知財・法律
トップ  > コラム&リポート 知財・法律 >  File No.23-11

【23-11】オープンソースでの成功を工業分野の国際標準づくりに生かす中国

2023年11月02日

高須 正和

高須 正和: 株式会社スイッチサイエンス Global Business Development/ニコ技深圳コミュニティ発起人

略歴

略歴:コミュニティ運営、事業開発、リサーチャーの3分野で活動している。中国最大のオープンソースアライアンス「開源社」唯一の国際メンバー。『ニコ技深センコミュニティ』『分解のススメ』などの発起人。MakerFaire 深セン(中国)、MakerFaire シンガポールなどの運営に携わる。現在、Maker向けツールの開発/販売をしている株式会社スイッチサイエンスや、深圳市大公坊创客基地iMakerbase,MakerNet深圳等で事業開発を行っている。著書に『プロトタイプシティ』(角川書店)『メイカーズのエコシステム』(インプレスR&D)、訳書に『ハードウェアハッカー』(技術評論社)など
medium.com/@tks/takasu-profile-c50feee078ac

 中国の政府系シンクタンク、中国電子技術標準化研究院(CESI)が「オープンソースと工業技術標準化の共同発展レポート(开源与标准协同发展研究报告)」を発表した(リンク)。これはオープンソースソフトウェア開発の手法を、ISOなど他の分野の標準化を確立するために応用しようとするものだ。

オープンソースでの成功を他の工業分野に

 中国はまだ、他国からキャッチアップする技術も多く、グローバルな交流で利益を得る立場にある。米国主導による中国の技術封じ込め、デカップリングにより技術進化を阻む戦略が展開される中、中国からはオープンな国際標準を作るために様々な活動が行われている。

 中国オープンソース貢献レポート2022年によると、中国から始まったオープンソースプロジェクトの33.7パーセントに中国以外からの貢献者がいる。また、GitHubが公開した2021年の統計によると、中国のGitHub上の開発者数は755万人で世界第2位、2021年の新規開発者数は103万人に上る。オープンソースソフトウェアの開発手法は、大型テック企業を中心に、中国から世界に向けての貢献について、一定の成功を収めつつある。

 ソフトウェア開発者が増えていること、多くのソフトウェア開発者がオープンソースの開発手法に慣れ親しんでいることは、中国に限らず様々な新興国で見られる現象だ。人口が多く、発展も急激な中国の数字が目立っているにすぎないという見方もできるが、他の工業標準化に比べて、世界的な貢献を成し遂げている点は評価されるべきで、中国国内でのロールモデルになり得る。

 今回のレポートは、こうしたソフトウェア開発における成功モデルを、他の工業分野に波及させようとするものだ。

オープンソースは、試行錯誤しながらの標準化づくりに向く

 レポートでは標準化について、影響力が大きくなる順に次の4つにカテゴリ分けしている。

A.基準のないデファクト・スタンダード(影響力が小さい)

B.自発的な団体内のグループ・スタンダード

C.政府や国家的な団体の定める国内標準

D.国際組織が定めるISOやITUなどの世界的な標準(影響力が大きい)

 そして、工業化標準の策定や政策立案などがオープンソース開発の手法によって行われることで、技術開発のプレイヤーがより幅広くなることをゴールとし、そのゴールに向けた様々な活動を横断的に解説している。

 標準化そのものはクローズドソースの環境でも可能だが、策定された標準が使いづらく、知名度も上がらず社会から無視されているようでは失敗といえる。A~Dのどのカテゴリの標準化においても、オープンソースソフトウェアの開発手法を各プロセスで取り入れることで、より使われる、成功する標準化が可能だとレポートは説く。

 たとえば標準化するための規約や規格において、限られたメンバーでいきなり最終版を発布すると、現実から乖離し使われない標準化になりがちだ。オープンソースソフトウェア開発で行われているように、まず検証可能なプロトタイプを広く公開する。そして、公開した規約や規格へのフィードバックや議論を受け付けるプラットフォームを整えて、策定・検討するメンバー以外からも広く意見を集めつつ、フィードバックを踏まえて改善した次バージョンのプロトタイプを再度公開し、充分に成熟するまでバージョンアップを繰り返す。こうしたやりかたは、標準化の策定プロセスにおいても、失敗を避けることにつながる。

 こうしたオープンソースソフトウェア開発手法の他分野への適用は、標準化のルール設定でも有効である。うまく機能した標準化は、開発者と利用者の両方を助け、その技術が活用される業界全体を活性化する。

 レポートでは、各プロセスがそのように進み、完成した標準化が業界全体を活性化した好例として、World Wide Web Consortium(W3C)の定める様々なweb標準がweb技術の普及を技術・産業面の両方を盛り上げたことを取り上げている。

 Web標準はソフトウェアそのものではないが、標準に大きく寄与したwebブラウザやwebサーバなどにオープンソース開発によるソフトウェアが多く、Aのデファクト・スタンダードからDにあたるW3CやRFC(要確認)の標準化まで、オープンソースのやりかたに慣れ親しんだ開発者が多かったことで好例となりえている。

ソースコードに加えて、多くの人が議論に参加できるような仕組みが必要

 オープンソースソフトウェアの開発では、ソースコードが成果物でも資料でもあるため、他の活動(ドキュメントなど)がややもすると軽視される傾向がある。レポートはソフトウェア開発手法を称賛するだけでなく、ソフトウェアの開発者に向けても注意を述べている。

『標準化の価値は、オープンソースコミュニティにはあまり理解されていない。オープンソースコミュニティはしばしば、コードが「標準」として使えると単純に思い込んでいる。オープンソースは、オープンなコード開発と共有を通じて、技術の普及を急速に進める。』

 これは、コードが共有されることが公開の目的なので、共有に向けた努力を軽く見るべきでない、という意味の忠告だ。必要とされるソフトウェアが、ユーザによって自発的に作られる事が多いオープンソースソフトウェアに比べて、このレポートが目的とする標準化は、意図を持ってガイドラインを引く活動である。このレポートを政府系のシンクタンクが発行していることそのものが、産業振興や海外に向けた競争力獲得という中国政府の意向が透けて見える。

 とはいえ、その手法としてオープンソースソフトウェアの開発手法を選択し、より開かれた手法で標準化を目指していくことは、他のより重商主義的・権威主義的な方法に比べて、世界にとって歓迎すべき方向性といえる。

 中国に限らず、日本なども含めて、技術標準や規制などの標準化がうまく働かず、発展を促進するどころか阻害する要因になっていることがある。また、通信などでは技術の進化に基づいて標準はアップデートされていくため、オープンに集合知を取り入れて常に変化させていく、この方法は日本でも有効に思われ、大いに参考にするべきだ。


高須正和氏記事バックナンバー