服部健治の追跡!中国動向
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【16-01】中国企業家の性格と行動様式

2016年12月12日

服部健治

服部 健治:中央大学大学院戦略経営研究科 教授

略歴

1972年 大阪外国語大学(現大阪大学)中国語学科卒業
1978年 南カリフォルニア大学大学院修士課程修了
1979年 一般財団法人日中経済協会入会
1984年 同北京事務所副所長
1995年 日中投資促進機構北京事務所首席代表
2001年 愛知大学現代中国学部教授
2004年 中国商務部国際貿易経済合作研究院訪問研究員
2005年 コロンビア大学東アジア研究所客員研究員
2008年より現職

1.中国企業の発展

 中国企業家の思考や行動を考える際、その枠組みを形成している中国企業の発展について説明しなければならない。1980年代半ばに中国経済を視察した東大の小宮隆太郎教授が有名な言葉を残した。「中国には企業がない」と。公司(コンス)といった組織はあっても、それらは「単位」であって、本来的な企業活動をする組織でないと看破した。戦略の自主的決定、自立した運営ができないがゆえに、そこには「経営」がないと見た。共産政権ができて以来、公司はモノを作り売っていても、一貫して国家の政策の命令で作業をしているだけにすぎず、もちろん経営者は生まれてこない。改革・開放が進展し、21世紀に入り、ようやく現代的な企業が成長し、同時に本格的な企業人が誕生してきた。

 1979年の実質的に改革・開放が始まってから3つのエポックがあり、それを私は「開国」と呼んでいる。「第1の開国」は毛沢東時代の2つの経済セクター、農村部の「伝統経済」と都市部の「統制経済」の解体である。それは改革政策では人民公社の解体、国営企業の改革、開放政策では特区や開放区の設置、合弁企業の認可、外国借款の受入などだ。改革とは集権的な経済システムを市場経済方式の導入により、分権的システムを創造しいく過程で、一言で言うと、中国語で「放権譲利」と言ってもよい。中央集権的な権限を手放し、国家が独り占めしていた利益を各組織に譲るということである。開放とは人、モノ、カネ、情報、技術を自由化し、国内市場と国際市場の連携を深めていく過程で、中国を国際分業の中におくことを決めたことである。「毛沢東モデル」の時代の「自力更生」の放棄だ。「第2の開国」は1992年の鄧小平による『南巡講話』でもっと市場経済をやれとハッパをかけ、「社会主義市場経済」という新政策が導入されたときである。「第3の開国」は2001年のWTO加盟で、国内の規制緩和、流通、物流、金融分野の開放が進展し、所有制構造の改革によって、とうとう私有制度も容認し、民営企業の強化も本格化する。

 WTO加盟以降のポイントは、企業競争力をどう高めるかにある。なぜなら市場経済の中核は企業活動であり、その中でも民間企業であるということが分かったからである。WTO加盟以降の今世紀には4つの段階がある。第1段階はWTO加盟それ自体によるショック療法だ。貿易の自由化や国内市場の規制緩和によって国内だけを見てぬるま湯につかっていた多くの中国企業を国際競争にさらすことによって鍛えることにした。

 第2段階は2002年11月の共産党第16回党大会で江沢民が提唱した「3つの代表」という方針で、民営企業を評価、重視することになり、民営企業家の入党を許可した。 

 第3段階は2004年3月の第10期全人代第2回会議で私有財産権の容認し、かつ不可侵と認め憲法改正まで行った。それは企業資産の尊重に繋がる。

 第4段階は2007年3月の第11期全人代第1回会議で物権法が制定され、これによって法的にも企業行動の独立が保証されるようになった。

 目覚ましい中国経済の発展を支えているのは、実は民営企業でなく約2万の国有企業である。市場経済といいながら、中核の産業は国家が掌握している。具体的には、銀行、保険などの巨大な金融機関、石油・天然ガス・電力などのエネルギー、鉄鋼、セメント、ケミカルなどの重要素材産業、さらに建設、交通、運輸、通信といった基幹産業を国が支配している。こうした状況を“国家資本主義”と称する研究者も多い。同時に今世紀の大きな特色は中国企業の海外投資が積極的に進められたことで、中国語で“走出去”(ZOUCHUQU)と言う。

 ちなみに2016年のFortune Global500には、中国企業が110社入り、更にベスト10には、2年前からアメリカを抜いて3社も入っている。国家電網公司(2位)、中国石油天然気集団(ペトロチャイナ)(3位)、中国石油化工集団(シノペック)(4位)である(参考として中国企業数は2014年95社、2015年98社。2016年の日本企業数は52社に減少したが、トヨタ自動車が8位に食い込んだ)。

 各産業分野でも有力な企業が台頭している。例えば、自動車の上海汽車や第一汽車、家電量販店では蘇寧電器、国美電器、家電ITのハイアール、レノボ、TCL、ハイセンス、華為(ホワウェイ)、ビールの雪花、燕京、青島、製薬の三九、製鉄の宝山鉄鋼、インターネットの百度(パイトゥ)、阿里巴巴(アリババ)、テンセントなどが有名である。 

2.中国人企業家の性質

 こうした中国企業の成長の中で、中国人企業家も進化を遂げてきた。彼らは2つの社会的要素の影響を強く受けている。一つは中国の長い文化的伝統・慣習からくる対人関係術である。それが企業家の思考、行動に影響している。あと一つは 中国も新興国であり、新興国が持っている一般的な性質が反映している。多くの新興国は契約社会でなく、前近代的な制度、法律の制約がある。それを学問的には「制度のすき間」(institutional void)と呼ぶ。具体的には、市場運営の非効率性や未熟性、不完全な法秩序(人治支配)、非公開の政策決定過程、クローニー経済(縁故経済)などである。

 中国人ビジネスパースンの気質を4つの枠で述べたい。第1はメンツにこだわることである。非を認めず、見栄が強い。評価されたら本気で頑張るという面もある。メンツ問題は国家間でも敏感である。

 第2は自己中心的なことである。他人への迷惑を考えない人が多く、ある企業が行った就職試験の性格テストの結果から、自己中心的な人は攻撃的特性も併せ持つ性向があることが分かっている。自分の利益が優先なので、会社に対する忠誠心は薄いといえる。しかし、上昇志向が強くよく勉強する。また、割り切りが速く、簡単に会社を辞める。これが離職率の高さに関係があるかもしれない。

 第3はタテ社会の強く影響を受けている。他人を信用しないが、しかし反面、親戚、学縁、職縁、同じ地方方言同士の信用のネットワークは大事にする。中国は基本的には学歴社会で組織の上からの指示はよく聞く。そのため常に上を気にする性向がある。古くからの王朝文化の名残なのか、権力の乱用は普通で、企業でもささやかな「職権」を得ると、それぞれの立場で「職権の乱用」が始まる。

 第4は人治社会の影響が強く、法律での解決は苦手なことである。公共意識の教育が弱いこともあり、公と私の区分の観念が薄い。だから法律よりも人間関係を重視する。中国の教育は自己責任を追求する傾向があり、逆に日本は連帯責任の教育が強いと言える。

 以上のような気質のなかで、中国の企業家の業務姿勢はどのような特色があるか述べたい。まず人に対する見方は、根源的に性悪説だと思える。日本人は性善説が強いといえる。仕事の姿勢は常に戦闘モードで、交渉においては自分の実力をアピールするきらいがある。交渉の仕方では“相手を殺さない”範囲で勝敗をつけ、 相手が恐れたり困ったりする弾を打ち出して譲歩を迫るやり方が多い。その基本にある行動原理では、勝つか負けるかにこだわるため、ロジックや裏付け、証拠よりも情報戦を徹底して展開して相手を打ち負かそうとする。意思決定はアップダウンで、組織的行動より、ある人をリーダーにして彼を中心に動く傾向が強い。また、直接上の上司よりも、もっと上の権限のある上司と接触したがる。全般的に言えることは、共通の利益のためには結束はするが、そこでも人間関係が優先する。日本と違い、幹部が前面に出て采配を振るう傾向がある。普段はあまり現場に出てこないのに、なにか新規事業をする時などは、人前によく出てくる。

 そのような業務姿勢の特色を有する中国人ビジネスパースンが一番悩むのは、日本企業の人事制度だ。日本企業の人事は秘密主義で、中国人はオープンを求め、年功序列でなく実力重視を求める。合理的な理由や評価を欲しがる傾向がある。

 最近の動向を見ていると、従来とは違った経営者が生まれてきている。それぞれの地元で成長してきた30歳代後半から50歳代の若手経営者である。その行動原理はいくつかの共通項がある。それは強烈な上昇志向、迅速な決定と行動力、現実的かつ合理的な思考、世界の一流の経営管理・技術・ノウハウの貪欲な吸収、競争原理導入による効率経営の重視、厳格で迅速な評価、信賞必罰の実践といった事柄である。

 中国では、1999年から大学の入学者数は急増し、近年毎年700万人近い大学生が入学している。また、毎年40万人以上の学生が留学している。その中でもアメリカ留学が急増しており、昨年は約30万人で外国留学生の中でトップである。反面日本人の留学生は毎年減少傾向にある。日中両国の青年の気質が現れていると思える。

 そうした中1980年代、90年代生まれの世代は、「八〇后」(パーリンホウ)、「九〇后」(チューリンホウ)と言われているのは周知のことで、彼らの思考、ライフスタイルは年配の中国人と異なる。今後のビジネス社会に影響していくと推測する。彼らは現在、大学生から35~6歳で、あと10年もすると中堅幹部になる。その意味でも注目しておくべきと考える。

 最後に一つのワッペンを示したい(別図参考)。これは2012年9月の反日暴動が中国全土で吹き荒れた時、青島(チンタオ)の黄島地区にあるイオン店の中国人店長が作ったものである。2階建ての広い店舗は暴徒に完全に破壊され、同年11月の再開のとき230数名の従業員に胸に付けさせ、お客さんを迎えた。多くの中国人従業員は家族、友人から日本企業で働くのは辞めた方がいいと説得されたそうだ。これに対して中国人店長は、このスーパーは日本企業であるが、日本のためにあるのでなく、黄島の住民のためにサービスするためにあるのだと説得した。230数名の従業員は一人も辞めなかった。そのような精神をもった中国人企業家も今、たくさん生まれてきている。中国では京セラ稲盛氏の稲盛塾も大盛況である。新しい経営者にも注目する必要がある。

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