【25-16】中国科学院・中国工程院、2025年度の院士候補を発表 若手が大幅増
松田侑奈(JSTアジア・太平洋総合研究センター フェロー) 2025年09月17日
中国には、最高レベルの科学技術学術機関として、中国科学院(CAS)と中国工程院(CAE)が存在する。両院では、科学技術分野で卓越した業績を挙げた専門家に対し、「院士」(アカデミー会員に相当)という称号を授与しており、中国科学院は自然科学、基礎科学の分野を中心に、中国工程院は工学・技術開発分野を中心にそれぞれ選出する。中国では、この二つを総称して「両院院士」と呼ぶ。両院院士は中国の科学技術分野における最高水準の学術称号制度であり、学術的栄誉に留まらず、国家戦略や産業振興に対する影響力も有している。
院士は、国内外の専門家や既存の院士による推薦を経て、厳格な審査委員会による業績評価が行われ、最終的に国家によって選出される。選ばれた者は終身称号を授与され、国家プロジェクトや政策立案への助言などにも参画することが多い。
この制度の目的は、国内外の科学技術の発展を促進するとともに、優秀な人材を顕彰し、政策立案や技術戦略への助言に生かすことである。また、若手研究者や技術者にとっての模範となり、科学技術人材育成を牽引する存在にもなる。
院士の選抜は隔年(主に奇数年)に実施され、推薦・審査・選考の手続きを経て、新たな院士が最終的に確定される。
両院のホームページによると、現在、中国科学院の院士は870名、中国工程院の院士は956名である(今回候補が発表となった新任の院士は11~12月に公開となる)。中国科学院においては、数学・物理(162名)、技術科学(157名)、生命・医学(155名)など、基礎科学および先端科学分野の比重が大きい。一方、中国工程院では、情報・電子(139名)、機械・輸送(132名)、医薬・保健(132名)など、産業および医療の応用分野に院士が集中している。
2025年8月20日、中国科学院と中国工程院はそれぞれ、院士追加選出における候補者名簿を公表した。中国科学院の有効候補者は639名(特別推薦の有効候補者50名を含む)、中国工程院の有効候補者は660名(特別通道[1]の有効候補者43名を含む)である。
今年の院士候補を見ると、若手科学者と新エネルギー・AIなど戦略分野の人材が多く含まれている。分野別では、中国科学院では生命・医学(125名)、化学(105名)、技術科学(104名)が目立ち、中国工程院では医薬・健康(91名)、土木・建築(91名)、農業(83名)が多い。世代交代と産業ニーズが同時に反映されている。
一、平均年齢の低下と若手研究者の増加
最近5回(2015~2023年)の両院院士の追加選出における平均年齢は約57歳であり、徐々に若返りの傾向が見られる。年齢別では、55~59歳の院士が最も多く、過去5年間で119名がこの年齢層で追加選出されている。次いで、60~64歳が54名、50~54歳が42名である。
注目すべきは、男性院士の平均年齢は3回の追加選抜でいずれも57歳で安定しているのに対し、女性院士には明確な若返りの傾向が見られることである。具体的には、2019年の平均59歳、2021年の60歳から、2023年には55歳に低下している。また、院士に選出された時点で50歳未満の科学者も増加しており、2023年には従来の3名から6名に増え、最年少は45歳であった。
さらに今年の候補には、「80後」と呼ばれる1980年以降生まれの若手研究者も含まれている。中国科学院の名簿には、1985年生まれの数学専門家・劉一峰氏(浙江大学)や医学専門家・王殳凹氏(蘇州大学)など30代後半の研究者が名を連ねており、古代DNA研究で世界的成果を挙げた付巧妹氏(41歳)も含まれている。
二、戦略産業・先端技術分野に集中
先端技術分野の研究に従事する研究者の名前が多く並ぶ。特に新エネルギー、3Dプリンティング、人工知能など戦略分野の人材多い。「新三種」と呼ばれる太陽光・バッテリー・電気自動車分野で、比亜迪(BYD)の廉玉波氏や寧徳時代(CATL)の呉凱氏など企業研究者が再び候補に挙がり、光発電企業である隆基(LONGi)の李振国氏も含まれた。また、3Dプリンティングの湯慧萍氏やAIの朱松純氏など先端技術分野の研究者も名を連ね、技術覇権競争に直結する研究の重要性が反映されている。
三、名門大学に集中する一方、非「双一流」大学からも
院士候補の出身校は全部で180大学となっており、清華大学(58名)、北京大学(55名)、浙江大学(39名)の順となっている。一方で、非「双一流」大学からも例外的に候補者が含まれており、陸軍軍医大学、首都医科大学(各5名)、昆明理工大学(5名)などが該当する。補足すると、中国の「双一流大学」は、2015年に国務院が推進し、2017年から施行された国家戦略に基づいて指定された大学であり、2025年時点で147校が該当する。非「双一流大学」はこの名簿に含まれない一般高等教育機関で、約694校が存在する。
| 出典:MBACHINA「2025院士增选前瞻:周期缩减、明确配额」 | |||||
| 学部 | 2015 | 2017 | 2019 | 2021 | 2023 |
| 数学・物理学部 | 11 | 11 | 11 | 12 | 10 |
| 技術科学部 | 11 | 12 | 15 | 13 | 12 |
| 生命科学・医学部 | 12 | 13 | 10 | 10 | 11 |
| 地学部 | 10 | 10 | 11 | 9 | 8 |
| 化学部 | 9 | 9 | 10 | 11 | 10 |
| 情報技術学部 | 8 | 6 | 7 | 10 | 8 |
| 出典:MBACHINA「2025院士增选前瞻:周期缩减、明确配额」 | |||||
| 学部 | 2015 | 2017 | 2019 | 2021 | 2023 |
| 情報・電子工学部 | 8 | 8 | 9 | 10 | 10 |
| 機械・輸送工学部 | 9 | 9 | 10 | 11 | 10 |
| 医薬・保健学部 | 7 | 7 | 10 | 11 | 11 |
| エネルギー・鉱業工学部 | 8 | 7 | 9 | 9 | 8 |
| 化学・冶金・材料工学部 | 9 | 9 | 9 | 8 | 9 |
| 土木・水利・建築工学部 | 8 | 8 | 8 | 10 | 8 |
| 農業学部 | 9 | 8 | 7 | 10 | 10 |
| 環境・軽工業工学部 | 6 | 6 | 7 | 8 | 8 |
| 工程管理学部 | 6 | 5 | 6 | 7 | 0 |
両院院士の候補に30~40代の若手科学者が増えていることから、世代交代が着実に進行しており、中国の科学技術分野における人材の新陳代謝が加速していることが明らかである。これにより、研究の活力向上や新しい視点の導入が期待される。
戦略分野の人材が数多く候補に含まれていることは、国家レベルでの技術覇権競争や産業革新の重要性が強く意識されていることを示している。特に新エネルギー分野やAIなどの先端技術分野では、学術的成果だけでなく、産業応用や国際競争力の強化にも直結する人材育成が進められている。
非双一流大学からも候補者が含まれている点は、伝統的な名門大学に偏らない人材登用の柔軟性を示している。一般高等教育機関からの登用が例外的ではあるものの認められることにより、多様な学術・研究環境からの才能の発掘や、地域・分野のバランスを意識した人材育成が進められていることがうかがえる。
こうした若手・戦略分野・非双一流大学出身の院士登用が、国内の科学技術政策や産業戦略にも影響を与えると考えられる。政策提言や国家プロジェクトへの参画を通じて、技術革新の方向性をリードするとともに、大学や研究機関における次世代人材の育成にも波及効果をもたらすことが期待される。また、産業界との連携強化により、基礎研究から応用研究まで一貫した技術開発体制の整備も進む可能性がある。2025年の院士候補の特徴は、世代交代と戦略産業ニーズ、さらに多様な大学背景を同時に反映するという三重の意義を持ち、中国の科学技術発展における長期的方向性を示す重要な指標であるといえる。
[1] 「特別通道」とは、中国工程院が特定の分野において重要とされる優秀な人材に対して設けている特別推薦枠を指す。
参考資料
- 1. 中国教育在線「37位高校领导冲击院士!2025两院院士增选有效候选人最新统计出炉」
- 2. 紅星新聞「今年两院院士增选观察:入围者有"85后"青年科学家,有AI企业科研人员」
- 3. MBACHINA「2025院士增选前瞻:周期缩减、明确配额」
- 4.南方医科大学「近五年我国两院院士增选情况」
- 5.中国工程院「中国工程院院士增选工作实施办法」
- 6.中国科学院学部「中国科学院院士增选工作实施办法(试行)」