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【25-18】中国が「Kビザ」を導入-新たな人材誘致戦略か?

松田侑奈(JSTアジア・太平洋総合研究センター フェロー) 2025年10月20日

 中国は科学技術の自立自強を掲げ、海外人材の誘致に向けて、さまざまな政策を打ち出している。外国人が商取引、観光、就労、学習、生活などの目的で訪中しやすいよう、ビザ利便化策も継続的に進めている。2024年12月には、国家移民管理局がトランジットビザ免除政策を全面的に見直し、外国人のトランジット滞在可能日数を10日間に延長するとともに、適用する省(自治区・直轄市)を24か所に拡大した。2025年7月17日までに、中国は29か国と相互完全ビザ免除を実現し、さらに46か国に対して一方的なビザ免除を実施するなど、免除対象国の「ネットワーク」を着実に広げている。国家移民管理局のデータによれば、今年1~8月に免除措置で入国した外国人は1589万人に上り、入国外国人全体の62.1%を占め、前年同期比で52.1%増加した。こうした中、科学技術分野で活躍する外国人若手人材を誘致するため、新たに「Kビザ」が創設された。

一、Kビザの概要

 2025年8月7日、中国国務院は「外国人出入国管理条例」を改正し、既存の12種類のビザに加え、外国人の若手科学技術人材を対象とする「Kビザ」を新設した。改正された条例は10月1日より施行された。

 記者会見で政府はビザの新設理由について、「科学技術は第一の生産力であり、人材は第一の資源であり、イノベーションは第一の原動力である。中国は、より積極的かつ開放的で、より効果的な人材政策を実施する必要がある。中国共産党第20期中央委員会第3回全体会議(第20期3中全会)では、国際競争力を備えた人材制度体系の構築に関する方針が示された。中国の発展には世界の人材の参加が欠かせず、一方で中国の発展は世界の人材に多くの機会を提供する。新時代の『人材強国戦略』を一層推進し、外国の若手科学技術人材の来中をより容易にするとともに、国際的な協力・交流を促進するためビザを新設する」と説明した。

1)Kビザの発行対象:

・中国内外の著名な大学や研究機関を卒業し、科学・技術・工学・数学(STEM)分野の学士号以上を取得した者。

・または、これらの機関で関連する専門教育や研究業務に従事したことのある若手外国人科学技術人材。

・年齢は、18~45歳が対象。

2)優遇政策:

 Kビザは、年齢と科学技術関連の学歴(または職歴)以外に特別な申請要件がなく、雇用先や保証人がなくても申請できるのが最大の特徴である。政府の記者会見では、Kビザの場合、他ビザに比べ、入国回数、有効期間、滞在期間の面で保持者に大きな利便性を提供しているとし、ビザの審査期間は最短15日、有効期限は5年のマルチエントリービザだとした。

 保持者は入国後、教育・科学技術・文化分野での交流や、起業・ビジネスなどの活動に従事できる。中国国内での雇用契約やオファーがなくても、個人の資格で申請が可能である。就職内定がなくても入国、居住、就労を認めるという点は、他国での雇用機会の代わりを探している外国人若手科学技術人材にとって魅力的であろう。

 今回の措置は、中国の「グローバル人材戦略」の重要な強化策と位置づけられ、外国人の中国への参入障壁を下げ、活動の幅を広げるとともに、中国がグローバル人材市場で新たな主導権を握ろうとする取り組みとも考えられる。

表1 中国のビザの類型
出典:中国領事服務網「中国签证的种类及其颁发对象?
ビザの種類 対象
Cビザ 国際列車の乗務員、国際航空機の乗務員、国際航行船舶の船員およびその家族、国際道路輸送車両の運転手
Dビザ 中国で永住を希望する外国人
Fビザ 交流・訪問・見学・視察などの活動のために入国する外国人
Gビザ 中国を経由(トランジット)する外国人
J1ビザ 中国に常駐する外国報道機関の記者
J2ビザ 短期取材のため入国する外国記者
Kビザ 外国の若手科学技術人材
Lビザ 観光目的で入国する外国人(団体観光の場合は団体Lビザも可能)
Mビザ 商業・貿易活動のために入国する外国人
Q1ビザ 中国国民(または永住権保持者)の家族が長期滞在目的(家族再会・委託など)で入国する場合
Q2ビザ 中国国民(または永住権保持者)の家族を訪問するための短期滞在
Rビザ 国家が必要とする高度人材・専門人材
S1ビザ 中国に長期居住する外国人の配偶者・親・未成年の子ども・配偶者の親などが長期滞在を目的に申請するビザ
S2ビザ 中国に居住する外国人家族の短期訪問、その他個人事情での短期滞在
X1ビザ 長期間(180日以上)の学業を目的とする学生
X2ビザ 短期間(180日以下)の学業を目的とする学生
Zビザ 就労を目的とする外国人

二、米国のH-1Bビザとの比較

 中国のKビザの新設で、米国のH-1Bビザを思い出す人も多いのではないか。

 米国のH-1Bビザも、優秀な技術分野の人材を誘致するための就労ビザで、主にIT、エンジニアリング、医療分野の人材が対象となるが、大卒以上の学位やそれに相当する専門知識が求められる。H-1Bビザには選ばれる割合が低いことや、雇用主への依存、職場の移動制限など構造的な制約があるが、中国のKビザは雇用契約の条件がなく、自由に就職や起業活動を行うことができる。

表2 中国のKビザと米国のH-1Bビザの比較
出典:インターネットなどの公開資料に基づき筆者が作成
項目 中国 Kビザ 米国 H-1Bビザ
対象 若手科学技術人材(STEM分野など) 技術人材、専門職に従事する学位保持者
申請条件 個人資格で申請可能、中国国内の雇用契約不要 雇用主のスポンサー必須、個人では申請不可
滞在期間 単一入国180日、最大5年 初回最長3年、延長で最大6年
目的 就労、起業ともに自由。教育・科学技術・文化交流、起業・ビジネス全部可 就労に限る。職業、雇用先が変わったら再申請が必要
家族帯同 明示なし 配偶者・21歳未満の子どもはH-4ビザで帯同可能
申請の容易さ 人数制限なし。個人申請可能で比較的容易 年間枠8万5千人。雇用主の申請・抽選制のため競争が激しい
優先度・戦略 中国のグローバル人材戦略の一環で、外国人参入の障壁を下げる 米国の専門職人材確保が目的で、雇用市場に基づく制限あり

三、Kビザへの評価

(1)国際的な評価

メディアで報道された通り、米国のトランプ大統領は9月19日、H-1Bビザについて、雇用主に年10万ドル(1ドル=約150円)の手数料を課す大統領令に署名した。これにより、科学技術人材の米国渡航のハードルは一気に上がった。一方、中国のKビザ導入は対照的な動きといえる。米国が外国人の留学や就労の門戸を狭める中で、中国は世界から高度人材を獲得する狙いがあるとみられる。

 ロイター通信の記事(詳細は参考資料4)によると、豪州の元外交官でストラテジストのマイケル・フェラー氏はKビザについて、「米国がH-1Bビザ政策で手数料を上げるタイミングで中国がKビザを導入したのは絶妙だ」だとコメントし、中国の大学に在学するインド人学生からは「柔軟で手続きが簡便なビザを求めるインド出身のSTEM専門家にとって、非常に魅力的な選択肢だ」との声もあった。

 カナダ・アジア太平洋財団はインサイト記事(詳細は参考資料5)で、中国のKビザが東南アジア、インド、欧州、米国などのSTEM分野の若手専門家から関心を集めていると指摘しつつ、もしKビザが米国のH-1Bビザのように永住権を付与する制度であれば、移住をためらう人々の背中を押す要因になるだろうと分析した。

 また、キルギスのジョオマルト・オトルバエフ元首相は、CGTNのインタビュー記事(詳細は参考資料6)で、Kビザは中国の大学や研究機関などが利用できる人材プールの多様化につながる取り組みであり、北京市や上海市以外で専門人材の誘致に苦慮している中小都市にとって朗報だと述べた。

(2)国内の懸念

 しかし、こうした国際的評価とは対照的に、中国国内の若手からは懸念や批判の声も上がっている。国内の若手は、就職氷河期の影響で就職に苦戦しており、外国人向けビザの新設によって競争がさらに激化し、自分たちの雇用機会が奪われるのではないかと懸念している。実際、Kビザ新設のニュースが公開された後、SNS上では「移民流入」というワードがトレンド入りし、H-1Bビザ申請者の7割がインド人であることから、中国でもインド人の増加が予想され、差別的なコメントや否定的な意見が多数見られた。景気停滞の状況下で、「外国人優遇」措置は理解不能との意見も多かった。

 中国のエコノミストである陸鳳明氏(詳細は参考資料7)は、中国や日本、韓国など多くの東アジア諸国は、歴史的に単一民族による国家運営を行ってきたため、民族に関係なく資格を満たすすべての人に開かれたKビザに対して、中国人が一定の抵抗感を抱くのは自然なことだと指摘しつつも、一方で、人材規模は世界最大であるものの、中国は製造業などにおいてハイレベル人材の不足に直面しており、今後のKビザの鍵となるのは、ビザ政策実施の公平性と有効性を担保するための、透明かつ公正な制度的枠組みを確立することであると分析した。

(3)Kビザの課題と期待

 それでも、中国のKビザは、外国の若手科学技術人材を誘致するための新たな施策として大きな期待を集めている。特に、雇用主のスポンサーを必要とせず、柔軟に就職や起業活動が可能な点は、米国のH-1Bビザと比較して大きな魅力である。H-1Bビザは申請者に対して承認率が低く、雇用主への依存や職場の移動制限といった構造的な制約があることから、Kビザはインド人や海外の中国系STEM人材にとって、柔軟で効率的な代替手段となり得る。

 一方で、Kビザにもいくつかの課題が存在する。中国政府のガイドラインでは、学歴、職歴といった要件が曖昧に示されており、延長可否や金銭的インセンティブや永住権、家族帯同に関する条件も明確ではない。また、言語の壁も大きく、中国語で業務を行う企業が多いため、外国人が活躍できる機会には限りがある。さらに、政治的緊張や国内世論の反発も、Kビザの活用に影響を及ぼす可能性がある。

 しかし、中国がKビザを通じて世界の高度人材を引き付けることができれば、最先端技術分野での競争力を高める効果が期待される。近年では海外のトップ大学や研究所出身の研究者、さらにシリコンバレーや米国の大手AI企業などで活躍していた人材が、中国の大学や企業に参画するケースが増えている(下記表3参照)。例えば、ハーバード大学ブロード研究所出身の陳則宇氏は北京大学で海外科学者のチームを構築し、UCLA教授の朱松純氏は北京大学人工知能研究院の院長として中国における汎用AI研究拠点を整備している。また、シリコンバレー出身の李沐氏はAWS上海AI実験室に参加し、グローバル規模の機械学習システムの実用化に貢献している。このように、Kビザは海外人材を誘致し、国内研究・技術力を強化する実例を生んでいる。特に、米国で国際的人材の受け入れを制限する動きがある中で、中国は国際的な人材獲得において有利な立場を得る可能性がある。実際、外国人研究者や学者の一部は、米国の大学を離れて中国の大学や企業に参画する動きを見せており、Kビザはその流れを後押しすることが可能だ。

表3 中国メディアが公開した近5年の帰国人材
出典:新浪科技「归国潮涌!海外科学家密集回国
区分 名前 帰国前の所属・役職 帰国後の所属・役職 意義
世界トップ大学及びTOP100研究所出身 陳則宇(Chen Zeyu) ハーバード大学医学部
ブロード研究所
北京大学 基礎医学部
助教授/研究員
海外科学者の誘致
協力的なチームを構築した
陳敏(Chen Min) パデュー大学
数学科 教授
寧波東方理工大学
専任教授
数学研究力を強化した
沈捷(Shen Jie) パデュー大学
計算応用数学センター長
寧波東方理工大学
数学科学院長
応用計算数学研究の拠点を構築した。
齊国君(Qi Guojun) 中国科学技術大学/
イリノイ大学博士
西湖大学
MAPLE実験室 リーダー
AI・マルチモーダル研究を強化した
劉暢(Liu Chang) プリンストン大学
天体物理学 博士
北京大学
物理学部 助教
基礎物理研究人材を確保した
馬毅(Ma Yi) カリフォルニア大学
バークレー校教授
香港大学 データサイエンス学部
学部長
コンピュータビジョン・深層学習の核心技術研究力を強化した
朱松純(Zhu Songchun) UCLA 教授
大型研究チーム運営
北京大学 人工知能研究院(BIGAI)
院長
中国における汎用AI研究拠を構築した
海外優秀企業・研究機関出身 李欽賓(Li Qinbin) シリコンバレー 科学者/グローバル上位2%科学者(2024年) 華中科技大学 コンピュータ学部
教授・博士課程指導教授
分散学習・大規模言語モデル技術研究に貢献
李飛飛(Li Fei-Fei) グーグルクラウド AI
チーフサイエンティスト
清華大学 智能産業研究院(AIR)設立に加わる AI倫理や技術発展を先導した
王威廉(Wang William) アマゾン Alexa
AI 研究員
浙江大学 教授、
大型言語モデル(LLM)研究責任者
中国における大型言語モデル研究を強化した
李沐(Li Mu) アマゾン AWS チーフサイエンティスト AWS 上海AI実験室に参加 グローバル機械学習システムの実用化に貢献
陳滬東(Chen Hudong) 米国国立工学研究所
公務員
浙江大学
エネルギー工学部 教授
プロセス工学の発展に貢献
張亜勤(Zhang Yaqin) 元マイクロソフト
グローバル副社長
清華大学
智能産業研究院(AIR)院長
AI産業化・エコシステム構築を主導

 総じて、Kビザは中国の「グローバル人材戦略」の重要な施策であり、今後の展開次第では、世界の若手科学技術人材にとって魅力的な選択肢となる。その一方で、言語、政治、制度面の課題をいかに克服するかが、実効性を左右する鍵となるだろう。

 

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