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【13-001】コンテンツビジネスから見る日中関係

小西 麻保子(株式会社MIHOアート経営)     2013年 3月 4日

 上海で2010年から、中国の顧客を対象にアニメ関連イベントを企画する仕事を手がけている。現在、上海にも会社を設立するべく準備中だ。スマートフォン向けソーシャルネットカードゲームのイラスト制作のビジネスにも2012年から携わり、中国の若いイラストレーターたちを発掘・育成し、マネジメントしている。上海の現場から、日中関係のひとコマを紹介したい。

 中国との出会いは、中国の書法と絵画を研究するため1989年に上海へ留学したのが最初で、子育てをしながら中国に延べ約8年間留学。画家、アーティストとして活動しながら、日本と中国で個展も開いてきた。2007年には上海でアートイベントを企画・製作。このイベントは日中の多くのアーティストたちの協力を得て実現したもので、反響は大きく、翌2008年にも上海で第2回のアートイベントを実施することができた。

 この企画を知った当時のジェトロ上海の代表からは「留学経験を生かして日本のサブカルチャーの対中国輸出に力を貸してほしい。特にアニメ関連のブリッジ(橋渡し)をしてもらえないだろうか」というお話があった。

 母校の華東師範大学やアニメ関連産業で働いている同級生たちを通じて、上海で実態調査をしてみると、中国の若者たちが日本の漫画、アニメに強い影響を受けていることが分かった。2000年代後半、中国全土でインターネットが急速に普及。その一方、中国でも人気のテレビ番組となっていた日本のアニメは2006年、ゴールデンタイムから締め出されてしまった。中国政府としては国産アニメを育成・支援するため、外国アニメを排除したわけだが、日本のアニメが好きな若者は、インターネット上で楽しむようになった。

 中国では知的財産の保護が徹底していない。権利者に無断でアニメ動画を配信することは事実上、野放しとなっており、若者たちは好きな時間に無料で好きな日本のアニメが見られる。中国政府による日本アニメ規制が、かえって中国の若者たちをネットへと導き、日本アニメオタクを育てる結果となったことは皮肉だが、いずれにしても、日本アニメは中国の若者たちをしっかりとつかんだのである。若者たちはコスプレをし、同人誌に投稿し、アニメソング(アニソン)を聞き、アニメを通じて日本語さえも独学で覚えてしまうアニメオタクまでいる。

 尖閣諸島を巡る対立が激しくなった2012年夏以降、日中の文化交流に関する事業は次々と中止されていったが、ネット上の日本アニメの違法配信だけは途切れることなく、今も続いている。

 インターネットという高速データ通信は、日中の若者の感覚を近づけ、ほとんど同じにしている。20歳代以下の中国の若者の感覚は、私の長男を含む日本の20代の若者とほぼ同じ感覚のように私には映る。しかし、中国の30歳代、40歳代は、そうではなく、中国に大きな世代間のギャップが生まれていることをアニメ関連の仕事に携わって切実に感じた。

 私の会社では、アニソンコンサート、フィギュア展などアニメ関連イベントを企画し、コンテンツを中国(上海)側に販売するビジネスを立ち上げた。現在、SMG(上海メディアグループ)のアニメ関連イベント会社とともに、1万人規模のコンサートを2013年夏に開催しようと準備を進めている。

 実は、アニソンコンサートを2012年に開催しようと準備していたが、尖閣問題によって、延期せざるを得なくなっていた。特に反日暴動に対する日本側の恐怖心と、中国側によるアーティスト交流に対する規制が大きな壁となっている。

 日本のフィギュアの芸術的価値を中国の若者に認知してもらうため、フィギュア上海展開催もSMGとともに計画している。

 一方、2012年から始めたイラスト制作事業は、大手携帯ゲームプラットフォームから各スマホゲーム開発まで、日本の10社以上の会社と業務提携をしており、既に中国の若手作家の作品が日本のゲーム市場にも登場している。

 経営している「MIHOアート」は東京にあり、日中のアーティストやスペシャリストをマネジメントしている。会社の一部門に「GOOSEBUMPS事業部」がある。「GOOSEBUMPS」、つまり「鳥肌が立つような感動と興奮を起こそう」というのがコンセプトである。現在、上海に設立準備中の会社は「GOOSEBUMPS China」として機能する予定である。

 上海の母校近くには、すでに「GOOSEBUMPSスタジオ」があり、スタッフも2人配置し、中国人イラストレーターたちが仕事をする場所となっている。勤務形態は人によってさまざま。作家は中国各地に居住しているため、普段はSNS(ソーシャルネットワーキングサービス)を通じてコンタクトし、仕事の発注と納品のほか、作品に対する指導、技術力の向上も図っている。フランス在住の中国人作家も参加しており、中国国内のみならずネットワークは海外にも広がっている。

 このスタジオのモットーは「何時来てもいい。何かを強制されることはない。自由に楽しく」。日本の漫画、アニメ、イラストをもっと知りたい、本物を知りたい、技術を磨きたい、という若者に集まってもらい、この空間から日本の漫画、アニメの本質、そして日本の文化を体感してほしい、と思う。

 アニメは日本を代表する文化の一つであり、産業であると言っていい。中国では確実にアニメ市場が成長している。例えば、日本のアニメを見て、「日本の高校生は校舎の屋上で過ごしている」と思っている中国人もいる。そんな高校生活に憧れる女子や、少年漫画「ワンピース」(中国名・海賊王)の世界に魅了される男子がいる。日本のアニメ声優は、今や彼らのアイドルとなっていて、本物志向のプラモファンも増えている。寄宿舎でアニメとゲームに明け暮れる大学生も少なくない。

 毎年、上海で行われるアニメ関連のイベント「CCGエキスポ」と「CHINA JOY」には合わせて50万人の若者が駆け付ける。アニメキャラクターになりきったコスプレイヤーのオタクたちが手製の衣裳を纏い、パフォーマンスを繰り広げる。

 日本アニメに影響を受けた中国の若者たちは、日本のような高レベルの漫画、イラストの技術を習得し、オリジナル作品を作りたいと思っている。ところが、日本のアニメやイラストを学べると期待して中国の美術大学に入った学生たちは、卒業するまで大した収穫が得られないことに失望する、という話をよく耳にする。

 ここ数年、中国の教育事情は様変わりした。いつからかは分からないが、デッサンの基礎は軽視され、基礎を繰り返し教えるような授業はなくなり、パソコンの操作を教えられるだけで、入学当初から一にも創作、二にも創作、とオリジナル作品作りを急かされているようだ。

 基礎をお座なりにした教育システムに、人気漫画が生まれるまでの本当の苦労を教えることができない教師ばかり、というのが今の上海である。ある美術系高校の教師はフィギュアについて、パソコンでデザインし、それをパーツごとに分け、パーツを工場で作らせれば、日本のようなフィギュアが出来る、と考えている。パソコン操作さえ身につけたら、直ぐに商品が出来ると勘違いしているらしい。

 そんな教師たちは「Q版(ちびキャラ、スーパーデフォルメ)なんて簡単さ」と言い切る。しかし、彼らは、日本のフィギュア原型師たちが美少女系であれ、Q版であれ、型を作る前に粘土と毎日格闘しながら、結果としてあのように美しいフォルムを作り上げている実態を知らない。

 表面的な教育だけで本物の技術が身に付くはずはない。中国の若者たちも、本物を求め、本物の技術を身につけ、本物を作り出したい、と強く願っているようだ。そんな彼らに、本物を伝える機会と場を提供する教育システムの構築が非常に重要であると考える。

 これまでの経験を通して感じるのは、アニメこそ中国の若者たちが素直に受け入れている日本の象徴的な存在であり、最も敬意を示しているカルチャーかもしれない、ということである。アニメを通じて将来の日中関係を担うような若者たちも育ってきている、と感じる。尖閣問題に絡んでアニソンやアニメ関連イベントも中止されてきたが、非常に残念に思う。文化を通して中国と交流し、ビジネスを展開したいと考えるなら、こんな時だからこそ、交流再開に向けて努力するべきではないのだろうか、と考えるこのごろである。

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小西 麻保子(こにし・みほこ):株式会社MIHOアート経営

熊本県生まれ。1989年上海留学。1992年再留学し、1999年まで滞在。華東師範大学芸術学部国画科(中国伝統絵画)卒、芸術学修士号取得。東京、京都、大阪、上海美術館で個展。2007年と08年に上海アートイベントを開催し、それぞれ日中文化スポーツ友好交流年35周年事業、日中青少年交流年事業に認定された。
MIHOアート:http://www.miho-art.com/ / GOOSEBUMPS事業部:http://www.g-bumps.com/