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【20-027】中医学と日本漢方の違い

2020年11月02日 『和華』編集部/取材

1 漢方とは

 中国では、「中医学」という言葉は「中国伝統医学」を指します。中薬、鍼灸、推拿(按摩)、導引(気功)などの治療法が含まれています。

 厳密に言うと、日本の「漢方」は「中医学」の意味ではなく、日本伝統医学の専門用語です。

 日本では、江戸時代、オランダから日本に入った西洋医学を「蘭方」と呼ぶようになったことから、それ以前に日本に伝わっていた中国の漢の時代の医学、つまり生薬(中国の「中薬」)を使用し、その後日本で本土化された伝統医学を蘭方と区別して「漢方」と呼ぶようになりました。これが今の日本で「漢方」がほぼ「漢方薬」のみを指している要因です。

 また、日本では生薬を使う「漢方医学」と鍼・灸を使う「鍼灸医学」を合わせたものが「東洋医学」の主な構成となっています。

2 医学教育システム

 中国では、中医薬大学・大学院を設けて、大学生・大学院生向けの包括的な中医学教育システムが構築されています。

 日本には中国のような漢方教育システムがありません。明治維新の後、日本は西洋医学を唯一の医学として認めて、「漢方」を医学のシステムから排除しました。

 2001年に、厚生労働省が「医学教育モデル・コア・カリキュラム-教育内容ガイドライン-」に「和漢薬を概説できる」との項目を追加し、2016年に、更に「漢方医学の特徴や、主な和漢薬(漢方薬)の適応、薬理作用を概説できる」と変更しました。現在はすべての医科大学医学部で漢方医学教育が導入されていますが、履修するコマ数がまだ少ないため、ほとんどの漢方医学の知識は大学を卒業してから、自分の興味及び診療ニーズに応じて、独学或いは様々な勉強会に参加することで得ていきます。

3 医師資格(免許)

 中国では中医薬大学を卒業すれば、(卒業後、国家試験を受けるために一年間のインターンが必要)国家の中医師免許試験を受けられます。合格すれば、中医師免許を取得できます。中医師免許を持っている中医師は漢方の処方もできれば、西洋薬(新薬)の処方もできます。教育訓練を受ければ、手術もできます。

 日本では、医科大学の卒業生しか医師(西洋医学医師)の免許を取れません。「中医学」・「漢方」のような医師(中医師)免許制度はありません。つまり、日本で漢方を処方できる医師は医科大学を卒業して医師免許を取った方のみです。

4 漢方処方

 中国で2002年に出版された中成薬の現状を全面的に反映した最新の辞典『簡明中成薬辞典』には、2000年までに臨床で常用される3,474の複合処方及び単味生薬製剤が収録されています。その大半は近現代、中医薬学者が研究開発した新しい方剤です。

 日本の漢方薬は医療用と一般用の2種類に分けられます。医療用漢方は医師の処方が必要で国民健康保険が適用されますが、延べ148種類あり、その殆どは古代医学典籍に掲載された古来の処方です。一般用漢方とは所謂非処方薬(OTC)として薬局・薬店・ドラッグストアなどで販売されている漢方で、医療用漢方と同名のものもあれば、医療用漢方にない生薬製剤もあります。健康保険は適用されません。

5 医学理論

 中医学は『黄帝内経』から伝わってきた陰陽・五行・臓腑・気血津液・経絡などの理論に基づき、歴代の医家がそれを継承し、発展させてきました。病気の治療においては人に着眼し「弁証論治」を重視しています。例えば、風邪の場合、同じ漢方を飲むのではなく、患者の具体的な状況をみて、それぞれに適した漢方薬を出します。このようにして、「同病異治」、「異病同治」などの中医学独特の考え方とやり方が生まれたのです。

 日本漢方は陰陽五行臓腑などの理論に基づいた弁証論治を強調せず、基本的には古典に掲載された処方・用法に従って漢方薬を使います。例えば、昔の『傷寒雑病論』に掲載された処方は、その記載通りに使うのが基本です。

6 漢方使用

 中医学理論に基づいて、古代から現代までたくさんの処方が生まれ、時代の進歩に応じて絶えず新しい中成薬(製剤化した中薬)が開発されています。

『国家基本薬物目録』(2018年版)には268種類の中成薬が収録されています。中国の薬局店頭でよく見かけるのは、医療健康保険に入っている基本薬物以外に数え切れないほど大量のOTC中成薬が並べられています。剤型も丸剤、錠剤、顆粒剤、糖漿剤、注射剤など様々な種類があります。これも中医学の一つの特色と言えます。「弁証論治」「因人制宜」などの理論を重視する中医学の使い方は知識と経験が必要なので、技量がないと実際の応用においてなかなか難しいと感じられるわけです。

 日本の医療用漢方薬は基本的に顆粒剤で、古来の処方が多く、近現代に研究開発された新しい漢方はありません。日本の医療現場では漢方薬を単に薬として認知している傾向が強く、仮に漢方の知識がなくても医師は「漢方マニュアル(手引)」により、漢方薬を処方することができます。例えば、有名な漢方薬の一つの葛根湯について、その中身を知らない医師でもよく処方します。中医学の理論によると、葛根湯は寒がり、頭痛、背中が凝っている、無汗の風邪に適応しますが、高熱、汗が多い、咽が腫れて痛みなどがある風邪には合いません。このような使い分けは日本漢方ではあまり強調されません。勿論、中医学の考えを参考にして、漢方薬を処方する医師もいます。

7 診断方法

 中医学は「弁証論治」として、「望(見る)聞(聞く)問(問う)切(触れる)」により得た患者の情報を総合的に判断して「証」(タイプ)を決めて治療方針と処方を決めます。特に望診の舌診と切診の脈診を重視しています。

 日本漢方は病名、あるいは主な症状に応じて漢方薬を処方することが多いです。なお、脈診よりも、腹診(腹部の触診)を重視しています。腹診はもともと『傷寒雑病論』にも記述がありますが、それが日本漢方の腹診重視の理由の一つかと思われます。

8 西洋医学との結合

 中国の中医師は大学で中医学だけではなく、西洋医学も履修していますが、国は中医師が西洋医学を学び、西洋医師は中医学を学ぶことを推奨しています。或いは一つの教育システムとして、一部の大学では中西医結合医学学部(専攻)も設けられています。

 日本の医師はすべて西洋医学を身に付けていますから、基本的には西洋医学の視点から患者の病気を見るのが主流となっています。

9 医療施設

 中国では国策として、各地方に公立の中医専門病院を開設し、外来と入院患者を診ています。ほとんどの西洋医学中心の総合病院の中にも中医学の診療室(外来)が設けられています。そのほかに中西医結合医学の専門病院もあります。

 日本では、漢方の医院・診療所・クリニック以外、一部の総合病院、大学附属病院にも漢方外来と漢方内科などの診療室が開設されています。

陳志清

陳志清(ちん しせい)
イスクラ産業株式会社代表取締役副社長

 

 

 

※本稿は『和華』第26号(2020年7月)より転載したものである。