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【16-08】中国社会の難題、低い国民の素質

2016年12月 9日

柯 隆

柯 隆:富士通総研経済研究所 主席研究員

略歴

1963年 中国南京市生まれ、1988年来日
1994年 名古屋大学大学院経済学修士
1994年 長銀総合研究所国際調査部研究員
1998年 富士通総研経済研究所主任研究員
2005年 同上席主任研究員
2007年 同主席研究員

プロフィール詳細

 毎回のことだが、中国に出張するとき、近距離で自国民を観察すると、その素質の低さに言葉を失うことが多い。先日、上海駅で高速鉄道に乗った。日本の新幹線と違って、中国の高速鉄道には、自由席がなく、全部指定席である。そして、改札を勝手に通過することはできず、乗る列車が発車する10分ぐらい前になって、やっと改札を通過することができるようになる。切符を手に持った私は、改札口の前で並んで待っていた。しかし、突然、改札を始めるというアナウンスが流れると、並んでいない人は一斉に前のほうに押しかけて割り込んできた。一人二人だったら、阻止できるが、数十人が押し掛けてきたので、唖然とみているしかなかった。

 少し前に、フランスのパリで政治学者たちと中国の民主化と自由と人権問題について真剣に議論をしたことがある。それを思い出して思わず自分を嘲笑した。あれは無意味な議論だった。目の前の人たちにとって自由や人権は十五夜の月光のようなもので、あってもなくても気にするはずがない。では、彼らは何を追い求めているのだろうか。

 上昇志向は中国人の生活の知恵といえるかもしれない。日本で生活していると、人と競争する意識はほとんど持たない。しかし、中国社会は基本的に競争社会である。たとえ競争しなくていい場面においても、人々の持つ競争のDNAが強く働く。したがって、上海駅で出会った人々は頭で考えれば改札に押し掛ける必要がなかったはずだが、彼らのDNAが強く働いたかもしれない。

 むろん、それは是認できる行為ではない。モラルのある社会であれば、他人と競争する場合でも、社会のルールを守らなければならない。かなりの中国人は、ルールを順守しなければならない意識が軽薄であるようだ。かつて、国民党時代、蒋介石夫人の宋美齢氏は国民に社会のマナーを守る運動を呼びけたことがあるといわれている。しかし、それは失敗に終わった。社会主義中国になってから、雷鋒に学べというキャンペーンが繰り広げられた。雷鋒は人民解放軍の兵士であり、休みのときに、必ずや奉仕活動を行ったといわれている。中国政府は、学校などで雷鋒に学べと呼びかけてきた。

奉仕の精神よりもルールの順守

 今の中国社会では、政府の呼びかけはあまりにも高潔過ぎて、社会の実情との間に大きなギャップがある。それについて中国人の運転マナーの悪さを見ても、一目瞭然である。私も、毎回、中国に数日出張して帰ってくるたびに、日本での運転は少し乱暴になる。しばらくすると、日本での運転に順応してくる。マナーやルールの順守について群集心理が働いて互いに影響しあうようだ。

 上海駅での話に戻るが、今回は高速鉄道の商務クラスの座席に座った。商務クラスは日本でいうグランクラスの座席である。パソコンを取り出して、静かに仕事をしようと思ったが、運が悪かった。通路を挟んで隣の席の湖南省なまりの中年男が、乗車してから下車するまで、ずっと携帯電話で誰かと話していた。しかも、まるで全車両の人々が聞こえるような大声だった。

 途中、あまりにも彼の声が大きすぎて、仕事ができないため、私は席を立ってほかの車両を見て回った。驚いたことに、ほぼ満席の電車に本や新聞を読んでいる人は一人も見かけなかった。文明国家で読書する人がいないというのはどういうことだろうか。

 席に戻って、隣の席の男の人はまだ電話をしている。湖南省なまりだから、全部は聞き取れなかったが、おおよそのことをいえば、彼は電話の相手に、自分が政府のファンドを使って、ある土地を買った。手に入れた土地を別のデベロッパに転売して、それだけで、3億元(約50億円)の利益を上げたと自慢をしていた。

 しかし、電車でこういう成金の自慢話は往々にして詐欺の可能性が高い。気の弱い人はこういううまい話を羨ましく思い、相手に見抜かれて、最後は、金をだまし取られることになる。

 うるさくて、仕事ができない私はパソコンをカバンにしまいこんで、本を読み始めた。すると、この人は、詐欺かどうかは別としても、二つ目の駅で下車していった。その後は、とてもいい旅だった。

経済発展と社会の安定を妨げる国民の素質の低さ

 旅の道中、ずーっと自問していた。何が中国の社会安定と経済発展を妨げているのだろうか。従来の中国研究では、司法制度の未整備などが障壁になっているとよくいわれている。しかし、中国社会の内実をみると、人々の素質の低さこそ社会の発展を阻んでいるのではなかろうか。数千年も続いた王朝の社会で人々は自己防衛の知恵が身に着いた。社会のマナーなどを気にする人は少ない。人々にとり、ルールというものは監視されていれば、それを守るが、誰にも監視されていなければ、たとえ社会常識に反していても、平気にルールを違反する。

 38年前に、最高実力者鄧小平は近代化を目指して、「改革・開放」を推進した。しかし、工業、農業、科学技術と国防からなる「四つの近代化」に制度と教育の近代化が含まれていない。人々に対する啓もう活動が遅れ、先端科学技術のレベルが向上したが、社会の基本的なマナーやルールがいまだに守られていない。

 こうした状況をもたらした要因の一つは、共産党幹部たちが率先してルールを破っていることである。だいぶ前に、ある省政府の経済顧問会議に出席するために、日本から飛行機に乗っていった。空港に着いたら、専用車に載せられ、パトカーに先導され、赤信号が一つもなく、会場のホテルへ連れて行かれた。私のようなエコノミストに国賓待遇を供与する必要は何もなかったはずである。

 中国は、どうみても、特権国家である。国民の監督・監視を受けない国家権力は恣意的に威力を発揮する。国民がマナーやルールを守るために重要となる前提は、国家が権力を乱用しないことである。

 25年前、共産党は社会主義市場経済の構築を憲法に盛り込んだ。しかし、市場経済は社会主義的なものだろうが、資本主義的なものだろうが、信用秩序が確立し、ルールが守られなければならない。現状において政府共産党がもっとも恐れているのは社会不安のようだ。しかし、社会不安を助長する一番の原因は権力の乱用である。