林幸秀の中国科学技術群像
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【22-05】【現代編13】スティーブン・チュー~ノーベル賞を受賞し米国エネルギー長官としても活躍

2022年02月28日

林 幸秀

林 幸秀(はやし ゆきひで)
国際科学技術アナリスト ライフサイエンス振興財団理事長

<学歴>

昭和48年3月 東京大学大学院工学系研究科原子力工学専攻修士課程卒業
昭和52年12月 米国イリノイ大学大学院工業工学専攻修士課程卒業

<略歴>

平成15年1月 文部科学省 科学技術・学術政策局長
平成18年1月 文部科学省 文部科学審議官
平成22年9月 独立行政法人科学技術振興機構 研究開発戦略センター 上席フェロー(海外ユニット担当)
平成29年6月 公益財団法人ライフサイエンス振興財団 理事長(現職)

はじめに

 今回は、ノーベル物理学賞を受賞し、その後米国オバマ政権でエネルギー長官として地球温暖化対策などを指揮し、現在大学に戻って再び学究として活躍している中国系米国人のスティーブン・チューを取り上げたい。

学者一家に生まれる

 スティーブン・チュー(Steven Chu、朱棣文)は1948年に、米国ミズーリ州セントルイスで学者一家の次男として生まれた。

 チューの家系は、優れた学者や教育者を数多く輩出している。まず父親・朱汝瑾は、江蘇省太倉出身で、国立西南連合大学を1940年に卒業して米国に渡り、1946年にマサチューセッツ工科大学(MIT)で化学工学により博士号を取得した技術者・教育者であり、チューが生まれたときはセントルイスにあるワシントン大学の准教授であった。父方の祖父・朱祝年は、清朝時代に活躍した文人であり、洋務運動などを積極的に推進した。父の姉たちも、日本に留学したり米国に留学したりして、高い教育を受けて活躍している。

 母親・李静貞は天津出身であり、清華大学を卒業した後、MITで経営管理学を学んでいる。母方の祖父・李書田も著名な人物であり、米国コーネル大学に留学して水利工学を学び、辛亥革命後の国民政府の時代に技術者・教育者として活躍した。

 チューは三人兄弟の次男であるが、長男はスタンフォード大学の教授、弟は弁護士である。

高等教育

 チューは、生後まもなく父の転勤でニューヨーク州に移り、地元の高校卒業してロチェスター大学に進み、1970年に同大学から数学と物理学の学士号を取得した。その後、米国科学財団(NSF)の奨学金を得てカリフォルニア大学バークレー校に進み、1976年に同大学から物理学でPhDを取得した。

 PhD取得後もチューはNSFの資金を得て、ポスドクとして引き続き同大学に留まった。

ベル研に移りレーザー冷却の研究を行う

 チューは1978年に、ニュージャージー州にあるベル研究所に移った。ベル研でチューが行った研究が、レーザーによる原子の冷却・捕捉である。原子は常温では高速で動いているが、原子にレーザー光を照射すると原子は光の放射圧の力を受けて速度がほとんどゼロとなり、特定の場所への捕捉も可能となる。これをレーザーによる原子の冷却と捕捉と呼んでおり、様々な物理現象の解明に用いられる。チューはこの現象を研究し、1985年に論文として公表した。

ノーベル賞受賞

 チューは1987年にベル研を去り、スタンフォード大学の物理学科の教授となった。ベル研時代の研究は極めて画期的なものであり、その後1993年にキング・ファイサル国際賞科学部門、1995年にドイツ・フンボルト賞などの国際賞を受賞した。

 そしてチューは、クロード・コーエン=タヌージ(コレージュ・ド・フランス)、ウィリアム・ダニエル・フィリップス(米国国立標準研究所)とともに、1997年度のノーベル物理学賞を受賞した。受賞理由は、ベル研時代に研究を進めた「レーザー光を用いて原子を極低温に冷却および捕捉する技術の開発(for development of methods to cool and trap atoms with laser light)」であった。

エネルギー長官に就任

 スタンフォード大学でチューは2度にわたり物理学科の主任を務めたが、2004年には同大学教授からエネルギー省の直轄研究機関・ローレンス・バークレー国立研究所の所長となった。所長としてチューは、バイオ燃料や再生可能エネルギーの研究を推進した。

 2008年にバラック・オバマが米国大統領に当選すると、チューはエネルギー省長官に指名され、翌年の1月20日に米国議会上院において全会一致で承認され、翌21日に宣誓を行って12代の長官に就任した。ノーベル賞受賞者の米国閣僚は史上初のことであり、中国系としても台湾生まれの政治家・実業家であるイレーヌ・チャオ(Elaine Lan Chao、趙小蘭)に次ぐものであった。

 チューは、ノーベル賞受賞学者としての強みを活かし、優れた研究者や技術者を同省へ招聘し、より科学的な見地からエネルギー行政を進めている。また、気候変動や地球温暖化に対処する研究開発を加速するため、エネルギー・イノベーション・ハブをスタートさせた。さらに、2010年4月にメキシコ湾で発生したBP(旧ブリティッシュ・ペトロリアム)社による原油流出事故の処理にも当たっている。

 チューは、エネルギー長官在任中の2009年7月に中国を訪問し、清華大学、天津大学、同済大学などで、エネルギー問題の重要性を強調するとともに、米中間での協力の促進を訴えた。チューは、これに先立つ1998年に、中国科学院の外籍院士になっている。

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スティーブン・チュー

大学に戻り、地球温暖化などと戦う

 チューは2013年4月にエネルギー長官を辞任し、スタンフォード大学に戻った。チューはエネルギー長官時代から継続して、エネルギーと気候変動問題についてイニシアティブを発揮するとともに、生物学と医学分野の融合研究として新しいナノ粒子プローブに係わる研究プログラムを開始している。さらに、リチウムイオン電池、PM2.5空気濾過などに関する新しい研究にも取り組んでいる。

参考資料