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【19-012】英語は大丈夫? ハイレベルな英語力に見る北京の横顔―北京暮らしの流儀

2019年8月28日

斎藤淳子(さいとう じゅんこ): ライター

米国で修士号取得後、 北京に国費留学。JICA北京事務所、在北京日本大使館勤務を経て、現在は北京を拠点に、共同通信、時事通信のほか、中国の雑誌『 瞭望週刊』など、幅広いメディアに寄稿している。

 北京でも東京同様に英語が溢れているが、近年、英語は「お上」からにらまれている。6月には海南省の「ウィーンホテル」ほか、横文字由来のアパート名などが「外国崇拝」を理由に改名を命じられ、一騒ぎになった。

 それとは対照的に、大都会の市民たちは、英語を身近に感じ、子供には幼稚園児の頃から熱心に勉強させている。実際、北京で会う若者たちの英語力はかなり高い。日中の若者と社会活動をしている知人も「(日中では)全然違う。中国の人の方が英語を使える」と指摘する。私も全く同感だ。彼らの高い英語力の背景は何だろうか?やはり直接の理由は厳しい競争社会で受験戦士として幼い頃から大量の時間と労力を割いて英語を勉強しているからだろう。近年は園児向け英会話教育が大ブームだし、北京市では小学校1年生から、英語も他教科同様に専門の教師が教えている。中学受験科目は国数英で、小学高学年の息子の周りには語彙数3500語レベルと言われるケンブリッジ英語検定PET合格者もざらだ。

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小学生3年生の教科書。堅いことは言わずに、どんどんやらせる中国の英語教育。都市部の英語学習レベルは高い。(撮影/筆者)

 とはいえ、単純な勉強量の違いだけではない。日中では言語環境も違う。「I love you」は「我愛你」と主語、動詞、目的語の順になるように、中国語の方が構造も英語に近い。

 さらに、中国は元々多言語環境である点も違う。北京人と上海人と広東人は地元の言葉をしゃべったら全く通じないほど違う。私の下手な北京の普通語でさえも山東省の田舎出身のおじさんに言わせれば「僕よりずっと標準的」という。こういう環境では、「訛っていようと、間違っていようと通じれば良い」としゃべる勇気が湧いてくるし、言葉は下手でも、とにかく伝えようとする習慣が自然と身につく。

 また、この点とも関連するが、国民性の違いもある。中国人は間違いを恐れず、好奇心旺盛にとにかく「やってみる」。段階を踏まずにいきなり難しい英語にチャレンジしてみたり、カフェでも真剣に音読練習をしたりと無邪気に前向きなのもプラス要因かもしれない。

 他に日中で決定的に違うと感じるのはモチベーションの高さだ。北京で学生と接して驚くのは将来は外国に行こうと本気で想像し、英語を勉強していずれ使ってやろうと思っている子が実に多いことだ。日本では英語は主に受験対策のために勉強する子が多いという。

 子供だけではなく、こちらでは、親も将来は子供は海外に行くだろうし、行って活躍して欲しいと思っている人が多い。都市部では将来英語を使うというビジョンが広く共有されていて、これが英語学習の大きなエンジンになっている。

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小さいころから英語を身近に感じて育ち、若者の英語力はかなり高い。

 ただ、この海外留学熱を別の角度から見てみると、純粋な教育的観点のみならず、子女の海外留学を海外移住への足掛かりと見なす「不確定な将来のリスクヘッジプロジェクト」の一面も見え隠れする。中国の人は激動の歴史の中でサバイバルの方法を常に意識すると同時に、国境を超えることに何の躊躇もないという極めてグローバルな感覚を育んできたようだ。

 ある日、突然、英語名称が取り締まられるように、何が起こるか分からないという「お上」への不信や不安の強まりは、ますます市井の人々を英語学習に駆り立てているのかもしれない。

 中国の若者たちの高い英語力からは激しい競争社会での勤勉さや物おじしないチャレンジ精神から将来への不安まで現代中国社会の様々な横顔が浮かび上がる。


※本稿は『月刊中国ニュース』2019年9月号(Vol.91)より転載したものである。