【18-09】強国を目指す中国の弱さ
2018年12月28日
柯 隆:東京財団政策研究所 主席研究員
略歴
1963年 中国南京市生まれ、1988年来日
1994年 名古屋大学大学院経済学修士
1994年 長銀総合研究所国際調査部研究員
1998年 富士通総研経済研究所主任研究員
2005年 同上席主任研究員
2007年 同主席研究員
2018年 東京財団政策研究所主席研究員、富士通総研経済研究所客員研究員
先日、あるシンポジウムを主催して、各々のスピーカーが講演したあと、パネルディスカッションのとき、パネリストに一言ずつ感想を述べるように求めた。参加者のなかに唯一中国から来た専門家がいた。彼の感想は、「今日の来場者のみなさんは誰も電話をかけなくてすばらしかった」というものだった。何ともいえない意外な感想だった。
日本では、講演会などでたいていの場合、司会者から参加者に「携帯電話をマナーモードに」とアナウンスすることがある。さすがに、講演の最中に電話する人はいない。どうしても緊急な電話であれば、会場の外に一旦出てから電話する。
中国の専門家が日本人のマナーに感心したのは、おそらく中国の講演会で参加者が平気で電話するからだろう。ずいぶん前のことだが、筆者の故郷南京で開催された世界華商大会に参加したときのことだが、朱鎔基首相(当時)が駆けつけて演説した。そのとき、多くの参加者は舞台の近くまで行き、演説している朱鎔基首相をバックに記念写真を撮影していた。それ以来、筆者は中国で開催されるこういった会議にはいっさい参加しない。
中国は今、強国を目指している。しかし、国力はその国の国民の民度によって決まるものであるとも言えよう。民度は中国で「国民の素質」といわれている。今、中国の経済規模は世界で二番目に大きい。中国と先進国の一番の格差はまさに国民の素質の違いであろう。
産業界の例をあげよう。中国はかねてから自動車産業を育成し、先進国の自動車産業並みのレベルにまで引き上げたい。1980年代、中国政府は自動車市場を外資に完全に開放せず、中国メーカーとの合弁を条件とした。なぜ中国政府が外国メーカーに合弁を求めたのだろうか。中国メーカーと合弁する外国メーカーに中国政府が技術移転を求めたからである。
しかし、地場メーカーの技術力はいっこうに向上しなかった。その後、2000年代に入ってから、中国では、外貨準備が増え、地場企業の資金繰りが潤沢になった。吉利(浙江省)はキャッシュフローに問題が生じたボルボを買収した。中国メーカーが外国メーカーを買収したのはほかでもなく、外国メーカーの優れた技術を手に入れるためである。
では、四苦八苦して、中国自動車メーカーの技術力が向上したのだろうか。その答えは、最近全体的な品質が上がってきているものの、エンジンとトランスミッションについてはノーである。マクロ統計をみると、2017年中国で生産販売された車のうち、地場ブランドの車は全体の44%だった。しかし、これはあくまでも車の台数の割合である。仮に、車の売り上げ(金額)の割合で集計すれば、地場ブランドの割合はもっと低いはずである。
なぜ、中国の地場メーカーの技術力は上がらないのか。専門家は自動車産業の特徴は部品の数が多いため、その摺合せが難しいと指摘する。それは事実だろう。中国のある自動車メーカーのチーフエンジニアにインタビューしたことがある。そのときにいわれたのは、「中国メーカーは、エンジンとトランスミッションの製造に合格していない。中国のトップメーカーはすでにその技術を手に入れたが、問題は技術労働者が育っていない」という点であった。
とくにトランスミッションとエンジンの部品の取り扱いは十分に注意を払う必要があるが、中国メーカーの技術労働者がその部品を粗雑に取り扱うといわれている。こうした事例も分かるように、中国産業技術の問題はトップの技術というよりも、ボトムの低さにあると考えるべきである。
2018年は日本の明治維新の150年である。明治維新の最大の功績は日本人の教育レベルをボトムアップしたことである。もっとも優れたのは識字率がほぼ100%になったことである。
今の中国には、文盲あるいは半文盲の人は依然1億人以上いると推計されている。中国社会のボトムの低さこそ中国の近代化と民主化の最大の障壁となっている。
アメリカの留学生統計によると、現在、アメリカの大学で勉強している中国人留学生は34万人に上る。その多くはMBAとコンピューター工学などを専攻しているといわれている。一方、北京大学や清華大学など中国の名門大学に足を踏み入れると、中国のトップレベルの人材がそろっている。しかも、先進国の大学に引けをとらない優れた教育レベルといえる。
しかし、中国の農村、とりわけ西部の農山村に行くと、両親が沿海部の大都市に出稼ぎに行っている留守児童が多数いる。彼らはきちんとした基礎教育を受けていない。都市部の労働者層でも、基礎教育レベルが低すぎる。
中国政府は強国復権を目指している。そのため、世界最先端の人材が育成されている。しかし、教育レベルをボトムアップしなければ、真の強国にはなれない。
共産党の統治機構をみると、中央委員会は毎年たくさんの通達を出して末端の支部にそれを伝達していく。しかし、伝言ゲームのような統治システムは、中央委員会が出した通達が末端の支部にまでいくと、まったく別のものになってしまう。末端の支部が中央委員会の通達を忠実に実行しないことこそ共産党統治機構の弱さといえる。
その結果、共産党中央委員会は毎年出す通達が年々強烈な表現になっている。とくに、景気が減速し、社会が不安定化すると、国民を激励しないといけない。また、指導者は往々にして歴史に名を残したいと考える。だからこそ、三峡ダムや「南水北調」といった世紀のビッグプロジェクトを建設する。今の習近平政権は「一帯一路」プロジェクトを建設し、「中国製造2025」という計画を発表し実施している。
これまでの中国のビッグプロジェクトの7-8割は挫折している。たとえば、江沢民時代の西部大開発や胡錦濤時代の東北新興はいずれも頓挫してしまった。なぜならば、底辺の人民は指導者の号令に呼応しなかったからである。また、政府が号令をかけても、それを実行する組織がきちんとできていない。
中国は人治国家とよくいわれる。人治国家だからこそ制度的枠組みができておらず、何かの通達が出され、それを実行に移しても、効果があがらない。そのうえ、司法制度が十分には整備されていないため、「上に政策あり、下に対策あり」といういびつな社会になってしまっている。結果的に、社会でも産業でも形がそれなりのものができるが、中身は粗雑になってしまう。これでは、真の強国にはならない。