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【20-005】訪中団で感じたこと

2020年5月7日

相羽誉礼

相羽 誉礼:
名古屋市経済局 工業研究所材料技術部 環境・有機材料研究室 研究員

略歴

愛知県出身。東京工業大学大学院理工学研究科有機・高分子物質専攻修了。博士(工学)。博士課程在籍時、バージニア工科大学化学専攻に留学。民間企業を経て平成29年名古屋市役所入庁。工業研究所に配属後、中小企業の方々の生産技術の向上を支援する業務を行う傍ら研究活動も行っている。

 学術論文誌をチェックすることを日課としている研究者は多い。私もその一人である。中国人著者の投稿を見かけない日が無い程に存在感を増す一方で、日本人からの投稿は減少傾向にあることを日増しに感じる。何が中国の技術躍進の原動力として働いているのか知りたかった私にとって、一週間かけて北京・厦門を巡り中国の科学技術の根源と現状を体感できる機会は絶好のチャンスであった。本稿では、現地で感じたことについて紹介する。

1 アメリカ留学で知った中国トップ層

 まず、そもそも私が初めて中国の凄さを肌で感じたのは大学院生時代におけるアメリカ研究室留学に遡る。日本にも中国人留学生はいたが、アメリカでお世話になった中国の女性は全然違っていた。彼女は、中国科学院大学を卒業後、バージニア工科大学へ留学し、その間飛び級をしており私より少し若かったにも関わらず、英語は堪能、専門知識も豊富、論文も多く出していた。何より、会話をするだけで頭の回転が速いことはすぐに分かった。人柄も良く常に色んな国籍の人が周りにいて、実験の面倒や私生活でも「おせっかい」とも言える程に親切にしてくれた。一方で、私は典型的な日本人英語、特に聴く力が乏しく、プレゼンの発言も良くて半分程しか理解できないため、欧米人よりもある程度文化の知れた非英語圏のアジア人とばかり話していた。日本では大学院から海外に移るといった選択は極希少である為、彼女のような中国人が沢山いると思うと中国は凄い国だと感じた。今回の訪中は、彼女のルーツを探りつつ、エリートが出てくる仕組みを理解することも目的であった。

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図 1 アメリカ留学の研究室、前列右から3番目が衝撃的出会いであった中国の女性

2 中国訪問

 さて、訪中プログラムの参加者87名は、47%が中央省庁、40%が大学職員(研究職及び事務職)、13%が地方自治体で構成されていた。北京市で北京大学及び中関村国家イノベーション模範区などの訪問や中国政府関係者との座談会等のプログラムを終えた後、2班に分かれ厦門に移動した。

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図 2 厦門グループ全体写真(厦門市コロンス島にて)

 初日の空港到着後、予想よりも空は澄んでおり持参したマスクは不必要であった。バスガイドさん曰く、たまたま空気が綺麗な日であったようであり、変動が激しいらしい。絶え間無い渋滞に巻き込まれながら移動したバスの車窓から高層ビル群を眺めた。土地が国に帰属されるために都市開発のスケールが全く異なる。代表例が、オリンピック公園である。初日夜にホテル近くから向かうと、総面積11km2に及ぶ広大なオリンピック公園のスケールに驚いた。メイン会場の国家スタジアム「鳥の巣」は内部が赤く光るようにライトアップされ、圧倒的存在感を示していた。オリンピック公園展望台、オリンピックタワーも華やかさを添え、夜9時頃になっても観光客と住民で賑わいを見せていた。名古屋市では、リニア開業に向けた再開発が活発であり名古屋駅前に200メートル級のJRゲートタワー、JPタワー、大名古屋ビルヂングが生まれたが、同地域には高いポテンシャルを持つ立地があるにも関わらず、土地交渉が長期間難航した結果、妥協案と見られる計画が発生しており、至る所で雑居ビルと駐車場が無秩序に混在する。都市開発における共産主義の強みを感じた。

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図 3 広大なオリンピック公園の中にある北京五輪メイン会場の「鳥の巣」

 二日目から三日目の、北京市での見学について述べる。政府主導の経済特区である中関村国家イノベーション模範区では北京大学・清華大学、中国科学院等の研究機関をはじめとしたイノベーション資源に恵まれながら、インキュベーション施設が起業支援の下支えとして機能し、当地域から年間3万社程度設立されている。パソコンでお馴染みのLenovoも当地域から生まれている。当地域では、税制上の優遇措置、戸籍緩和策を受けられ、インキュベーション施設は月々2万円程度で起業スペースを確保できる。何より魅力的だと感じた点は、保有している技術を担保として融資を受けられる点である。実際に技術が社会で使われるかは試してみないと分からない、だが資金面での障壁が日本では大きい。中国では、試しに起業してみてダメなら技術を譲渡すればいいだけである。実際、成功する企業は少ないとのことだが、「とりあえず試す」環境が発展に繋がっているのであろう。今回はあまり街全体を見られなかったが、コワーキングスペースやカフェテリアなども多く、オフィス環境が整っているらしいので次の機会では拝見したい。また、中関村展示センターでは、その実製品を視察し、中国の最先端技術の高さに驚かされた。例えば、顔認証システムによる高精度な画像解析技術は、防犯カメラに映るだけで年齢・健康状態を素早く解析され顔認証により個人を把握する。この技術は、約30省市に実装されており防犯対策や行動分析に活用されているようであった。

 この一貫した技術大国を生み出している仕組みは、交流座談会で説明を受けた科学技術重点政策に帰結され、これに伴う教育重点政策・研究補助金交付、税制優遇措置といった一貫した科学技術優位性の確保が為された結果と紐解くことが出来る。特に印象的であったのは、欧米への大学へ留学した学生が博士号取得後、中国に戻り起業するケースが増えており、若者に起業精神が強く年功序列を嫌うという話であった。アメリカで出会った中国人女性はまさに教育重点政策の下で育ち、その先頭集団の一部であり、帰国し起業する若者は彼女と同等の集団だと分かった。教育の在り方も受験主導型ではなく、問題解決能力や実践力を養成するために大学との連携が図られるなど変化してきており、彼女のようなエリートが今後一層登場してくるのであろう。

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図 4 中関村国家イノベーション模範区展示センターでの数々の展示物

 四日目以降は首都から南に2,000km離れた厦門市に移動した。厦門市は人口が370万人、面積が1,700km2、の深圳、珠海、汕頭と並んで経済特区に指定された地方都市である。台湾のちょうど西側の海岸沿いに位置するため、街並みはアジア的であり、草木が街に生い茂っている。厦門大学は南国調の建物が印象的な国家重点大学のひとつである。大学見学では、入る建物に「国家重点実験室」や「211工程」といった看板が何枚も貼られており、予算が配分されていることが判る。見学した厦門大学病理学研究院は2012年に建設され、マラリアやHIV等のワクチン開発を重点的に研究している。研究院で展示されているポスターを見るとScience、Nature、Cellといった一流科学ジャーナルに掲載されており、研究力の高さが伺えた。また、厦門大学内は建設中の建物が多く見られ、北京大学や清華大学以外の地方大学でもかなりの規模になる。大学敷地内の池を埋め立ててまで新しい研究棟が建設中であり、潤沢な予算とスピード感が伝わってきた。

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図 5 (左)厦門大学頌恩楼、(中)病理学研究院で開発されたマラリアのワクチン、(右)厦門大学には建設中の建物が多く、この池は埋め立てられ研究所になる。

 バスの移動中に目が留まった地下鉄の建設現場には「8号線」との文字があった。鉄道網をホテルに戻り調べたところ、「1号線」が開業したのが2017年であるが、現在2路線が営業中、4路線が工事中、さらに5路線の計画が控えており、地方都市での都市開発の速さを実感させられた。さらに、福州とは高速鉄道が2010年に結ばれている。名古屋は地下鉄6路線であるが、累積している赤字と未来の人口減少から新路線の計画は凍結されている。ここでも改めて、中国の成長スピードと共産主義の強みを感じた。

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図 6 建設が進む厦門市地下鉄

3 名古屋と中国

 名古屋と中国の産業には大きな関りがある。名古屋市のある愛知県は中京工業地帯の中心部であり、製造品出荷額が全国第一位となっており、第二位の神奈川県とは2倍以上高い額を付けている。事業所数も大阪府に次ぐ全国第二位であり、自動車産業を中心とする製造業の隆盛が特色となっている。

 私は名古屋市役所に属する名古屋市工業研究所に勤務しており、名古屋近郊の産業発展を目的とし企業との共同研究や依頼試験を通じ、主として中小企業を対象とした技術支援を行っている。市内の事業所の約99 %は中小企業が占めており、名古屋圏の経済を支えていると同時に地域経済の成長・原動力となっている為、弊所の業務は名古屋近郊の経済活動に寄与するだけで無く、日本全体に影響すると考えている。私は樹脂製品に関する相談を受けているが、日本国内の原料よりも中国産の原料が安価である為、多くの中小企業が輸入し、自動車部品の組み立てを行っている事例を聞くことが多い。数年前までは不良品が多く、購入した原料が全く別の物であったと判別することもあったが、最近ではこういった案件は減少している。PM2.5にしろ、河川の汚染にしろ、「とりあえずやってみる」という考え方で発生した副産物だが、改善に向けた取り組みを積極的に行っており、大幅に改善されつつあることも知った。粗悪な中国産もそういうトライアンドエラーの流れで生じた弊害だが、今回の訪中でこういった会社は淘汰されて減っていくであろうと感じた。

 今回の訪中を通じて、中国の技術躍進の源は政府主導の科学技術重点政策とまずはやってみるという精神による相乗効果であると学んだ。こうした怒涛の発展を遂げる超大国と日本は競い合っていかなければならない。名古屋のものづくりを支える中小企業も積極的な開発姿勢を持ち、「トライアンドエラー」を繰り返しながらイノベーションを引き起こすことが重要であるのではないだろうか。今後もこうした企業の下支えをしつつ、私自身も「まずはやってみる」研究活動を目指していきたい。