【20-001】これって柔軟過ぎ? 大胆に変わる中国の名前
2020年1月15日
斎藤淳子(さいとう じゅんこ): ライター
米国で修士号取得後、 北京に国費留学。JICA北京事務所、在北京日本大使館勤務を経て、現在は北京を拠点に、共同通信、時事通信のほか、中国の雑誌『 瞭望週刊』など、幅広いメディアに寄稿している。
人の名前にはその国の文化や年代が反映されるものだが、中国の名前にも歴史といまが凝縮されている。
最近よく見かけるようになったのが二つの姓を重ねたダブル姓だ。「劉寧寛大」君や「余梁子軒」君という名前は劉と寧、余と梁という苗字の両親に生まれた子供の名前だ。日本なら鈴木さんと佐藤さんの子供を「鈴木佐藤花子」とするのに相当するといえば、大胆さが分かってもらえるか もしれない。
ただ、理論上は「劉寧寛大」君の姓はあくまで「劉」で、名前が「寧寛大」となる。つまり、苗字は鈴木さんで、名前が珍しい「佐藤花子」さんに過ぎないという実に「柔らかい」頭で導き出された理屈で説明される。
このダブル姓の人気には中国の歴史と現在が関係している。父系制の中国では女性は結婚後も「家」に入れず、旦那とは別姓のまま過ごし、子供は父の姓を継ぐのが習慣だった。新中国になってからは、夫婦別姓は残しつつ男女平等の観点から子供の姓は父母どちらも公平に継がせられるようになり、バランスを取るために兄弟で父姓と母姓をそれぞれ継ぐケースも出てきた。
時はさらに下り、一人っ子同士の親に一人っ子が生まれる時代が来た。唯一の孫であり子供でもある一人っ子はいかに両家の姓を継ぐか? 両家が妥協できないこの緊張を平和裏に解決したのがこのダブル姓だ。
ところで、将来ダブル姓の人々が結婚したときはどうなるのだろうか? その子が四重姓になることはなさそうだが、今は誰も分からない。その時々の状況に合わせて解釈を変えてフレキシブルに変形する中国の名前。この国のネアカな実用気質が顔を覗かせる。
また、名前には時代ごとの特色がある。名前を見て、大体の年齢が分かることも多い。60、70年代の文化大革命時代には「(毛沢東を守る)衛東」、「向紅」さんなど政治色の強い名前が流行した。
一方、政治闘争に明け暮れた文化大革命を反省し、改革開放が始まった80年代以降は名前も一変した。男の子には「偉」、女の子には柔らかく女性らしい「娟」、90年代になると男女はそれぞれ「濤」「立」や「恵」「欣」、2000年代は「子軒」「睿」や「萓」「雨」などが多く登場してきた。
名前のコンセプトは国のプロパガンダ色の強いものから個人の成長や魅力、文学性や古典などに軸足が移り、漢字の難易度も上がっているのが分かる。
また、イマドキの市井の空気をより反映しているのが、親しみを込めて子供に付ける「幼名(あだ名)」だ。気軽さが特色のあだ名だが、付け方には一応ルールがある。リンリンやトントンなど一つの文字(音)を重ねて繰り返すか、「小さくてかわいい」の意味を込めて「小(シャオ)~」とする2種類が基本形とされてきた。
ところが、先日マンションのエレベーターで乗り合わせた1歳と3歳のやんちゃ君たちの幼名はなんとパイナップル君とマンゴー君だった。確かに、最近はイチゴちゃんやリンゴちゃん、「開心(ハッピー)」君や「天真(ピュア)」君など以前には聴いたことのなかった幼名が増えている。日本のキラキラネームを彷彿とさせるが、中国でも新しい感覚の時代を迎えているのかもしれない。
中国の名前を眺めていると、夫婦の苗字継承の変遷や、親が子供に望む理想像の変化のほか、それらに合わせて名付けの作法自身が変わっているのが分かる。人々の名前も中国らしく大胆な変身を遂げている。
一人っ子の両親が増えるなか、最近は両家の姓を重ねたダブル姓の名前も登場。また、古典的な響きの名前に人気が集まる一方で、幼名はキラキラネーム風も台頭。中国の名前は時代のニーズと空気を反映しながら大胆に変化している。
※本稿は『月刊中国ニュース』2020年2月号(Vol.96)より転載したものである。