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【24-06】中国の人材状況、研究者数世界1位も若手失業率は過去最高に

松田侑奈(JSTアジア・太平洋総合研究センター フェロー) 2024年04月19日

 中国は研究開発や科学技術への積極的な投資を継続しており、そのおかげで、膨大な人材プールを確保できている。ポスドクや院生(修士・博士)の人数が年々増加しているが、若手失業率も上昇し続け、昨年には史上最高値を更新した。本稿は、中国の科学技術人材における光と影の分析を試みる。

1.研究者数世界1位、膨大な人材プール

 2022年の中国の研究開発費は3兆783億元(約64.6兆円、1元=21円と換算)と初の3兆元超えとなった。2000年の研究開発費が896億元(約1兆8800億円)であったことを鑑みれば、実に急速な増加である。研究者の数は既に240万人(FTE)を超え、世界1位となっている。2022年の学士卒(4年制大学)は4,715,658人、修士卒は779,845人、博士卒は82,320人と、ここ10年は学部生から院生、ポスドク任期終了者に至るまで、増加し続けている。中国では、高い年収と社会的地位に学歴が直結するため、超学歴社会になりつつある。ちなみに、中国の場合、企業等でもポスドクや博士卒を歓迎している。彼らは膨大な人材プールの構築に貢献している。

図1 中国における博士卒(上)と学士卒(4年制大学)(下)の数の推移

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出典:教育部「教育統計データ」

2.論文数、TOP1%論文数共に世界1位。優秀な研究者が増えている

 下記表は、2021年基準の論文数である。整数カウント/分数カウント問わず、中国の科学技術論文数は世界1位である。論文の質を測るTOP10%補正論文数やTOP1%補正論文数でも従来はアメリカに及ばなかったが、現在ではアメリカを追い抜き世界1位になっており、中国の科学技術論文は数と質とともに着実な成長を見せている。質の高い論文が増えていることは、優秀な研究者が増えている証でもある。

表 論文数、カウント方法、シェア
出典:NISTEPの「科学研究のベンチマーキング2023」
対象 カウント方法 論文数(本) 世界中のシェア 順位
論文数 整数 590,385 28.74% 1位
分数 521,573 25.39% 1位
TOP10%論文数 整数 74,951 36.49% 1位
分数 60,862 29.63% 1位
TOP1%論文数 整数 8471 41.24% 1位
分数 6360 30.7% 1位

3.国籍不問、世界中から優秀な人材を積極的に誘致

 海外の優秀な人材を国内に誘致する事業も、依然として積極的に展開している。2010年代では、「海亀政策」といって、自国の優秀な研究者を海外に留学させ、学業が終わったら自国に呼び戻す政策が盛んだったが、近年は、国籍を問わず、優秀な研究者を国内に積極的に誘致している。例えば、中国国家自然科学基金委員会(NSFC)は2020年から青年向けのプロジェクトを海外の研究者も申請できるように改革したほか、2021年から海外にいる優秀な若者を中国に呼び込むため「海外優秀青年科学基金」というプログラムを新設した。さらに北京市、上海市、広州市、重慶市、杭州市、深圳市は、2023年から「外国人ハイレベル人材を誘致する事業」を2年間かけて展開することを発表し、外国人ハイレベル人材に対して、科学技術イノベーションや創業活動における支援に加えて、希望すれば永住権や帰化までワンストップで支援すると明らかにしている。

 このように、より多くの優秀な人材を国内に誘致するため、国籍の制限をなくしたファンディングプロジェクトが増加しているほか、海外の研究者が中国で定着できるようにサポート体制を強化している。

4.上昇する若手失業率、続く政府の失策

 ただ、高等教育を受けた新規卒業生が増えている一方で、若手の失業率も上昇している。

 失業率とは[ⅰ]、16歳以上の労働力(就職者+失業者)のうち、失業者が占める割合である。失業者の判定基準は、調査時期を基準に過去3か月以内に仕事探しをしていたが見つからず、現在無職の状態で、適切な仕事があれば2週間以内に職に就ける人を指す。就業者は、過去3か月以内、労働報酬や経営収入を得るため、1時間以上働いた人(休暇中や臨時休業中の人も含む)を指す。失業率から就職率がある程度読み取れる。

 2023年6月、若手(16~24歳)の失業率は21.3%と史上最高となった。この結果を踏まえて中国国家統計局は8月に当面の間、若手失業率の公開を停止すると発表。12月からは在学生は除くという条件で公開を再開した[ⅱ]。2024年2月(最新データ)時点での失業率は15.3%である。2023年12月以降のデータは収集条件が違うので除外して比較すると、16~24歳の青年失業率は2020年の11月の段階では12.8%であったが、2023年6月には21.3%となり、僅か2年強で10ポイント近く上昇した。25~29歳からの若手失業率は2023年6月あたりまでは4%台で推移していたが、2023年12月からは6%となった[ⅲ]

図2 中国における若手失業率(16~24歳)の推移

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出典:中国国家統計局

 長引く若手人材の就職難を受け、中国政府も様々な施策を打ってきたが、理想的な結果には繋がらなかった。2020年には公務員の数を増やす方針を示したが、20万人の募集になんと770万人の応募があった。2022年には共産党の下部組織が10万人の就職をあっせんしたが、1000万人を超える大卒希望者があり、まさに焼け石に水となった。農村赴任奨励政策や家政婦採用増加政策も希望者が少なく不評で終止符を打った。2022年から加熱する受験競争による学生の学習負担の軽減を目的に、営利目的の学習塾の禁止政策が打ち出され、大量の講師が解雇となった。公立の学校を中心にすべきという方針の意図は理解できるが、学習塾は多くの新卒者の雇用の場でもあったため、このような政策は失業率の増加の一因になった。万達グループ事件[ⅳ]で不動産業界も採用の門戸を狭めており、消費不振によりサービス業界や飲食業界も採用が厳しくなっている。また、2021年の「個人情報保護法」の制定に伴い、個人情報やデータ管理に厳しくなった政府は、アリババをはじめとするインターネット関連の大手企業への締め付けを強化しており、これらの業界も以前に比べ就職が厳しくなっている。

5.深刻な頭脳流出

 若手の就職難に続き、頭脳流出の深刻さも目立っている。

 ニューヨークタイムズは2023年に『中国の「頭脳流出」再び増加中 収入減っても国外へ 多くが指摘したそのきっかけとは[ⅴ]』という記事を公開したが、この記事では中国出身で世界トップレベルの大学を卒業し、かつ中国国内で「大都市×大企業」で働いてきたハイテク産業のエリート14人のインタビューを紹介している。記事によると、彼らが海外移住を決意したのは、「憲法改正による習近平氏の終身統治、コロナ禍のロックダウン、大規模な感染検査、隔離を伴うゼロコロナ政策」等が共通の原因であった。

 東京新聞の『ゼロコロナで「将来見えない」...中国で海外への移住者が再び増えている理由とは[ⅵ]』でも、若者の海外移住者へのインタビューを公開している。彼らは、30~40代で、子供の頃からの熾烈な学歴競争、高額な教育費を回避するために海外移住を選んでいるとし、回復が見込めない失業率で未来への危機感を感じている若者も多く海外に移住しているとした。

 実際、国際移住機関(IOM)が発表した「World Migration Report 2022[ⅶ]」を見てみると、中国から他国へ移民した人は約1,000万人で、中国は世界の四大移民送出国の一つとなっており、中国から海外への移住者は2017年以降増え続けている。中国では科学技術人材の育成に注力しているが、育成と同じような勢いで流出も増えている。

 中国の場合、科学技術や研究開発への惜しみのない投資に加え、80年から続く歴史の長い人材育成事業も数多く、人材育成における安定した体制や長期間にわたり蓄積した人材育成ノウハウが目に留まる。それが、中国の国際競争力や科学技術の成長を支える力となっている。

 一方で、日本のメディアでも取り上げているように、学歴競争や就職競争があまりにも熾烈であるため、あえて自分の能力より低いレベルの仕事につき、住宅購入などの高額消費、結婚・出産を諦めるライフスタイルを選ぶ「寝そべり族」や、理想の職業が見つからなければ、無理して就職せず、両親の世話になってブラブラする「スロー就職族」も増えている。人材事情は国によって一長一短があり、それぞれ課題を抱えているが、国の未来を担う若手が活気を失わないように有効な対策を打ち出すことは、中国が至急で取り組むべきことなのかもしれない。


[ⅰ] 中国国家統計局「什么是调查失业率(失業率とは)」。

[ⅱ] 封面新聞「国家统计局恢复发布青年人调查失业率 在校生不再计入统计范围

[ⅲ] 中国国家統計局

[ⅳ] Wikipedia「大連万達グループ

[ⅴ] 朝日新聞「中国の「頭脳流出」再び増加中 収入減っても国外へ 多くが指摘したそのきっかけとは

[ⅵ] 東京新聞「ゼロコロナで「将来見えない」...中国で海外への移住者が再び増えている理由とは

[ⅶ] 全文

 

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