中国実感
トップ  > コラム&リポート 中国実感 >  【20-009】テレワーク 大規模社会実験観察報告

【20-009】テレワーク 大規模社会実験観察報告

楊智傑(『中国新聞週刊』記者)/江瑞(翻訳) 2020年06月05日

突然の新型コロナウイルスの蔓延は中国人の仕事の仕方を大きく変えることになった。朝晩の通勤ラッシュもなく、毎日何を昼に食べるか考えることもない――在宅で働くことは多くの人の夢だった。しかしいざ始まってみると、不慣れな「オンライン出勤」や技術トラブル、労働時間も曖昧になる。「大規模社会実験」によって今後の会社組織は変わるだろうか。

準備ゼロの戦い

 黄暁萱はあるビッグデータ分析会社の社長室長。従業員は全部で二十数人おり、全員が在宅勤務をするのは今回が初めてだ。在宅勤務に入る前、黄暁萱はクラウド版グループウェアを5、6個テストしてアリババ系の「釘釘」とテンセント系の「騰訊会議」を選び、同僚全員にこれをインストールしてもらった。会社は従業員が朝きちんと起きているか確かめるため、毎朝9時にウェブ会議をするという。会議に出席するときは身だしなみを整えなければならず、「パジャマは罰金」だ。

 こうして事前に準備万端整えておいたにもかかわらず、「オンライン出勤」初日は、やはりテレワークに対する不慣れと動揺を隠せなかった。黄暁萱はパソコンから送られてくるプッシュ通知をオフにする勇気が持てず、1通でもメッセージが届くと、取りこぼすのが怖くて、すぐに開いて確認した。「テレワークをしていると、すぐに返信できなかったら、仕事していないと疑われるんじゃないかと考えてしまう」。次々に送られてくるメッセージを即座に読んでいると、仕事はその都度中断される。会社にいればこういうことはまずない。黄暁萱は手元の仕事が終わるまではメッセージを開かないことにしているし、急用があれば、同僚が彼女の席まで訪ねてくるからだ

 さらに厄介なのが、大都市から田舎に帰省したケースだ。武漢のレノボに勤める王韜は、春節を前に農村の実家に帰省した。武漢が封鎖されると、各地に散らばっているチームのメンバーはSkypeでウェブ会議をおこなうようになったが、村の電波の悪さが彼を悩ませた。湖南省のとある広告会社でプランニングディレクターとして働く胡世昌は、在宅勤務を数週間経験し、オンラインでの音声あるいはビデオによるコミュニケーションは、ネットワークの状態がすべてを左右すると言っても過言でないことを痛感している。回線状況が悪化し通信が滞れば、同じことをもう一度言わなければならない。電話に切り替えても、電話の向こうから「静かにしろ」と子供を叱る声が聞こえてくる。会議のペースは乱され、「本来なら10分で終わるところが、20分かかるのが普通になった」

 中小企業と比べると、業務デジタル化の程度及びデジタル化におけるIT大手の生存能力は何倍も高く、「クラウドワーク」など朝飯前なはずだ。だが問題は、数千人、数万人規模の従業員の連携を、オンラインでどうやって取るかだ。

 牛剛は京東〔JD.com〕のユーザーエクスペリエンス&サービス部第2カスタマーサービスセンターの責任者だ。京東では1万人あまりのカスタマーサービス従業員のうち、3,000人あまりが第2センターのある成都で働いている。カスタマーサービスは従業員の密集度が最も高い部署の1つで、新型コロナウイルス感染拡大後、企業の多くはカスタマーサービスを休止しているという。しかし、京東はカスタマーサービスを1日たりとも休止しない方針を打ち出しており、牛剛は、1,000人以上が同時に働く場でいかに感染を防ぐか、現場復帰できない従業員にどうやって仕事をさせるか、という極めて大きな課題に頭を抱えていた。

 成都カスタマーサービスセンターではすぐに緊急対応チームを立ち上げ、毎日定時に消毒をする、会社に入るときは従業員全員が必ず体温を測る、仕事中は隣と1人分の席を空けて安全な距離を保つ、といった感染対策マニュアルを作成した。また、感染リスクを引き下げ、現場復帰の難しい従業員を勤務させるためにも、カスタマーサービスセンターのクラウドプラットフォームを立ち上げ、業務システムをクラウド上に移し、ネット接続が可能なパソコンさえあれば、カスタマーサービス業務がおこなえるようにした。こうして1週間以内に、成都カスタマーサービスセンターでは1,500人以上の従業員がテレワークに切り替わった。

 だが、従来型のオフライン企業は、この手法をそのまままねるわけにはいかない。シェア上位のグループウェア「企業微信」のシニアプロダクトディレクター何競によると、小売り業やサービス業など、新型コロナウイルスの影響が甚大だったオフライン企業では、オンラインでサービスを展開することはできないものの、顧客のつなぎとめに同社の製品が使われているという。

 「黄金時代健身」は全国に54店舗を構えるスポーツジムで、従業員2,000人あまりを抱える。顧客に来店して消費活動をしてもらわなければ経営が成り立たない典型的なオフラインサービス型業界だが、今回の新型コロナ騒動の影響で、春節前の1月20日から休業に入り、3月に入っても再開の見込みが立たずにいる。同社の董事長・高炎はメディアの取材に対し、「完全に収益が絶たれた状態では、長く持って50日」と吐露した。

 かといって、営業再開のリスクも大きい。黄金時代はやむなく業務方式を転換した。従業員に対しては、企業微信を利用して健康状態を報告させたり、オンライン教育や研修を実施したりすると同時に、ハイグレード会員に対しては、企業微信やTikTokを利用して、1対1での掛け声やライブストリーミング、トレーニング動画の配信といったサービスをおこない、半月あまりで3,000人の新規会員獲得に成功した。それでも高炎は、オンライン方式の場合、従業員に対する管理は以前の50%、会員に対するサービスは以前のわずか30%ほどしかできていないと見積もる。「あまりに突然すぎて、業界にとってはまさに準備ゼロの戦いになった」

image

2月10日、深圳市の平安金融中心入り口にて、自宅での「クラウドワーク」に備え、自社のLANにログインしテレワークソフトをダウンロードする従業員。 写真/新華社

社長の一番の懸念事項

 テレワークは仕事の効率を保証できるのだろうか。新型コロナ騒動前は、多くの人がその点に疑問を抱いていた。

 テレワークの最大の利点は通勤時間がないことだ、と胡世昌は言う。以前は会社に行くために、毎日80分かけていた。早起きして身支度を整える時間も含め、家を出る2時間前に起きなければならなかった。しかし、在宅勤務に変わり、起きる時間が遅くなったのはいいが、稼働時間も長くなったと感じている。「大体みんな午前11時頃から仕事を始め、夜12時になってもまだやり取りが続いていることもある。まだ寝てないだろうっていう暗黙の了解で。1日あたり少なくとも9時間、長いときで11時間は働いている」。クライアントのほうも週末という概念がなくなり、いつ何時でも依頼をもちかけてくる。元々「午前9時→午後9時、週休2日」という勤務体制だったが、今では「12時→24時、休みなし」に変わってしまった。

 黄暁萱によると、企業の社長が一番懸念しているのは、在宅勤務でも社員は真面目に働いているのか、居眠りはしていないか、進捗状況は大丈夫か、といった仕事の効率に関することだという。そんな社長の悩みをできるかぎり解決し、テレワークの効率を上げ、週に1度、更新されたルールを公布するのが彼女の仕事だ。「クラウドワーク」初日を終えたあと、彼女が同僚や友人に感想を聞いてみると、皆一様に効率が悪いと感じていた。それで黄暁萱は、「テレワークの効率にまつわる考え方は、全て会社での勤務が基準になっている」ことに気づいた。

 従来型の勤務環境は、皆がオフィスで顔を突き合わせて働くというものだった。朝9時に出勤し、午後6時に退社するまで、いつでも自由にコミュニケーションを取ることができ、社長のほうも、現場に来て肉眼で従業員がきちんと8時間働いているか確認することを好んだ。しかし、テレワークに切り替わったことで、従業員は画面の向こう側に「隠れて」しまい、本当に8時間仕事をしたか確認する術がなくなった。もしくは、従業員が8時間仕事をするとはハナから信じていないのかもしれない。

 「上の人は一般的に、会社に来て8時間勤務する場合、従業員は真面目に働いていると考えているけれど、実際は、出勤しているからといってその間みっちり仕事をしているわけじゃない。同じように、在宅の場合、監視する手段はないけれども、必ずしも出勤するより仕事の効率が悪いというわけでもない」と黄暁萱は言う。

 そこで黄暁萱は、すぐさまテレワークのルールを調整した。何分以内に必ずメッセージに返信せよ、という強制をなくし、プロジェクト単位の管理方式でテレワークに対する評価をおこなうことにした。プロジェクトがデッドライン前に完成しさえすれば、効率という要素は無視することにしたのだ。

 各部署からのフィードバックが黄暁萱の正しさを裏付けた。業務再開から1週間後、社長室は各部署のマネージャーと1対1の面接をおこなったのだが、意外なことに、各部署ともテレワークは仕事の効率に影響を与えなかったとしたばかりか、考え、取り組む時間が十分にあることから、オフィスでの勤務より効率がよいという意見もあった。

 「一番大切なのは信頼関係」と騰訊研究院上級研究員の徐思彦は言う。管理者は従業員が自宅でもオフィス同様の、あるいはよりよい成果を上げられると信じることが必要だ。こうした信頼関係を支える業績評価も状況に応じて変え、「時間をかけることより結果重視の転換をめざすべき」だという。

 「管理哲学の面で言えば、これまでの監視志向から、従業員自ら動くような管理へとシフトすることが重要である」と騰訊研究院の研究報告書は総括する。つまり、テレワークは、チームリーダーの管理能力が試されるだけでなく、従業員にもより高い意識が求められるということだ。

 約3週間に及ぶテレワークを経験し、胡世昌は仕事効率への影響がそれほどなかったことに気づいた。ミーティングを開くときは、事前にチームとしてのテーマとタスクを明確に決めておき、それを小グループに分かれてディスカッションする。プロジェクトは、期間や期限、項目、責任者など、必要事項が表にまとめられた概要報告書をグループトークにアップし、メンバーはそれを基にタスクを遂行していく。「チームリーダーの従業員とのコミュニケーション能力も、テレワークの成果を左右する要素だと思う」

image

2月11日、広州市南沙区錦珠広場にある中科智城(広州)信息科技有限公司では、誰もいないオフィスでパソコン数台がモニターに次々とコードを表示し続けていた。同社の技術スタッフは、自宅からインターネット経由で会社のパソコンを遠隔操作し、オンラインワークを実施している。写真は同僚とビデオ通話をする同社研究開発部サブディレクター呉鴻。 写真/『中国新聞週刊』記者 姫東

「人の山と会議の海」への挑戦

 新型コロナ感染の拡大によって、突如訪れた大きな試練。何の準備もできていなかったのは、数億人に及ぶ管理者と従業員だけでなく、テレワーク製品のベンダーもまた同様だ。

 テレワークの主な問題は、情報フローの非同期に起因すると徐思彦は言う。そのソリューションであり製品でもあるグループウェアは、物理的に離れているチームメンバーに対し、何をすべきか、他のメンバーは何をしているのか、進捗状況はどうかということを即座に知らせるツールだ。機能別で言うと、リアルタイム通信、ファイル同期、会議システム、タスク管理などに分けられ、これらが融合して1つの業務システムを構成している。

 新型コロナ騒動により、テレワークは喫緊の課題となったが、そのことが逆にテレワーク製品の完成度を高める結果となった。TikTokを運営するバイトダンスのグループウェア「飛書」の開発チームは、グループウェア製品にいま求められているのは、使いやすさ、サービスの安定性、そしてユーザーニーズへの確実な対応だと語る。

 今回、最初にニーズが急増したウェブ会議分野は、今後、開発元各社がしのぎを削る分野となることが予想される。

 ウェブ会議ソリューションベンダーの「小魚易連」では、旧正月当日からバックグラウンドの負荷が上がりはじめた。会社に寄せられた要望では、政府による感染抑制関連のニーズ、教育・研修機関及び各地の教育局によるオンライン教育関連のニーズ、そして企業によるテレワークニーズの3つが特に多かった。

図1

(クリックすると、ポップアップで拡大表示されます)

 「新型コロナ騒動で都市が封鎖され企業が操業停止になっていた間の1日の電話問い合わせ件数は、去年の1~2カ月分の合計に匹敵する」と同社の共同創業者兼CEO袁文輝は言う。現在は顧客の製品採用スピードが早く、デモ版を見て次の日には自社でシステム運用を開始する顧客が多いという。以前には想像もできなかったことだ。

 テンセント〔騰訊〕、アリババ、ファーウェイなどの超大手も続々とこの市場に参入し、完全無料サービスを展開している。「いまがウェブ会議の成長転換点」と語る袁文輝は市場の先行きに楽観的だ。超大手の参入により、同業・同分野の中小零細企業がシェアを奪われるとは考えておらず、長期的に見れば却って有利になると捉えている。

 国盛証券が先日発表した報告書によると、2019年の全世界における会議室の数は9,200万に達するが、ウェブ会議システムの浸透率はわずか4.2%に留まっている。「大部分のユーザーはグループウェアを使用する習慣がない。大手の参入による最大の利点は、大々的なキャッシュバックや割引キャンペーンでユーザーの使用習慣を形成し、市場規模を拡大できることにある」

 ウェブ会議をはじめとするテレワークは、中国ではまだほとんどが産業として初期段階にあり、先進国のような成熟には程遠い。取材に応じてくれた会社の多くも、テンセントやアリババの製品と比べて、ユーザーエクスペリエンスの面では、アメリカのクラウドミーティングツールZoomの安定性が最も優れていると吐露している。

 「新型コロナ騒動の勃発により、十分な準備ができないまま製品を市場に送り出さざるを得なかった」と何競も告白する。今後、より時間をかけて顧客サイドの設備や技術の調整をしたり、急増したユーザーから問題を指摘してもらい改良を重ねたりしていく必要がある。

「大規模実験」の後

 中国におけるテレワークの発展は、一部先進国に遅れを取っている。MicrosoftのアプリGlobal Workplace Analyticsのデータによると、中国のテレワーク人口は2005年に180万人、2014年時点でもまだ360万人だった。複合成長率を8%として計算すると、2019年でもテレワーク人口は530万人ほどしかいないと思われる。総人口14億人からすると、その割合は極めて少ない。

 アメリカはテレワークの分野で他国に一歩先んじている。データによると、アメリカでは2017年までに企業の8割以上がテレワーク制度を導入しており、労働人口の16%~19%を占める3,000万人が在宅でテレワークを実践している。Zoom、Facebook Workplace、Microsoft Teams、Slackなど、アメリカ発の著名テレワーク製品も多数ある。

 「釘釘」副総裁の白恵源は、外国では、テレワークと業務のデジタル化がとっくに企業の通常の業務方式に取り入れられているにもかかわらず、中国ではようやく始まったばかりであることに気づいた。「企業組織として従来の習慣を変えるのはなかなか難しい。業務のデジタル化ができていない場合、テレワークに対する認識は、OA、eメール、オンライン決裁程度で止まっている」

 中国と外国との差は、技術ではなく概念にある、と複数のテレワーク製品ベンダーは言う。徐思彦はさらに、概念的な排除と不慣れ以外にも、テレワークが遅々として普及しない理由は2つあると指摘する。その1つは、業務のデジタル化が進んでいないこと。デジタル化属性の高いIT企業においてすら多くの業務でデジタル化が難しい現状では、オフライン店舗型の中小企業においては何をか言わんやだ。もう1つは、管理制度の問題。企業はトップダウン方式でテレワークに対応可能な管理メカニズムを構築しなければならないが、こうした経験を有する企業はほぼないと言っていい。

 今回の新型コロナ騒動下での「大規模実験」は、企業の管理体制が試される試金石となった。Appenはオーストラリアに本社のある、AI・機械学習にデータサービスを提供する企業だが、そのグローバル副総裁兼中国総経理の田小鵬は、テレワークは、企業が継続的に維持していくべき勤務形態だと考えている。「どんな大企業でも、様々な危機やチャレンジに遭遇するリスクはある。オフィスワークが不可能になったとき、他にどんな対応策があるというのか。テレワークは企業にとって非常に重要だ。なぜなら業務の連続性を保つことこそが企業の至上命題だからだ」

image

新型コロナ騒動で従業員がテレワークを実施しているオーストラリアの AI 企業 Appen。上海オフィスには人っ子一人いない。 写真提供/ Appen

 逆に、危機管理や対応能力の劣る企業は、今後淘汰が進むと予想される。

 「企業制度が存続する限り、中央集権的に物事を進めていく必要はある。しかし、採用コストが上昇するにつれ、将来的には組織を分散させ、プロジェクトをサイクルの基準とし、終了後はチームを解散する方法が採られるようになるだろう」。黄暁萱は今回のテレワークの取り組みを振り返り、この「大規模実験」が、将来、会社組織を変えるだろうと感じたという。

 テレワーク市場は長期的に見て、今回の爆発的成長後に過去のボトルネックを突破し、拡大期に入ると予測する研究結果もある。

 取材に応じてくれた人の中には、新型コロナ騒動が収束したら、テレワークは「予備役」の地位に下がり、当面はこれまで同様、オフィスに出勤しての勤務が主流に戻ると考えている人が少なくない。だが、変革の兆しはすでに現れている。アメリカのフィンテック会社Funderaの研究によると、2020年までに、世界の半分以上の労働力は「ミレニアル世代」(20世紀には未成年で、21世紀に入ってから成人するという時代に生まれた人)で構成されるようになるという。デジタルネイティブである彼らの半生は、コンピュータ科学とインターネットの発展・普及とほぼ軌を一にし、新技術に対して寛容であるだけでなく、自由な働き方に対する考え方も進歩的だ。

 アメリカの著名ソフトウェアベンダーHUMUのデータエンジニアYonatan Zungerはかつて、今後10~15年でテレワークはより多くの業界に浸透し、文化や社会に影響を及ぼしはじめると予測した。2035年になり、ミレニアル世代がオフィスの要職に就くようになると、テレワークはさらに不可避なものとなるだろう。

(本人の希望により、王韜、黄暁萱は仮名)


※本稿は『月刊中国ニュース』2020年6月号(Vol.100)より転載したものである。