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【17-02】中国型市場経済の壁

2017年 4月11日

柯 隆

柯 隆:富士通総研経済研究所 主席研究員

略歴

1963年 中国南京市生まれ、1988年来日
1994年 名古屋大学大学院経済学修士
1994年 長銀総合研究所国際調査部研究員
1998年 富士通総研経済研究所主任研究員
2005年 同上席主任研究員
2007年 同主席研究員

プロフィール詳細

 中国の景気は減速しているが、中国政府は景気を押し上げるために、種々の景気対策を講じているにもかかわらず、目立った効果が上がっていない。一般的に景気は短期的な景気循環や突発的なリスク要因により大きく変動しがちである。中長期的にみると、景気は必ずや経済のファンダメンタルズをもとにする潜在成長率に回帰すると考えられている。こうしてみれば、中国経済について目下の景気減速よりも、中国経済のファンダメンタルズを明らかにすべきであろう。

 中国経済は日本経済とよく似た点があり、すなわち、高負債の経済ということである。かつて日本経済は1990年代はじめのバブル崩壊以降、20年も失われたが、あの20年間、景気を押し上げるために、日本政府は毎年巨額の国債を発行し、そのお金で公共投資を行い、景気の底上げを図った。仮に当時の負債率で景気上昇分を割り引いた場合、明らかにマイナス成長だった。

 同様に、今の中国もマイナス成長の可能性が高い。ただし、日本と違って、中国政府は国債を発行する代わりに、国有銀行は国有企業に融資を行い、国有企業はさまざまな投資を行って、経済成長を続けている。国有銀行の原資は預金者に対する負債である。国有企業は国有銀行に対して、債務を返済できなければ、不良債権となる。ただし、国有銀行は国有企業に対する融資が不良債権にならないように、往々にして追加融資を行う。その結果、国有銀行のバランスシートをみるかぎり、不良債権比率は低く、自己資本比率もBIS規制をクリアしている。しかし、そのからくりは一目瞭然である。

 長期的にみると、中国経済が抱える一番の問題はこの点ではない。中国経済の多くの論者がいわく、国有銀行はどんなに不良債権を抱えても、最後は、政府が財政資金を持って引き当ててくれる。この点は、日本と違って、中国では、債務危機が起きにくいといわれている。この論点整理は間違ってはいないが、不完全なものと言わざるを得ない。すなわち、政府はいかにして必要な財源を確保するかである。

 中国政府にとり財源を確保する方法は、①税収、②「費用」の徴収、③国有地の払い下げによる収入と④国債発行である。このなかで国債発行は負債であり、慎重に行う必要がある。土地の払い下げによる収入は今の規定では、地方政府の歳入になっているため、中国政府に集まってこない。さらに、道路付加費のような費用徴収は国民から反発が強く、徐々に減らしている。そこで最後に残っているのは税収だけである。

中国人民の低い納税意識

 中国の租税制度の特徴は直接税も重要だが、税務署は間接税の徴収に力を入れている。たとえば、アメリカへ出張や旅行へ行くとき、タクシーに乗り、運転手に「領収書をください」といった場合、アメリカのタクシーには領収書のようなものがなく、運転手はちょっとした紙切れにタクシー料金にチップを加えた金額を書いて渡してくれる。これはアメリカでいう領収書というものである。一方、日本の居酒屋で食事をして、「領収書をください」といった場合、店にもよるが、金額も宛先も書いていない領収書をくれることがある。そもそも、領収書は、タクシーの運転手や居酒屋がお客さんから料金をもらった証拠の書類である。

 それに対して、中国では、タクシーでも、レストランでも、何かの消費をしたあとに、領収書をもらおうとすると、税務署が定めた公式なものでないといけない。すなわち、外国人は別として、中国人は公式な領収書ではない、日本でいうレシートのようなものを勤め先に請求しようとしても、請求できない。なぜならば、税務調査では、レシートに書かれた金額は経費として計上を認められないからである。

 このような厳格な領収書制度を作ったことについて、業者が偽の領収書で金額を偽って増値税(付加価値税)の還付を得ようとするかもしれないからといわれている。これは一因ではあるが、もう一つはやはり経費が過大に計上され、法人税の納税を免れようとする可能性があるからである。

 一方、直接税はどのようになっているのだろうか。

 中国の個人所得税制は日本の所得税に倣って作ったものである。すなわち、個人の所得額に応じて累進課税されるものである。しかも、最高税率は日本とほぼ同じで45%に上る。問題は、株式投資や不動産投資など副収入のある人について本来の給与所得と総合課税されないことにある。現在の制度では、給与所得は最高税率が45%の累進課税になっているが、株式投資や不動産投資などの副収入は一律20%の課税であり、しかも、確定申告の制度がないため、申告しない人が多いといわれている。とくに、資産を相続する際、相続税が設けられていない。

 なぜ所得の総合課税を導入しないのだろうか。原因は簡単だが、所得調査がなされていないからである。農民や労働者の所得を調査しなくても、最初から明白である。共産党幹部の所得については、税務署といえども調査することができない。同じように、資産を相続する際、相続税が課税できないのも、資産調査ができないのが理由である。

 中国は市場経済を構築しようとしている。しかし、中国人は全般的にみると、納税意識が極端に低い。中国人にとり、税金というのは、できるだけ納めないものである。なぜ中国人の納税意識が低いのだろうか。その答え、あるいは、言い訳は、真面目に税金を納めても、その対価としての行政サービスを享受できないということである。

 要するに、中国では、納税者は納税者としての本来の権利を享受できないから、人々はできるだけ納税をしないように努める。たとえば、企業は従業員に給与を払った場合、当然、日本の源泉徴収と同じように所得税を天引きしなければならない。しかし、その対策として、給与の支払いに代わって、交通費や住宅手当など手当の支払いであれば、所得税の納税を免れる。また、生活に必要なものを実物支給すれば、経費と計上できる。結果的に、所得税を収めなくて済むということになる。

 結論的にいえば、中国型市場経済の構築は人民の低い納税者意識という壁にぶつかっている。これをもたらしたのは、現行の政治・行政システムの欠陥である。政府は、税金をどのように使っているかについて納税者にきちんと開示していない。納税者からみると、自分が納めた税金が無駄遣いされていると思えば、当然のことながら、納税をしたくない。そのなかで、政府の幹部や職員は納税者と横柄な態度で接したりすると、納税者の納税意識をさらに押し下げてしまう。中国政府にとり、いかにして納税者意識を高めるかは真剣に取り組まないといけない課題である。