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【18-02】話し方と聞き方

2018年3月15日

柯 隆

柯 隆:東京財団政策研究所 主席研究員

略歴

1963年 中国南京市生まれ、1988年来日
1994年 名古屋大学大学院経済学修士
1994年 長銀総合研究所国際調査部研究員
1998年 富士通総研経済研究所主任研究員
2005年 同上席主任研究員
2007年 同主席研究員

プロフィール詳細

 2018年は、筆者が名古屋での留学から計算すれば、日本での生活をはじめてちょうど30年になる。日本での生活が長い筆者は普通の外国人より多少なりとも日本人の心を知っているかもしれない。たとえば、周りの外国人にときどき忠告することだが、日本人に「日本語が上手ですね」と褒められているうちは、まだまだ日本語は十分に上手でない証拠である。総じていえば、日本人は優しいから、日本語が十分に上手でない外国人を励ますため、こういうふうに褒めることが多い。

 このような建前と本音を使い分けるのは日本人だけではない。中国人も建前と本音を使い分けることがある。

 一般的に、中国人がもっとも苦手なのは人に批判されることだが、褒められると、たとえそれが褒められ過ぎと分かっていても、すぐにいい気持ちになってしまう。中国には「礼多人不怪」という諺がある。その意味は、人との付き合いで丁寧過ぎることはないということである。また、ビジネスの世界で、「和為貴」(融和が一番)とか、「和気生財」(姿勢を低くすれば、必ず儲かる)などの業界用語のような諺がある。たいていの場合、中国人を上手に褒める外国人は中国で名誉市民などの称号を与えられることがある。逆に、たとえ建設的な意見であっても、中国や中国人を批判していると受け止められると、「敵対勢力」とみなされる。

 アメリカのトランプ大統領は就任前、中国人の性格を十分に知らなかったかもしれないが、ツイッターなどで中国政府を厳しく批判していた。しかし、大統領に就任してから、中国の習近平国家主席をwise leaderと褒め称えるようになった。この大きな姿勢変化の背後には、キッシンジャーの存在が見え隠れる。キッシンジャーはアメリカきっての中国通である。

 むろん、社交辞令は鵜呑みしてはならない。日本の政治家や財界のリーダーが中国を訪問するたびに、必ずや「尊敬する」とあいさつする。それに対して、中国側の指導者は「いかなることがあっても、私に任せてください」と応じることが多い。中国語には「大話」という表現がある。「大話」とは、誇張された大げさの話のことであり、実現しない空手形の意味もある。

 筆者は研究者として日頃からビジネスマンや政治家と距離を置くように心がけている。なぜならば、ビジネスマンと政治家は「大話」を持ちかけるのが得意だからである。この点は、中国人だけでなく、万国共通だろう。

 日本で生活する筆者は中国に帰るとき、いつも誰かに「大話」を持ちかけられる。かつて、故郷の江蘇省のある幹部に誘われ、「世界の有名な研究者に一堂に集まってもらって、知事に政策提言してもらい、知事の知恵袋になってもらいたい」。普段は、こういう誘いには絶対応じない筆者だが、その話は長年の友人を介してきたものだったため、時間を作って、故郷に帰った。

 会場に行くと、確かに世界から集められた専門家らしい人が数十人集まっていた。会議が始まると、すぐさま何人かの専門家らしい人が発言し、「われわれはこの会議をランド研究所のようなシンクタンクに作り上げていく」と豪語。最後まで我慢しようと思った筆者は、とうとう我慢できず、「ここにいる人のなかで、実際にランド研究所に入ったことのある人、手をあげてください」と発言。実際に手を挙げたのは、筆者だけだった。

 この話を例に挙げた目的は、中国人の話を聞くときに、鵜呑みせず、ディスカウントしないといけないと指摘しておくことである。

 金融の世界では、手形をキャッシングするとき、ディスカウントレートを事前に決められる。われわれは人の話を聞くときも、事前にディスカウントレートを決めておいたほうがよかろう。

 歴史的に日本人は中国から漢字などの文化を学んだ。その過程において日本人は輸入してきた漢字を使って、新たな単語を作るなどの創作も行われた。和製漢語のなかでもっとも気を付けないといけない言葉の一つは「共存共栄」である。そもそも中国の辞書には共存共栄という言葉はなかった。

 考えてみてもらえればわかるように、共存共栄ができれば、三国志などはありえなかった。秦王朝の前の戦国時代は、群雄割拠の時代であり、互いに共存共栄できれば、始皇帝に統一されることはなかった。中国文化の基本は共存共栄ではなく、紛争のなかで呑むか呑まれるかの選択肢しかなかった。

 1945年、日本は敗戦した。戦争に勝利した中国は長い戦争によって疲弊していた。そのとき、国民党と共産党は共存共栄できたら、その後、内戦はなかったはずだった。毛沢東は人心を掌握するために、「聯合政府を論ず」という文章のなかで、中国人民に民主と自由を約束し、しかも、土地は農民のものと主張した。人心を掌握した毛はその後、わずか4年で蒋介石の国民党軍を殲滅した。ただし、毛沢東は自らの約束を守らなかった。中国人民は民主と自由を味わうことがなかった。

 中国語には、「聴其言、観其行」という言葉がある。その意味は、その人の話を行くのも重要だが、その人の行動を実際に見るべきということである。

 天才の政治家は一人も例外なく言葉が巧みである。ウィンストン・チャーチルはその典型であろう。ただし、言動がもっとも一致する政治家を一人あげるとすれば、フランスのシャルル・ド・ゴールではなかろうか。

 アメリカの政治史においてニクソン大統領に対する評価は決して高くない。しかし、彼の回顧録「Leaders」(指導者たち)は一読に値する本である。ニクソンがもっとも傾倒する世界の指導者のひとりは中国の周恩来元首相だった。今でも中国で、周恩来を批判すると、間違いなくネットで集中攻撃される。

 周恩来ほど人に与える印象を周到に演出し飾る政治家はほかになかろう。2018年は、周恩来生誕120年にあたるが、毛沢東時代の周恩来の言動はいまだ完全に解明されていない。

 中国は習近平政権から新時代に入ったといわれている。しかし、新時代に入っても、中国人の国民性は変わらない。中国人、とりわけ、中国の財界リーダーと政治家の話を聞くとき、少し割り引くことを忘れないほうがいいかもしれない。