【19-02】「ニセモノ大国」返上へ知財保護強化の大号令―知財強国建設推進加速計画に見る中国の本気度
2019年4月15日
馬場錬成:特定非営利活動法人21世紀構想研究会理事長、科学ジャーナリスト
略歴
東京理科大学理学部卒。読売新聞社入社。1994年から論説委員。2000年11月退社。東京理科大学知財専門職大学院教授、内閣府総合科学技術会議、文部科学省、経済産業省、農水省などの各種専門委員、国立研究開発法人・科学技術振興機構(JST)・ 中国総合研究交流センター長、文部科学省・小学生用食育学習教材作成委員、JST 中国総合研究交流センター(CRCC)上席フェローなどを歴任。
現在、特定非営利活動法人21世紀構想研究会理事長、全国学校給食甲子園事務局長として学校給食と食育の普及活動に取り組んでいる。
著書に、「大丈夫か 日本のもの作り」(プレジデント社)、「大丈夫か 日本の特許戦略」(同)、「大丈夫か 日本の産業競争力」(同)「知的財産権入門」(法学書院)、「中国ニセモノ商品」(中公新書ラクレ)、「ノーベル賞の100年」(中公新書)、「物理学校」(同)、「変貌する中国知財現場」(日刊工業新聞社)、「大村智2億人を病魔から守った化学者」(中央公論新社)、「『スイカ』の原理を創った男 特許をめぐる松下昭の闘いの軌跡」(日本評論社)、「知財立国が危ない」(日本経済新聞出版社)、「大村智物語」(中央公論新社)ほか多数。
知財強国の実現に「推進加速計画」を発表
中国の知財保護強化の取り組みは、この2,3年急激にピッチを上げている。トランプ政権になってから中国の技術模倣、窃取を警戒するアメリカは、中国に知財重視を迫っており、米中貿易摩擦の背景に横たわる「知財戦争」が透けて見える。
しかし中国は、これを「追い風」にして知財制度を強化し、科学技術の開発力で得た成果を権利化し、一気に米国に追いつき追い抜こうとするようにも見える。
2018年11月9日、中国知財戦略の司令塔である国務院知的財産戦略実施活動部局間連席会議弁公室が発令した「知的財産権強国建設推進加速計画」は、中国の行政機関に国家として知財が最重要課題であることを改めて宣言し、関係各機関に大号令をかけたものだ。
これまで毎年のように知財強化政策を打ち出してきたが、それに飽き足らずさらに取り組み目標を出してきたことに、中国政府の意気込みを感じる。
今なお中国は「ニセモノ大国」という報告
中国は今なお世界の「ニセモノ大国」とされている。2016年4月にOECDが発表したプレスリリースによると、世界の模倣品・海賊版の流通総額は2013年に約4,600億ドル(約50兆円)とされ、世界貿易額の約2.5%に相当するとしている。
在米ジャーナリストの土方細秩子氏のレポートによると、デジタル化で「偽ブランド」が急速に広がっており、米国のIP (Intellectual Property)コミッションが出版した報告書を引用しながら「2015年に米国に輸入された偽物製品は総額で580~1,180億ドルに上ると見込まれる」と報告している。同報告書によるとニセモノ製品の87%が中国・香港から輸出されているという。(https://www.sbbit.jp/article/cont1/34049)
最近の傾向は、ニセモノ製造国やニセモノ輸出仕出し国が中国とは限らず、製造元はアジアの各国へと広がり、輸出は製造国から迂回しながら発送され、その多くで中国のニセモノ製造企業が暗躍していると見る人も少なくない。
ニセモノ製造工場の手入れ(中国の調査会社提供)
「ニセモノ歴史」から見た保護強化策の推移
2000年に入ってから中国のニセモノの取材を続けてきた筆者が見る「ニセモノ歴史」は、次のようになる。
- 第1世代
- デッドコピー。丸ごと模倣。
- 第2世代
- 限りなく本物に見せかける。紛らわしい意匠と商標。
- 第3世代
- 先取り商標。先に中国で商標登録し、元々の権利者に高値で買い取らせる。商標権を利用した世界初の新ビジネス。
- 第4世代
- 先取り実用新案、特許。他人の技術を先に出願して権利を主張。ロイヤルティを請求して訴訟にまで発展。
第1世代のニセモノはデッドコピー(左がニセモノ)
第2世代のニセモノ(トヨタの関係者も気が付かなった「TAYOTA」)
ニセモノ製造が進化するにしたがって、知財の権利を巧みに利用したビジネスが広がっていった。ニセモノ製造は地下工場として潜り込み、製造拠点も転々と変えていく。在庫はトラックに積んで毎日移動するから、当局が情報を入手して製造現場に踏み込んでも在庫ゼロで罪を逃れる手口も出てきた。
中国で製造したニセモノが世界各国に輸出される。そこで中国税関は水際でニセモノが外国へ出ていくのを阻止する対策をとり、中国で製造する日本企業にも協力を求めてきた。多くの日本企業は各地の税関と連携をとり、自社のニセモノ製品が輸出されるのを水際で食い止めた。
2005年に上海市知識産権局を取材したとき、対応した幹部が「中国がニセモノ大国と言われているのは非常に恥だ。必死にこれを取り締まっているが、対応する案件が余りに多く、少ないスタッフではとてもカバーし切れない」と本音で語ってくれた。
商標関係のニセモノを取り締まる地方の工商行政管理局では、企業がニセモノを告発する際にいくらかのカネを付けた時代もあった。これは賄賂ではなく、スタッフの過勤手当などに充当されたという。土日も勤務時間外も関係なくニセモノ追跡に追われるスタッフの手当てを告発状に付けて、企業はニセモノ退治を訴えたものだ。
保護制度を強化した3年前の国務院の方針
中国のニセモノ大国を断固として返上しようとした動きは、2016年11月に国務院から出された「知的財産権保護制度の整備と法的保護に関する意見」で知財保護強化の具体的な対策を打ち出したことから本格的に動き出した。
そこで出された20項目は次の通りだ。
- 知的財産権の権利侵犯行為への懲罰を強化
- 権利侵犯の法的賠償上限を引き上げ
- 特許権、著作権等の権利侵犯に対し懲罰的賠償制度の構築
- たちの悪い権利侵犯行為に対しては懲罰的賠償を実施
- 財産権所有者が権利侵犯を制止するために支払った合理的な支出は権利侵犯者が負担
- 知的財産権の権利侵犯のコストを引き上げ
- 「偽造」製品の産地情報の収集システムを構築する
- 故意に知的財産権の権利を侵犯する行為を企業と個人の信用情報記録に記載
- 権利侵犯に対する行政処罰案件の情報公開を一層推進
- 知的財産権の審判システムを整備
- 知的財産権裁判所の機能を積極的に発揮
- 知的財産権に関わる民事・刑事・行政案件の審判を合同で行う
- 知的財産権への行政的法執行と刑事司法との連絡を強化
- 知的財産権への司法保護を強化する
- 国外の知的財産権の法執行システムを整備
- 刑事司法の国際協力を強化し、国外知財犯罪案件への内偵を強化
- 不当競争行為を厳しく取り締まり
- 商品ブランドの保護を強化する
- 知的財産権の保護と運用を融合し、システムとプラットフォームの構築強化
- 知的財産権の移転と製品転化を加速化
これは知財の保護強化を行政、司法の仕組みの中に組み込み、知財立国を目指すことを宣言したものであり、とりわけ悪質な業者に対しては強権力で立ち向かう姿勢を示したものとして注目される。
特に8番目にあげた「故意に知的財産権の権利を侵犯する行為を企業と個人の信用情報記録に記載」は、ニセモノ製造業者を摘発した際には、社会的な活動を抹殺することをうたったものとして反響が広がった。
社会信用情報記録とは、金銭債務不履行の人に適用するものだ。いったん「社会信用記録」に登録されると、銀行口座も開けないし融資などをうけることができなくなる。場合によっては国を離れることも、国内移動もできなくなるという。
強い法的な仕組みでニセモノ業者を淘汰しようとする中国当局の姿勢は、中国発から海外で流通するニセモノも許さないとする方針が、15番目の「国外の知的財産権の法執行システムを整備」、16番目の「刑事司法の国際協力を強化し、国外知財犯罪案件への内偵を強化」などであり、外国でのニセモノ流通を阻止する構えを見せたものだ。
知的財産権強国の建設を加速
それでは「加速計画」とは、何だろうか。2018年11月9日に発令された国務院の加速計画の前文は「国家知的財産戦略を深く実施し、知的財産権強国の建設を加速させ、2018年の重点任務と活動措置を明確にするためにこの計画を制定する」と結ばれている。
この発令の第3章は知的財産権保護強化である。全体で109の重点項目をあげているが、この保護強化だけで32項目を掲げている。その内容で目を引くのは、29,30、51に掲げている植物新品種と生物遺伝資源に係る保護制度の構築である。
中国の国土は日本の25倍以上あり、寒帯から熱帯地方まで擁しているから植物遺伝子は膨大な財産である。しかも古代から発展した漢方医学で蓄積してきた薬学、医学の知的財産がある。これを遺伝子に置き換えて囲い込みをかけようとしているように見える。
第二の特徴は、36で著作権、専利法(特許、意匠、実用新案の3法)で懲罰的賠償規程を促進し法定賠償額を高めることを明確に位置付けてきたことだ。さらに商標権では「悪意の抜け駆け商標出願行為の類型と法律適用を細分化する」として取り締まる網の目をさらに細かくしてきたことだ。
さらに42には、「知的財産権分野における社会信用体系の構築を積極的に推進し、信用失墜行為への懲戒を増強する」とある。これの関連として知財侵害の取り締まりの強化(55)と関税部門の知財保護制度の強化(57)も盛り込むなど、知財保護を強化する姿勢を鮮明に打ち出した。
中国当局が、ニセモノ大国の汚名を返上しようと取り組みを始めていると筆者が聞いたのは2003年ころである。当時と比較して明らかに違ってきたのは、先にも書いたようにニセモノ製造の手口が変わり模倣品の質が良くなったことであり、変わらないのは、製造量は依然として中国が世界のトップにあると指摘されていることだ。
これを抜け出すための中国政府の政策とニセモノ製造業者との闘いは、まだ当分続くだろう。