界の科学普及に対する内生的原動力を引き出すという強い決意を、科学研究支援プロジェクトという観点から読み取ることができる。同意見は「大きな必須」と「小さな奨励」に分類して科学普及牽引政策を実施し、支援の強度が比較的高いプロジェクトは「プロジェクト関連の科学普及活動を実施すべきだ」としている。一方、支援の強度が比較的低いプロジェクトについては「科学研究者に対し、研究をしっかりと行うとともに科学普及活動を積極的に展開し、その成果をプロジェクトに組み込むよう奨励する」としている。つまり、科学研究者はプロジェクトを申請する場合、科学研究と科学普及の両方を計画に入れて推進する必要がある。

 数年前、筆者が所属していたタスクチームが、研究者を対象に科学普及調査を実施した。その中には「科学研究者は研究資金の申請過程で自身の科学普及活動も記載しているか?」という選択肢があり、ほとんどの回答者が「いいえ」と回答した。しかし「意見」が発表され、相応の政策・措置が実施されるようになると、このような状況も変わることが期待される。

 科学普及は、イノベーション発展を実現するための重要な基本活動となる。科学技術イノベーションは科学普及教育に重要な内容を提供し、科学普及教育も科学技術イノベーションに「お返し」をしており、最終的に科学技術イノベーションと科学教育が「両翼」となって飛び立ち、運命を共にすることができる。科学に対する国民の資質を高めることは、科学普及教育の重要な目標であり、内容でもある。関連文書は「科学普及と科学技術イノベーションに同等の重要性を持たせる制度が不十分」としている。今回、「意見」が打ち出されたことで、制度がある程度具現化すると見られ、「科学普及教育の実施がイノベーションにつながり、イノベーションを創出するために必ず科学普及教育を実施しなければならない」ということの推進に寄与するだろう。

 もちろん、「意見」が打ち出されたことは喜ばしい。だが、いかにして関連要求を実行可能な計画へと変え、科学研究者が科学研究をしっかりと行いながら科学普及活動を積極的に支援し、それに参加できるようにするかを考えなければならない。

 第一に、思考を変える必要がある。科学普及というのは実践性の高い活動で、その効果の良し悪しや目的到達度は実践を通じて検証するしかない。科学普及教育が形式的になるのを避けるためには、それに対する思考の変化が関わっている。科学普及に対するプロジェクト関係者の姿勢が、受動的から能動的に変わる必要がある。そして、科学普及教育の重要性に対する認識をさらに高める必要がある。これまで科学研究者に対して「その責任や義務がある」と強調されることが多かったが、科学研究者と科学共同体の視点から、科学普及が科学研究や科学技術イノベーション、また研究者自身に、これまで見過ごされてきたどんなメリットをもたらすかを考える必要がある。科学研究者が科学普及の重要性とメリットを認識してはじめて、その効果を最大化することができる。

 次に、科学普及教育の手段を拡大しなければならない。ソーシャルメディアの急速な発展に伴い、従来の情報発信手段だけを頼りに科学普及教育を行うことは不可能となり、多元的かつ融合的なスタイルを採用し、科学普及教育を書籍や新聞、雑誌、ラジオ、テレビだけでなく、全時間帯、全方位、全過程、全要素の情報発信に拡大すべきだ。視聴者に合わせた科学教育活動を行う必要がある。ショート動画やライブ配信をフル活用し、実験室を開放するほか、バーチャルリアリティー(VR)や拡張現実(AR)、複合現実(MR)といった最先端技術も採用することが可能だ。

 さらに、科学普及の人材を増やさなければならない。「意見」では、関連プロジェクトの科学普及活動の展開に対する要求も述べているが、全ての科学研究者に十分な時間や専門的能力があるわけではないことを認識する必要がある。そのため、育成だけでなく「緊密な協力と連携」によって科学普及教育チームを作り、専門機関が科学研究者に協力し、プロジェクトにおける科学普及教育任務を遂行することもできる。これは科学普及教育の効果を高めるだけでなく、科学普及教育の人材を増やし、プロジェクトの実施過程で生まれた先進的知識やイノベーション思考、科学的方法、科学的精神などを内容や成果に融合するものだ。これにより、科学普及の質の高い発展を促し、科学技術イノベーションと科学教育が「両翼」となって飛躍するのを推進することになる。


※本稿は、科技日報「期待科研人员做好高质量科普」(2023年10月13日付5面)を科技日報の許諾を得て日本語訳/転載したものである。