【19-007】北京の旅のある暮らし 招待状持参から南極旅行まで
2019年4月22日
斎藤 淳子(さいとう じゅんこ): ライター
米国で修士号取得後、北京に国費留学。JICA北京事務所、在北京日本大使館勤務を経て、現在は北京を拠点に、共同通信、時事通信のほか、中国の雑誌『瞭望週刊』など、幅 広いメディアに寄稿している
3年で他国の10年分以上変化する昨今の中国では、旅のカタチも大きく変化した。80年代の中国の旅といえば出張か親族訪問で、自分の「食糧切符」と身分を証明する「紹介状」持参は必須で一大事だったと聞く。
そんな不自由な旅がまるで嘘のように、今では旅の足も宿もスマホ一つで確保しどこでも行けるようになった。中国観光研究院によると、2018年の中国からの海外旅行者数は前年同期比13.5%増の1億4,000万人に達し全世界の1割を占めた。訪問先で最多は香港(5,000万人)で、続くタイ(1,000万人超)と日本(830万人超)が断トツの人気という。その他、ベトナム、カンボジア、ロシア、インドネシア、モルディブ、南アフリカでも中国人観光客は最多を占め、昨今は南極旅行も人気だ。中国は世界の旅行大国となった。
一般的に、1人当たりの国内総生産(GDP)が1,000ドル以上で国内旅行、5,000ドルを超えると海外リゾート旅行が急増すると言われる。中国は2011年に5,000ドルを超え、国民的な海外旅行時代に突入した。
確かに、2012~13年頃は私の周囲でも顕著な変化があった。子供が通う普通の北京の小学校の30歳前後の先生たちや40歳前後の同級生の家族たちが次々と日本へ旅立ち、後述するように今もこの波は続いている。
また、2013年は生粋の北京っ子の王さんが旅に目覚めた年でもある。王さんは、90年代に国営工場でレイオフされた後は家政婦となり、旅とは無縁の質素な生活を送ってきた。しかし、この年に大手銀行勤務の娘さんに連れ出されたタイ旅行で、王さんは海辺の美しさに圧倒され、旅の醍醐味を初めて味わったようだ。翌年も娘さんが招待した北海道ツアーに行き、「食も景色も温泉も良く、本当に楽しんだ」と大満足で帰ってきた。
その後、王さんは同じ50年代~60年代生まれの女友達3、4人と連れ立って格安の国内団体旅行に参加し、旅のある暮らしを始めた。旅情報はスマホの微信経由で見て、仲間の興味と予定が合えば即申し込む。まるで、文革時代に過ぎ去った青春時代を取り戻そうとするかのように、1、2カ月に1回のハイペースで各地を遊び歩いた。
一方、王さんの娘さんはオシャレな日本旅行にはまり、毎年通うリピーターになった。娘さんのような80年代生まれ世代は、90年代生まれと並んで、中国の海外旅行者の主力だ。経済力と共に好奇心や情報発信力も旺盛で、中国の旅文化を牽引している。
海外旅行先の中で日本旅行はタイと並んで断トツの人気だ。 写真/筆者
また、北京の現地幼稚園で知り合った70年代生まれのママ友のXさんは子連れでタイ、日本、韓国、カナダ、ドイツの街角を旅する好奇心と計画力の持ち主だ。日本旅行7回目の去年は飛騨の高山に旅し、「旅館の女将が本当に親切にしてくれた」と話す。旅の計画は中国旅行情報・口コミ投稿サイトの「馬蜂窩」や、日本の地方政府の旅サイトを参考に自分で一から練る。「他国と違い、日本のサイトは中国語もあり情報も豊富で、抜群の充実度」だそうだ。「日本は観光地でも騙される心配がなく、食べ物も治安も人も良いので大好き」という。
こんな風に中国の微信には私も未踏破の日本の地方や世界中を旅する知人・友人たちの写真が飛び交う。「80年代の旅とは随分変わったね」と言うと、「(今の旅は)自由になったよ!」と王さん。過去の分も楽しもうとするかのように、北京の人たちは旅のある生活を謳歌している。
※本稿は『月刊中国ニュース』2019年5月号(Vol.87)より転載したものである。