【25-01】中国上場企業への外国投資規制緩和とその影響
2025年03月18日

柳 陽(Liu Yang):
柳・チャイナロー外国法事務弁護士事務所代表
北京大学、慶應義塾大学法学修士。2006年より弁護士業務を行っており、日本企業の中国における新規投資、M&A、事業再編、不祥事対応、労務及び紛争処理等中国法業務全般を取り扱っている。
事務所ウェブサイトhttp://www.chinalaw-firm.jp
2024年11月1日、中国商務部などの関係部門は「外国投資者による上場企業への戦略的投資管理方法」の改正(以下、「新管理方法」)を公布し、同法は同年12月2日に施行された。本改正は、2005年に制定された従来の規定を大幅に見直し、外国投資者の主体範囲や資産要件、投資手段、対価の支払い方法、持株比率およびロックアップ期間など、多岐にわたる投資条件を緩和するものである。これにより、外国資本の参入が促進され、A株[1]上場企業とのM&Aや資本提携が容易になると期待される。本稿では、新管理方法の主要な改正点とその影響について解説する。
1. 戦略的投資の適用範囲
新管理方法では、外国投資者が上場企業のA株を取得し、中長期的に保有する行為を「戦略的投資」と定義している(同法第2条)。具体的な取得手段として、上場企業による新株の定向発行(第三者割当増資)、協議による譲渡、公開買付け(TOB)などが明示され、従来の規定に比べて投資手段が多様化されている。特に、公開買付けが新たに認められた点は、外国投資者にとって柔軟な投資手段の選択肢が増えたことを意味する。
一方で、以下の投資形態は新管理方法の適用対象外とされている(同法第33条)。
➤ 適格海外機関投資家(QFII)や人民元適格海外機関投資家(RQFII)による投資
➤ 香港・上海、香港・深圳、上海・ロンドン間の株式相互取引メカニズム(例:滬港通、深港通、滬倫通)を通じた投資
➤ 外商投資企業のA株IPOに伴う株式取得
➤ 特定の条件を満たす外国人が二次市場で行う取引や株式報酬制度による取得
これらの除外規定により、戦略的投資と一般的なポートフォリオ投資との区別が明確化された。
2. 外国投資者の主体範囲と条件
新管理方法では、外国投資者の定義が拡大され、外国の自然人(個人)も戦略的投資を行うことが可能となった(同法第3条)。これにより、外国企業や組織だけでなく、個人投資家も直接的に中国の上場企業への戦略的投資に参加できるようになる。
具体的な要件として、外国投資者は以下の条件を満たす必要がある(同法第6条)。
- 外国企業・組織の場合 : 設立・運営が合法であり、健全な財務状況と信用を有し、成熟した管理経験、適切なガバナンス構造、内部統制システムを備えていること。
- 外国自然人の場合 :相応のリスク認識能力とリスク負担能力を有していること。
さらに、資産要件として、
- 非支配株主となる場合 :実質資産総額が5000万ドル以上、または管理資産総額が3億ドル以上。
- 支配株主となる場合 :実質資産総額が1億ドル以上、または管理資産総額が5億ドル以上。
これらの資産要件は、従来の規定と比較して非支配株主の場合に緩和されており、より多くの外国投資者が参入しやすくなっている。
3. 対価の支払い方法:クロスボーダー株式交換の導入
新管理方法では、外国投資者が戦略的投資を行う際の対価支払い手段として、クロスボーダーでの株式交換[2]が新たに認められた(同法第7条)。具体的には、外国投資者が上場企業の新株発行や公開買付けを通じて戦略的投資を行う場合、対価として外国企業の上場・非上場株式を提供することが可能となる。ただし、協議による譲渡の場合は、対価として上場企業の株式のみが認められる。
この変更により、外国投資者は現金以外の手段で投資を行うことができ、資金調達の柔軟性が向上する。また、A株上場企業が海外資産を取得する際にも、クロスボーダー株式交換を活用することで、取引の効率化が期待される。
4. 持株比率とロックアップ期間の緩和
従来の規定では、外国投資者が初回の戦略的投資で取得する持株比率は10%以上とされていましたが、新管理方法ではこの制限が撤廃され、投資手段ごとの規定に従うこととなった。具体的には、定向発行の場合は持株比率の制限はなく、協議による譲渡や公開買付けの場合は5%以上の取得が必要とされている(同法第14条、第15条)。
また、ロックアップ期間についても、従来の3年間から12カ月に短縮され(同法第10条)、投資家の流動性が向上した。これにより、外国投資者はより柔軟に投資戦略を策定できるようになる。
5. 日本企業への影響と留意点
新管理方法の改正により、日本企業にとって中国上場企業への戦略的投資がより魅力的な選択肢となる可能性がある。特に、公開買付けやクロスボーダー株式交換の導入は、M&Aや資本提携の手段として活用できる場面が増えると考えられる。
しかしながら、日本企業が中国の上場企業に戦略的投資を行う際には、以下の点に留意する必要がある。
(1) 外資規制との整合性
外商投資産業指導目録やネガティブリストにより、特定の業種に対する外資規制が依然として存在するため、事前の確認が必要となる(同法第5条)。また、国家安全審査や反外国制裁法の影響も考慮し、政治的リスクを適切に評価することが求められる。
(2)コンプライアンスおよび開示義務
戦略的投資を行う外国投資者は、中国証券監督管理委員会(CSRC)および関連当局への届出・審査が必要となる場合がある。また、中国の情報開示制度(例えば、持株比率が一定の閾値を超えた場合の報告義務)を遵守する必要がある(同法第16条)。
(3)投資後のガバナンス戦略
日本企業が支配株主または重要な少数株主として参画する場合、董事会への関与やガバナンスの整備が求められる。企業文化や経営方針の違いを考慮し、円滑な統合プロセスを設計することが重要となる。
6. まとめ
新管理方法の改正は、中国上場企業への外国投資を促進し、日本企業にとっても新たな機会をもたらす。特に、公開買付けやクロスボーダー株式交換の導入、持株比率・ロックアップ期間の緩和は、日本企業の投資戦略の柔軟性を高める要因となる。
一方で、外資規制や国家安全審査、コンプライアンス義務などのリスクを慎重に検討する必要がある。日本企業としては、最新の法改正の動向を注視し、適切な投資スキームを構築することが求められる。今後、中国のさらなる市場開放の動きにも注目し、日本企業がどのように戦略的投資を活用できるかについて、継続的に検討していくことが重要である。
以上
[1] A株とは、中国本土の証券取引所(上海証券取引所および深圳証券取引所)に上場している人民元建ての普通株式を指す。一般的に、中国本土の投資家が取引の主体となるが、一定の条件を満たした外国投資家も適格海外機関投資家(QFII)制度や人民元適格海外機関投資家(RQFII)制度、または戦略的投資などの枠組みを通じて投資が可能である。これに対し、B株は外貨建てで取引され、外国人投資家が比較的容易に売買できる株式である。
[2] 中国語では「跨境換股」と呼ばれる。これは、株式を対価とする株式の譲渡であり、日本の会社法に定められた「株式交換」(一方の会社が他方の全株式を取得し、完全子会社化する手続)とは異なる。本稿では、以下も同様に扱う。