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【25-15】米国のビザ制限と中国の対応

松田侑奈(JSTアジア・太平洋総合研究センター フェロー) 2025年09月11日

 米中関係の悪化が、国際社会の安全保障や経済だけでなく、知の交流の分野にも大きな影響を及ぼしている。

 第二次トランプ政権では、中国からの留学生や研究者に対するビザ発給の審査をさらに厳格化するとともに、研究資金の申請時における外国関係の厳格な申告義務を拡大し、大学に対しても外国資金の受領監視や機密研究への制限など、安全保障上の介入を強める方針を打ち出している。一方、中国政府は海外の優秀な人材誘致政策や国内研究体制の強化を進めるなど、この状況に応じた具体的な対応をとっている。

 本稿では、米国の政策の変化を踏まえ、中国側の政策や対応、そして中国人学生の留学動向について解説する。

一、米国の新政策:安全保障と学術の交錯

1. ビザ発給制限の強化

 米国務省は2019年以降、中国をはじめとする一部の国籍の留学生に対する学生ビザ(F-1、J-1)の審査を厳格化している。特に理工学(STEM)分野の学生に対しては、滞在期間の短縮や審査期間の延長、さらにはビザ発給の拒否が増加しており、この傾向は2023年以降顕著になっている。

 とりわけ、中国および香港からのSTEM分野専攻の留学生に対しては、第一次トランプ政権時に軍民融合関連機関との関係が審査され、今回は共産党とのつながりが審査されるなど、ビザ審査が一層厳格化されている。2025年5月には、米国政府が中国・香港からのSTEM分野の学生に対し、国務省によるビザの一時停止および撤回権限を強化する方針を発表した。これは、「国家安全保障上のリスクがある」と判断された申請者を対象とする措置である。

 米国の2023会計年度(2022年10月〜2023年9月)におけるF-1ビザ発給件数は約44万6千件だったが、2024年度(2023年10月〜2024年9月)には約40万1千件へと減少し、約10%の落ち込みを示した。ビザの拒否率は2023年度に41%に達し、過去10年間で最も高い水準となった(前年度比で5ポイント上昇)。審査強化が全体的な発給数の減少に直結していることが読み取れる。

2. 米国における研究資金審査の厳格化と中国系研究者への影響

 米国政府では、国家安全保障の観点から、研究資金配分における「外国との関係性の透明性」および「知的財産の越境移転リスク」への対応を一層強化している。特に全米科学財団(NSF)やエネルギー省(DOE)など主要連邦機関による資金申請制度において、研究者が外国政府や外国機関との関係を詳細に開示する義務が拡大されており、中国系研究者を中心に大きな影響を及ぼしている。

 NSFは2024年より、すべての研究資金申請に対し、研究者が外国機関との関係、資金提供、職位、報酬、共同研究、渡航支援などの情報を詳細に開示することを義務付けた。外国政府主導の人材招聘プログラム、たとえば中国の「千人計画」や「青年千人計画」への過去の参加歴は、研究費審査においてリスク要因とみなされる場合がある。加えて、研究者が申請時に提出する「経歴書(Biographical Sketch)」および「現在および申請中の支援(Current & Pending Support)」に記載漏れがあった場合、資金の採択取り消しや機関への調査につながることがある。これにより、中国との協力経験を持つ研究者は、申請内容の慎重な整理と開示が求められるようになっている。

 DOEは、安全保障上の懸念から、特定の外国政府が主導する人材募集プログラム(Foreign Government Talent Recruitment Programs)への関与を原則として禁止しており、そのような影響下にある活動を明確に排除する方針を採っている。2022年に施行された「DOE Order 486.1A」により、千人計画などの中国の国家人材戦略に参加した研究者は、DOEの研究資金を受給する資格を失う可能性がある。申請機関は、関係するすべての研究者の外国関係を報告することが義務づけられ、違反が発覚した場合には資金停止や契約解除もあり得る。

 更に、2025年4月には大統領令が発出され、大学や研究機関に対し外国資金の出所と目的の全面的な開示を義務付けるとともに、不履行の場合には監査・調査・連邦資金の取り消しをも可能とする厳格な制度が導入された。これは外国の影響力排除を狙うものであり、従来の「自主的開示」から「強制的透明化」へと政策が転換したことを意味する。

 2025年7月にはNSFが研究セキュリティ政策を改訂し、研究者に対して研究セキュリティ研修や「悪性外国人材招聘プログラム(Malign Foreign Talent Recruitment Program)」への非関与認証を義務化した。加えて、中国政府の文化・語学普及機関として世界各地の大学に設置されてきた孔子学院との関係を断ち切り、運営資金やプログラムを別組織に移管したほか、外国からの資金支援に関する報告制度(FFDR)を更新するなど、外国との関係性に関する規律が大幅に強化された。

 第二次トランプ政権は研究資金配分そのものに対しても大規模な見直しを加えている。2025年初頭には大統領府管理予算局(OMB)から助成金の一時停止が指示され、NSFやNIHにおいて支払いが停止される事態が発生した。これによりNSFでは研究者や職員の大量解雇、組織の混乱、所長の辞任といった深刻な影響が生じた。加えて、NIHの間接経費率に上限(15%)を設けるなど、資金供与の在り方自体が大きく制約されつつある。

 2025年2月の大統領令14151では、研究助成申請に特定の語句(例:「gender」「LGBT」「disability」など)が含まれる場合に審査上の制限が課される制度が導入され、多様性・公平性・包摂性を重視するDEI(Diversity, Equity & Inclusion)やジェンダー関連研究は、社会科学分野で重視されつつあるものの、資金対象からは排除されやすくなった。 このような制度変更の結果、特に中国出身や中国と研究関係のある研究者は、過去の共同研究や受賞歴、名誉称号などが申告対象となりうるため、形式的な記載漏れでも重大なリスクを抱えるようになっている。こうした動きは、研究者に対して研究の透明性を求めるものである一方で、特定の国籍や民族的背景をもつ研究者に対する過度な萎縮効果を招いているという批判も根強い。

3. 米国への留学の行方に注目

 一方、実際米国に在籍する留学生数は増加しており、全体的には「選別を強化しつつも受け入れ枠は維持する」方針が見て取れる。

 2024年11月に発表された「Open Doors Report 2024」によると、米国の高等教育機関に在籍する国際学生の総数は112万6690人に達し、前年から7%増加して過去最高を記録した。この増加は主にインド、ブラジル、韓国など多くの国からの留学生の増加によるものである。

 中国からの留学生数は27万7398人となり、前年度比で4.2%減少したが、それでもなおインドに次いで米国への留学生数で第2位を維持している。中国からの留学生数の減少は主に新規入学者数の減少によるものであり、政治的緊張やビザ発給の厳格化が影響しているとみられる。

 専攻分野別の詳細な統計は明示されていないものの、CCG「中国留学報告2024-2025」では、5割近くの中国人学生が米国でSTEM分野を専攻しているとした。

 また、米国移民関税執行局(ICE)の「SEVIS by the Numbers 2023」によれば、2023年のSTEM OPT(実地研修)プログラムには12万2101人が参加し、そのうち約23.7%(約2万9000人)が中国人学生だった。これはインドに次ぐ規模であり、中国人はSTEM OPTにおける主要な参加者グループの一つを形成している。

 地域別では、中国本土からの学生数は減少傾向にある一方で、マカオ、台湾からの留学生数は増加傾向が続いている。

 総じて、中国人留学生は数的には減少しているものの、米国の国際学生コミュニティにおいて依然として重要な存在であり、特に科学技術分野での人材供給源として高い価値を持ち続けており、今後の趨勢が注目される。

二、中国の対応:人材の「呼び戻し」と「自立化」

1. 中国では積極的な海外優秀人材誘致政策を展開中

 米国のビザ等での対中規制が進んでいる中、中国は、どのように対応しているのか。

 中国政府は2008年以降、「千人計画」などを通じて、海外で学位・研究経験を有する高レベル人材の帰国を促進してきた。2020年代に入ってからは、科学技術・戦略的新興産業における人材確保の必要性が一層高まり、これらの人材招聘政策が再び活性化されている。

 中国の人材会社である「知連招聘」が公表した「中国帰国就職調査報告書(2024)」によると、2024年における帰国人材の就職希望者のうち、修士学位保持者の割合は79.3%に達し、学士(18.0%)および博士(2.7%)を大きく上回っている。全体として学歴水準が継続的に上昇していることが明らかである。ただし、図の通り、帰国者の多くは修士卒であり、博士卒といっても博士課程修了後の若手・テニュア(終身雇用資格)前のポスドクや助教層が中心と思われる。米国でテニュアを取得し、雇用と待遇が安定している米国での中国系研究者は、帰国動機が相対的に低いため、帰国が非常に限られていると推測する。

図 帰国人材の就職希望者の学歴分析(2024)

出典:教育部留学サービスセンター「中国帰国就職青書2024」

 さらに教育部留学サービスセンターの「中国帰国就職青書2024」では、学位取得国においても変化が見られ、2023年時点で博士号取得者の約53.1%がアジア地域(香港、日本、シンガポール等)で学位を取得しており、北米での取得比率(16.3%)は低下傾向にある。これは、国内就職状況や学歴重視の傾向がある中で、近隣のアジアの大学が選択されているようであるが、米国におけるビザ制限や研究資金審査の厳格化の影響を受けた形でもある。

 帰国者の就職先は北京や上海のほか、広東省・江蘇省などの大都市に集中しており、中国国内の大学や研究所、AI・半導体などの国家戦略企業が主要な受け皿となっている。また、中国ユニコーン企業の創業者のうち32.2%が留学帰国経験者であり、人的資本としての価値が国家発展戦略に組み込まれていることがうかがえる。

 米中間における科学技術・高等教育分野の人材政策は、ますます競合的になりつつある。国家安全保障、経済安全保障の政策を軸として、両国は互いに様々な制度的制限や監視を強化させ、そのような中で中国は、より自国の戦略に集中した人材の獲得を目指し、留学生・研究者についても帰国の促進を図ることにより、グローバルな人材競争で優位に立つことを狙っている。

 ただし、帰国者の多くは米国でのキャリア形成初期段階の若手研究者であり、米国での安定した地位(テニュア)を持つ高キャリア層の帰国は限定的であることから、中国における人材回流政策の効果と影響は主に若手層の動向に依存している。このような構造的変化は、今後の国際共同研究や学術モビリティにとっても重大な影響を及ぼす可能性があり、制度の設計と人材戦略のバランスが問われる局面に入っている。

2. 研究費の国内重点配分と海外帰国者の受け皿整備の加速

 中国国内では、中国人人材の呼び戻しやハイレベル人材の誘致政策に合わせ、海外帰国者の受け皿整備を着々と進めている。

 中国国家自然科学基金(NSFC)は2022年度以降、資金配分の重点化をさらに推進している。特に、「双一流」大学や国家重点実験室、AI、量子情報、半導体、新材料、バイオ医療といった戦略的重要領域に資金を集中させ、研究の国際競争力強化を図っている。

 この重点化は、資金配分の方法論にも変化をもたらしており、自由探索型の一般プロジェクトに対する資金比率を縮小する一方で、国家重大科学技術プロジェクトや重点類研究課題、省部共建型の共同基金枠など、トップダウン型資金の拡充が進められている。また、若手研究者向けの「青年科学基金」も選抜基準が引き上げられ、将来の研究リーダーを見据えた戦略的配分が強化されつつある。

 このような資金制度改革は、同時に海外からの高技能人材の受け入れ体制強化と密接に連動している。具体的には、NSFCと連携した「卓越青年科学基金(優青B類)」や「高層次人材特別支援計画」などの枠組みを通じて、帰国人材が主導する研究プロジェクトが重点的に評価されている。また、複数の地方政府(例:広東省、江蘇省、上海市)ではNSFC採択者に対して地方資金を上乗せする「マッチング資金」制度が整備され、帰国後すぐに研究室を立ち上げられる環境が整いつつある。

 研究インフラの面でも、清華大学や北京大学などの先進的大学を中心に、国際水準のコアファシリティ(共用研究設備)やAI・量子分野の実験施設が次々と整備されている。待遇面でも、優秀な海外人材向けに、准教授クラスで年収30万〜50万元(日本円で約600万〜1000万円)に相当するポストが設置され、住宅手当、子女の国際学校入学支援など生活環境整備も加速されている。科学技術成果の事業化を目指す起業人材には「国家級ハイテク企業」認定や、研究成果のインキュベーションを支援する国家・地方の政策ツールが提供されている。中国の研究基盤強化と人材政策が一体的に進められていることがうかがえる。

3. 研究体制の内製化と国外依存の抑制

 米国の対中規制強化や地政学的リスクの高まりを受け、中国の大学や研究機関は米国依存の軽減を目指し、欧州諸国、シンガポール、韓国、日本、さらに中央アジア諸国などとの多国間連携を積極的に拡大している。一方で、国内における基礎研究および応用研究体制の内製化(自立)を目指し、国家重点研究機関や省レベルの研究プラットフォームの整備、研究者育成プログラムの高度化、ポスドク制度の制度化・支援拡充が急速に進められている。

 これには、第14次5か年計画や双循環戦略等が背景にあり、研究・人材の国外依存を段階的に抑制しようとする狙いが働いている。ポスドク人材については「ポスドク(博士後)流動制度」の整備とともに、協同育成モデルや待遇支援制度が導入されており、研究者の国内循環と定着が政策的に支援されている。

 また、量子コンピュータやAI、合成生物学など先端分野では、国家戦略に基づく研究拠点の設置と投資が加速している。例えば、合肥を拠点とする「量子情報国家実験室」では通信・計算両面で国際競争力のある研究が進められ、北京の「智源研究院」では大規模AIモデルの独自開発やチップ設計が注目されている。こうした研究体制の強化に加え、実験装置や研究材料の「輸入依存」を解消すべく、自主設備開発に対する認定・支援制度も強化されている。

 このような内製化努力と並行して、対外科学技術協力の方針も見直されつつある。米国との制約が強まる中、中国はグローバルサウスとの協力を拡大しており、特に一帯一路構想下での農業・エネルギー・気候技術分野の共同研究センター設置が進められている。とはいえ、先端半導体やデュアルユース技術では外国からの調達が依然難しく、自主イノベーション能力の飛躍的向上と外部依存の最小化という二軸を同時に推進する必要性が今後も継続する見込みである。

三、中国人留学生の動向:変わる「留学地図」

1. 留学志望先の多様化と英国の人気

 米中関係の緊張により、中国人留学生の選択肢にも変化が起きている。

 留学生サービスセンター(教育部所管)が主催する2025年中国留学フォーラム(CSAF)で公開された「中国海外留学生青書(2025)」によれば、中国人の希望留学先環境ランキング評価で1位は米国から英国に入れ替わり、米国は4位に下落した。

 大手留学エージェンシーの新東方は、2015年から2024年までの10年間蓄積したデータをベースに2024年に「中国学生出国発展報告」を公開したが、2015~2019年までは、米国が優れた教育資源と強力な教育力を背景に、多くの中国人学生を惹きつけ、留学先として選ばれていたが、2020~2024年では、英国がより短い修学期間と比較的安定した政治環境を武器に、米国に代わって最も人気のある留学希望先となったと分析した。

 英国は、Brexit以降に留学生受け入れを戦略的に強化しており、2022年度には前年比12%の増加、2023年にも高い伸び率を記録した。これは、英国政府による「ポストスタディワークビザ(Graduate Route)」制度導入や、大学による留学生支援の充実が奏功した結果とされる。

 中国の大手シンクタンク、中国グローバル化センター(CCG)が公開した「中国留学報告2024-2025」によれば、中国人留学生の留学先として、まだ数的には米国が1位であるが、全体で占める割合は以前に比べ減っており、その代わりに、英国を筆頭に、カナダ、オーストラリア、ドイツ、フランスなど英語圏及び欧州主要国の人気が高まっている。また、シンガポール・日本・香港・マレーシアなどアジア諸国への留学志望も上昇傾向にあり、中国人学生の進学先は多様化の傾向を示している。なお、マレーシアやタイ等の国の上位ランクインは、「一帯一路」政策推進の成果だと分析されている。

 米国への留学が敬遠される背景には、本文でも触れているが、F-1ビザ審査の厳格化、安全保障上の懸念から特定大学出身者への警戒強化、そして米中対立の長期化に伴う社会的・心理的リスクがある。さらに、「China Initiative」の影響などにより、中国人学生の間に不安や警戒感が広がっており、学生やその家族の間で「より安心して学べる環境」への志向が高まっている。

 こうした動向は、中国人学生の留学目的やキャリア戦略の変化とも連動しており、学費や生活費の負担、卒業後の就職機会、滞在可能年数などを総合的に評価して進学先を選ぶ傾向が強まっている。加えて、英語で学べる学位プログラムを提供するドイツ・フランス・シンガポールなども「費用対効果」に優れた選択肢として台頭しており、中国の国際教育市場における多極化が進んでいる。

2. 留学分野の変化と教育スタイルの多様化

 STEM分野は、依然として多くの中国留学生が選ぶ専攻分野であり、米国が高い人気を誇る。

 ただ、人文社会科学や経済・経営分野では米国離れが明確に見られ、英国や欧州諸国への志向が強まっている。特にフランスが人気だが、CCG「中国留学報告2024-2025」によれば、2022〜2023学年度において、フランスに留学する中国人学生のうち6割以上が人文・社会科学を選んだという。

 また、コロナ禍以降の教育様式の変化も中国人留学生の動向に影響を及ぼしている。オンライン学習やハイブリッド型教育の普及により、短期留学や交換留学のニーズが高まると同時に、物理的な渡航を伴わない学習形態が拡大している。これに伴い、NYU上海校やデューク昆山大学、西交利物浦大学といった中外合作大学や、国内大学の国際連携プログラムに注目が集まり、国内にいながら国際的な教育を受ける「グローカル(グローバル+ローカル)」な学習モデルが広がっている。

 さらに、近年では実務スキルやキャリアとの直接的な関連を重視する傾向が強まり、AI、データサイエンス、ESG、国際経営などの分野で欧州やアジアの大学が提供する短期集中型プログラムや社会人向け修士課程への需要も拡大している。

3. 留学生の心理的障壁と安全懸念

 CCG「中国留学報告2024-2025」では、米国の調査を紹介し、「中国人留学生のうち68%がキャンパス外で国籍を理由に差別を受けた経験があり、60%は学術環境においても同様の差別を受けたことがある。また、16%はAIツールの使用について根拠なく非難された経験がある」とした。特に2023年以降、政治的緊張の高まりや中国人留学生を対象とした人種差別事件がメディアから多く報道されるようになり、中国人学生が孤立感や安全不安を訴えるケースが増え、特に留学初期の学生においては、精神的ストレスが学業成績や生活適応に影響を及ぼしている。こうした心理的障壁は、留学先選択や留学意欲の低下につながり、留学生の米国離れを加速させている。

 総じて、中国人留学生の「留学地図」は、大きな変貌を遂げている。米国への留学が減少する一方で、英国やカナダ、オーストラリア、欧州諸国、シンガポールなど多様な国・地域への志望が高まり、学習分野や教育スタイルも多様化している。心理的・社会的な安全懸念が依然として課題であり、教育機関の対応力が今後の留学生誘致において重要な要素となる。

 米中対立は当面続くと見られ、学術交流の緊張は解消が容易ではない。しかし、科学技術の進歩や社会課題の解決に国境を超えた協力は不可欠である。中国は自国の科学技術力向上を急ぐ中で、海外人材の帰還を促進し、研究人材の内製化を推進している。一方、米国は安全保障上の懸念と開放性のジレンマに直面している。英誌ネイチャーが、2025年3月に、米研究者1600人以上を対象に実施した調査で、研究活動への締め付けを強めるトランプ米政権を理由に「米国を離れることを検討している」と回答した割合は75%に上った。若手の研究者は特に移動を検討する傾向にあった。米国も人材流失が懸念される。

 こうした状況下で、日本や欧州など米中摩擦に中立的な立場の国が、国際的な「知の橋渡し」としての役割を強化することが、グローバル科学の持続的発展にとって重要である。

参考資料

 

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