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【11-007】李成名、中国デジタル都市の第一人者

科学技術日報     2011年10月26日

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略歴:李成名

山東省枣荘市に生まれ。1998年6月、武漢測絵科技大学写真測量・リモートセンシング専業工学の博士課程を卒業。1998年8月〜1999年10月、香港理工大学土地測量・地理資訊専業と合同研究を実施。現在は中国測絵科学研究院GIS所所長、国家測絵局地名研究所所長・研究員、山東科技大学博士指導員、中国測絵学界地図学・地理情報系統専業委員会副主任、中国地理情報系統協会都市地理情報系統委員会副主任、北京大学デジタル中国研究院デジタル都市研究センター副主任、国家測絵基準化委員会委員、全国地理情報基準化委員会委員。主にデジタル都市、3D地理情報システム、ウェブサービスに基づく地理情報システム、地理情報公共プラットフォーム、地図機密処理技術等の研究に従事。

 履歴書を見る限り知識人と思われる李成民は、山東省の沂蒙山区の野外隊で1年間働いていた経験から、役に立つ科学研究がいかに重要かを深く理解した。彼はその後勉学に励み、困難によく耐え、科学研究を続けた。

 幼少の頃より数学が好きだった彼は、大学で測量を専攻した。入学前、写真測量やリモートセンシングのことをまるで知らなかったが、入学後に学習の楽しみが増してゆき、ついには博士課程を卒業した。大学院進学前、現場での体験学習に送られる際に、彼は山東省地質写真測量隊という最も苦しい野外測量隊を選択した。この1年間で、彼はなぜ学ぶのか、今後何を学ぶべきかを理解し、科学研究に生涯を捧げる決心をした。

なぜ学ぶのかを知る

 荒れ果てた奥山でめったにない人の姿を見かけると、彼は自ら声をかけ話をし、寂しさを紛らわした。

 業界で最も有名な武漢測絵科技大学には、中国写真測量界のエリートが集まる。同校は李成名の母校でもある。大学に通っていた頃から、彼はこの分野がますます好きになり、写真測量の研究者になろうと決意した。

 専攻の学習で優秀な成績を収めることは、幼い頃より数学が好きだった彼にとって、難しいことではなかった。彼は時間に余裕ができると、他の学生たちと同じように、この専攻を学んで将来何の役に立てるべきかを考えた。彼は1年間の野外訓練により、その回答を得た。

 1990年の野外訓練中、彼の所属する隊は沂蒙山区を訪れ野外測量を実施した。日が昇るたびに、彼は一人で設備を背負い、ふもとから頂上まで登った。設備をセットすると、彼は一人で丸一日過ごすこともあった。荒れ果てた奥山でめったにない人の姿を見かけると、彼は自ら声をかけ話をし、寂しさを紛らわした。

 彼と同様、野外隊で働いていたその他の隊員も、厳しい作業環境に耐えていた。隊員は日中になると野外で調査・測量を行い、夜になると駐屯地に戻った。それからさらに、日中に測量したデータを計算し、深夜まで働き詰めになる時もあった。こうして一日が過ぎると、彼らは疲れきってすぐ眠りにつくのだった。

 しかし李成名が仕事を始めてから間もなく、この状況が改善された。彼は今でも、野外隊が当時使用していたコンピュータはPC1500であったことを覚えている。「私は来たばかりの大学生と、道中の暇な時間を利用して、簡単なプログラムを作成しました。これにより、隊員が日中から深夜まで働き詰めであった状況を改善することができました。このプログラムがあれば、ある地点の座標を入力するだけで、30分後には正確な結果が計算により導き出されるのです」

 少しの科学研究により、前線で働く人の作業の重複を解決し、負担を軽減することができた。隊員たちは一日の仕事を終えると、他の人と話をしたりトランプを楽しみ、安らぐことができるようになった。隊員たちはこの件があってから、あの一日中黙々と作業をしている無口な若者を、見直すようになった。

 この1年間の経験により、李成名は野外作業の厳しさを、また科学研究の価値を理解し、科学研究を極めることを決意した。またこの訓練により、彼は忍耐力を身につけた。「この1年間の前線での作業経験がなく、本を読むばかりで実践が不足していたならば、あれほど多くのことを考えることはなかったでしょう」

厳しい科学研究の道、重要なのは忍耐

 成功には強い意志が必要である。一部の人は成功まであと一歩の所まで達したのに、続けられず諦めてしまうことがある。

 李成名を取材すると、「忍耐」という言葉が最もよく語られた。科学研究に楽な道はないことを誰もが知っているが、一つの技術研究・開発のために10年間の時間を捧げられる人は、めったにいないだろう。

 1999年末、李成名は博士課程を卒業し、中国測絵科学研究院で研究者になった。仕事を始めたばかりのころ、彼はプロジェクトが多く回ってこなかったことで、悩み失望していた。仕事の5分の4の時間は机に向かい、プロジェクトを得るために費やされた。資料に目を通し、国内外の学術論文を読み、そこからヒントを得て実験を行い、論文を発表した。なぜその論文を書いたのか、業界の発展に貢献できるのかについて、彼自身も明確に答えられなかった。

 「あのようなことを続ければ、現場に戻り実質的なことに取り組みたくなったでしょう」まさにそのとき、彼の元に困難なプロジェクトが回ってきた。長年未解決にされてきた機密技術難題の研究開発を前にして、李成名はこの困難に立ち向かうことを決めた。プロジェクト経費は2万元(約24万円)のみだったにも関わらず。

 このような難題を、李成名率いるグループが担当することになるとは、誰もが予想し得なかった。だが10年弱の時間を費やし、解決法を導き出したころ、関連部門・各応用部門からのさまざまな質疑を迎えるのだった。

 「あの頃は大変な思いをしながら研究をしていました。地理情報の機密技術1件のために、10年弱も研究と論証を繰り返しました。しかし私たちは耐え抜きました。3年間の研究開発、3年間の論証、さらに3年間の改善を行いました。これにより機密・公開応用の技術の障壁を越え、毎年120億元の規模に達するGPS産業を支援しました。またデジタル都市、デジタル省・区、ネット地図などの分野で幅広く応用されました。私はこの歩みを経て、成功には強い意志が必要であることを学びました。一部の人は成功まであと一歩の所まで達したのに、続けられず諦めてしまうことがあります」

 New Map(プラットフォームを越えた、地理情報の公共プラットフォーム技術)の研究開発にも10年弱の時間が費やされた。中国科学技術部が2010年に実施した審査において、同技術は優秀な成績を収めたうえ、主要性能の指標が国内外の同類技術の3倍以上を記録した。これにより将来的な中国デジタル都市の建設に向け、前提条件と堅固な基礎を築いた。

デジタル都市をリード

 「今後はグループを上手く率いて、平常心を保ち正しいことを行い、測量のために貢献する」

 李成名は近年、デジタル都市の建設と普及に関する作業に従事し、深い感銘を受けた。彼は当初、世界をリードする「分布式メモリー、各サイクルの協調、一体化サービスの提供」を実現するNew Mapの研究開発に挑戦し、現在では全国130ヶ所のデジタル都市の全面的建設に取り組んでいる。あっという間に、また10年が過ぎた。「この歩みは波乱にみち、反復の連続でした。地理情報がデータの提供からサービスの提供に生まれ変わることができなければ、大量の測量結果が情報化時代で幅広く応用されることはないでしょう」

 「デジタル都市の建設は、現代に利益を与えるのみならず、後代まで役立てられるものである。デジタル都市とは現実社会における真実の物質世界を、一定の数学的規則に基づき、現代の測量技術・ネット技術・コンピュータを用い、デジタル世界の中で過去を逆換し、現在を現し未来を予測するものである。都市の計画・建設・管理・運営に保障をもたらし、科学的な政策決定、綿密な管理、高効率化されたサービス、省エネ・エコを実現する」

 デジタル都市の建設はまた、李成名の「役立つ科学研究」という考えと一致する。彼は科学研究には2類3種の異なるポイントがあるとした。「基礎理論の研究について言えば、まず1つ目は相当数の論文を発表することだ。2つ目は発表論文の品質の重視、例えばどのクラスの刊行物に記載されたかを重視することだ。3つ目は理論研究の成果、どれほど引用されているかを見ることだ。技術イノベーションの科学研究タイプについて言えば、1つ目はプロジェクトの件数だ。2つ目はそれらのプロジェクトの品質、どのプロジェクト体系に属するかだ。3つ目は研究の技術成果がどれほど応用され、どれほどの範囲をカバーし、業界産業の発展にいかなる貢献をしたかだ。私の科学研究は技術イノベーションのタイプに属し、3つ目のポイントを重視している」

 「政治に従事する人にとって、金銀のトロフィーよりも市民の評判の方が重要だ。科学研究者にとって、金賞や銀賞より業界全体で幅広く応用されているという賞の方が重要だ」これこそまさに、李成名が役立つ科学研究を続ける原動力である。今やどのデジタル都市を訪れようとも、李成名は誰もが認めるデジタル都市の専門家である。技術の難題や需要が生じれば、誰もがまず李成名に依頼するだろう。

 「優秀な研究者は、絶えず総括を行い理論の昇華を行わなければならない。科学研究で重要なのは、平常心、深い思考、忍耐力だ。過去の成績にとらわれず、外部環境による影響を受けず、厳しい道程のために諦めないことが重要だ。今後はグループを上手く率いて、平常心を保ち正しいことを行い、測量のために貢献する」